農林業問題研究
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個別報告論文
紛争後のスリランカ北部農村におけるタミル人世帯の生計再建メカニズム
原田 智子
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2021 年 57 巻 4 号 p. 136-143

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Abstract

This study identifies the mechanism of livelihood recovery of rural households in post-conflict northern Sri Lankan villages. The results show that households’ livelihood assets and degree of social capital accumulation in their village of residence have an effect on access to activities and resources. This, in turn, impacts livelihood recovery. Social capital belonging to households and communities facilitates access to external support and credit, which then facilitates economic activities and the acquisition of physical capital. Households’ social capital also improves access to farmland and employment opportunities, which enables them to diversify and scale up their economic activities.

1. はじめに

25年以上続いた内戦が2009年5月に終結したスリランカでは,被災世帯を支援するために様々な事業が実施された.しかし,紛争中に激戦地となった北部州の旧反政府組織支配地域では,貧困率が高く,紛争後に避難民キャンプから帰還した世帯の生計水準にも格差が生じていた(原田,2014).そして,この生計水準の格差は受益した支援や居住地の違いだけでは説明できないことも示されている(原田,2014).紛争で被災した世帯の生計再建に影響する要因を解明することは紛争影響地での効果的な生計再建支援策を検討する上で重要な課題の一つとなっているが,紛争影響地における世帯生計に関する研究の蓄積は少ない.このような問題意識のもとで,原田(2017)は紛争後に世帯が生計再建のために取り組んだ生計戦略群の特性を明らかにし,生計戦略群が生計再建状況に影響していることを示した.しかし,原田(2014,2017)では,生計水準と一部の生計戦略が同じ時点で計測されており,生計戦略群と生計類型の関係だけでは生計戦略がどのように生計再建につながったかを明らかにすることはできない.さらに,類似の生計戦略群を選択した世帯間でも生計水準に格差が生じていることも示され,生計戦略群の違いだけでは生計再建状況の差異を十分に説明することはできない(原田,2017).こうしたことを踏まえると,個別事例の生計再建過程を経時的に辿り,生計戦略がどのように生計再建につながり,世帯間格差がどのように生じたのかを解明する必要がある.

途上国農村では優れた成果が期待できる生計戦略を採用しようとしても,制約要因があるために成果の劣る生計戦略しか選択できない世帯が存在するという指摘もある(Abdulai and Crolerees, 2001).また,世帯主の年齢(Ellis, 2000; Asmah, 2011),世帯主の性別や学歴及び世帯構成員の数(Winters et al., 2009),村外でのネットワークの有無(Smith et al., 2001),親族関係(遠藤,2006伊藤,2013)といった世帯属性が経済活動の選択と資源へのアクセスに影響することも示されている.

そこで本稿では,①個別事例の生計再建過程を辿り,ある生計戦略群を選択したことと生計再建状況の関係における促進・制約要因を解明すること,②生計戦略群の選択と生計再建状況の関係に係る規定要因を解明すること,を目的とする.

本稿では,原田(2014,2017)と同様に,「生計」と「生計戦略(群)」を次のように定義する.生計は,「①資産(自然資本,物的資本,人的資本,金融資本,社会関係資本),②活動,③制度や社会関係の媒介による資産と活動へのアクセスから構成されるもの(Ellis, 2000: p. 10)」とする.生計戦略は,「世帯の目標を達成するための様々な活動の組み合わせ1」とする.生計戦略群は,「ある期間中に世帯が実施した生計戦略の集合」とする(原田,20172

調査地は,スリランカ北部州マナー県マンタイウエスト郡とマドゥ郡に位置する6村である.分析には,2012年8月から2013年3月,2013年8月・9月,2014年9月・10月,2018年2月,に実施した現地調査によって得られたデータを利用した3

2. 調査村と事例世帯の概要

調査村は紛争中に長期にわたり反政府組織によって支配され,紛争終盤期には激戦が繰り広げられた.全住民が紛争終結前に居住村から避難した.紛争後,大多数の住民は避難民キャンプに収容され,地雷処理等が終了した地域から順に帰村許可がおりた.紛争中に住宅は破壊され,全壊を免れた住宅は数戸だった.トラクターやバイク等の物的資本もほぼ残っていなかった.紛争後,政府や国際機関等が復旧事業や再定住支援を実施したが,調査地では外部支援が公的な住民組織を通じて分配されることが多く,公的な住民組織は重要な役割を担っていた.また,紛争中に政府支配地域との往来も容易ではなかったことから,金融市場が未発達だった.調査村に公的な金融機関が無いためだけではなく,保証人や担保が不要なことから,住民組織による小口融資や回転型貯蓄信用講(Rotating Savings and Credit Association:以下,ROSCAと略す.)4を利用する住民が多く確認された.調査村の概要を表1に示す.

表1. 調査村の概要
項目 A村(46)1) B村(36) C村(54) D村(33) E村(23) F村(20)
紛争終盤期での避難時期 2007年の年末 2007年の年末 2006年から2008年の初頭 2007年3月 2008年の初頭 2008年の初頭
紛争後の帰村時期 2009年10月 2010年3月 2010年5月 2010年10月 2010年6月 2010年6月
政府・NGO等による主な復旧事業と再定住支援2) 灌漑改修,井戸改修,電線設置,住宅建設支援,耕作支援,資機材供与,住民組織へ融資資金供与 井戸改修,住宅建設支援,資機材供与,耕作支援,住民組織へ融資資金供与 電線設置,住宅建設支援,資機材供与,耕作支援,住民組織へ農業機材供与と融資資金供与 仮設住宅建設支援,資機材供与,住民組織へ農業機材供与 井戸改修,仮設住宅建設支援,資機材供与,耕作支援 仮設住宅建設支援,資機材供与,耕作支援
再組織化された公的住民組織3)(再組織化した年月) FO(2009.11),RDS(2010.4),WRDS(2010.4) FO,RDS,WRDS(2010.7) FO(2010.7),WRDS(2010.7) RDS,WRDS(2011.6) FO(2012.2),RDS(2010.7) FO(2012.2),RDS(2011.1),WRDS(2010.12)
住民組織による小口融資の有無4)
女性貯蓄グループの有無 有(2010.11結成) 有(2010.10結成) 有(2011.1結成)
回転型貯蓄信用講の有無 無(村外の講に参加した世帯有)

資料:現地調査結果に基づき筆者作成.

1)カッコ内の数字は,世帯数(単位:戸)を示す.

2)村落道路の改修,公民館建設・改修,稲作用種子配布は6村で実施された.調査村における復興事業及び再定住支援の詳細については,原田(2014)の表2と表3を参照されたい.

3)スリランカでは村ごとに農民組織などのコミュニティ基盤型住民組織が公的に組織されている.FOは,Farmers’ Organization(農民組織)のことを示す.RDSは,Rural Development Society(村落開発組織)のことを示す.WRDSは,Women Rural Development Society(女性村落開発組織)のことを示す.

4)調査村に銀行等の公的な金融機関はなく,公的な住民組織の他に金貸し業を行う人や組織も確認されなかった.

原田(2014)は,調査村における世帯の生計水準が,「社会関係資本」と「物的資本」の蓄積の差異によって説明することができ,生計水準の類似性により世帯を6種類の生計類型に分類できることを示した5.生計戦略群の選択と世帯の生計水準の間に有意な連関も確認されている(原田,2017).本稿では,それぞれの生計戦略群を選択した世帯から典型的な生計水準の世帯を事例世帯として抽出するため,表2に示した原田(2017)の分析結果を基に,それぞれの生計戦略群を選択した世帯で,最頻グループ(表中の灰色の欄)から3世帯を事例世帯として選択した.さらに,同じ生計戦略群を選択した世帯間の生計再建状況に係る格差の要因を考察するため,生計戦略群Ⅱ及びⅤを選択して,最頻の次に多くの世帯が属しているグループ(表中の太字・下線付の欄)からそれぞれ3世帯を事例世帯として選定した.事例世帯はランダムに抽出したが,居住村に偏りが出ないように留意した.生計類型別にみた生計の特徴と生計戦略群の概要をそれぞれ表3と表4に示す.

表2. 選択した生計戦略群と生計再建状況の関係
生計再建状況
生計戦略群
高水準 中水準 低水準
生計類型1)Ⅰ(4)2) 生計類型Ⅱ(4) 生計類型Ⅲ(83) 生計類型Ⅳ(11) 生計類型Ⅴ(36) 生計類型Ⅵ(74)
生計戦略群Ⅰ(24) 17%3)(4) 8%(2) 67%(16) 0%(0) 8%(2) 0%(0)
生計戦略群Ⅱ(22) 0%(0) 5%(1) 23%(5) 0%(0) 64%(14) 9%(2)
生計戦略群Ⅲ(32) 0%(0) 0%(0) 100%(32) 0%(0) 0%(0) 0%(0)
生計戦略群Ⅳ(16) 0%(0) 0%(0) 13%(2) 25%(4) 6%(1) 56%(9)
生計戦略群Ⅴ(118) 0%(0) 1%(1) 24%(28) 6%(7) 16%(19) 53%(63)

資料:原田(2017)の表5を一部変更して,転載.

1)表頭6カテゴリーは,原田(2014)の分析結果である生計類型を示す.

2)括弧内の数値は,世帯数(単位:戸)を示す.総世帯数は212戸である.

3)それぞれの生計戦略群内(表側)における生計類型(表頭)と生計戦略群(表側)の組み合わせの世帯率を示す.小数点以下四捨五入.

表3. 生計類型別にみた生計の特徴
生計類型 生計の特徴
生計類型Ⅰ 社会関係資本と物的資本の蓄積が多い.
生計類型Ⅱ 社会関係資本の蓄積が多く,物的資本も比較的に良く蓄積している.
生計類型Ⅲ 社会関係資本と物的資本を比較的良く蓄積している.
生計類型Ⅳ 社会関係資本を比較的に良く蓄積しているが,物的資本をあまり蓄積できていない.
生計類型Ⅴ 物的資本を比較的に良く蓄積しているが,社会関係資本をあまり蓄積できていない.
生計類型Ⅵ 社会関係資本と物的資本をあまり蓄積できていない.

資料:原田(2014)に基づき筆者作成.

表4. 生計戦略群の特徴
生計戦略群 特徴
生計戦略群Ⅰ 稲作の早期開始,家畜飼育,金融資本及び物的資本の取得等の幅広い組み合わせである.
生計戦略群Ⅱ 貯蓄,親族からの贈与・借入,所得を用いた金融資本及び物的資本の取得,稲作の早期開始や非農業分野の経済活動等の組み合わせである.
生計戦略群Ⅲ 回転型貯蓄信用講や銀行での借入による金融資本取得,非農業を中心とした経済活動,稲作,公的支援受益,物的資本取得等の幅広い組み合わせである.
生計戦略群Ⅳ 貯蓄,親族からの贈与や所得を用いた物的資本の取得を中心とした幅の狭い組み合わせである.
生計戦略群Ⅴ 公的支援,親族からの贈与や所得を用いた物的資本の取得を中心とした幅の狭い組み合わせである.

資料:原田(2017)に基づき筆者作成.

3. 生計再建メカニズム:過程,促進・制約要因

(1) 選択した生計戦略群と生計水準との関係における生計再建の促進・制約要因

本項では,事例世帯の生計再建過程を辿り,生計再建の促進・制約要因を考察する.原田(2017)と同様に,各世帯の帰村日から2012年10月までの生計再建過程を分析対象とする.

1) 生計戦略群Ⅰで生計が高水準な世帯(類型Ⅲ)

3世帯はA村に居住し,帰村直後に稲作を開始した.帰村後3ヶ月以内に貴金属の質入れや避難前に飼育していた牛の捕獲により金融資産を取得し,経済活動の多角化を行った.帰村後半年で稲作収入を得て,借入金の返済や経済活動への再投資を行った.そして,翌年には所得向上を実現した.また,帰村した翌月にFOに加入し,FOを介して農業に係る支援を受けた.その後,WRDS,RDS,女性貯蓄グループにも加入し,複数の住民組織から融資を受け,経済活動への投資に充てた.そして,継続した経済活動の規模拡大6により更なる所得向上が実現した.所得が比較的安定した頃に,政府やNGOの支援7,所得,借入金,を利用して,住宅・電力化(3世帯),バイク(2世帯),トラクター(1世帯),井戸(1世帯),給水ポンプ(3世帯)を取得した.3世帯は6種類の住民組織に加入した8.村内でROSCAにも参加し,得たお金は稲作と住宅改善費に利用した.

以上のように,帰村後3ヶ月以内に実施した経済活動の開始・多角化と住民組織加入の成果として,帰村後半年での収入稼得と金融市場へのアクセスが可能となった.翌年には経済活動の規模拡大により所得向上が実現した.また,住民組織加入やROSCAへの参加により外部支援や新たな金融資産の取得が可能となった.その結果,継続した経済活動の規模拡大と物的資本の取得が促進されたと考えられる.

2) 生計戦略群Ⅱで生計が中水準な世帯(類型Ⅴ)

事例世帯はC村,E村,F村に居住し,帰村前(2世帯)又は帰村直後(1世帯)に経済活動を開始した.活動を行う順番,内容,金融資産と物的資本の取得手段は3世帯で一致していなかった.さらに,先に行った活動の成果が次の活動にそれほど影響しておらず,2世帯は帰村後半年で貯蓄や販売借用を利用してトラクターを購入していた.

物的資本の取得には,政府の支援,貯蓄,親族からの贈与,所得,借入(銀行,販売借用)を利用していた.貯蓄や贈与を利用してトラクターやバイクを購入した世帯もあった.3世帯は2~3種類の住民組織に加入し,ROSCAへは参加していなかった.

3世帯は知人や親類の協力を得て経済活動を開始していた.1世帯は,帰村前に村外の知人の紹介で世帯主が政府機関の仕事に就いた.別の世帯は,帰村許可がおりる前に親類を頼り,郡内で最初に帰村許可のおりた地域に移動し,知人と協働で稲作を行った.また,3世帯は農地を所有していないが,知人や親類から農地を借りて稲作を行っていた.

以上から,世帯が保持していた社会的ネットワーク,親族関係,金融資産(貯蓄)を利用できたことで,帰村前又は帰村直後に経済活動を開始し,新たな金融資産や物的資本の取得が進んだと考えられる.

3) 生計戦略群Ⅲで生計が高水準な世帯(類型Ⅲ)

事例世帯はA村とC村に居住し,帰村後半年以内に経済活動を開始した.その後,経済活動の規模拡大ではなく,経済活動の多角化を行った.そして,経済活動の多角化を進めたことで帰村した年に所得向上・安定化を実現した.また,帰村後3ヶ月目には住民組織に加入した.3世帯は質入れ,ROSCA,住民組織や銀行からの借入といった多様な資金取得手段を利用して,経済活動や物的資本取得に必要な資金を適時に取得していた.所得が安定した頃に外部支援と借入(銀行と質入れ)を利用して,住宅(3世帯),電力化(1世帯),バイク(2世帯),井戸(1世帯)を取得した.3世帯は4種類の住民組織に加入した.村内でROSCAにも参加し,得たお金は,稲作,生活費,借入金の返済に利用した.

以上から,経済活動を多角化したことで帰村した年に所得向上・安定化を実現したことと多様な資金取得手段を利用できたことにより,継続した経済活動への投資と物的資本の取得が進んだと考えられる.

4) 生計戦略群Ⅳで生計が低水準な世帯(類型Ⅵ)

事例世帯はB村とD村に居住していたが,紛争中の早い時期に国内外に避難していた.帰村時期は他の住民より遅く,D村の2世帯は1ヶ月遅く帰村した.3世帯は政府義援金9,宅地整備支援金等の支援を受益しておらず,親族からの贈与や僅かな貯蓄を用いて住環境初期整備を行った.帰村後3ヶ月以内に経済活動を開始したが,規模は小さかった.3世帯は農地を所有しておらず,宅地や国有地を開拓して農業を行った.経済活動を多角化(日雇労働)したが,労働日数は少なかった.所得は低く,金融資産の取得手段は,僅かな貯蓄,質入れ,親類からの支援のみだった.また,2世帯は住民組織に小口融資を依頼したが,資金不足を理由に断られていた.

外部支援を利用して,仮設住宅(2世帯)と井戸(1世帯)を取得した.3種類の住民組織に加入し,ROSCAには参加していなかった.

以上から,帰村時期の遅れと限定的な外部支援だけでなく,帰村時に世帯が保持していた生計資産の乏しさが制約となり,経済活動,金融資産や物的資本の取得が進まなかったと考えられる.

5) 生計戦略群Ⅴで生計が低水準な世帯(類型Ⅵ)

3世帯はD村とE村に居住し,帰村許可がおりた直後に帰村した.帰村後3ヶ月以内に経済活動を開始し,多角化も行ったが,規模は小さかった.3世帯は農地を所有しておらず,1世帯は親族と協働で農地を借りて稲作を行い,2世帯は国有地を開拓して稲作と畑作を行った.作付面積が小さいだけでなく,農地に灌漑施設がなく,農作物の単位収量も少なかった.2年目以降,3世帯の日雇労働の日数が減少しただけでなく,2世帯は農地を確保できず,稲作を行えなかった.経済活動の規模を縮小したことで,低所得に留まった.住民組織や親族からの借入金の返済も滞り,新たな資金を取得できず,物的資本の取得や経済活動への再投資もできなかった.

3世帯は主に外部支援を利用し,住宅(1世帯),仮設住宅(2世帯),給水ポンプ(3世帯),井戸(1世帯)を取得した.2~3種類の住民組織に加入したが,ROSCAには参加しなかった.

以上のように,帰村後3ヶ月以内には経済活動を開始し,多角化も行ったが,経済活動の規模が小さかった.さらに2年目以降に経済活動の規模が縮小したことで低所得に留まった.そのため,借入金の返済ができず,新たな金融資産も取得できず,経済活動や物的資本の取得が停滞したと考えられる.

6) 生計戦略群Ⅱで生計が高水準の世帯(類型Ⅲ)

先述の生計戦略群Ⅱで生計が中水準の世帯の生計再建過程と比較した結果,経済活動の規模拡大ではなく,経済活動の多角化に重点をおき,所得向上を図った点が異なった.さらに,多様な資金調達手段を利用して,資金を調達した点も異なる.村内外でROSCAや貯蓄グループに参加した点も異なる.生計戦略群Ⅱを選択した世帯でROSCAに参加したのは5世帯のみで,その5世帯が生計類型Ⅲに属していた.さらに生計戦略群Ⅱで生計が高水準のグループの事例世帯2世帯はROSCAに参加するだけでなく,参加者を募り,自らROSCAを始めていた.

物的資本は,質入れ,所得,貯蓄,親類からの支援金(海外送金10),ROSCA,を利用して取得していた.1世帯は海外送金だけで住宅を建設した.別の世帯は,帰村直後に貯蓄を取り崩してトラクターを購入した.また,井戸(2世帯)とトラクター(1世帯)を紛争中から保持していた世帯もある.

1世帯は親類と協働で宅地を整備し資金不足を補い,紛争中に飼育していた牛を発見し,帰村直後から酪農を開始した.農地を所有していない1世帯も知人から農地を借りて稲作を行っていた.他の1世帯は親類の支援(海外送金)を受けて稲作を行っていた.3世帯が居住するB村とC村では,住民組織があまり機能していなかったが,C村の2世帯は住民組織から融資を受けていた.さらに3世帯はROSCAを利用して適時に資金を調達できていた.

以上から,生計戦略群Ⅱを選択した世帯間における生計再建状況の差異は,帰村時に世帯が保持していた村内外での社会的ネットワーク・互助関係,金融資産,海外在住家族の有無,家畜,物的資本,等の生計資産の蓄積度合いに起因すると考えられる.

7) 生計戦略群Ⅴで生計が高水準な世帯(類型Ⅲ)

先述した生計戦略群Ⅴで生計が低水準な世帯の生計再建過程と比較した結果,経済活動の開始時期と経済活動の規模が小さい点は同じだったが,経済活動の多角化を行い,小規模ながら経済活動の規模も拡大した点が異なった.さらに,住民組織による小口融資,ROSCA,家畜売却,といった多様な手段を利用して,資金を確保し,経済活動への投資や物的資本の取得を行った点も異なる.住民組織があまり機能していなかったB村とF村の2世帯もROSCAや貯蓄グループに参加し,資金を調達していた.また,主に外部支援を利用して物的資本を取得した点や給水ポンプを取得した点は同じだが,3世帯が住宅を取得し,電気化(1世帯),バイク(1世帯),を取得した世帯がある点は異なる.

3世帯は紛争中に飼育していた牛を発見し,酪農を開始した.農地を所有していない2世帯は,親類や知人から農地を借りていた.F村の事例世帯は,世帯主が知人の紹介で就業機会を得て,妻は自ら貯蓄グループの活動を再開していた.

以上から,生計戦略群Ⅴを選択した世帯間における生計再建状況の差異は,村内外での社会ネットワーク・互助関係,家畜の有無といった世帯が帰村時に保持していた生計資産の蓄積度合いに起因するものと考えられる.また,住宅建設・電力化は全村で実施される計画になっていたことから,外部支援の実施時期も影響していると言える.

(2) 生計戦略群と生計水準との関係の規定要因

生計戦略群と生計水準の組み合わせと世帯属性の関係を明らかにするため,事例世帯が属するグループ(表2の灰色の欄)の世帯と残りの世帯の属性についてt検定と独立性の検定を行った結果,一部の世帯属性について有意な関連が確認された(表5).

表5. 生計戦略群と生計水準の組み合わせと世帯属性との関係
生計戦略群×生計類型世帯属性1) 生計戦略群Ⅰ×生計類型Ⅲ(16)2) 生計戦略群Ⅱ×生計類型Ⅴ(14) 生計戦略群Ⅲ×生計類型Ⅲ(32) 生計戦略群Ⅳ×生計類型Ⅵ(9) 生計戦略群Ⅴ×生計類型Ⅵ(63) 生計戦略群Ⅱ×生計類型Ⅲ(5) 生計戦略群Ⅴ×生計類型Ⅲ(28)
世帯主の年齢3) 49.25 46.45 44.21 46.60 41.63 47.30 54.33 46.09 47.49 46.00 47.00 46.43 47.57 46.27
0.426(0.798) 0.532(−0.626) 0.007(−2.818) 0.079(1.767) 0.518(0.649) 0.927(0.091) 0.643(0.465)
世帯主の教育年数3) 6.69 7.88 8.36 7.75 9.53 7.48 7.44 7.80 6.79 8.22 8.40 7.77 7.79 7.79
0.366(−0.907) 0.663(0.436) 0.034(2.139) 0.835(−0.208) 0.062(−1.876) 0.784(0.274) 0.998(−0.002)
世帯構成員の教育年数3) 10.94 10.97 11.36 10.94 12.47 10.70 12.56 10.90 9.06 11.77 11.40 10.96 11.36 10.91
0.967(−0.041) 0.611(0.509) 0.002(3.179) 0.100(1.651) 0.000(−5.877) 0.742(0.33) 0.456(0.747)
所有農地の面積3) 3.75 1.42 2.00 1.57 1.20 1.67 0.22 1.66 0.89 1.90 0.20 1.63 1.75 1.58
0.000(3.568) 0.550(0.599) 0.157(−1.431) 0.000(−4.993) 0.001(−3.307) 0.000(−5.32) 0.743(0.329)
居住村4) 0.000 0.387 0.000 0.001 0.000 0.291 0.401
灌漑施設の利用状況4) 0.000 0.495 0.000 0.015 0.000 0.215 0.663

資料:分析結果に基づき筆者作成.

1)世帯構成員の数及び宅地面積について有意差は確認されなかったので表示していない.

2)括弧内の数値は,世帯数(単位:戸)を示す.調査世帯(総世帯数)は,212戸である.

3)生計戦略群と生計類型の組み合わせ別に,それぞれのグループに属するか否かの2区分で世帯属性に係る変数について差があるか否かについて,t検定を行った.2標本母分散が等しくない場合はWelchのt検定を行った.上段の数値は,各変数の平均値(小数点第三位以下四捨五入)を示し,左欄にそれぞれのグループに属する世帯の平均値,右欄に残りの世帯の平均値を示す.下段の数値は,有意確率を示す.カッコ内の数値は,t値を示す.

4)独立性の検定は,生計戦略群と生計類型のそれぞれの組み合わせグループに属するか否かの2区分と居住村の種類6区分の2×6のクロス表,及び灌漑施設の利用状況を示す3区分(大規模灌漑,小規模灌漑,灌漑施設の利用無)の2×3のクロス表,を使用し,Fisherの正確確率検定により実施した.紙面の都合上,有意確率のみを示す.

生計戦略群Ⅰを選択して高水準な生計(類型Ⅲ)の世帯の大多数(94%)はA村に居住し,所有農地が広く,灌漑施設(大規模貯水池)の利用率が高かった.稲作の早期開始が生計戦略群Ⅰの特徴の1つであることや,事例世帯は稲作収入を経済活動の規模拡大や物的資本取得に充てていたことを鑑みると,所有農地面積,灌漑施設の利用が生計戦略群と生計水準との関係に影響したものと考えられる.

A村では住民主導で住民組織を再結成し,住民自ら行政等に支援を要請したり,紛争中に未回収だった融資用原資を会員から回収し,小口融資を再開したりしていた.このように,A村では帰村直後から住民間の相互扶助活動が開始されていた.このことから,村民間の信頼関係・相互扶助関係が生計戦略群と生計水準との関係に影響したと推察される.

生計戦略群Ⅱを選択し中水準な生計(類型Ⅴ)の世帯を特徴づける世帯属性は確認されなかった.居住村に有意差はなかったが,事例世帯の居住村(C村,E村,F村)では,住民組織があまり機能していなかった.E村では行政の要請をうけながらも,村民間の関係が良くないことからWRDSは再組織化されなかった.C村の事例世帯は,人間関係が良くないという理由でWRDSに加入していない.支援事業が住民組織を通して実施されることが多いことを鑑みると,居住村での公的な住民組織の再組織化の有無や住民組織への参加の有無が生計戦略群と生計水準との関係に影響したものと推察される.

生計戦略群Ⅲを選択して高水準な生計(類型Ⅲ)の世帯は,世帯主の年齢が低く,世帯主と世帯構成員の教育年数は高い傾向にあった.また,大多数(75%)の世帯がC村に居住し,灌漑施設(小規模貯水池)を利用している世帯が多かった.生計戦略群Ⅲは,非農業(日雇い以外)を中心とした経済活動と稲作を含む幅の広い活動が特徴であることや事例世帯の世帯主や世帯構成員が政府やNGOでの就業機会を得ていたことを踏まえると,世帯の人的資本,灌漑施設の利用が生計戦略の選択に影響したものと考えられる.また,事例世帯の世帯主や世帯構成員が知人の紹介で就業機会を得ていたことや3世帯が帰村後の早い時期にROSCAに参加し,借入時に保証人が必要な銀行からの融資を利用した世帯があったことから,世帯の村内外でのネットワークや信頼関係・互助関係が築かれていたことが生計戦略群と生計水準との関係に影響したものと推察される.

生計戦略群Ⅳを選択して低水準な生計(類型Ⅵ)の世帯はB村とD村に居住し,所有農地が狭く,灌漑施設を利用していなかった.生計戦略群Ⅳは活動の幅が狭いことが特徴で,調査地での主な生業が農業であることも踏まえると,所有農地面積,灌漑施設の利用可否が生計戦略の選択に影響したと考えられる.また,B村とD村では住民間の関係が良くなく,行政主導で住民組織が再組織化されたが,あまり機能していなかったことから,居住村での村民間の繋がりの弱い関係,互助関係の乏しさも生計戦略群と生計水準との関係に影響したと推察される.

生計戦略群Ⅴを選択して低水準な生計(類型Ⅵ)の世帯は,女性世帯主が多く(22%),世帯構成員の教育水準が低く,所有農地が狭い傾向にあった.また,大多数の世帯がD村とE村に居住し,灌漑施設を利用していない.生計戦略群Ⅴは経済活動をあまり行えていないことを踏まえると,世帯主の性別,世帯構成員の教育水準,所有農地面積が生計戦略群と生計水準との関係に影響したと考えられる.

D村とE村では,紛争後に行政主導で住民組織が再組織化されたが,機能していない住民組織もあった.調査地で,政府等の支援や小口融資が住民組織を通して行われること考慮すると,居住村での村民間の信頼関係・互助関係の乏しさも生計戦略群と生計水準との関係に影響したと考えられる.

生計戦略群Ⅱを選択して高水準な生計(類型Ⅲ)及び生計戦略群Ⅴを選択して高水準な生計(類型Ⅲ)の世帯を特徴づける世帯属性は確認されなかった.

4. おわりに

本研究では,生計戦略の違いだけでなく,所得向上や金融市場へのアクセスといった生計戦略に取り組んだことで生じる成果が次の生計戦略の選択に影響し,生計再建状況に格差が生じたことが明らかになった.帰村後半年以内に経済活動と社会活動の開始,所得稼得を実現しただけでなく,帰村一年目での所得向上,金融市場へのアクセスが可能となった世帯は,経済活動への投資,新たな金融資産の取得,物的資本の取得を行うことが可能となり,生計再建を促進できていた.さらに,継続した経済活動の拡大・多角化により更なる所得向上・安定化を実現し,経済余剰を経済活動への投資,物的資本の取得,貯蓄,に充てることができ,生計再建が一層進んでいた.他方,経済活動や社会活動を帰村後半年以内に開始し,経済活動を多角化しても,経済活動を維持・拡大できなかった世帯は,低所得に留まり,生計再建が停滞していることが明らかになった.農地や金融市場にアクセスできなかったことや就業機会の減少が経済活動の維持・拡大の阻害要因となっていた.その農地や金融市場へのアクセスには世帯の保持していた社会関係資本が影響したと推察された.

同じ生計戦略群を採用した世帯間の生計再建状況の差異は,世帯が帰村時に既に保持していた社会関係資本,金融資本,物的資本といった生計資産の蓄積度の差異に因るところが大きいことが示された.しかし,帰村時に自然資本や金融資本の蓄積が乏しかった世帯も新たな金融資産を取得して経済活動の多角化や経済活動の規模拡大を行った世帯は,生計再建が比較的順調に進んだことも明らかになった.

続いて,ある生計戦略群に取り組んだことと生計水準の関係には,世帯属性の一部(所有農地面積,灌漑施設の利用可否,世帯主の性別,世帯構成員の教育水準)と居住村における社会関係資本の蓄積度合いが影響していることが示唆された.

1  Jansen et al.(2006: p. 142)を参照した.

2  ある期間中に世帯がA及びBという生計戦略を実施した場合,生計戦略群は,①2種類,②AとBの組み合わせ,という特徴を持つが,AとBを実施した時期・順序という特徴は含まれてない(原田,2017).原田(2017)は,帰村後に大多数の世帯が実施した金融資本及び物的資本の取得と経済活動を生計戦略の具体的な内容として捉え,帰村後から2012年10月までに世帯が取り組んだ生計戦略を分析対象とし,因子分析とクラスター分析を用いて世帯を分類し,生計戦略群の特徴を明らかにした.各生計戦略群の特徴を3節に記す.

3  原田(2014,2017)で利用したデータの一部も利用した.

4  調査地では,資金を必要とする人がメンバーを募り,ROSCAを開始したケースが多く確認された.他のメンバーの主な参加目的は,積立貯蓄,相互扶助,緊急時への備え,だった.

5  原田(2014)では,2010年10月時点の生計に関する変数を用い因子分析とクラスター分析を行い,生計水準の類似性により世帯を6つの生計類型に分類している.物的資本を構成する変数として,住宅の種類,水供給設備の種類,電気・水運搬ポンプ・トラクター・バイクの有無を採用している.社会関係資本を構成する変数として,「加入している住民組織の数」と「回転型貯蓄信用講への参加の有無」を採用している.住民組織の数には,インフォーマルな組織も含まれている.

6  本稿で,「経済活動の規模拡大」は,経済活動全体の大きさの変化ではなく,世帯が従事した稲作,畜産などの一つの経済活動の規模の変化を示す.

7  住宅は建設費用全額が支援されたが,支援組織によって支援額は異なる.農業用機材や井戸は費用の半額が支援された.

8  調査世帯が加入した住民組織の数の平均値は3.68だった(原田,2014).

9  紛争終盤・終結時まで反政府組織支配地域に留まり,紛争後に避難民キャンプに収容されていた世帯のみが受給した.

10  調査村で海外送金が確認されたのは1世帯のみだった.

引用文献
 
© 2021 地域農林経済学会
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