2021 年 57 巻 1 号 p. 1-2
最初に,第70回地域農林経済学会大会の開催にあたり,会長として一言ご挨拶を申し上げます.本日は,お忙しい中をご参集いただき,心よりお礼申し上げます.当初,本大会は,龍谷大学農学部で開催する予定で準備を進めてまいりました.しかし,ご承知のように今年に入って新型コロナの問題が発生し,今なお終息する気配がありません.そこで大会はリモートで開催することとし,この間,企画,総務担当を中心に常任理事会で準備を重ねてまいりました.何分,学会史上初めてのリモート開催のため至らぬ点が出てこようかと思いますが,ご容赦いただきたいと思います.
会長講演の中身に移ります.ご案内のように,今回の大会シンポジウムのテーマは,「次世代に向けての地域農林経済学の再検討―地域農林業の現場の新たな捉え方―」です.テーマの趣旨については,このあと企画担当の責任者でもある辻村座長の解題に譲りますが,私としては,学会が持続可能性を持ち,次世代,次々世代を担う研究者に襷を繋ぐために,地域農林業研究ならびに本学会のあり方に関して前望性のある議論を行いたいという思いがあり,今季は大会の企画をお願いしてきました.
そこで,これからお話しする内容は,70回という節目の大会に際して前望性のある議論を行うために,少し立ち止まって学会の歩みをふり返りながら,地域農林業研究をめぐってどのような議論が行われてきたのかを確認し,最後に「未来像」に向けた若干の論点提示を行うことで務めを果たしたいと思います.
ご承知の方も多いと思いますが,本学会は,戦前1927年に設立された「(近畿)農業経済集談会」の設立に起源がありますが,そこでは,農家に直接出向いて現場の実態を理解すること(現場実証主義)が重視され,参加者も普及員や農家など現場の方々が多数参加していたようです.そして,1951年に関西農業経済学会が発足しますが,技術面の問題も含めて現場の実態を研究調査しながら,参集しやすい地域の人たちで組織するという方向が示されています.全国域の学会である日本農業経済学会に対して「地域農業経済学会」として議論を行うことに重点が置かれたわけです.
(2) 名称変更地域農林経済学会としての名称変更は,1989年総会(鳥取大会)で決議されました.「地域」を冠した学会として新しいスタートを切るわけですが,当時の記録によれば,四つの視点が重視されていることがわかります(学会資料「『地域農林経済学会』への学会名称変更―経緯と意義―」(1989年10月7日)).
第一は,実践・貢献性,現場から学ぶ視点であり,地域の実態に即して農林業問題に関する経済的・社会的研究を進め,農林業の発展に寄与するという,旧関西農業経済学会の設立目的の継承がなされています.
第二は,地域の資源・組織化の視点であり,それぞれの地域において,個別経営の発展とともに地域資源を有効に利用し,個性的な地域農林業の再編・発展を目指す組織的取り組み,農村住民の望ましい社会空間として形成していくことが重要な課題であるとされています.
第三は,多面的機能・農村都市関係の視点であり,農林業に対して,経済的役割だけでなく,生態環境的役割や社会的・文化的役割を果たすこと,都市との結びつきや国際交流への期待の高まりが背景にあるとされています.
そして第四は,地域視点に立った国際農林業研究であり,国際化時代において広義の地域の観点から,世界各国の農林業・農村が有する特殊性と共通性に関する考察の重要性が強調されています.
次に,本学会においてこれまでどのような議論が行われてきたのか.とりわけ「地域」を冠した学会として地域農林業研究をどのように捉えようとしたのかについてみていきます.
まず,学会名称を変更した第40回大会(1990年)では「地域農林業研究の基本課題」,10年後の第50回大会(2000年)では「地域農林業展開の50年を総括する―研究と現場の関わり」をテーマとして大会が開催されました.途中,第46回大会(1996年)では「地域農林業研究の可能性を探る」をテーマに特別シンポジウムが開催され,1999年には『地域農林経済研究の課題と方法』(富民協会)が刊行されるなど,集中的な議論が行われています.そこでは,「地域」をどう把握するか,地域と農林業との関係・規定性,地域の主体をどうみなすか,地域農林業研究のあるべき方法(実践性との関連で)といった論点を軸に議論が展開されています.そして,1996年の特別シンポジウムでは,「メゾ・エコノミクス」という学会のキーワードが示されています.
その後,2000年代に入ると,その時々の背景とも関連して,グローバル化が進む中での地域および地域農林業研究の意味,地方創生,大学の研究・教育と地域貢献,次世代に向けての研究や学会のあり方などが取り上げられ,今日に至っています.
第一は,「地域」と「農林業」との関係性をどうみたらよいのか,ということです.一般に,グローバル化が国家の後退をもたらし,そこで主体的な地域に着目した農林業の意義づけがなされます.しかし,近年のような国からのトップダウンや画一的な政策,自治体や農業団体の再編という状況の中で,地域の主体性をどうのように取り戻せばよいのか.地域農業の組織化・再編論の検討が改めて求められています.
第二は,地域農林業研究におけるメゾ・エコノミクス概念をどう考えるか,ということです.それはマクロとミクロ,市場と組織の限界性を補完するという意味づけがなされるのですが,はたしてそれだけで良いのか.第50回大会で基調講演をされた原洋之介先生は,メゾ・エコノミクスの「最大の宿題」として,事例の積み上げから様々な実態や課題を多角的に浮き上がらせ,新たな知見や仮説を提示する「非計量的なアプローチ」と,大量のデータから仮説や知見が一般的に成り立つかどうかを検証する「計量経済学的アプローチ」をどう繋ぐか,という点を指摘されました.学会として,これら二つのアプローチをどう総体化させていくのかが重要な課題です.
第三は,この後も議論になるかもしれませんが,AI時代における地域農林業研究の態度,つまり客観的で普遍化を目指す分析手法が深化する中で,社会科学にとっては欠かせない研究者の規範(思い)をどう位置づけるか,という点も重要な論点です.