2022 年 58 巻 4 号 p. 177-178
本書は,長期間にわたる緻密な農家経済経営調査を基に,アフリカ型農村開発の分析枠組みを提供し,私的利益最大化と社会経済目標の混成性の農家経済経営モデルについて提示し,実証するという構成になっている.
本書の概要は以下のとおりである.まず,アマルティア・センのケイパビリティなどを基に貧困と開発の概念,フェアトレードについてレビューし,それと調査対象ルカニ村の農家経済経営のあり様について整理している.次に伝統的経営経済学への批判を整理し,アフリカ農村への適用を鑑み,農家経済経営構造の概念図を示し,農家経営の目標が「農家経済経営純収益最大化」のみでなく,農家経済が属する「社会経済的目標」を含む多元的なものであるとする.農家経済経営モデルを「収益追求」だけでなく,より高次の農家「福祉追求」からも影響を受けることを鑑みた,「混成性農家経済経営モデル」を示している.「農業経営・農家経済が社会経済の中に根差すものとしてより深く位置づけ」,「制度派」農家経済経営学と呼称している.アマルティア・センの3つの自由と経営リスクを基に,そのモデルの枠組みを整理している.
ルカニ村の2つの農家の1年3ケ月間に亘る現金現物日記帳に基づき,月ごとの経営行動を分析し,2000~2001年のコーヒー危機後,「男性産物」であるコーヒーにとって代わるものとして出稼ぎが挙げられることや,トウモロコシなどの「女性産物」の役割の弱体化などを指摘している.「男性産物」とは,その販売収入が農業経営費,家屋建設費,教育・医療費など開発・利益追求のための農畜産物であり,「女性産物」は,主に自家消費用であり,販売される場合その収入が日用品費として支出される家計安全保障のための農畜産物である.
第3部では,タンザニアでのコーヒーの貿易価格が遠くニューヨークの先物価格を基準としたフォーミュラに則っていると指摘し,これが価格上昇の足かせになっているとする.単協(コーヒー生産者組合)がKNCU(キリマンジャロ原住民共同組合連合会)から離れ,KNCUに対し事業改善の圧力をかけていた.2001~2002年のコーヒー危機やトウモロコシ価格の高騰により,村内の家庭畑において,コーヒーからトウモロコシへの転作が進展した.
次に,トウモロコシ・豆の生産の特質として,混作による低費用性生産の実現が明らかにされ,費用節減しながら地力を維持する経営行動や「収穫の安全保障」を追求する経営行動の実態が明らかにされる.また,トウモロコシは伝統的に自給作物であり,「食料消費の安全保障」を志向する「女性作物」であるが,コーヒーからの転作により商品作物化されていることが明らかになり,多様な商品作物により,新たな家計安全保障を提供しようとしていることが示される.
次に,ルカニ村民の富裕さの象徴としての牛飼養が最近では現金収入の手段になっていることが語られる.牛は財産としての家畜とみなされ,本体は「男性作物」であるのに対し,牛乳は毎日消費され,販売されることがあまりなかったため「女性作物」とみなされる.家畜の糞は堆肥化され,バナナやコーヒーの根元にまかれ,それにより高価な化学肥料を投与しなくても持続的に生産できている.低費用農業が実現しており,アフリカ農村において財務リスクへの対応となっている.またバナナの葉や仮茎や果実の皮は牧草とともに飼料として用いられており,牛とバナナの間には補完関係を確認できる.
このように,トウモロコシ,豆類,バナナ,牛乳などの複合経営によって,食料産物の最低限の収穫水準が維持されている.またそれらを販売することが増えているが,自家消費分を確保した上での「漸進的販売」であり,最低限の食料消費は維持されている.同じくバナナと牛乳は,生活必需品を購入するための「財布」としての機能をもっており,「生活必需品消費の安全保障」を確保するのが「女性産物」の役割である.これに対し,コーヒーなどの「男性産物」は,経済合理性,利益最大化を追求し,両者のバランスを重視する.
著者は,同地での複合経営の成立要因として,私的利益追求と森林保全などの社会的価値観・社会経済的目標をみたしていることとする.さらに,コーヒー価格暴落と材木ビジネスのブームがコーヒーの持続的生産を困難にし,被陰樹や農林畜複合経営を必要とするコーヒー生産の減少から私的利益追求に至っているとする.コーヒー生産は「家庭畑」や森林を大切にする同地の伝統的価値観が背景にあり,私的利益追求が社会の共感につながっていた,と語られる.そこで,著者は「森林保全」コーヒーとして販売し,環境保全というグローバルな社会的価値観を持つ消費者に買い支えられれば,森林や農林畜複合経営が再生される強い動きが芽生えるとしている.
第5部では,村で望ましいとされる中学校での勉学の実現に係る,コーヒーのフェアトレードの役割と課題について分析している.フェアトレード・プレミアムは中学校建設費の支援や中学進学率の向上に寄与した.また農民は日本の商社に対し,できるだけ高く販売する交渉能力を身に着けつつある.利益追求の達成は,統制困難なコーヒー販売収入リスクによって,制約されている.このリスクに対応し,「コントロール」された「エイジェンシー」の自由を促進することが,ルカニ村における農家経済経営の望ましい発展方向であると結んでいる.
本書は,アフリカ農村についてよく知らない読者にも,キリマンジャロの1ケ村の農家経済経営分析を通じて,その農家の生活と人々の志向,目標について理解することができるものとなっている.一方で,本書は,タンザニアに関する研究としても多くの示唆を持つ.評者は,ルカニ村の農家の家計日記帳に基づく農家経済経営の分析を基に,アマルティア・センのケイパビリティ・アプローチにより,望ましいルカニ村農家経済経営の開発の方向性を探ったところに本書の新しさがあると考える.そして,その開発の方向性をフェアトレードに見出している.アマルティア・センは開発経済学者であり,哲学者である.著者は経営目標・戦略の達成が「エイジェンシーの自由」の行使であるとする.
「男性産物」と「女性産物」という農産物の区分けも評者には新しいが,その意味と役割,分析に納得させられる.これらの区分で,ルカニ村の農家経済経営とその志向性を分かりやすく説明している.
同地におけるフェアトレードの動きについては,池上(2012)が地方政治の葛藤や,それに係る生産者たちの不十分な周知という課題を指摘しているが,その地域の農家経営にとっての開発の方向性としての役割については,著者が分析したことは変わらない事実であろう.
アフリカの研究者,また農家経済の研究者に,またそうでない読者でも,是非一読をお勧めしたい.