農林業問題研究
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書評
増田佳昭編著『制度環境の変化と農協の未来像―自律への道を切り拓く―』
〈昭和堂・2019年2月〉
辻村 英之
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2021 年 57 巻 2 号 p. 92-93

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1. 地域農林経済学の研究業績としての意義

本書は農業開発研修センターの設立50周年を記念して企画された.明示されてないが,同センターが事務局を担ってきた近畿農協研究会(以下,近畿農研と略称)の設立60周年記念としての位置付けもできよう.同センターの出版事業はこれまで,『現代農業協同組合論』(全3巻),設立30周年記念出版(全3巻)の第1巻『農協問題の展開方向を問う―21世紀を見据えて―』,センター設立40周年・近畿農研共同事業としての『農協の存在意義と新しい展開方向―他律的改革への決別と新提言―』を刊行してきた.

今回の記念出版は,2014年以降,近畿農研の研究大会・例会において議論し続けてきた「農協・JA改革」をテーマとする.11の論考のほとんどが,同研究会における報告を元にして,参加者(農協運動の研究者・実践者)との討論を踏まえ執筆されたものである.近畿農研における5年間の研究の成果・蓄積の公表として位置付けられよう.

近畿農研の研究者は,「経営主義」「現場主義」を共有する,農協研究の「京都学派」と呼ばれることがある.同研究会において実践者の生の声を聞くことによって,農協運動の現実,特に実践者が抱く問題意識に触れ,農協が直面する現実を重視した理論構築や実践的課題への対応力を持つ研究成果の探求(「現場主義」)が育まれたという.

さて評者は,本学会の2019年度大会「大会講演」において,企画解題として「地域農林経済学の特質」を整理した(辻村・中村,2019).「学究者と実際家との交流・切磋琢磨」「現場主義」「地域貢献になる研究」「リアリティ把握と実践性の強化」など,上記の近畿農研(「京都学派」農協研究者)の特質と重なる.実際,近畿農研の研究者のほとんどが本学会で活躍しており,たとえば本書の4名の著者が会長・副会長の経験者である.70回記念大会を終えた本学会において,「京都学派」による農協研究は当初から,主要な研究部門とされ,学会とともに発展してきたといえよう.

本書のどの論考も,実践者との交流を通して熟知するに至った農協の厳しい現実に即した推論により,実践的課題での対応力が高い研究成果(具体的な政策提言)を導き出している.地域農林経済学の研究業績(その特質を高度にそなえた地域農林経済学の典型的な業績)の新たな蓄積として,意義付けることができる.

2. 本書における分析の課題・結論の概要

序章において編著者の増田が,本書の分析課題を明示している.

分析課題1は,今回の政府主導の「農協改革」や農協法改正を,農協にとっての制度環境の大きな変化としてとらえ,その変化の基本的な方向と意味するものの理解である.

この課題1の結論を,同じく序章において増田がまとめている.①農協を「農業者の協同組合」として純化させること,②JAの総合事業から信用事業を分離して経済農協(専門農協)化をすすめること,③「農業者の運動組織」としての性格を希薄化させること,の3点である.すなわち,日本型総合農協から欧米型専門農協への移行を,政府が促したのだという.

分析課題2は,この欧米型専門農協への移行を促そうとする制度環境変化に対して,JAグループがいかに対応しているのか.その動向と意義について解明することである.

分析課題3は,今後の農協の制度環境がどうあるべきかについて検討することであり,「あとがきにかえて」において増田が,准組合問題をめぐる結論をまとめている.①准組合員への共益権の付与により「農業者の協同組織」から「農的地域協同組合」にする(第1章),②JA事業でむすびついた准組合員を積極的に位置づけて「食と農を基軸とした地域に根ざした協同組合」をめざす(第3章),③同じく准組合員を積極的に意義づけ,農協法の目的も「地域社会の安定・発展」として(「農業生産力増大」「農業所得増大」に狭く限定せず),「地域協同組合型総合農協」をめざす(第5章),の3点である.

3. 「農協の未来像」の実践論化に向けて

本学会の2018年度大会において,本書の執筆者3名を報告者に含む「特別セッション:農業協同組合の存在意義と未来像―政府の「農協改革」とJAの「自己改革」をめぐって―」を実施した(辻村,2018).

評者はその座長として(議論を促すために敢えて),「農業経営の企業化(家計から自律)」が進み,従来のように家計全体の目的である「生活改善」の手段として「営農改善」を位置付けず,農業所得を最優先する組合員が増えている(生活事業の存在意義が弱まっている)のではないか」と,経済事業(専門農協化)重視の政府「農協改革」寄りの意見を述べた.

それに対して報告者の北川は,企業化(家計からの自律化)を進める正組合員の経営は一部に過ぎないと回答した上で,JA「自己改革」として,農協が自ら「食と農を基軸として地域に根ざした協同組合」(「農的地域協同組合」)と位置付けたことを前提に(農協が直面する現実を重視して),本書第3章の議論につながる,地域活性化のための「総合事業・生活事業の存在意義」を論じた.政府「農協改革」の理想論に対抗し,「現場主義(実践性重視)」に基づいた実践論化のための議論といえる.

しかし正組合員のほんの一部であるとはいえ,対処なしには「農協離れ」につながり得る企業化経営(農業所得最優先層)の存在・増加は大きい.JA「自己改革」も政府「農協改革」に押され,事業目標の優先順位を「農業者所得増大」>「農業生産拡大」>「地域活性化」とした.それもまた,現実である.同じく「農的地域協同組合」化の現実に基づいて,本書は准組合員の類型化とその類型ごとの対応をしっかり検討している.それとは対象的に,正組合員の農業所得最優先層に焦点を当てた,経済事業(特に販売事業)による農業所得引き上げ方策・戦略の具体的な検討が不十分である.本書の残された課題として挙げることができよう.

ただし評者自身も,本書第5章で青柳が主張するように,農業関連部門収支悪化の1要因「管内多数の兼業農家や高齢農業者,取引条件の不利な中山間地農業者」との取引を維持すべきで,その重視こそが,社会的連帯経済セクターの主役たるべき協同組合としての最重要な役割であると考えている.そうであるからこそ,経済事業の持続性確保[そのための組合員の農業所得引き上げ,経済事業の一定の利益確保(損失削減)]のための経済事業(特に販売事業)の特別な戦略が求められ,その検討が実践論化をより深めると考える.さらには,JA「自己改革」として多様な事業の維持を決めた農協にとって,規模拡大よりも,複数の事業や他社との協調によるシナジー効果の追求が重要であり,金融事業の利益で経済事業の損失を補填することも,その複数事業によるシナジー効果の1つだと考えている.

引用文献
 
© 2021 地域農林経済学会
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