農林業問題研究
Online ISSN : 2185-9973
Print ISSN : 0388-8525
ISSN-L : 0388-8525
大会報告
研究者と農業経営者の「共働」によるスマート水田農業モデルの構築
―農匠ナビプロジェクトによる「匠の技」の可視化と伝承支援―
南石 晃明
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2021 年 57 巻 1 号 p. 15-22

詳細
Abstract

The first purpose of this paper is to present the background and reasons why researchers and farm managers have “co-action” in the NoshoNavi Projects to develop the Smart Paddy Farming Model. The second purpose is to describe the method of visualizing “Takumi no Waza” and to consider the possibility of transmission of the relevant skills by showing examples. Section 2 describes the background and purpose of the project (2014–2018) and outlines the smart paddy farming model aimed at construction. Next, based on the results of the project (2010–2014), Section 3 focuses on the visualiza­tion and digitization of tacit knowledge and support for the transmission of technology, know-how, and skill. Finally, Section 4 summarizes the paper and describes future issues in next-generation agricultural innovation.

1. はじめに

第70回地域農林経済学会大会シンポジウムでは,「次世代に向けての地域農林経済学の再検討―地域農林業の現場の新たな捉え方―」がテーマとして掲げられた.座長から本稿に対して与えられたタイトルは標記の通りであり,その役割は,「地域(現場の課題解決)への貢献」,「研究者と実践者の交流・切磋琢磨」などの面から,筆者らの研究成果の事例を紹介することである.これに沿えば,本稿の目的は,筆者らが実施した農匠ナビプロジェクトを事例として,第1に研究者と農業経営者が「共働」した背景とその内容を示すこと,第2に「匠の技」の可視化の方法を整理し,その具体例を示し技能伝承の可能性を考察することであろう.

そこで第2節では,まず,研究者と農業経営者が「共働」という形態を採用した農匠ナビ1000プロジェクト(2014~2018年度)の背景と目的を述べ,次に「匠の技」の可視化を含むスマート水田農業モデルの概要を述べる.また,こうした研究開発実践モデルと既存の農業普及アプローチとの関連を述べる.次に,第3節では,農匠ナビプロジェクト(2010~2014年度)の成果に基づき「匠の技」を技術,ノウハウ,技能に区分して,その可視化の基礎概念と方法を整理する.その後,技能に焦点を当てて,可視化の事例を紹介する.最後に,本稿の要約を行い,次世代農業のイノベーション実現における,「匠の技」の可視化の課題を述べる.

なお,本稿ではOECD(2018)に準拠したイノベーションの概念・区分を想定している.また,第1の目的に関連するが,筆者は今まで「共働」や「協働」といった用語を論文などで使用したことは無い.そこで,改めて複数の辞書辞典で各用語の意味を確認し,本稿では座長から与えられた用語「共働」をそのまま用いることとした.農匠ナビ1000プロジェクトでは,農業経営者や研究者といった多様な立場のメンバーが対等な立場でプロジェクトに参画し,議論を交わし切磋琢磨することを重視している.換言すれば,メンバーが相互に刺激を受け,影響し合うことで,新たなイノベーションを生み出すことを目指している.こうした実態に最も近い用語は,「coaction」(互いに影響しあう)に対応する「共働」と考えた.

2. 農業イノベーションと「共働」

(1) プロジェクトの背景と目的

農業技術の主要な研究開発目標が食料増産であった時代には,国立研究機関等が基礎技術を開発し,公立農業試験場が地域の条件に応じた技術改良を行い,農業改良普及組織が農家へ農業技術を普及するという直線的な研究開発普及モデルが有効に機能していた.しかし,その後,食料の安全確保,農業生産のコストや環境負荷の低減等,現代の農業経営には多様な社会的要請が課せられている.農産物に対する消費者嗜好も多様化している.このように経営環境や農業経営自体が多様化した時代には,わが国に限らず,多くの先進諸国で従来型の技術普及モデルと現実の乖離が顕在化している(南石他,2014).

また,わが国においても農業法人を中心に経営規模(売上や従事者数)の拡大が進み,農業技術の研究開発に農業経営者が主体的に参画できる環境(時間的経済的余裕等)が整ってきている.こうした現状が,農匠ナビ1000プロジェクト(以下,本プロジェクト,第1期:2014~2015年度,第2期:2016~2018年度,農林水産省予算)の提案と実施の背景にある(南石,2019).

本プロジェクトは,農業経営に関する技術・ノウハウ・技能をICT(情報通信技術)も含めてパッケージ化して,低コストかつ高収益の水田農業を追究し,次世代農業経営へ継承・発展させていくことを目的としている(南石,2019).換言すれば,農業イノベーションを加速させることを目的とした,社会実験的な研究開発であるといえる.こうした目的にアプローチするためには,研究者と農業経営者の「共働」は,必要であり必須であるともいえる.

(2) スマート水田農業モデルの概要

近年,稲作においても,収量センサ(ITコンバイン)や水田センサ等の様々なセンサが実用化され,多様な情報が収集・蓄積されるようになっている.しかし,これらの膨大なデータから,収量・品質の向上に資するどのような有益な知見が得られるのかは,必ずしも明確になっていない.そこで,本プロジェクトでは,稲作ビッグデータの構築とその解析によって水稲収量・品質の決定要因を解明すると共に得られた知見に基づく収量・品質の向上対策や技術開発を行った(南石,2019).なお,この過程は,後述するように,熟練農業者の生産管理に関わる技能の可視化と高度化としても位置付けられる.

1に,本プロジェクトにおけるスマート水田農業モデルのデータフローを示す.稲作ビッグデータを構成する農作業情報としては田植時期や施肥等がある.データ収集には,スマートフォンを使用したICタグとGPS,カメラで農作業情報をワンタッチで記録できる営農可視化システムFVSや作業計画・管理支援システム(PMS)を活用した.環境情報としては,水環境(水位,水温等),気象条件(日射量,温度等),圃場条件(地力,排水等),土壌の物理化学特性等がある.水位・水温や気温・湿度は水田センサ,土壌成分は土壌分析や土壌センサを活用した.作物情報(生体情報)としては収量・品質や生育状況等がある.生育ステージ(移植直後,分げつ期,最高分げつ期,幼穂形成期,穂揃期,穂揃後10日等)ごとに生育調査を実施した.調査項目は稈長や草丈,茎数,穂数,SPAD(葉緑素計値),LPV(葉色板値)等からなる.これらのデータ収集には,人手による生育調査,ドローン搭載デジタルカメラ,ITコンバイン搭載収量センサ,米の外観形質や成分分析機器を活用した.

図1.

農匠ナビ1000プロジェクトにおけるデータフローのイメージ

出典:南石(2019),図5-2-1を加筆修正.

これらのデータの多くを約1,000圃場で収集・統合し,様々な統計的手法(例えばパス解析や回帰モデル)や経営科学手法(例えばDEA)により解析を行った.その成果の一例は,水稲の特定の生育ステージにおける水温・水位が収量・品質に影響を及ぼしていることが先進稲作経営の営農データで解明された点である.この成果は,古くから「水見半作」として知られている水管理(水位調節)の重要性を現実のデータに基づいて改めて示したものであり,「匠の技」の可視化の一例といえる.

こうした熟練技術・技能・ノウハウを,実際の作業精度・能率向上に繋げるためには,それを可視化して,後継者に伝承すると共に,農作業の自動化も考える必要がある.そこで,本プロジェクトでは,農業者が予め設定した下限・上限の範囲内で,水田の水位を維持するように給水・止水が行われる自動給水機(開水路用)の開発も行った.農家目線で現地実証と改良を繰り返し,試作機を対象にPSM分析や市場化実験も行い,全国の稲作農家でも利用可能とするため,現在は市販に至っている(南石,2020a).

さらに,技術データに加えて,経営データをも統合し,経営シミュレーションや最適営農計画の作成により経営意思決定の支援も目指した.その一環として,参画経営(プロジェクト第1期,滋賀県と茨城県の100 ha超2社平均)の米生産コスト(全参入生産費)が玄米1 kgあたり約150円であり,全国平均コストの4割減となっていることを明らかにし,経営革新(イノベーション)により更なるコスト低減が可能であることを示した.なお,米生産コストの国際比較や玄米1 kg 100円を目指すコスト低減の方策は,南石(2020b)を参照されたい.

現地実証参画経営(プロジェクト第2期,茨城県,4社)では,実証経営の戦略・立地に最適な技術パッケージ導入により,生産コスト2割削減目標を概ね達成した.具体的には,各実証経営の経営戦略,技術水準,圃場条件等に応じて,高密度播種技術,自動給水機,流し込み施肥,ITコンバイン,圃場管理システム等の様々な技術を最適に組み合わせることで,収量を維持して規模拡大が実現できることも解明した.これらの実践的成果から,基本技術励行の効果が大きく,ICTはそれを促進する契機となったと考えられた.

この他,本プロジェクトでは,水田センサ等の開発,これらの機器とITコンバイン等を連携統合化した次世代情報基盤(農匠プラットフォーム)の構築なども行っている.また,農業機械操作技能向上やスマート農業技術の経営評価も行っている.初心者の農業機械操作技能が熟練者並みに向上することより作業時間が短縮されることで規模拡大も可能になり,米の生産コストが最大3割程度低減することも明らかになっている(馬場他,2018).

本プロジェクトの研究方法も研究内容も幅広く多様であるが,紙幅の制約もあり,本稿ではこれらの具体的な成果の説明は割愛せざるを得ない.詳細は,南石他(2016)南石(2019)を参照されたい.また,スマート農業については,農業情報学会(2019)を参照されたい.

(3) 農業普及アプローチとイノベーション

農業技術の開発と普及(伝達・移転)の方法や仕組みは,時代と共に変化し国によっても異なっている(太田,2004福田,2003).わが国においては,国公立研究機関,大学,農業資材・機械会社が農業技術の開発を行い,農業改良普及組織が農家への伝達・移転を行う体制が確立され,戦後長期間に渡って期待される成果をあげてきた.しかし,その後,農業経営の多様化の影響もあり,こうした体制で開発・普及される農業技術と,営農現場で必要とされている農業技術との間に乖離が生じている現実もある.以下では,農業技術の伝達・移転アプローチを整理し,イノベーションを指向する本プロジェクトを位置付ける.

従来の農業普及手法・アプローチにはいつくかの類型がある.例えば,太田(2004)は,農業普及手法・アプローチを「普及員の役割」に着目して,第1型「技術伝達型」,第2型「助言指導型」,第3型「ファシリテーション型」の3つに類型化している.この類型化の重要なポイントの1つは,技術が誰によって,どのように開発されるのかということである.時代背景や技術進歩との関係もあるが,わが国においては,古くは実質的に「ファシリテーション型」の色彩が強かったが,その後は「技術伝達型」,「助言指導型」と変遷し,現代では,再び「ファシリテーション型」が注目されていると理解できる.

こうした類型とは視点が異なるが,AKIS(Agriculture Knowledge and Innovation Systems 農業知識イノベーションシステム)が2000年代に入り欧州主要国を中心として注目されている(南石他,2014日本農業普及学会,2020).農業イノベーションの実現には,従来からこの分野で重要なステークホルダーであった研究・教育・普及機関・農業者に留まらず,農業生産資材・機械企業,食品加工・小売企業,更には会計・金融機関や報道機関などが複層的に知識を共有し相互に影響し合うことが重要としている.

本プロジェクトに基づいて,筆者らが提案している技術研究開発&伝達移転モデルの特徴の1つは,農業技術の研究開発を専門とする研究者・技術者と「研究する農業者」がコンソーシアムを構築し,共同研究を行う点にある.これは,ある意味では前述のファシリテーション型やAKISの具体的取組みとして位置付けることができるが,我々は人材育成をより重視している.コンソーシアムで研究開発される技術は,まず「研究する農業者」の農場において実証・実践される.この段階で有効と判断された技術は「技術実証農業者」に伝達され,「技術実証農業者」が必要とする技術を自ら判断し実証・実践を行う.その結果は,コンソーシアムにフィードバックされ,技術改良に生かされる.こうした技術の研究開発,実証・実践の成果は,定期的に開催する現地検討会や技術展において,農業者に伝達される.農業者は,関心がある技術を試験導入し,自らの農場で実証・実践を行う.このような過程を経て,実用性を高めた技術は,必要に応じて農業機械・資材メーカと連携協力して,商品化・実用化される.また,研究開発コンソーシアム内で解決できない課題が生じた場合には,大学や研究機関などと連携協力して,その解決にあたる.こうした過程は,イノベーション過程ととらえることができる.

なお,本プロジェクトの成果は,コロンビア稲作における技術伝達・移転を支援するプロジェクト(STREPSプロジェクトの一環)にも応用されている(小川・南石,2019).国や地域が異なっても,新たな技術やビジネスモデルの開発普及において重要なことは,それぞれの経営の立地条件,戦略,ビジネスモデルに基づいて必要な技術を選択し,自らの農場で実証するのは,農業者自身の役割であると位置づけることである.役割の明確化によって,責任をもって実証・実践を行うことが可能になり,不要な技術やビジネスモデルを,不本意に導入することも回避できる.これを可能にするためには,農業者が真に必要とする技術を研究開発する仕組みが必要である.

3. 「匠の技」の可視化と伝承支援

技能伝承は,農業を含め多くの産業で大きな課題となっており,様々な視点から考察が行われている.そこで,「農匠ナビプロジェクト」(2010~2014年,農林水産省予算)では,「農家の作業技術の数値化およびデータマイニング手法の開発」を行った.本節では,その成果に基づき,技能の可視化と伝承支援の基礎となる用語および概念の整理を行う.なお,紙幅の制約から本稿では要点のみ述べており,詳細は南石・藤井(2015)を参照されたい.

以下では,まず先行研究に基づき「匠の技」に関連する概念整理を行う.その後,技術・ノウハウの可視化について事例紹介を行うと共に,技能の可視化の困難性について考察を行う.最後に,技能の可視化と伝承支援の可能性について事例を紹介する.

(1) 「匠の技」の概念整理

農業分野においても,熟練技能伝承に対する研究が進んでいるが,技能伝承を主テーマとして体系的に取りまとめられた書籍は限定的である.日本農業経営学会(2011)はそうした初期の成果といえる.そこでは,新井・白川(2005)松本(2003)等に基づいて,「農作業ナレッジ」を「定型的知識」,「感覚運動系技能」(感覚系技能,運動系技能),「知的管理系技能」に区分している.「技能」と「暗黙知」の関係は明示的には示されていないが,「技能」に関わる「暗黙知」を「ナレッジ」と呼んでいるようにも推測される.「ナレッジ」の定義は明示されていないが,「知識」と同義で,用いられているように解される.

本稿では,「匠の技」に関わるこれらの概念・用語の関連を図2に整理する.技術は,意図したように物事を巧みに行う方法であり知識の一種である.ノウハウとは,技術を用いて意図した結果を得るために役立つ技術の実施に関する知識であり,言語で表現されていない場合も多いが,「可視化」により言語化が可能である.技能は,意図した結果が無意識のうちに得られるように心身が働く自動化された能力であり,感覚運動系技能,作業判断系技能.企画計画系技能に区分できる.感覚運動系技能は「体の技能」であるが,作業判断系技能と企画計画系技能は「脳の技能」ともいえる.技能の要素の一部は.以下で示す方法で可視化することで「ノウハウ」になりうる.

図2.

技能・ノウハウ・技能と知識の関連

出典:南石・藤井(2015),図2-1を加筆修正.

知識は物事について知っていること,その内容であり,特に言語(図表,数式,コンピュータ言語等含む)で表現されている知識を形式知という.一方,言語で表現することが困難な(あるいは,言語化されていない)知識を暗黙知と言い,経験に基づく「経験知」や身体運動を伴う「身体知」等も含むものと考える.なお,「匠の技」と呼ばれるものを「身体知」の一種に位置づける意見もあるが,本稿では「匠」(熟練者)が有する技術・ノウハウ・技能の総称と考える.

本稿では,技術・技能の伝承に着目しており,技術と技能の間に位置する「知識」をノウハウと呼んでいる.この軸(系)を技術・ノウハウ・技能の軸という.これに対して,形式知と暗黙知(経験知,身体知等)からなる知識の軸を考える.ノウハウには,形式知の一部も含まれるし暗黙知(経験知,身体知)の一部も含まれる.このように,技術・ノウハウ・技能の軸と知識の軸をいったん分けて考えることで,人材育成の観点から,技術・ノウハウ・技能の可視化を具体的にどのように行い,その伝承に如何に貢献するのかの展望が得やすくなる.

(2) 技術・ノウハウ・技能の可視化

技術・ノウハウ・技能の中で,技術はその定義からして可視化に馴染み易い.ノウハウ(少なくともその一部)の可視化も可能であり,これにより技術化することもできる.可視化が最も困難であるのは技能である.

技術は,例えば農業技術体系データベースFAPS-DB等を活用して可視化・数値化することができる.ノウハウの一部は,例えばFAPS-DBと連動したノウハウDB等を活用して可視化でき,これによりノウハウの一部は技術化することができる.

FAPS-DBやノウハウDB等のデータベースを作成するためには,技術やノウハウが知識化されている必要がある.それが不十分な場合の可視化の手法には,熟練者インタビューによる聞取り,営農情報可視化による「あぶりだし」,データマイニング等による法則性・ルール抽出といったアプローチがある(南石・藤井,2015).

「熟練者インタビューによる聞取り」は,熟練者の理念・戦略,体験・経験と関連づけて,独自技術や熟練技能の考え方やノウハウを聞出し整理するアプローチである.第三者が熟練者の技術・ノウハウ・技能の背景と意味を総合的に理解できるようになると共に,熟練者自身が熟練技術・技能の背景と意味を再認識(自覚)する契機にもなる.

営農情報可視化による「あぶりだし」では,まず情報通信技術ICT等を活用して,作業情報,環境情報,生体情報を計測し可視化する.この可視化された多様な情報に基づいて,熟練者が熟練技術の考え方,内容,ノウハウ,さらに技能のコツ等を解説する.これにより,熟練技術のノウハウを具体的な数値データや熟練技能の映像と関連づけることができる.熟練技術と通常技術の違いを具体的なデータとして認識・理解することで,第三者が独自技術を客観的に理解することが可能になる.また,熟練技能を映像で疑似体験することが可能になる.さらに,熟練者自身が独自技術や熟練技能を客観視できるようになる.これによって.技能の一部をノウハウとして言語化することが促進される.

「データマイニングによる法則性やルール抽出」は,作業情報,環境情報,生体情報の関連性をデータ解析することで,熟練者が意識していなかった作業ノウハウの抽出を試みるものである.換言すれば,熟練者が意識していなかった作業判断基準や作業内容に潜んでいる法則性やルールを抽出しようとするものである.

(3) 技能の可視化と伝承支援

1) 技能の区分

技能は,まず,感覚・運動系技能と判断・計画・管理系技能(知的管理系技能)に区分される.感覚・運動系技能は,感覚技能と運動系技能に区分される.感覚技能は,五感(視覚,聴覚,触覚,味覚,嗅覚)によって作物や家畜の状態(生体情報)を把握しまた土壌や畜舎等の環境状態(環境情報)を把握する技能である.運動系技能は,農業機械・施設等を意図したように運転操作する技能である.

判断・計画・管理系技能(知的管理系技能)は,作業判断系技能,作業計画系技能,経営管理系技能に区分できる.経営管理系技能は,経営目標や経営資源制約を考慮しつつ,作物・品種・栽培方法の選択と作付計画策定を行う技能である.種々な条件を考慮して営農計画を策定するには,各種のシミュレーション技法や最適化技法が活用できる.今後は,これらの営農計画手法が,作業者(特に初心者や中級者)の技能を支援しその技能を強化する可能性は大きい.

以下では,運動系技能の可視化の事例として,営農可視化システムFVS PC-Viewer等を活用して作業映像と詳細な作業内容を統合化・可視化する事例を紹介する.次に,経営管理系技能の可視化の事例として,FAPSによる疑似体験を紹介する.これらにより,こうした技能の一部はノウハウ化できる部分があり,伝承支援の可能性を示している.

2) 運動系技能の可視化―営農可視化システムFVSの適用事例―

農作業では,農業機械操作は一人で行うことが多く,初心者が熟練者の機械操作の「技」を直接に見る機会はかなり限られている.例えば,水稲栽培におけるトラクタによる代かき作業,田植機による田植作業,コンバインによる収穫作業等では,作業者(オペレータ)が,どこを見て,何に気を付けて,どのように機械を操作しているかは,今まで各経営でほとんど記録されていなかった.このため熟練者の技能を初心者へ伝承するためには,実際の農作業を行う実践過程で,熟練者の操作する農業機械に初心者が同乗するか,その逆に初心者が操作する際に熟練者が助言を与える以外に方法はなかったのである.しかしこうした伝統的なOJTの方法だけでは,農業人材育成を効果的に行うことは困難な時代になっている.

このため,農作業デジタルコンテンツの作成とこれを活用した技能伝承が期待されている(南石・藤井,2015).これは,生産プロセスの各段階(荒起こし,代かき,田植え,稲刈りなど)の農作業を,様々な視点から映像化し,これに作業軌跡や作業内容,さらには,熟練農業者の解説等を統合したものであり,農作業の可視化・数値化といえる.

農作業デジタルコンテンツを自動作成しデジタル再生するシステムとして,筆者らは「営農可視化システムFVS PC-Viewer」を開発している.このシステムは,農作業の作業状況に関わる複数の映像データ,GPS作業軌跡データ,ICタグデータ(作業内容)等の多様なデータを連続収集し,これらの自動統合・可視化(データ統合表示)を行うPC用ソフトウェアである(南石・藤井,2015).本システムを活用した農作業ノウハウ伝承支援の進め方は,①映像などのデータ取得,②データの自動統合・可視化および解説・目次追加,③活用の3つのSTEPに大別できる.

3) 経営管理系技能の可視化―農業技術体系評価・計画システムFAPSの適用事例―

作業計画系技能および経営管理系技能は,最も状況依存的で伝承が難しい技能と考えられる.その技のコツをノウハウとして言葉で表現することは容易ではなく,映像で可視化することも困難と言える.また,各種判断の上位階層に位置しており,意図する成果が得られるように,過去と現在の状態の把握と理解,未来のシミュレーション予測,意図する成果を得るための適時適量の最適解の探索が行われていると考えられる.経営管理系技能については,実践訓練が最も重要と考えられるが,それを補完するものとして疑似体験が有効である.

こうした疑似体験を可能にするシステムとして,農業技術体系データベースFAPS-DB(南石,2011)による営農シミュレーションや確率的計画法を用いた営農技術体系評価・計画システムFAPS(南石,2011)による最適営農計画がある.例えば,FAPSを先進大規模稲作経営に適用した研究事例(南石,2016)では,100 ha超の天皇杯受賞稲作農家のデータを参考にモデル構築を行った.その最適営農計画は,経営者から見ても,作業リスク等を考慮した現実味のある内容になっており,農場全体の営農活動を総合的に最適化する参考になることを示している(南石,2019).紙幅の制約により,詳細は割愛するが,営農実態に即したモデル構築により,最適化モデルやシミュレーションモデルは,経営管理系技能の少なくとも一部を可視することが可能するものであるといえる.

4. おわりに

本稿で取り上げた研究は,何れも農業イノベーションを如何に実現するかという問題意識に基づいている.家族間の口頭伝承が有効に機能する「農家」であれば,技術・ノウハウ・技能を可視化する必要性は低い.これに対して,雇用を前提とする「法人経営」では生産担当者の人材育成が課題になり,技術・ノウハウ・技能の可視化と伝承を効果的に行う仕組みが必要になる.経営戦略やビジネスモデルによっても,必要な技術が異なるため,真に必要な技術を速やかに導入し,あるいは新たに開発することが重要になる.また,そうした技術を使って期待される収量・品質の生産物を効率的に生産するには,多様なノウハウや技能が不可分である.これができなければ,如何に優れた技術であっても,その農場にとっては意味をもたない.換言すれば,イノベーションの実現には,優れた技術と同時に,ノウハウや技能が不可分と言える.その意味では,技術・ノウハウ・技能の可視化は,農業イノベーションの鍵の一つといえる.

ところで,ノウハウや技能の可視化は,その瞬間から情報漏洩の危機にさらされるなどリスク要因にもなる.また,ノウハウ・技能は可視化により,技術と同様に法的保護(知的財産権等)の対象となり得るが,その権利が誰に帰属するのかという新たな課題も生じる.これらの点は今後の研究課題である.

謝辞

本稿は日本学術振興会基盤研究(課題番号JP 19H00960,研究代表 南石晃明)の研究成果に基づく.

引用文献
 
© 2021 地域農林経済学会
feedback
Top