2020 年 56 巻 3 号 p. 132-133
本書は,EUで青果物を取り扱う大規模農協(以下,青果農協)が,1990年代以降に顕著になった小売主導型流通システムにいかに対応してきたかを,現地調査にもとづく豊富なケーススタディを通じて明らかにした貴重な労作である.EUにおける農協の動向を紹介する和文献は限られており,青果農協に関する情報はさらに少ない中,本書は当該分野に関心を持つ研究者や学生のみならず,農業協同組合や生活協同組合の関係者,行政担当者,および市民にとって待望の書である.なお本書は,著者らが2013~2018年度に助成を受けた2件の科学研究費の研究成果である.
第1部「EUの青果部門の需給構造および関連制度」(第1~5章)では,EUにおける青果物の生産,消費,貿易の構造,小売再編による大手スーパーチェーンの集中度の高まり,卸売市場を介さない大量一括仕入れを拡大するサプライチェーン構築,そのシステムにおける品質およびコスト管理手法としてのプライベート・ブランドや第3者認証による品質保証制度であるプライベート・スタンダードの台頭,WTO対応としての共通市場制度(CMO)および共通農業政策(CAP)改革下で青果物生産者に促された生産者組織の設立と新政策(競争力強化,生産者所得安定,青果物消費拡大,環境保全)への誘導等が明らかにされる.さらに,余剰青果物を市場隔離する旧来の補助金付廃棄政策をWTO対応型に変形したスクール・フルーツ・スキームは,政府が青果物を買い上げて小学校で児童に無料配布し,健康のための食育と将来の消費拡大,および事実上の市場隔離を実現する取り組みとして紹介されており,日本にとっても示唆に富む.
第2部「青果物のサプライチェーン構築と農協の組織再編」(第6~10章)では,ドイツ,オランダ,イタリア,スペインの主要な青果農協を事例として,小売主導型流通システムに対応して各農協組織(合併巨大農協および農協連合)がどのように組織形態やガバナンス構造,生産者のネットワークを変化させてきたのかを詳細に明らかにしている.注目すべき点は,各国の青果農協が同様にCMO・CAP改革下にあり,小売主導型流通システムの台頭に直面し,大規模出荷ロット,幅広い品揃え,周年出荷,小分け・包装対応,プライベート・スタンダードやプライベート・ブランドへの対応を求められる中で,サプライチェーンの水平的・垂直的統合を進める方向には共通性があるものの,具体的な組織形態やガバナンスの選択,生産者ネットワークの再編には,各農協組織のマーケティング戦略やパフォーマンスによって違いがみられるという指摘である.各国における農協の歴史や設立根拠法に触れながら,専門農協としての性格,多国籍化・株式会社化する農協子会社の実態等を日本の総合農協と比較しながら違いを分かりやすく整理している点も,読者の理解を助けてくれる.
第3部「EUにおける青果物ブランドの展開と農協の取り組み」(第11~13章)では,イタリアの青果農協,生協,および加工食品メーカーを事例として,EUの地理的表示制度,有機認証制度,および農協や生協の独自ブランドを活用した取り組みが紹介されている.各章の分析から見えてくるのは,地理的表示制度は産品の高付加価値化やプレミアム価格の実現に結びつく場合(スペインのオリーブ油)もあるが,GIの対象産地が分裂して競合関係になる場合(イタリアのリンゴ)もあるということだ.地理的表示制度の産地境界の線引きがしばしば地域に紛争をもたらす所以である.また,イタリアにおいて価格,安全性および品質だけでなく,環境保全や倫理性に配慮する消費者の増加を受けて,生協が食品・非食品にまたがる持続可能なライフスタイル提案としての新ブランドを構築する事例も印象的である.
著者らは,新たなビジネス環境に積極的に対応するEUの青果農協の態度から,日本の農協は学ぶことが多いと指摘する.本書の成果を日本の農協の進路に活かそうとする場合,どのような論点があげられるだろうか.第一に,大手スーパーチェーンの台頭を所与の外部環境と位置づけてよいかという点である.確かに,EUの後を追うように日本でも小売主導型流通システムが強まっており,産地の農協も対応を急いでいる.しかし,EUでは小売市場の集中度の高まりが公正取引の阻害や食品ロスの増大に結びついているとの批判が高まり,各国政府は監視や規制強化に乗り出している.消費者は産地との近接性をますます求めているため,CSA(産消提携)が爆発的に増加している.欧州グリーンディールを進めるEUでは,世界の温室効果ガスの3分の1を排出する既存の食料システムに対して厳しい目が向けられており,特に新型コロナウィルスのパンデミック以降,持続可能な農と食のシステムへのラディカルな移行が模索されている.こうした社会的文脈をふまえるならば,大手スーパーチェーンの台頭へ対応することは農協に残された唯一の道ではなく,小売主導型流通システムも所与の外部環境というより積極的に乗り越える対象として立ち現れる.
第二に,EUの青果農協の合併や連合形成,外国を含む管外産地からの農産物調達によって,管内の生産者(組合員),地域コミュニティの雇用や生活にどのような影響があり,彼らはどのように反応したのかという点である.本書では,一部の単協の連合離脱や生産者(組合員)の農協離脱という事例が紹介されていたが,地域コミュニティへの影響については詳細が語られていない.確かに,地域のくらしをサポートする総合農協としての日本の農協と専門農協としてのEUの農協では,その組織再編による地域への影響も異なるだろう.しかし,農協組織の経済的パフォーマンスだけでは測れない社会的影響は見過ごせない.「効率的な」サプライチェーン構築というとき,それは誰にとっての何の「効率性」なのか.大手スーパーチェーンのためにそれを追求することは,果たして農協や組合員,地域コミュニティ,環境や社会の持続可能性にとっても望ましいことなのか.立ち止まって考える必要がある.
第三に,農協組織におけるガバナンスとして,組合員の生産規模に応じた議決権の傾斜配分,および生産者(組合員)の自治を制限するかたちの農協マネージャーの権限強化が,中長期的に農協組織や生産者にどのような影響を与えるかという点である.こうした農協内部の質的変化の下で,大手スーパーチェーンと農協は相対取引だけでなく契約取引を増加させる傾向にある.そのような環境下において,ますます生産者は農業労働者に近づき,農協はアグリビジネスの様相を呈するように思われる.それは,民間企業と競争する農協にとって避けられない道なのか.そのような農協を組合員や地域コミュニティは望むのか.本書では,生産者(組合員)の反発によって再び組合員自治の復活を実現した農協の事例が紹介されている.
本書は,規制改革会議による一方的な農協改革の限界が相次いで明らかになってきた今こそ,日本の農協の未来を考えるために読むべき好著である.本学会員諸氏に一読を強くお勧めする.