農林業問題研究
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個別報告論文
ネガティブな要因をきっかけとする若者の帰郷・定住プロセスと心理変化
―島根県雲南市を事例として―
上田 航平髙田 晋史
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キーワード: 帰郷, Uターン, 移住, 定住, 地域活動, GTA
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2022 年 58 巻 2 号 p. 59-66

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Abstract

This study aims to clarify the kind of environment necessary for migrants who have migrated for negative reasons to develop proactive activities in the community. GTA analysis was conducted on data obtained from an interview-based survey of five young U-turn migrants in Unnan city, Shimane Prefecture. The subjects had fallen into an unstable mental state due to the failure of job hunting and the perception of parental burden and had decided to make a U-turn. After moving to Japan, one subject overcame her negative mental state by participating in community activities, and we confirmed that her feelings toward community activities became more positive. The migrants need to have an existence that invites them to participate in community activities and be given a role in the activities and be recognized by others.

1. はじめに

近年,20~40歳代の若い世代を中心に,都市部から過疎地域をはじめとする農山漁村へ移住しようとする田園回帰の潮流が高まっている(小田切・筒井,2016).中でも,帰郷者は地域資源の管理や伝統芸能,自治活動などの地域活動の担い手として期待されている(井上,2017).既往研究によると,帰郷者の多くは若年層であり,他出後10年以内にあたる30~40歳までに行われていることが指摘されている(貴志,2014).また,帰郷の決断には,親や財産などのイエ規範・意識,住まいや職の存在,田舎への憧れ,都会生活の疲れなどが影響を与えるとされている(山本,2017).こうした中で,山口(2015)山本(2017)などでは,仕事上の失敗や配偶者との離死別など,ネガティブな要因により帰郷を決断する移住者の存在が指摘されてきた.

近年の帰郷に関する研究の特徴は,マクロ的な動態を把握しようとしたものが多いが,帰郷の背景には移住者ごとに様々な要因が複合的に作用しており,客観的な事実の整理だけでは帰郷・定住に関わる本質的な要素を把握することが難しい.したがって,帰郷者ごとの詳細なヒアリングに基づく質的研究の更なる蓄積が求められる.近年の質的研究として,齋藤・佐藤(2019)は他出者が活動できる場を提供することの重要性やそこでの交流による情報獲得が帰郷を促進することを指摘している.ほかにも,帰郷者を対象とした質的研究は,少なからず存在するが,主に自発的な意思により帰郷した者を対象としている.その一方で,ネガティブな要因により帰郷した者に焦点を当てた研究は管見の限りみられない.

帰郷者の定住段階における課題として,家族の世話等の義務感により帰郷した者は地域での居場所を見つけるのに苦労することや,他出期間が長い帰郷者は地域内の人間関係が希薄になり孤立しがちであることが報告されている(弘前大学人文学部附属雇用政策研究センター,2009).こうした課題に対して,総務省(2010)は移住者が地域へ溶け込むための継続的な支援として,地域住民との交流の場や共同作業を行うプログラムの重要性を指摘している.

以上を踏まえ,本研究では,他出先においてネガティブな事象に直面し帰郷に至った移住者が地域で定住するまでのプロセスを明らかにする.具体的には,まず他出段階から帰郷するまでの心理変化や行動を分析し,ネガティブな精神状態に陥った背景と帰郷までのプロセスを明らかにする.次に,本研究の対象者は,帰郷後多様な地域活動に主体的に参加していることから,定住段階においてどのような環境や行動が彼らの精神状態を改善し主体的な地域活動への参加につながったのかを明らかにする.その際には,住民との交流や移住者を迎え入れる場の存在に着目する.なお,ここでの主体的とは自らの意思と積極的な姿勢で地域活動に参加していることを指す.また,本研究における帰郷とは,何らかの理由で雲南市から他出したあと,再び雲南市に戻ってくることとする.

2. 本研究の対象と方法

(1) 対象地の概要

島根県雲南市は島根県東部に位置し,2004年に6町村が合併して誕生した.2022年2月時点の総人口は36,279人,高齢化率は40.1%である1.島根県の高齢化率が34.2%(2020年10月時点)と,全国的にも高いことを踏まえると,雲南市は国内でも特に高齢化が進展している地域といえる2

2016年の調査によると,島根県は県外に移住経験のある者の割合が全国で最も高い.また,県出生者全体に占める帰郷者の割合は28.5%と,全国で4番目に高い(国立社会保障・人口問題研究所,2018).雲南市における各年(2016~2019年)の年間帰郷者数は,99名,67名,78名,89名と推移しており,2017年以降の増加数は県内の他市町村と比較しても多い3.また,行政担当者へのヒアリングによると,雲南市の移住支援施策は,空き家の紹介を行う定住推進員のみならず,移住全般のサポートを行う定住企画員を市独自で配置していることが特徴である.

(2) 分析対象者

本研究では,20~40歳代の若年帰郷者5名(男性2名,女性3名)を調査対象者とした.これらの帰郷者は,他出先でのネガティブな要因をきっかけに帰郷したが,現在では新たな地域活動を立ち上げたり,地域活動における運営の中心的役割を果たしたりと,地域活動の担い手として活躍している.

ヒアリング調査は,対象者に知り合いを紹介してもらうスノーボールサンプリングに基づき実施した.調査は2019年12月~2021年1月にかけて行い,それぞれ複数回のヒアリングを実施した.分析対象者の選定にあたっては,元々10名の帰郷者にしてヒアリングを行なったところ,ネガティブな要因による帰郷者が7名おり,その中で再度詳細なヒアリングが可能であったのが今回の分析対象者5名である.ヒアリングにあたっては,他出前から現在までのライフヒストリーを尋ね,回答を録音し,後日文章化してデータとして用いた.

1は分析対象者の概要である.Aは44歳の会社員である.東京に住んでいたが,就職活動の失敗により1998年に帰郷した.当時は独身だったが現在は結婚しており,地域で多世代交流活動を立ち上げ運営している.Bは36歳の会社員である.大阪に住んでいたが,就職活動の失敗により2008年に帰郷し,現在も独身である.現在は地域で自治会活動や有志による公園の清掃活動,市民劇団に参加している.Cは41歳で飲食店を経営している.広島に住んでいたが,仕事の辛さを感じ2010年に妻と帰郷した.現在は地域で市の事業に参加し学生インターンの受け入れを行うほか,自治会活動にも参加している.Dは31歳の会社員である.京都に住んでいたが,体調を壊して2011年に帰郷した.現在も独身であり,地域の市民劇団では事務局を担うなど運営の中心的なメンバーとして活躍している.Eは30歳の公務員である.神戸に住んでいたが,就職活動に失敗し2013年に帰郷した.当時は独身だったが,後に現在の妻と同棲するため一度市外に移住し,2018年に妻とともに再び帰郷した.地域では市民財団の立ち上げに関わり,現在は市民財団のほか,地元NPOや自治会活動などにも参加している.

表1. 分析対象者の属性
性別(年齢) 帰郷年(年齢・婚姻) 職業 続柄
A 女性(44) 1998年(21・未婚) 会社員 長女
B 女性(36) 2008年(23・未婚) 会社員 長女
C 男性(41) 2010年(30・既婚) 飲食店経営 長男
D 女性(31) 2011年(21・未婚) 会社員 長女
E 男性(30) 2013年(22・未婚) 公務員 長男

資料:ヒアリングを基に作成(以下の図表も同じ).

(3) 分析方法

ヒアリング結果の分析においては,グラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下,GTA)を採用した.GTAはデータの中にある現象がどのようなメカニズムで生じているのかを理論として示そうとする研究法であり,本研究のようにプロセスを把握するのに適している(戈木,2016).本研究では他出先で直面したネガティブな事象が要因で帰郷した者が,他出先から帰郷するまでと帰郷後にネガティブな精神状態を克服し地域で主体的な活動を展開するまでの心理変化を解明する点でプロセス性を有している.GTAにはいくつかのタイプがあるが,本研究では分析手順が明瞭な戈木(2016)を参考にした.

分析方法については,まず文章化した調査データを内容ごとに切り離し切片化した.次に切片データを構成する要素であるプロパティと,その要素の具体的な内容であるディメンションを抽出し,それらをもとにしてラベル名をつけた.その後,内容が類似するラベルをグループ化してカテゴリーを作成し,カテゴリーごとに名前をつけた.そして,カテゴリーを状況,行為・相互行為,帰結という現象ごとに分類してカテゴリー関連図を描いた.カテゴリー関連図の作成では,各カテゴリーの下にプロセスの根拠となる要素であるプロパティをあげ,2本以上の矢印で関連している他のカテゴリーと繋げた.そして,図の中で他のカテゴリーと最も関係が強いカテゴリーを1つ選んでこのカテゴリー図が示す現象の名前にした.これを繰り返し,5事例目の分析終了後,5つのカテゴリー関連図を統合して,カテゴリー関連統合図を作成した.なお,分析は他出から帰郷までの段階と定住段階に分けて行った4

しかし,本研究のGTAは次の2点を留意すべきである.まず,GTAではカテゴリーのプロパティとディメンションを増やすため,新たなプロパティとディメンションが出そうな事例を意図的に集める理論的サンプリングが求められる.しかし,本研究はネガティブな要因による帰郷者が対象であり,意図的なサンプリングが容易ではなかった.また,これ以上新たなカテゴリー,プロパティ,ディメンションが出ない理論的飽和までデータ収集と分析を続けることがGTAの原則であるが,本研究では理論的飽和にいたっていない.したがって,データを整理するツールとしてGTAを用いた側面が大きい5

3. 分析結果

5名へのインタビューの結果をそれぞれ切片化してからプロパティとディメンションを抽出し,ラベル化した結果,26のカテゴリーと77のラベルが生成された(表2).以下,本文中では生成したラベルを“ ”,カテゴリーを〈 〉で示し,インタビューデータからの引用部分は「 」で示す.

表2. GTA分析におけるカテゴリー・ラベル
他出から帰郷までの段階 定住段階
カテゴリー ラベル カテゴリー ラベル
1.地元へのネガティブな評価 地元への嫌悪感(1-1),見張られているような地域性への嫌悪感(1-2),閉鎖的な環境(1-3) 14.ネガティブな感情 働いていないことへの負い目(14-1),帰郷時に感じていた負い目(14-2),近所の人に見られたくない気持ち(14-3)
2.地元への関心の薄さ 地元への関心の薄さ(2-1) 15.就職 会社からの声かけ(15-1),不安定な仕事(15-2)行政の臨時職員としての採用(15-3)
3.後継ぎ意識 長男としての責任感(3-1),ベースにある保守的精神(3-2),後継ぎについて周囲からの声かけ(3-3)
16.転職 再就職先の決定(16-1),地元企業へ転職(16-2)
4.とりあえず他出 他出先をとりあえず決める(4-1) 17.仕事のやりがい 地域との関わり(17-1),仕事に本気で向き合う(17-2)
5.就職活動の失敗 就職氷河期(5-1),就職先の情報の少なさ(5-2),就職活動への不安(5-3),就職活動の失敗(5-4),希望の就職先の諦め(5-5) 18.声をかけられて嬉しい感情 活動への誘い(18-1),市民劇に巻き込んでもらう経験(18-2),自治会参加を進める父(18-3)
6.仕事の辛さ 上司からの非難(6-1),仕事の壁にぶつかる(6-2),方針の合わなさ(6-3) 19.自治会活動に参加 自治会の奉仕作業への参加(19-1),祭りの手伝い(19-2),自治会での役割(19-3)
7.親の負担を認知 経済的に苦しい家庭状況(7-1),親の負担を知ったことによる気持ちの落ち込み(7-2),両親に負担をかけたくない気持ち(7-3) 20.市民イベントに参加 イベント参加(20-1),地元の良さを感じる(20-2),親世代との交流(20-3)
8.家族に相談 父への仕事の相談(8-1),祖母から勧められた行政への就職(8-2) 21.市民劇団の活動に参加 市民劇への参加(21-1),劇団への参加(21-2),同世代との出会い(21-3)
9.地元での就職 納得度の低い地元への就職(9-1),地元就職が決まる(9-2),市の臨時職員という立場(9-3) 22.NPOの活動に参加 職場のストレスから参加(22-1),活動運営の手伝い(22-2),市民財団への関わり(22-3)
10.親への負い目 就職が決まらないことへの負い目(10-1),親不孝を感じる(10-2),大学退学への負い目(10-3) 23.地域活動を評価されて嬉しい感情 活動を認められる経験(23-1),職場での高い評価(23-2)自治会で感じる貢献実感(23-3)
11.不安定な精神状態 体調の悪化(11-1),不安定な精神状態(11-2) 24.地域との繋がりを実感 活動参加による人との繋がり(24-1),地元に近づいた感覚(24-2),知り合いが増える(24-3)
12.妻の説得 妻との意見調整(12-1),帰郷の意思を妻に話す(12-2) 25.地域活動への前向きな感情 新たな地域活動に誘われることの嬉しさ(25-1),地域で活動する上での目標(25-2),
13.ネガティブな要因により帰郷を決断 他出先に残ることの諦め(13-1),帰郷への後ろめたさ(13-2),地元に帰りたくない気持ち(13-3),無職で帰郷(13-4) 26.帰郷したことへの肯定感 気持ちの前向きな変化(26-1),地元への肯定的な評価(26-2),帰郷を肯定する気持ち(26-3),帰郷を歓迎される経験(26-4)

(1) 他出から帰郷までのプロセス

他出から帰郷までのプロセスは13のカテゴリーが生成された.他出を決断するまでのプロセスをみると,いくつかの特徴が確認された.まずは,〈地元へのネガティブな評価〉から,とにかく地元を出たいという考えである.これにはA,Dが該当し,「どこの大学に行くとか就職先を見張られている地域性が嫌だった(D)」など常に周りから見られているような感覚がネガティブな評価につながっていた.また,Bは〈地元への関心の薄さ〉から,何となく県外に出たいと考えていた.これらの3名は,明確な目的意識がなく〈とりあえず他出〉を選択している.さらに,ある程度の〈後継ぎ意識〉をもった状態での他出もみられる.これにはC,Eが該当し,幼い頃から“後継ぎについて周囲から声かけ”をされていたことが背景にあり,将来的には帰郷したいという思いを持ちつつ進学のために他出している.

他出後の動向をみると,他出先での就職活動や仕事の状況が帰郷の決断に影響を与えている.従来,A,B,Dは他出先に残りたいと考えていた.しかし,Aについては就職氷河期だったこともあり他出先での就職活動が思うようにいかず,Bも希望の就職先に就くことができなかった.Dは体調を崩したことで就職活動が思うようにできなかった.一方,将来的な帰郷を考えていたCは,教員になる夢を諦め大学を中退してアルバイト先に就職した.しかし,“上司からの非難”や“方針の合わなさ”から〈仕事の辛さ〉を感じていた.Eは都会の生活に馴染んだことで地元への意識が薄れ,かつ大学のサークル活動に熱中したことで就職活動のタイミングを逃し内定を得ることができなかった.このように,5名は他出先での〈就職活動の失敗〉や〈仕事の辛さ〉を経験していることが特徴である.

帰郷に向けたプロセスをみると,2つの特徴が確認された.1つは,仕事を見つけるために〈家族に相談〉していることである.Cは父親の紹介で行政の臨時職員に,Eは祖母の勧めで市役所職員になり,〈地元での就職〉を決めている.また,既婚だったCは実家に住むにあたり〈妻の説得〉を行う必要もあった.もう1つは,仕事が見つからないことや親への負い目を感じることで精神的な落ち込みがさらに深刻になるパターンである.Aは仕事が見つからず精神的にも不安定になり,「帰りたくはなかったが,生活していけないから帰るしかなかった」と地元への帰郷を決断した.Bは「大学を出してもらったのに,新卒で就職できず(親に)申し訳なかった」と語っており,Dは“経済的に苦しい家庭状況”から,〈親の負担を認知〉することで大学に行けていない自分を責める結果となった.このことからBとDは〈親への負い目〉を感じていた.この結果,A,B,Dは〈不安定な精神状態〉で帰郷している.以上から,5名は〈ネガティブな要因による帰郷を決断〉をした.

(2) 定住プロセス

定住プロセスは13のカテゴリーが生成された.帰郷直後は全員が〈ネガティブな感情〉を抱いていた.特に,A,B,Dは無職で帰郷したことを周囲の人に知られたくないと感じていた.具体的に,Bは「帰ってきた時は姿を見られたくなかった」と語っており,A,Dも周囲から「遊んでいると思われているのではないか」ということを気にしていた.また,Cは親への負い目を感じており,Eはこのような状況で帰郷し地元で就職したことに納得できない気持ちを抱えていた.こうした感情が変化するきっかけとなるのが,やりがいを感じる仕事や地域活動への参加である.帰郷時に仕事が決まっていなかったA,B,Dはハローワークや知り合いからの紹介で仕事を見つけ,その後〈転職〉を繰り返して現在の仕事に就いている.その過程でAとDは行政の臨時職員となっているが,そこで地域と関わりを持ったことで〈仕事のやりがい〉を感じ,地元への評価も肯定的になっていった.飲食店を経営するCは従業員から自らの努力を認められたことで仕事にやりがいを感じ,徐々に親への負い目もなくなっていった.

地域活動への参加状況をみると,職場で情報を得て自ら参加したA以外は,家族や知り合いの誘いで地域活動に参加している.具体的に,Bは自治会活動に熱心な父親からの誘いで自治会活動に参加している.また,Cは行政職員の勧めで学生インターンの受け入れを始め,Eは職場の知り合いの紹介で地元NPOの活動に関わり始めた.さらに,Dは高校の部活の友人から誘われ市民劇団に参加している.

こうした活動を通して,次のような心理変化が確認された.まずは,〈地域活動を評価されて嬉しい感情〉を持ち,地域活動への気持ちが前向きになっていることがあげられる.これはB,D,Eが該当する.BとEは自治会で何らかの役割を任されるなど,地域住民から頼りにされた経験をし,Dは市民劇団の活動が広報に掲載されたことで地域住民から“活動を認められる経験”をした.この結果,地域活動にやりがいを感じ,BとDは複数の地域活動にも参加するようになり,Eは地域で新たな活動の立ち上げにも参画している.このほか,Aは仕事を通して地域に積極的に関わるようになり,地元NPOが主催する人材育成塾に参加したことをきっかけに,多世代交流活動を立ち上げている.Cは「インターン生とのやりとりの中で,地域づくりへの思いに気づいた」と話しており,このことをきっかけに複数の地域活動に参加している.

また,地域活動への参加を通じて〈地域との繋がりを実感〉したことも重要である.これはB,Dが該当する.Bは「帰ってきたばっかりの時は姿を見られたくなかったけど,周囲の人が喜んでくれて嬉しかった」と語っており,Dは「(外部とのつながりができたことで)少し前向きになれた」と語っている.ここからも,地域活動を通して地域住民と交流することで気持ちが前向きに変化していることがわかる.以上から,5名は仕事や地域活動を通して,帰郷時のネガティブな感情を克服し〈帰郷したことへの肯定感〉を抱くようになった.

4. 考察

(1) 他出から帰郷までのプロセスと心理変化

1は他出から帰郷までの行動や心理変化のプロセスを示したものである.これは5名へのヒアリング調査の結果に基づいて作成した各カテゴリー関連図を統合したものである.GTAにより生成したカテゴリーのうち,行動を楕円,心理状況を四角で表している.そして,各カテゴリーを矢印で結び,その過程で影響を与えたアクターや行政からの支援は点線の矢印で示している.

図1.

ネガティブな要因をきっかけとする若年帰郷者の他出から帰郷までのプロセスと心理変化

まず,他出に大きな影響を与えていたのは,〈地元へのネガティブな感情〉と〈地元への関心の薄さ〉である.特に,ネガティブな感情の背景には,閉鎖的な環境や住民同士の距離感が近いという田舎独自の地域性があり,こうした環境が他出意向に影響している.この結果,明確な目的意識を持たずに〈とりあえず他出〉することにつながっていた.また,一部は高校時代に引きこもりや不登校を経験しており(A, B),地域や学校生活に良いイメージを持たないまま他出をしている.ここから,高校生以下の世代が気軽に集える居場所づくりが求められる.

次に,他出先での状況についてであるが,一部は都会の希薄なコミュニティに対する戸惑いを感じていた(A, D).また,長男の場合,他出後も〈後継ぎ意識〉を一定程度持っていたが,帰郷した時点ではまだ他出先で過ごしたいと考えていた(C, E).

帰郷のきっかけとして,影響を与えたのが〈就職活動の失敗〉(A, B, C, E)や〈仕事の辛さ〉(C),〈親の負担(親の経済的な負担を認識)〉(B, D)である.こうした経験からネガティブな精神状態に陥る傾向にあり,中でもA,B,Dはそれが深刻で,〈親への負い目〉などから〈不安定な精神状態〉になり,家族が心配して呼び戻したため,移住に向けた準備をすることなく帰郷している.これは,ネガティブな要因による帰郷者の特徴でもあると考えられ,図1では太い矢印で示している.一方,精神状態が比較的安定していたCとEは〈家族に相談〉し,地元での就職を見つけて帰郷している.仕事探しをせずに帰郷した者は,帰郷後もしばらくは不安定な職を転々とする傾向にある.特に,〈不安定な精神状態〉に陥ると,親や友人にもギリギリまで相談しない傾向があり,孤立した状態で帰郷している.こうした帰郷者は,帰郷したことを否定的に捉え,かつ自身を移住者として自覚していないため,自ら行政の支援にアクセスしようとしない.したがって,この状況をサポートできるのは身近な存在であり,家族や友人の役割が重要になってくる.

また,帰郷者の多くが実家に居住しているが,既婚者が実家に帰るためには〈妻(配偶者)の説得〉が必要である(C, E).その結果,Cは両親と同居するために実家を改修し,Eは妻の意向を踏まえ両親と別居するために空き家を購入・改修している.空き家の購入や後片付け,改修の際は行政からの補助金を活用している.これは,自治会を通して空き家を購入したため,行政支援の情報が得られやすかったと考えられる.

(2) 定住プロセスと心理変化

2は定住プロセスにおいて,帰郷者が〈ネガティブな感情〉を克服し,地域で主体的に活動を展開するまでのプロセスを示したものである.作成の流れや表記については図1と同様である.

図2.

ネガティブな要因をきっかけとする若年帰郷者の定住プロセスと心理変化

まず,〈ネガティブな感情〉を克服する過程で重要だったのが,地域住民,行政職員,家族,友人など多様な人による地域活動への誘いである.分析対象者のうち,A以外の4名がこうした誘いを受けて何らかの地域活動に参加しており,〈声をかけられて嬉しい感情〉を持っていた.また,既往研究では他出期間が長いと地域の人間関係が希薄になりやすいとの指摘がされていたが,12年間と5名で最も長く県外で暮らしていたCは,行政職員の声かけで地域活動に参加している.Cは帰郷後,行政と関係の深い職場で勤務しており,この経験が行政職員とのネットワーク構築につながったと考えられる.

Aが他と異なるのは,1998年に帰郷したという時代背景が関係している.この時期は,雲南市の地域活動が現在ほど多様ではなかったため,仕事を通して地域社会と関わりを持ち,住民と交流することで〈ネガティブな感情〉を克服していった.また,Aが帰郷した時期は就職氷河期であり,〈仕事のやりがい〉を感じる仕事に就くまでに,〈転職〉を繰り返す必要があった.このほか,Dも帰郷後仕事を転々としているほか,Cは30歳という年齢で帰郷したこともあり,転職活動に苦労している.こうした中で,ハローワークや友人および地域住民の紹介などで,仕事を見つけていた.ネガティブな要因による帰郷者は,あまり準備期間を経ずに帰郷するため,当面はアルバイトや非正規の仕事に就く傾向にあり,安定した仕事に就くためのサポートが課題である.

次に,5名は仕事や地域活動を同世代や近隣住民など身近な人から評価される経験をしている.こうした経験を通して,〈地域との繋がりを実感〉かつ〈地域活動を評価されて嬉しい感情〉を持つようになり,前向きな精神状態へと変化していった.やがて,地域活動で役職などを担うようになり,その仕事ぶりをメンバーや住民から評価されたことで〈地域活動への前向きな感情〉を持つことにつながっている.また,現在,5名は〈帰郷したことへの肯定感〉を持っているが,前述の経験に加え,家族や近隣住民から帰郷を肯定的に評価された経験も背景にある.以上から,帰郷者が活躍できる多様な場が存在していたこと,そしてその活動を肯定的に評価する土壌があったことで,帰郷者が〈ネガティブな感情〉を克服し,主体的に地域活動を展開することにつながったと考えられる.

5. おわりに

本研究では,雲南市において他出先でネガティブな事象に直面し帰郷に至った移住者を対象に,他出から帰郷,そして帰郷後の定住プロセスを明らかにした.特に,本研究の分析対象者は,新たな地域活動を立ち上げたり,運営を担ったりと地域活動の担い手として活躍している.したがって,他出先でのネガティブな要因による帰郷から主体的に地域活動を展開するまでに至った背景を分析することが可能であった.

最後に,本研究が示唆することや留意点を整理しておきたい.まず,他出先で人生上の困難に直面した若者にとって,帰郷先がセーフティネットとして機能していることが示唆された.島根県は全国的にみても移住・定住支援が充実しているが,こうした行政支援はネガティブな要因による帰郷者には届きにくいのが現状である.そこで,従来の支援施策に加え,多様なコミュニティ(活躍の場)の形成を促し,それらの活動を肯定的に評価する機運をいかに醸成するかという視点が重要である.

本研究は必ずしも,帰郷者が主体的に地域活動を展開することの重要性を前提にしたものではない.ネガティブな要因による帰郷者の多くはひっそりと暮らしたいと考えているかもしれない.今回は帰郷者へのヒアリングを重ねる中で,思いのほかネガティブな要因による帰郷者が多かったことからこの研究を着想している.そして,詳細なヒアリングが可能だったのが,ネガティブな経験を克服し,主体的に地域活動を展開している帰郷者であった.課題の多い研究ではあるが,本研究を通して,地方が持つ社会の包容力の再認識や移住・定住対策においてネガティブな帰郷者にも着目した議論がさらに深まることを期待したい.

1  雲南市HP「雲南市の人口・世帯数(2月末)」,https://www.city.unnan.shimane.jp/unnan/shiseijouhou/jouhoukoukai/toukei/jinkou.html(2022年3月11日参照).

2  島根県HP「高齢化率の推移」,https://www.pref.shimane.lg.jp/medical/fukushi/kourei/kourei_sien/toukei/agerate.data/R2koureikaritu.pdf(2022年3月11日参照).

3  島根県しまね暮らし推進課「平成29年度~令和元年度UIターン者数の実績」,https://shimane-opendata.jp/db/dataset/080011/resource/5eade7df-f3e3-4990-a94c-3ec011474ea6(2021年11月25日参照).

4  帰郷後3年以上住み続けている状態を定住とし,他出を決断した時点から帰郷を実行するまでの期間を他出から帰郷までの段階,帰郷してから現在までを定住段階と定義する.

5  戈木(2016)は,理論的サンプリングは場合によって困難であり,“可能な範囲で”という制限がつくことも指摘している.また,理論的飽和も同様に場合によっては困難であり,少しでも新しい知見がある場合は報告に値するとしている.

引用文献
 
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