2021 年 57 巻 1 号 p. 29-30
本書は,建設企業や食品企業以外の幅広い業種・規模の3,200を超える法人が農業に参入するようになった,今日的な企業の農業参入の姿を実証的に明らかにし,農業参入の理論化を行う待望の書籍である.評者は以前,本誌54巻4号の書評で,農業参入に関わる包括的な研究成果が2013年に出版されて以降,当該分野の研究報告が次第に少なくなってきていることを指摘した.本書のあとがきに,本書の執筆者も同様の問題意識を有していたことが,本書の出版に至る研究蓄積の動機であると記載されており,一人でも多くの読者が本書を手に取り,現時点での農業参入理論の最前線を理解し,更なる理論の精緻化を進めることが著者・評者を含めた農業経営研究者に課せられた課題であろう.
本書は5名の研究者による共著であるが,本書全体として,綿密な実態調査をもとに,農業に参入する際の理由・目標と経営内部・外部の効用が発現するメカニズムを解明し農業参入の理論化を目指す,いわゆるPhenomenon-Driven型の課題設定が行われている.この課題に接近する分析方法として,効用を経営資源別に分類し,発現の内容・時期・対象を経営内部・外部別に評価する「農業経営体の効用評価フレーム」が構築・利用されている.
この分析フレームワークの評価すべき点は,以下の3点である.①効用の評価基準に長期(10年以上)の視点があり,事業持続性の観点からも分析可能なこと,②従来型の農業経営体(本書では,農業専業経営体)との比較分析において,既存研究で多く指摘される効用の内容に加え,時期・対象についても分析対象とすることが可能となり,重層的な比較分析が可能となること,③企業が農業に参入する目的・ねらいについて,既存研究で企業の社会的責任やCSR活動と十把一絡げに捉えられていたものに対し,重層的な分析が可能となることである.
さて,評者はこれまでこの領域に関する問題意識として,「参入した企業の内部・外部環境の変化に適合した経営資源の獲得方法」「効率的かつ効果的な農業参入を果たすための関連主体の役割」「SDGsの視点から見る参入企業の経営理念」を解明することを有してきたが,これら3つは複雑に絡み合う事象であり,統括的な研究を行うことは困難であると捉えてきた.本書は,評者の持つ前者2つの問題意識に応えているだけでなく,3つ目についても先駆的な言及を数多く記している.そこで,評者の問題意識に基づき,本書の内容紹介に代えて本書の構成を示していこう.
第1章では,日本農業の現状と企業の農業参入に関わる制度や参入方式の変遷を整理し,参入企業の本業と農業間での経営資源のやり取りについて評価する意義について言及し,第2章は,参入を巡る法制度・農地制度の変遷を整理している.それらをふまえて,第3章が本書の分析枠組みの提示である.本書の分析フレームワークは前段で示したとおりであり,具体的にどのようにこのフレームワークを用いて事例分析を行うかの例が示されており,本書の理解度を深めることに寄与している.
以降第4章~第9章は,業種別の事例分析である.6業種23事例の分析が行われている.この6つの章の分析結果への評価は,紙幅の関係で示せないが,特に評者の第1の問題意識である「経営資源」をキーワードとして,極めて示唆的であると評価する部分を記載しておこう.
それは,経営資源を組み合わせて活用する企業の能力に関する言及が行われている点である.経営資源に関する経営学理論において多くの人が依拠するリソース・ベースト・ビュー(Resource Based View:RBV)は,経営資源とそこから生み出される製品・サービスの関係を示す有効な理論である一方,経営資源をどのように組み合わせるかについての部分がブラックボックスであるとの指摘がなされている.本書の事例分析で導かれた「農業部門が,本業がもつ多様な経営資源を移転し,異なるバリューチェーンを新たに構築しうること」は,単に経営資源を「組み合わせる」のではなく,「組み合わせ直す」ことの企業の能力について言及しており,示唆的であると評者は捉えている.
第10章では評者の第2の問題意識である「効率的かつ効果的な農業参入を果たすための関連主体の役割」に通じる,農業参入を受け入れる地域に発現する効用の分析がなされ,関連主体としての自治体の役割について,幅広いきめ細やかな支援施策により他業種の農業参入が可能となり,受け入れ地域が獲得する効用が多方面化していることを指摘している.大変有意義な帰結点であるが,この章のみの分析結果となっており,第4章~第9章の業種別の事例分析においても,いかなる関連主体からの支援が効果的であったのかの分析が加えられれば,より効果的な分析フレームワークとなったと考える.
最後,第11章で全体の総括として,以下の3点を農業参入理論として提唱している.1つ目が,農業から生じる経営資源を,本業に効用として発現させていることである.2つ目が,参入企業は金銭的な利益を期待しているわけではなく,むしろ非金銭的な効用を期待していることである.3つ目が,参入企業の多くが数年間の赤字を覚悟し,長期的な視点が必要な効用を期待していることである.
評者の3つの問題意識に照らして,本書の分析をより精緻化するには,以下の点が求められると考える.まず,「不足する経営資源の獲得方法」に関する視点が求められる.いかなる効用が発現するかの分析が本書の中心であるが,事例の比較分析により効用が発現していない経営資源も明らかとなるであろう.その際,効用が発現していないのではなく,発現する経営資源が根本的に不足しており,その獲得をいかに行うかという視点は,参入を目指す企業に対する関連主体による支援の充実につながると考える.
最後に,本書では評者の第3の問題意識である「SDGsの視点から見る参入企業の経営理念」については,直接の言及は行われていない.ただ,本書の多くの箇所に,「企業のCSRとして,農業をやっている」「地域農業を活性化する社会貢献」などの記載が見られ,農業参入の理由の一つとしている.本書の分析フレームワークは参入目的について重層的な分析ができることが評価できると,先に述べたが,SDGsの視点を加えることで,より精緻な分析が得られると考える.
具体的には,評者が理解する限りにおいて,CSRがステークホルダーからの信頼を高めるために,本来の事業に+αの企業活動を行い社会問題の解決に取り組むのに対し,SDGsは従来からの企業活動を行い,その延長線上で目標とされる17の社会問題の解決に取り組むという根本的な相違点があると捉えている.本書は,どちらかといえばCSRの視点に立ち,+αの企業活動としての農業参入を分析しているであろう.本業の延長線上に農業参入を捉えることで,本業と農業との相乗効果がより明確となり,分析フレームワークの有効性が高まると評者は考える.