The sustainable use of agricultural resources in the rural–urban fringe was discussed from macro-, micro-, and mezzo- perspectives. From a macro-perspective, Dr. Akita argued that mixed land use between food production and housing, which enables direct-to-consumer sales of foods, would be an ideal for modern cities. The necessity to incorporate farmland conservation into urban planning as a green policy was then discussed. From a micro-perspective, Dr. Yagi argued that it was necessary to maintain good relationships between agricultural management entities and their local stakeholders. Issues related to farmland consolidation and farmland inheritance in urbanized areas were then discussed. From a mezzo-perspective, Dr. Noda argued that in order to achieve sustainable use of local resources, it is important that they are managed by the community and that the community has a certain kind of social right to the resources, just like to the local commons. The issue whether such social rights should be granted based on legal proceedings or administrative proceedings was then discussed. Ultimately, it was shown that by asserting the rights as personal rights instead of property rights, it would be possible to grant such rights not only through administrative proceedings but also legal ones.
今大会シンポジウムでは,前大会に引き続き,テーマ「農林業問題研究への多様な接近」を設定した.今大会では,都市と農村における,混在化した地域資源の持続的利用に注目した.
都市的地域に分類される市区町村の耕地面積は,日本の総耕地面積の27.2%に達する1.このようななか,2014年の都市再生特別措置法の一部改正により,農地が緑のインフラとして明確に位置付けられた.また2015年には,都市農業基本法が施行された.このように,耕地の少なくない部分が都市的地域に位置するなか,都市農業が注目される時代背景を考えれば,都市活動と農村活動が混在する地域資源の利用に関する見解を示すことは,地域農林経済学会に課された使命と言えよう.
以下では,都市活動と農村活動が混在する地域農業資源の利用をめぐる状況について整理し,秋田典子氏(千葉大学),八木洋憲氏(東京大学),野田岳仁氏(法政大学)の報告の要点,それに対する伊藤淳史氏(京都大学),牛尾洋也氏(龍谷大学),およびフロアーからのコメント,シンポジウムにおいて交わされた議論を示し,得られた知見を整理する.
人口が都市へと集中した時代,市街地の外延的拡大により,都市活動と農村活動が混在する領域が,市街地を取り巻くように生じた.この領域を,都市化地域と表現しよう.都市化地域の農業資源の利用を考える場合,マクロ(macro),ミクロ(micro),そして両者をつなぐメゾ(mezzo)の視点が必要だろう.
マクロ的視点とは,政府が,社会の厚生水準の最大化を目的に,地域農業資源の利用を計画する視点である.地域農業資源は,農業の生産要素であると同時に,市民の緑資源でもある.そこで,都市計画のなかに,地域農業資源を位置づける必要があろう.
ミクロ的視点とは,農業経営体が,地域農業資源を制約条件に,利益の最大化を実現する視点である.健全な農業経営が維持されれば,市民の緑資源でもある地域農業資源が保全される.
メゾ的視点とは,地域農業資源の共同利用権を有するコミュニティによる,地域農業資源の利用と管理の在り方を考える視点である.農道や水路などの地域農業資源が共有されたように,農村には,公・私のインターフェイスとしての共の領域がある(磯辺,2000:p. 226).
日本の人口が,増加するとともに,都市へと集中した時代,DID面積が拡大すると同時に,DID人口密度が低下した.すなわち,市街地が,拡散すると同時に,低密度化した.そして現在,人口減少の局面に入り,多くの都市において,人口の低密度化が加速し,買い物難民に代表されるように,利便性の低下が懸念されている.
そこで,コンパクトシティを実現するため,一方では,まちなかへの居住誘導が,他方では,都市化地域の農地保全による市街地の拡散抑制が,政策課題になっている.
(2) 立地適正化計画制度と都市農業振興基本法コンパクトシティを実現する手段として,2014年,立地適正化計画制度が創設され,都市計画運用指針(令和4年4月)は「居住誘導区域外においても,都市全体のみどりやグリーンインフラの在り方を踏まえて,当該区域を緑地や農地として活用する」「市街化区域において農林漁業と調和した良好な都市環境の形成に資する一団の農地等については,生産緑地地区に指定し適正な保全を図るべき」としている.地域農業資源が,都市の緑のインフラとして,明確に位置付けられたと言える.
2015年には,都市農業振興基本法が施行され,「国及び地方公共団体は,都市農業のための利用が継続される土地に関し,土地利用の規制その他の措置が実施されるために必要な施策を講ずる(第13条)」「国及び地方公共団体は,都市農業のための利用が継続される土地に関し,必要な税制上の措置を講ずる(第14条)」としている.都市的地域における計画的な農地保全と,そのような農地への課税の減免を検討すべきとしている.
マクロ的視点からは,人口減少時代に耐えうるまち,すなわちコンパクトシティの実現のため,都市化地域における農地保全と,市街地拡散の抑制が課題とされている.しかし,本シンポジウムにおける議論は,以下に示すように,そのような方向には進まなかった.
(3) 食住近接が近代都市の理想郷?(秋田報告)欧州の理想的都市像は,コンパクトシティを農で囲むという形で,農と住が切り分けられている.しかし日本では,大都市江戸がそうであったように,昔から農と住が混在している.これは必ずしも悪いことではない.都市計画でも,いろいろな要素を混ぜた方が,地域が生き生きするという提案がされるようになった.都市農業がその最先端を行っている.それを象徴する現象が,1990年代における庭先直売の発明である.庭先直売は,多品目・少量生産とface-to-faceを特徴とし,周辺人口密度が高いことで成立する.一方,利用者側も,単に食べ物を購入するのではなく,地元の農家を応援しようということになっている.
立地適正化計画が目指すまちは,人口密度が高い市街地を農のグリーンベルトが囲むまちである.それに対して,秋田報告は,食住近接が近代都市の理想郷ではないか?と仮説を投げかけている.
(4) 混在的土地利用は無秩序なスプロール化か?伊藤氏からは,①江戸期において,百姓地の宅地化により町場が拡大した点,②都市農地保全の重要性が冗長性の観点から評価されている点,③転用される農地には優先順位があり,無秩序に農地転用が行われているわけではない点を指摘し,混在的土地利用を「無秩序なスプロール化」と見るよりも「私的な秩序を組み込んだ公的秩序の再編」と見るべきとの見解が示された.また,Garden City論が日本へ導入される際,当初は花園都市として紹介されるが,混在的土地利用という日本の現実に合致する表現として,田園都市が訳語として定着したのではないかという説が示された.
(5) 緑政策としての農地保全また,牛尾氏からは,農地は,私有財産なので,どのように利用するかは,転用を含めて自由だが,それをどのように制御するのか?と疑問が投げかけられた.それに対して秋田氏は,都市計画における,近年の大きな変化として,緑の基本計画のなかで,公園や緑地だけでなく,農地に言及できるようになったとし,産業政策ではなく,緑政策として農地保全に踏み込むようになったと応答している.
市街化区域内農地は,高齢化などにより耕作が困難になったとき,都市用地に転用されるだろう.ここで問題となるのが転用先である.大阪圏(京都府,大阪府,兵庫県,奈良県)では,住宅用地への転用が27.0%にすぎず,49.5%がその他業務用地に転用されている(農林水産省,2022).なかでも,駐車場・資材置場への転用が目立つ.市街化調整区域内農地など,都市用地への転用が難しい農地は,営農が困難になったとき,耕作放棄される可能性が高い.都市的地域における耕作放棄地面積率は,2010年,13.7%で,平地農業地域の耕作放棄地面積率の約2倍である(農林水産省,2013).以上のように,耕作が困難になった農地は,市民が望まない用途へ転用されるか,耕作放棄され,都市環境を悪化させる原因となる.農地が都市の緑資源であるためには,農業経営の持続的発展が求められる.
(2) 都市化地域における農業経営の持続的発展そのための手段として,消費者が近いという優位性を生かし,経営を多角化することが考えられる.農産物加工,農産物直売,貸農園・体験農園,観光農園,農家民宿,農家レストランなど農業生産関連事業を行っている経営体の割合を農業地域類型間で比較すれば,都市的地域が23.3%と最も高い(農林水産省,2017).
また,水田経営の規模拡大が求められる.経営耕地総面積に対する稲を作った田面積の割合は,全国平均の44.0%に対して,東京圏(埼玉県,千葉県,東京都,神奈川県)では56.0%,大阪圏では65.6%である(農林水産省,2017).一方,担い手への農地集積率2は,全国平均の58.0%に対して,東京圏では28.0%,大阪圏では22.2%である(農林水産省,2021b).大都市圏では,水田農業のウェイトが高いにも関わらず,担い手への農地集積が遅れている.
ミクロ的視点からは,農業経営の持続的発展による,地域農業資源の保全が課題となる.本シンポジウムでは,以下に示すように,農業経営が,都市化地域で存立するため,取り組むべき課題が議論された.
(3) ステークホルダーマネージメント(八木報告)農業経営が持続可能であるためには,地域内の地権者や従業者などステークホルダーとの良好な関係を維持する必要がある.このようななかで,家族経営だけでなく,共同経営や集落営農など多様な組織形態の経営が存在するが,いずれの組織形態であっても,規模拡大を進めるなかで,ステークホルダーマネージメントの在り方が類似してきている.すなわち,家族的・個人的価値と地域的・集落的価値の双方を尊重するようになってきている.
(4) 都市化地域では消費者もステークホルダー伊藤氏からは,庭先直売の発明において,消費者が生産者のステークホルダーになったのではないか?と疑問が投げかけられた.それに対して秋田氏は,庭先直売が発明されるための大事な要因は,農の現場が見えることと応答し,その理由を以下のように説明している.欧州のファーマーズマーケットでは,消費者は,農家とコミュニケーションできるが,農産物の生産現場が見えていない.それに対して,庭先直売では,どんなふうに作っているかを全て見ることができる.消費者側は,見ることで消費行動につながる.農家側も,消費者と仲良くし,消費者のニーズを聞き,それを生産に反映できる.
(4) 都市化地域における水田経営の存立可能性伊藤氏はさらに,都市化地域において,水田経営は持続可能か?と疑問を投げかけた.それに対して八木氏は,以下のように応答している.北陸,近畿地域における2015年の集落データからは,集落営農の農地集積が,市街化区域やDIDと関係しているとは言えない.そして,水田経営が存立するためには,圃場が4haか5haに集積され,全体として20ha程度の規模の確保が必要である.ただ,次世代に農地を残すには,資産税や生活費を不動産所得でまかなう必要がある.そのためには,地価が十分に高いといけない.しかし,相続税などが負担となり,農地が減少するのではないかという懸念が示された.
経営耕地面積に対する稲を作った田面積の割合を,農業地域類型間で比較すれば,都市化地域において最も高い3.このように,都市化地域における土地利用の中心は水稲作である.そのため,農業を維持するためには,水資源の利用可能性が決定的に重要である.慣行水利権はローカルコモンズである.ムラの水利組合員が,水を排他的に共同利用し,水利組合員の出役により,水利施設を共同管理してきた.しかし,水利組合員の高齢化や土地持ち非農家の増加4により,水利施設の管理が困難になりつつある.
そこで,水利権を,地域住民に開かれた,リージョナルコモンズとみなせないだろうか?慣行水利権を,東郷(2003)が指摘するように5,非農家を含む市民一般の親水権とへと拡大できればどうだろうか?例えば,滋賀県における魚のゆりかご水田プロジェクト6に見られるように,水利施設の管理の担い手を,ムラの水利組合に限定せず,自治会,都市住民,NPO,学校PTAなどに広げることが可能かもしれない.地域農業資源にリージョナルコモンズの考えを導入した施策が,2007年に導入された,農地・水・環境保全向上対策である.都市的地域では,農業用排水路の保全活動を都市住民と連携して取り組んだ集落割合は4.4%と,平地農業地域の2.5%,中間農業地域の2.0%,山間農業地域の0.9%と比較して高い(農林水産省,2017).
(2) 財産権は権利の束自然資源の財産権は,アクセス権(Right of access),利用権(Right of withdrawal),管理権(Right of management),潜在的利用者の排除権(Right of exclusion),処分権(Right of alienation)など権利の束である(Schlager and Ostrom, 1992).自然資源は共有財産であったが,近代化の過程において,公私二分された.私有分割できない資源は公有されたが,利用権や排除権は共同体の共有財産権として残った.慣行水利権,入会権,漁業権にみられるように,共有財産権を特定の集団に認めることで,自然資源は持続的に利用されてきた.
メゾ的視点からは,このような地域資源を持続的に利用するための施策が課題となる.本シンポジウムでは,以下に示すように,そのような地域資源の所有と管理のありかたが議論された.
(3) 地域資源管理における社会的権利(野田報告)公共井戸は,法律上は,行政の所有物=公有,である.しかし,地元住民が所有意識を持って管理することで,ある種の社会的権利が生じ,地元町会の井戸=共有,と認識されるようになる.そのことで,公共井戸は,水汲み場としての機能に加え,住民の憩いの場,観光資源,防災井戸など多面的機能を持つようになる.「公=全ての人々のもの」にするには「共=町会の井戸」であり続けることがポイントになる.「公」の空間に現れる「共」を生かすことが,望ましい地域資源の利用と管理のポイントである.
(4) 「共」の限界と「公」の出現それに対して伊藤氏は,地域資源の利用・管理の在り方として「公に開くために,共を創出する」という見解は,以下に示すように,従来の議論とベクトルが逆と指摘する.地域資源の共同利用・共同管理は,温泉地の湯株にみられるように,過剰な利用を調整することによる資源の保全には優れていたが,新規参入や競争による経済発展においては限界を有していた.そこで,排他性を排除するため,公的介入があった.また,農業水利に関しては,リージョナルコモンズとして,非農家を含む市民に,その利用と管理を開く方向性がある.両者ともに,「共」による持続的利用の限界のなかで,「公」の関与による地域資源の再編を主張している.
(5) 社会的権利付与のプロセスまた,牛尾氏は,社会的権利を認めることについて,司法裁量によらず,行政裁量によって進めるという野田氏の考えに対して,以下のように,疑問を呈している.かつて環境権に関する議論があったが,環境権はスローガン的権利であって,司法のなかでは,環境権を正面に出した主張は通らなくなっている.法的に効力の無い権利・利益については,たとえ住民の主張があっも,それを踏みにじる事例がある.例えば,環境の良い公共的湿地が,新幹線の通路として使われるという事例である.こういった問題に直面すれば,社会的権利の付与について,司法裁量によらず,行政裁量によって進めるという立場で留まるのでいいのだろうか?
ここで野田氏は,以下のように応答している.公共の水場を維持するためには,毎週掃除しなければならない.水場を一週間放置すれば,コケが生える.つまり,公共水場の管理は行政だけでは担いきれず,地元住民との協力関係を作らなければならない.さらに,協力関係だけでは不十分で,行政が,地元住民が掃除してくれるから井戸を維持できることを認め,地元住民が,利用・管理に関わる,ある程度の権限を持つことを認める必要がある.行政は,この社会的権利を奪い,水場が掃除されなくなれば,説明責任が問われる.このように考えれば,司法裁量でなくてもいいと考えられる.
それに対して牛尾氏は,以下のように,権利には,財産的権利だけではなく,人格的権利があると指摘する.例えば,公共水場が持つ憩いの価値やコミュニケーション価値は,人格的権利としてとらえるべきかもしれない.例えば,国立景観訴訟の第一審判決において,住民が美しい景観を守る努力をしてきた活動が,地域の価値を高めたと評価され,住民に景観利益が認められた.第一審では,景観利益を,土地所有権の派生として財産権的にとらえたが,最高裁では,それを人格権的にとらえた.したがって,司法裁量をあきらめる必要はない.
(6) 権利の束の概念さらに牛尾氏より,以下のように,権利の束の概念に関するコメントがあった.英米法は,様々な諸権限を束にしてとらえるという,中世的権利概念に留まっている.しかし,大陸法に属する日本では,絶対的所有権があって,それを制限する権利を付ける.制限する場合には,憲法29条の補償が必要という議論になる.これを支持しているのではなく,日本においても,権利の束というとらえ方が可能ではないか?と考える.
Schlager and Ostrom(1992)の権利の束論は,そのままでは支持できない.利用権,管理権,処分権,排除権は所有権だが,アクセス権は別の権利である.イギリスの場合は,パブリック・フットパスが法律で認められ,私有の農地に市民がアクセスできる.これは権利の束論の延長線上だろう.
市街地の外延的拡大により,市街地を取り巻くように,都市活動と農村活動が混在する都市化地域が生じた.本シンポジウムでは,都市化地域における地域農業資源の利用・管理を,マクロ,ミクロ,メゾの視点から議論した.
マクロ的視点からは,人口減少時代に耐えうるまち,すなわちコンパクトシティの実現のため,都市化地域における農地保全と,市街地拡散の抑制が政策課題となっている.しかし日本では,歴史的に農と住が混在し,市街地を農のグリーンベルトが囲むようなまちの実現は容易ではない.むしろ,混在的土地利用をまちづくりに生かすことを考える方が現実的かもしれない.本シンポジウムでは,そのようなまちづくりを後押しする議論がなされた.第1に,混在的土地利用は,無秩序なスプロール化ではなく,私的な秩序を組み込んだ公的秩序の再編と見ることができるという議論である.第2に,1990年代における庭先直売の発明により成立した食住近接は,近代都市の理想郷ではないかという議論である.庭先直売は,周辺人口密度が高いことで成立するビジネスである.第3に,都市計画において,産業政策ではなく,緑政策としての農地保全に踏み込む必要性が議論された.
ミクロ的視点からは,農業経営の持続的発展による,地域農業資源の保全が課題となっている.本シンポジウムでは,農業経営が,都市化地域において存立するため,取り組むべき課題が議論された.第1に,農業経営が持続可能であるため,地域内の地権者や従業者などステークホルダーとの良好な関係を維持する必要性が議論された.第2に,庭先販売に見られるように,消費者をステークホルダーとみなすことの重要性が議論された.消費者側は,農業の現場を見ることで消費行動につながり,農家側も,消費者ニーズを聞いて,それを経営に反映することができる.第3に,水田経営が存立するためには20ha程度の規模が必要だが,農地集積が市街化区域やDIDと関係しているとは言えないという知見が示された.第4に,相続税などが負担となり,農地は減少するのではないかという懸念が示された.
地域農業資源は,水路や農道のように,近代以前にはムラの共有財産だったものが多い.また,慣行水利権や入会権のように,現代においても,ムラが利用権を共有しているものが少なくない.メゾ的視点からは,このような地域資源を持続的に利用することが課題となる.本シンポジウムでは,このような地域資源の所有と管理のありかたが議論された.第1に,地域資源が地域住民により管理され,地域住民に,それら地域資源に対するある種の社会的権利を認める必要性が議論された.第2に,社会的権利を認めるにあたり,司法裁量により進めるのか,行政裁量により進めるかが議論になった.一方では,住民の環境権が司法の場で認められる可能性が低いように,司法裁量による社会的権利の付与は難しいとする議論があった.行政は,その社会的権利を奪い,地域資源が管理されなくなれば,説明責任を負うので,司法裁量でなくてもいいという考え方である.他方,行政裁量によって進めるという立場で留まるべきではないという議論があった.司法裁量を通じた権利付与は,社会的権利を,財産的権利ととらえると難しいが,人格的権利ととらえれば可能性があるという立場である.