農林業問題研究
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個別報告論文
中国・四川省紅原県で展開するヤクミルクサプライチェーンの現状と課題
駄田井 久阿比亜斯胡 思聪東口 阿希子横溝 功
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2020 年 56 巻 4 号 p. 151-157

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Abstract

Yak farming is not the only symbol of but also an important industry in the highlands of Sichuan Province, China. The situation surrounding yak farming has changed due to Chinese government policy and economic conditions. This study clarifies the structure of the yak milk supply chain. An interview survey was conducted with yak farmers and staff at a yak milk company and a questionnaire survey was conducted with members of the general public. This study revealed the following results: 1) The yak milk production method by the self-contained feed and self-sufficient life of the yak milk does not change. Income from yak milk accounts for about half of the farm income and is an important cash income. 2) The yak milk company has contributed to the development of the local economy by creating cash income opportunities for yak farmers. 3) A total of 20% of those surveyed have drunk yak milk. The challenges are to create opportunities to drink yak milk and to differentiate it from other dairy products.

1. 課題と目的

中国四川省のチベット高原地域において広く飼育されているヤクは,当該地域のシンボルであり,地元住民の生活基盤である.ヤクは寒冷地に適応した長毛のウシ科の家畜であり,野生種は存在していない.2011年時点では,全世界で約1,400万頭が飼育されており,その大部分の約1,300万頭が四川省をはじめとする中国西部高原地域で飼育されている.従来から,ヤク飼育は自給自足を基本とした遊牧で行われてきた.中国政府が,2001年に対象地域を含む中国西部地域において,都市農村間の所得格差の解消,砂漠化や水汚染等の環境問題解消を目的として「西部大開発戦略」を開始した(巴・小長谷,2012).この戦略の中に,生産性の悪い条件不利地域での遊牧を禁止し(退耕),森林や草地に戻すこと(還林)を目指す,「退耕還林政策」が含まれている.この政策により,牧民の定住化を行う生態移民が実施され中国西部地域における従来のヤク遊牧も禁止された(金・薮田,2017).このような,中国の社会・経済状況に対応しながらヤク酪農家が自家消費用ミルクの加工方法を変容させていることが指摘されている(Hirata et al., 2017).また,ヤク酪農家の放牧方式が変化し,高地高原の草地植生に影響を与えていることが明らかにされている(李他,2007).退耕還林政策等がヤク酪農家の飼育方法やヤクミルク販売方法等に影響を与えた可能性があるが,その点に関する詳細な調査は見られない.

また,1980年代以降に中国の農村地域において,農業生産と関連産業を結び付ける産業組織を形成する,農業産業化が推し進められてきた.これは,産業化と分業のもとで生産,加工,流通の川上から川下へのバリューチェーンの各セクションを有機的に結びつけることにより農業利益の最大化を目指すものであった.この一体化された産業組織は「龍頭企業」と呼ばれるアグリビジネス企業により,マネジメントされることが多い.また,中国の農業産業化では,この龍頭企業や地方政府,農民専業合作組織などのさまざまな主体が技術普及や農業インフラなどの公共財を提供し,農業生産の高付加価値化を通じて,地域経済の振興や公共サービスの向上をめざす社会・経済政策的な側面が強いことが特徴である(池上・寳劔,2009).詳細は後述するが,本研究の対象地域では,ヤクミルクの集乳・加工・販売を行う「龍頭企業」の役割を果たしているヤク乳業メーカーが存在している(図1).農業産業化が農家・農業経営に与える影響に関しては多くの研究がされている.内蒙古の穀物生産農家においては,農業産業化が生産性・所得向上に働くことが指摘されている(哈斯図雅・千年,2017).中国の酪農産業においては農業産業化の進行により,乳業メーカーとの資本提供による酪農経営の大規模化が進行していることが明らかにされている(戴容秦思,2016).一方で,ヤク酪農産業全体の農業産業化の現状を整理した研究はみられない.

図1.

対象地域におけるヤクミルク産業のフロー

資料:ヒアリング調査に基づき作成.

中国国内におけるヤク飼育は標高3,000 mを超える高地で行われており,ヤクミルク消費は飼育農家の自家消費と近隣住民との物々交換が中心であった(Hirata et al., 2017).前述の農業産業化により,対象地域においてもヤクミルクサプライチェーンが整備された.そのために,生産地域のみで消費されていたヤクミルクが,生産地域以外の中国都市部住民にも入手可能になったと推測される.将来的なヤクミルクサプライチェーンの発展に向けて,中国でのヤクミルクに対する認知度などを明らかにする必要がある.

本研究の目的は,既存研究がほとんど見られないヤク酪農産業の現状を把握し,今後の課題を整理することである.そのために,四川省西北部に位置する紅原県を対象として,1)中国政府が実施した退耕還林政策以降のヤク酪農家の現状把握,2)農業産業化によるヤク酪農の「生産-加工-販売」のサプライチェーンの現状整理,3)サプライチェーンの最終者である中国国内の消費者を対象としたヤクミルクの認知度及び購入意向の把握,を行う.

2. 対象地域および調査の概要

対象地域である紅原県は,平均標高3,500 mの高地に位置し,平均気温2.9°C(最低−22.8°C,最高24.6°C)である.年平均降水量は約750 mm,年間日照時間は約2,200時間であり,少雨乾燥の高原地帯である(紅原県人民政府,2020).ヤク産業を中心とした畜産業が主産業で,畜産業生産額が約3億元(全産業の85.5%)である.牧民人口は約33,000人であり,約4,000戸のヤク酪農家が約40万頭のヤクを飼育している(平均飼育頭数約100頭/戸,いずれも2018年).これは,四川省全体の約10%にあたる.対象地域の牧民可処分所得は1.2万元/人・年(2017)であり,中国農村部の可処分所得の平均1.46万元/人・年(2018)と比較すると低い水準にある(国家統計局,2018).2014年に飛行場が県内に建設され,高地高原の風景を資源とした観光開発が進行している.

前述のように中国政府が実施した生態移民政策によりヤク飼育は遊牧から,放牧へと変化した.2001年以降,各世帯に成人世帯員数に応じて放牧地利用権が配分され,牧民は遊牧による移住生活から放牧地周辺での定住生活を送るようになった.また,調査時点(2019年)においては,18歳以上の住民に「退耕還林補助金」として一人当たり1,800元/年が支払われている.紅原県のヤクミルク産業のフローは図1のとおりである.ヤク酪農家で生産されたヤクミルクは県内にあるヤクミルク乳業メーカーで粉ミルク・ロングライフミルク(以下,LLミルク)に加工され,中国全土に販売されている.

本研究では,紅原県内のヤク農家(3戸)とヤク乳業メーカー(紅原ヤク乳業有限責任公司)にてインタビュー調査を実施した(2019年6月実施).また,中国国内の一般市民を対象にwebアンケートを実施した(2018年11~12月).

3. ヤク酪農家対象のヒアリング結果

(1) 対象ヤク酪農家の概要

調査対象のヤク酪農家は全てチベット族であり,ヒアリング調査はチベット語の通訳を介して行われた.飼養頭数は酪農家Aが約300頭,B約100頭,C約30頭であった.そのうち搾乳を行っているメスヤクは70%程度である.大規模酪農家Aは,親族の女性2名を常時雇用していた(2,500元/月・人).中規模農家B・小規模酪農家Cでは,家族労働力のみである.搾乳や夜間のヤクの移動などの基幹作業は,女性が担っている.男性は放牧地周辺の柵の設置や修理などの作業に従事することが多い.酪農家Aは放牧地内で農家楽(観光用の牧場や宿泊施設),酪農家Cは紅原県内の市街地で友人と共に洋服屋,酪農家Bはヤク酪農のみをそれぞれ経営していた(表1).

表1. インタビュー対象ヤク酪農家の概要
酪農家A 酪農家B 酪農家C
概要 大規模 中規模 小規模
飼育頭数 約300頭 104頭 約30頭
世帯員数 7人 4人 5人
農業労働力 本人(42,♀)
常時雇用(♀×2)
本人(38,♀)
母親(75,♀)
長男・次男が手伝い程度
母親(67,♀)
配偶者(32,♀)
ヤクミルク
年間販売額
約3万元 約1万元 約8,000元
その他 配偶者(♂)は自身の牧場内で農家楽(観光用牧場・宿泊)を経営,長男(26)後継予定 長男は紅原県内のスーパーに勤務,次男は僧侶 本人(33,♂)紅原県内で洋服屋を経営,ヤク飼育には従事せず.

資料:ヒアリング調査に基づき作成.

1)ヤクミルク販売額は2017年のものである.

(2) ヤクミルク生産の概要

いずれの農家も搾乳は手作業で年間を通じて行っている.草資源が豊富でヤクの乳量が増加する6月下旬~9月下旬の期間のみ,自家消費ミルクからの余剰分が乳業メーカーに販売されている(この期間の平均乳量1.5 kg/日・頭).この期間以外は,乳業メーカーへの販売は行われず,搾乳したヤクミルクはミルクティーとして自家消費されるほか,バターやチーズの原材料に利用されている.加工されたバター・チーズはその大部分が自家消費され,余剰分が乳業メーカーへ販売されている.いずれの農家も自身の正確なヤクミルク販売量に関しては把握していなかった.ヤクミルク単価と販売収入およびメスヤク1頭当たりの平均搾乳量から計算すると,ヤクミルク搾乳量の10~15%程度が乳業メーカーに販売されていると推測された.

いずれの農家も冬季用と夏季用の2か所の放牧場を有している.前述のように,生態移民政策により,牧民も定住しているが,6月前半と10月後半に冬用と夏用の放牧場間を移動する.酪農家Aは,夏季放牧地と冬季放牧地が隣接しており,移動は行わず年間を通じて定住している.酪農家Bと酪農家Cは,夏季放牧地と冬季放牧地が約10 km離れている.住居は冬季放牧場内にあるために,夏季放牧場を利用している間は,放牧場内のテントに居住している.

ヤクの繁殖は,夏季に5~10頭のオスヤクとメスヤクを同じ放牧地で放牧する自然交配である.飼料は自身の放牧場からの自給飼料(牧草)で賄っている.酪農家Bは,天候不順で自給牧草が不足し,2017年のみ牧草を約3,000元購入した.年間を通じて放牧を行っているが,冬季の不足する牧草を夏期の牧草地で収集し乾燥させた牧草を与えている.いずれの農家も,メスヤクは死亡するまで飼育し,経営外に販売されることがない.オスヤクは3年間ほどの肥育期間をへて,年間に数頭が肉用として販売される.このように,ヤクミルク酪農家は経営内の資源のみを利用する伝統的なヤク飼育を行っている.

乳業メーカーに販売されるヤクミルクは,夏季の間,早朝(4時ごろから)から搾乳される.搾乳後,毎日,酪農家自身によりメーカーが設置した移動式クーラーステーション(以下,CS)まで運搬し,メーカーに販売される.ヤクミルクの販売価格はメーカーとの交渉で決定され(7元/kg,2018年),代金は年に一度メーカーからまとめて,春節時に支払われる.このヤクミルク生産方法および乳業メーカーへの販売方式は,インタビュー対象者が幼少のころから変化していない.

(3) ヤク酪農家の経営状況

いずれの農家とも農業所得は,ヤクミルク販売収入・肉用として年間数頭販売するオスヤクの販売収入(7,000~10,000元/頭),ヤク死亡保証金(3歳以上のヤク対象,元金24元/頭・保証金2,000元/頭)で構成されている.農業所得の中でヤクミルク販売収入は約半分である.

これらの農業所得に加えて,前述の政府から退耕補助金(成人一人当たり1,800元/年)が支給されている.また,酪農家Aは農家楽,酪農家Cは洋服店を経営しており,その収入もある.なお,酪農家Cは洋服店経営で得た所得を,ヤク酪農経営の経営拡大に向けた投資に充てる意向であった.

4. ヤクミルク乳業メーカーのヒアリング結果

(1) 紅原ヤク乳業有限責任公司の概要

対象企業である紅原ヤク乳業有限責任公司は1956年に,チベット仏教僧侶により「チベット族牧民の所得向上」を目指した「紅原粉ミルク工場」として設立された.その後,1958年に国有化され,工場の規模拡大が行われた.2001年に民営化され,現在の「紅原ヤク乳業有限責任公司」となった.2007年に新工場を建設し,年間の最大加工量が約10万tとなった.主製品は,ヤクミルクを原材料とした粉ミルク・LLミルクであり,2018年の売り上げは約2億元であった.粉ミルクは約500元/450 g缶,LLミルクは,14元/250 mlパックで販売されている.これらの商品は,卸売業者,小売りおよびwebで直接販売されている(図1).また,紅原県内にある企業の直販店でも販売されている.

2019年時点の従業員は常勤280人・臨時400人であり,約90%がチベット族である.EU・USDAおよび中国国内のオーガニック認証を取得している.以上のように対象企業は,ヤク酪農家からのヤクミルク集乳・加工および中国全土への販売,海外への輸出も視野に入れた事業展開を行っている.

(2) ヤク酪農家と乳業メーカーとの関係

対象ヤク乳業メーカーは,紅原県内のほぼ全体にあたる約4,000戸のヤク酪農家と契約している.常設型CSを2か所,移動式CS(写真1)を54か所有している.契約ヤク酪農家がそれぞれのCSに持ち込んだヤクミルクの品質を,メーカー担当者がチェックし,品質基準をクリアしたミルクのみを買い取っている.酪農家とメーカーとの契約内容は,1)メーカー指定の運搬容器でヤクミルクをCSまで持ち込むこと,2)ヤクミルクの品質基準(タンパク量など),3)ヤクミルク買取価格の3点である.なお,メーカーのヤクミルク買取価格は,2016年までは4.5元/kg,2017年以降は7元/kgであった.CSに集乳されたヤクミルクは,メーカー所有のタンクローリーで加工工場まで,毎日輸送され,製品に加工される.

写真1.

メーカーが設置している移動式CS

前述のように農家がメーカーに販売するヤクミルクは自家消費の余剰分であり量が安定しない.そのために,メーカーと酪農家との間にはヤクミルクの販売量に関する契約は交わされていない.

メーカーの酪農家からのヤクミルク買取量は,7,000 t/年で前後している.2018年度の買取量は5,000 tであった.これは,大雨の影響でタンクローリーがCSまでたどり着くことができず,集乳したヤクミルクを加工工場まで運搬できなったためである.現在のヤクミルク買取量は,工場の最大加工量の約10万tと比較するとかなりの少量である.

5. 消費者対象アンケートの結果

(1) アンケートの概要

アンケートは,WeChatを用いてアンケート質問サイトに誘導する方式で実施した.中国国内居住の協力者に依頼し,モーメントを利用して250名の回答者を募った.回答期間は60日間,居住地・年齢に関しては制限を設定しなかった.

アンケート項目は,属性(性別・年齢・居住地・月収),普段の乳製品の消費行動(購入頻度および金額)・ヤクミルクに対する認知・購入経験意向で構成した.年齢以外の項目は,いずれもカテゴリ化した質問項目である.

(2) アンケート結果

有効回答数は223,うち男性119(53.3%)女性104(46.4%)であった.年齢は39歳以下が約9割であり,これはWeChat利用者に若者が多いためであると考えられる.居住地は,北京42(18.8%)が最も多く,次いで広州29(13.0%),上海16(7.1%),対象地域を含む四川省在住者は9(4.0%)であった.月収は9,000元超が最も多く(30.5%),中国都市部の平均月収(8,500元,2018年)とほぼ同等であった.月の食費は,1,000~2,000元と回答した者が最も多くなっていた.

ヤクそのものの認知度に関しては,ほぼ全員(99%)がヤクを知っていると回答した.一方で,ヤク肉を食べたことがある回答者は,半数程度(47.5%),ヤクミルクの飲用経験では,ミルク(22.9%),ヤク粉ミルク(17.9%)と,2割程度であった(表2).なお,約9割(207人)が「機会があればヤクミルクを飲んでみたい」と回答していた.ヤクミルクへの支払い可能額(250 ml紙パック)は,5~8元未満との回答が最も多かった(47.5%).これは回答者が現在購入している牛乳の価格水準と同程度であった(表3).

表2. アンケート回答者の属性及びヤクの飲食経験
性別(n=223) 男性
119(53.6)
女性
104(46.4)
年代(n=223) ~29歳
125(56.1)
30代
76(34.1)
40代以上
22(9.9)
月収(n=223) ~3,000元未満
36(16.4)
~6,000元未満
54(24.2)
~9,000元未満
65(29.2)
9,000元超
68(30.5)
月の食費(n=223) ~1,000元未満
42(18.8)
~2,000元未満
89(39.9)
~3,000元未満
48(21.5)
3,000元超
44(19.7)
飲食経験 あり なし
ヤク肉(n=223) 107(47.5) 116(52.0)
ミルク(n=223) 51(22.9) 172(77.1)
粉ミルク(n=223) 40(17.9) 183(82.1)

1)( )の値は%である.

2)月収・月の食費は個人のものである.

表3. 普段購入している牛乳価格とヤクミクルへの支払い可能額の比較
牛乳価格
(n=223)
5元未満
39(17.5)
~7元未満
98(44.0)
~10元未満
59(26.5)
10元超
27(12.1)
ヤクミルク
(n=223)
5元未満
44(19.7)
~8元未満
106(47.5)
~11元未満
49(21.2)
11元超
24(10.8)

1)( )の値は%である.

2)牛乳・ヤクミルク共に250 mlの紙パックである.

ヤクミルク支払い可能額と属性およびヤク肉・ヤクミルク・ヤク粉ミルクの飲食経験との関係を明らかにするために,順序ロジットモデルを用いて計測した.その結果,月収(0.58)とヤク粉ミルク(1.06)が5%水準で有意に正の値を示した(表4).このことから,月収が高いほど,ヤク粉ミルクの飲用経験がある者がそうでない者と比べヤクミルクに対する支払い可能額が高くなることが示唆された.また,ヤクミルク支払い可能額の閾値を比較すると,cut2(0.73)とcut3(3.22)の間隔が最も広くなっている(表4).このことは,前述のヤクミルクへの支払い可能額に関して,5~8元未満の回答が最も多かった結果と整合的である.

表4. ヤクミルク支払い可能額と属性・ヤク肉ミルクの飲食経験との関連性(順序ロジット分析推計結果)
係数 Z値 P値
月収 0.58 4.11 0.00
年代 0.27 1.29 0.20
ヤクミルク 0.42 1.06 0.29
ヤク肉 0.15 0.56 0.58
ヤク粉ミルク 1.06 2.42 0.02
cut1 0.73
cut2 3.22
cut3 4.83
LR chi2(5) 49.26 0.00
寄与率 0.09

1)ヤクミルクへの支払い可能額は,1:5元未満,2:5~8元,3:8~11元,4:11元超の4段階である.

2)月収は,1:~3,000元未満,2:~6,000元,3:~9,000元,4:9,000元超の4段階である,年代は,1:~29歳,2:30代,3:40代以上の3段階である.ヤクミルク・ヤク肉・ヤク粉ミルクの飲食経験は,0:なし,1:ありの2段階である.

6. まとめと考察

本研究では,中国・四川省紅原県の高度3,000 mを超える高地で行われている,ヤク酪農家の現状把握,ヤクミルクサプライチェーンの整理,サプライチェーンの最後である消費者のヤクミルクへの認知度および購入意向を調査した.

対象地域においても,中国政府が実施した生態移民政策により2000年代前半からヤク飼育は遊牧から放牧へと変化した.しかし,草地で生産される自給飼料に依存するヤクミルク生産方法は変化していない.また,生産されたヤクミルクは自家消費が主であり,乳業メーカーへの販売は夏季の草地資源が豊富な時期の自家消費からの余剰分(全搾乳量の10~15%程度)であることも,生態移民政策前と変化していなかった.経営面ではヤク酪農家におけるヤクミルク販売収入は各世帯の農業所得の約半分を占めており,重要な現金収入になっている.

対象ヤクミルク企業は,近代的かつ大規模なヤクミルク集乳・加工施設を整備することで,ヤク農家自家消費の余剰ヤクミルクを地域外に販売することを可能にし,ヤク農家への現金収入機会を創出してきた.このことから,対象企業は中国政府が進めてきた農業産業化における龍頭企業としての役割を十分に発揮し,地域経済の振興に貢献してきたと考えられる.近年,対象地域においても,ヤク酪農家の現金収入の必要性が高まってきている.インタビュー対象農家からも「子供の教育費」「けがや病気の時などの病院の費用」「スマートフォンの購入費」などに現金収入が必要であるとの声があった.調査時点では,農業産業化に関する先行研究で指摘されるような(戴容秦思,2016),ヤク酪農家の規模拡大は見られなかった.

天候条件により不足した飼料を経営外から購入した農家がおり,今後購入飼料と自家飼料を組み合わすことで,乳量増加の可能性がある.また,農外所得を基に更なる規模拡大意向を有する農家があった.このように将来的には,ヤク酪農家の規模拡大が行われ,対象企業へのヤクミルク出荷量が増加する可能性がある.対象企業の加工工場の最大加工量約10万t/年に対して,現在の集乳量は7,000 t/年前後である.対象企業は,現在の水準を大きく超えたヤクミルクの加工・販売キャパシティを有している.そのために,ヤク農家への更なる現金収入機会を提供することは可能である.

しかし,中国国内消費者を対象としたアンケート結果では,ヤクそのものの認知度は高かったが(約99%),ヤクミルクの飲用経験は低い水準であった(約20%).現時点では,中国国内の一般消費者にとっては,ヤクミルクはマイナーな商品であると推測される.一方で,「機会があればヤクミルを飲んでみたい」とした回答者は約9割であった.中国国内でのヤクミルク販売量の増加に向けて,ヤクミルク飲用機会を提供することが課題となる.

ヤクミルクへの支払い可能額は,5~8元未満/250 mlとの回答が最も多かった.これは,現在のヤクミルク販売価格,14元/250 mlの約半分であり,回答者が普段購入している牛乳と同じ価格水準である.このことから,一般消費者が牛乳とヤクミルクを同じカテゴリの乳製品として認識していると考えられる.対象企業は,オーガニック認証を取得しいる.ヤクミルクが草地資源のみを利用したオーガニックミルクであることをPRするなどにより,他の乳製品との差別化が必要である.また,所得(月収)が高く,粉ミルク飲用経験ある方がヤクミルクへの支払い可能額が高くなることが明らかとなった.高所得者に向けた液状ヤクミルクと粉ヤクミルクとの組み合わせた商品開発も有効であると考えられる.

引用文献
 
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