農林業問題研究
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大会講演
都市化社会における農業経営の戦略と組織
―水田経営のステークホルダー対応に着目して―
八木 洋憲
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2023 年 59 巻 1 号 p. 9-18

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Abstract

Farm businesses, especially in urbanized society, need to keep up preferable relationships with their stakeholders because such relationships are the foundations of corporate sustainability. Farm organizations are formed based on their members’ objectives, hence the stakeholders and effective strategies differ by organization. Through decade-long empirical investigations, we observed that the effective strategies of large rice farm businesses have converged and become relatively similar. Such an observation would further imply the emergence of alternative farm businesses which pursue more specific stakeholder values.

1. はじめに

経営主体が持続可能となるためには,将来世代のステークホルダー(stakeholder, SH)の目的達成を阻害することなく,現在世代のSHの目的を達成することが必要となる(Dyllick and Hockerts, 2002).とくに,水田農業をはじめとして,耕種農業は農村地域の空間において,広範に成立するという特徴を持つ.日本の水田農業は人口が高密度の中で行われているという特徴があり,農村の人口密度は,OECD諸国のうちで,オランダ,韓国に次いで3位に相当する(OECD, 2018).したがって,都市化社会における農業とSHの関係が,先鋭的に現れる環境であると言える.

このような条件の下で営まれる日本の水田農業は,多様な組織形態が存在するという特徴を持つ.農村に資本主義と産業化および機械化が浸透した結果,家族経営だけでなく,共同経営,そして集落営農という協同組合的な組織形態の水田経営が広く存在する.

とくに過去20年ほどの間に,水田農業の急速な構造転換が進み,大規模な経営に農地が集積しつつある.家族経営では,農地の借地や雇用導入による規模拡大が進められるとともに,水田農業全体における専業化,法人化した経営のシェアが増しつつある.また,集落営農組織は,当初は法人格を持たない任意組織が中心であり,独立した経営としての性格が乏しかったものが,近年は法人化による形式的な独立だけでなく,経営資源が蓄積されることにより継続しうる組織となり,水田経営の主要な主体となってきている.

これらの経営が地域内のSHの支持を受けて持続するためには,規模の拡大や組織形態の選択だけではなく,その戦略や管理が適切に行われる必要がある.とくに,SHへの対応,農地集積のプロセス,気象条件を踏まえた作業管理や労働環境の保全といった課題に対処する必要がある.家族経営と組織経営とが併存しながら経営成長を遂げてきた近年の日本の水田経営の経験は,組織形態とそれによる経営管理の違いに留意しながら,適切な経営管理を検討するための重要な示唆を与えうる.そこで本稿では,SHとの関係性をふまえて,水田経営の組織形態の展望に関する実証研究の結果をもとに展望を示す.

2. 理論的背景

(1) 農業経営のステークホルダー・マネジメント

SHとは,「組織の目的達成による影響・被影響関係にある個人や集団」(Freeman and Reed, 1983)であり,「経営が直接作用できる実態を持ったグループ」と定義され,彼らと良好な関係を維持し,価値を提供することが,組織の持続可能性に直結する.

農業経営におけるSHとの関係性について,表1のように,付加価値の分配を受ける対象,財,サービスの販売を受ける対象,長期的な持続性に関わる対象(地域住民など),および調達や情報提供に関わる対象とに分けて考えると,各主体による資源提供と経営からの価値提供との関係を示すことが出来る.これらのうち多くのSH関係は,長期的にみれば資源提供を通じて農業経営の持続性の達成に繋がる.たとえば,継続的な出資,地権者との安定的な借地関係,顧客との信頼関係あるいは従業員の能力・スキルの向上などは,いずれも長期的に経営にとってプラスであると考えられる(八木,2018a).

表1. 農業経営とステークホルダー(SH)との関係性の整理
関係性 SH 経営が受けとる資源 経営が提供する価値
内部SH 付加価値の分配 出資者 資本 配当,資本価値
従業員 労働,スキル 賃金,従業員満足
地権者 土地,地域資源管理 地代,地域資源管理
生産過程SH 財・サービスの販売 消費者・販売先 代金,顧客,ブランド価値 財,サービス
調達・情報提供等 資材メーカー 資材,情報 代金,継続的顧客関係
JA,他の生産者 出荷先,情報 継続的出荷,情報
政府 許認可,情報,助成 地域経済・環境への貢献
外部SH 長期的持続性の担保 地域住民および市民全般 経営の立地基盤,評判の向上 環境財の提供,農村文化の保全

資料:Wagner(2015)八木(2018a)をもとに作成.

一方で,林業における実証研究であるが,SHによる影響行使が逆にSHの希望に反する帰結をもたらしうることを示した研究も注目に値する(Sharma and Manikutty, 2005).SHによって農業経営への要望は異なり,また,農業経営にとっても,その受け止め方は異なる.メンバー(すなわちSH)の目的に応じて農業経営の組織化がなされうること(Barnard, 1948)を踏まえれば,効果的なステークホルダー・マネジメント(stakeholder management, SHM)―SH対応のための経営管理―は組織形態によって異なると考えられる.

(2) 水田経営の組織形態

家族経営の定義には,統一されたものはないが,一般経営学における家族ビジネス(family business)の定義は,所有(資本),労働,経営,あるいはこれらのいずれかが家族によって担われていることを要件とするケースが多く(Tagiuri and Davis, 1996),定義によっては,事業地付近での居住,法的形態,小規模性も考慮される(European Commission, 2009).本稿では,広く用いられるEU(European Commission, 2009)や農林水産省(2015年農林業センサス)の定義に沿って,家族による所有(出資)と経営,すなわち家族メンバーがオーナーかつ経営者である事業体を家族経営として扱う.

日本の水稲作に顕著にみられる組織形態は,単一の家族が出資し,ほとんどを家族労働でまかなう家族経営(family farm),複数の農家が合併した共同経営(multi-family joint management),村落内の大部分の農家(=地権者)が出資し彼らが経営者や従業員になる集落営農(community farm)の3つの形態である.また近年は,建設業や食品産業など,他産業からの農業参入もみられる.

水田経営の組織形態別の効率性について,秋山(2012)は,家族経営と非家族経営(多くは集落営農)の規模別の平均費用の比較結果から,家族経営の方が非家族経営よりも効率的であることを示し,その差を生み出す要因として,組織経営における雇用人数の多さ,平等出役による労働多投,固定的設備の多さ,余剰機械の借り上げといった背景を指摘している.また,多田・伊藤(2018)は,規模別の生産費統計を用いて,分離コブダグラス型フロンティア生産関数を推計し,個別経営(法人家族経営を含む)と組織経営(集落営農法人を含む)の効率性を推計し,同一条件で比較した場合に組織経営が肥培管理,機械作業の両面において非効率であることを示している.

日本の水田農業においては,実証研究が示す効率性のギャップにも関わらず,多様な組織形態の経営が展開する.したがって,それぞれの形態が持つ優位性やその背景要因について,現代の文脈に沿った詳細な検討が求められる.とくに,作業の季節性や土地の空間的条件といった制約のもとで,就業機会としても良好な条件を保ち,多様なSH価値を提供しつつ持続的に事業を継続しうるかについて,実態に基づいた詳細な考察と展望が必要と考えられる.

3. 政策動向と統計的傾向

(1) 水田経営政策の動向

水田経営に関する政策は多岐に渡るが,以下では,とくに2000年頃からの20年間を対象として,組織形態に影響を与えうる政策の推移について整理する.表2に,この間の政策について経営管理の分野別に,集落営農と家族経営を促進しうる制度変更について示した.

表2. 近年の水田経営政策と想定される組織形態への影響
経営管理分野(←集落営農を促進 ➡家族経営を促進)
ガバナンス 事業 販売・市場 農地 人的資源
1990 H2 1993農業生産法人の事業要件・構成員要件の緩和 1995食糧法➡ 1993農業経営基盤強化促進法による利用権設定(農地法の許可不要,期間の定め)
1995米のミニマムアクセス
1999米の関税化
2000 H12 2000株式会社の農業参入 2000中山間地域等直接支払制度← 2002畑作技能実習生の導入
2003特定農業団体制度← 2004生産調整面積配分を廃止.産地づくり交付金 2004米穀販売の届出制(食糧法)➡
2005 H17 2005会社法(最低資本金の廃止)➡ 2007品目横断的経営安定対策(4ha, 20ha)(担い手経営安定法)← 2006農産物検査の完全民営化➡ 2005集落マスタープラン←
2009農地法(一般法人への農地貸借) 2008新規需要米(米粉,飼料米,WCS)への助成拡大➡ 2007公取農協ガイドラインの公布➡ 2007農地水環境保全向上対策← 2009地域おこし協力隊
2010 H22 2010戸別所得補償制度(販売農家) 2012青年就農給付金
2011 6次産業化・地産地消法 2014農地中間管理機構
2015 H27 2016 農地法農地所有適格法人(議決権要件,役員の農作業従事要件の緩和) 2015経営所得安定対策(認定農業者,集落営農法人,経理の一元化) 2015農協事業強制の禁止(農協法)➡ 2015多面的機能法 2015農福連携支援(農山漁村振興交付金)
2019相続関連法(遺留分制度)改正 2018生産数量目標の廃止➡ 2015中山間支払個人配分上限の増額(250万円)➡
2021経営継承・発展等支援 2019(同500万円)➡ 2019働き方改革関連改正(有給休暇,労働時間の把握)

資料:筆者作成.

まず,ガバナンス(組織形態)そのものに直接影響を与える制度として,農業経営の法人化に関する制度が挙げられる.農業経営の法人化は,1955年頃に,個人事業主としての所得課税へ不満,あるいは農業生産の協同化といった要請から1962年に制度化され,その後,家族経営や共同経営の法人が徐々に設立された(進藤,1976).しかし,共同経営は運営の難しさから解散するものも多く,例えば,水田経営の多い新潟県では,1968年頃までに約40法人が設立されたが,1990年頃にはこのうち大半が解散したとされる(伊藤,1992).

法人化の議論が再度活発化するのは,1990年代である.1994年からのWTO体制下において,改革のオプションとしての株式会社の農業参入が議論されるとともに,農林水産省による「新しい食料・農業・農村政策の方向」(1992年),「食料・農業・農村基本法」(1999年)によって,農業経営の法人化が推進されてきた.1993年に,農地を所有できる農業生産法人の事業要件,構成員要件の緩和が行われ,2000年には,限定条件付きながら株式会社による農地所有が認められることになった.2003年には,非法人の集落営農をみなし法人として扱う特定農業団体制度が開始し,集落営農の設立を後押しした.一方,2005年には,会社法が制定され,最低資本金制限が廃止されたことから,家族経営の法人化の障壁が緩和されたと考えられる.その後,2009年には農地法が大幅に改正され,一般法人(農地法の農業生産法人でない法人.農業生産法人は,2016年に農地所有適格法人に名称変更)でも農地の借地が可能となっている.また,近年の相続税法の改正(2019年)や経営継承の支援制度の導入(2021年)は,家族経営の世代を超えた存続に繋がるとも考えられる1

次に,事業に関する制度について,水田作付に直接作用する政策として,1970年代より始まる米の生産調整が挙げられる.一律10%の作付削減(いわゆる減反)から始まった生産調整は,当初は水稲専業農家の規模拡大の制約となったが(金崎ら,1971),1980年代には麦・大豆への転作が進められ,転作部門での機械共同化が進展することになる.ブロックローテーションが集落によって調整されることも多く,専業農家の少ない地域において集落営農が設立される傾向がみられた(佐藤ら,1986).

2004年に生産調整の面積配分が廃止され,地域ごとに奨励品目を支援する産地づくり交付金が導入された.これらの生産調整の緩和は,地域農協や集落組織の役割が減るという面において,集落営農よりも家族経営を促進する作用があると考えられる.しかし,2007年の品目横断的経営安定対策では,助成対象として4ha以上の経営,もしくは20ha以上の集落営農という目安が提示され,前者を満たさない農家による集落営農の組織化が進んだ(いわゆる「枝番管理方式」など).その後,2008年には米粉,飼料米などの新規需要米への助成が開始され,集落による団地的な土地利用調整の必要性が少ない,水稲作による生産調整協力が可能となった.2018年からは,米の生産数量目標が廃止され,農協や集落組織による水田作付への調整機能は弱まると考えられる.

販売・市場に関する制度では,一貫して自由化の傾向が見られる.すなわち,販売面において,農協や地縁的関係の影響力が弱まり,個々の経営の裁量余地が広がる傾向にあると考えられる.1995年の食糧法により,米の流通に国が責任を持つ体制から,生産者および生産者団体による販売へと転換した.その後,2004年には米穀販売は許可制から届出制となり,生産者が自由に米を販売できるようになった.2006年には,農産物検査が完全民営化され,役員や従業員が検査員資格を取得する農業法人も増えている.さらに2007年には,農協による農家への強制的な扱いを抑止する公正取引委員会のガイドライン(公正取引委員会,2007)が発表され,2015年の農協法改正では,事業利用を組合員に強制しないことが明記された(農協法第10条の2).

農地制度としては,農用地利用増進法(1980年制定)を引き継いだ農業経営基盤強化促進法(1993年)の利用権設定制度の下で,農地貸借が進展し,水田経営の規模拡大に繋がった.さらに,2013年には農地中間管理事業法が制定され,農地中間管理機構を通じた農地貸借に対する助成金や地代支払いの一本化など,各種支援が設けられている.2000年に導入された中山間地域等直接支払制度では,集落営農等を除き,交付金の受給上限が100万円と規定されたことに加え,原則として交付額の2分の1以上を集落の共同事業に充てることとされており,中山間地域における集落営農の成立に寄与した2.2005年からの同制度第二期対策では,集落マスタープランの策定有無により支払単価に差が設けられた.一方,2015年および2019年に個人の受給金額の上限が順次引き上げられ,家族経営を振興する方向に制度改正されている.また,2007年からの農地・水・環境保全向上対策(2015年より多面的機能支払)の導入によって,水利施設等の集落による管理等に対して,農地面積を基礎とした直接支払が実施されている.2015年には,多面的機能法として法制化され,中山間地域等直接支払,環境保全型農業直接支払とともに,多面的機能支払が位置づけられている.

最後に人的資源の面においては,外国人技能実習生制度が,施設園芸,養豚,および養鶏の3分野(2000年に開始)から,2002年には畑作・野菜(「畑(露地)で行う作物(稲以外の穀物,野菜,豆,芋等)を組み合わせた周年栽培作業」)へと拡大されている(同年に酪農も追加,2015年に果樹も追加された).同制度において,水稲作は受入れ分野から除外されているが,関連業務として全体時間の半分以下であれば従事することができる(2022年時点).また,2009年に開始された地域おこし協力隊制度では,国の財政支援により自治体が移住者を1~3年雇用しており,これまで1万人以上が派遣されてきた.彼らの一部は,派遣期間の終了後に農業分野に就業している.さらに,2012年からの青年就農給付金制度(2016年より農業次世代人材投資資金)により,新規の独立就農や雇用就農者への所得支援がなされている.2015年からは,農福連携に関わる農業経営への助成が開始されている.

労働条件に関しては,2019年に働き方改革関連の改正がなされ,年次有給休暇の取得義務や上限残業時間の規定が定められた.いずれも農業や家族のみの事業は適用除外となるが3,他産業での労働条件の改善が,農業分野の雇用にも波及しうる.このように,人的資源に関する政策は,組織形態への影響はおおむね中立的と考えられるが,多様な人材を,より安定的かつ良好な労働環境で雇用する方向へと推移している.

以上を総括すると,基本的には面積規模を拡大し,従業員を雇用するような水田経営を促進する方向で制度が推移しているが,とくに2000年一ケタ代には,集落営農の振興が強化され,2010年以降は,地縁的関係をベースとしない経営の振興へとシフトしてきたと整理できる.

(2) 統計的傾向

1に2005年~2020年の農林業センサスをもとに,10ha以上の経営体の経営耕地面積シェアについて,家族経営と組織経営を各軸として農業地域別に整理した.2020年時点で,農業経営体の経営耕地全体に占める10ha以上経営体の面積シェアは都府県で36%,北海道で96%である.2005年~2015年にかけて組織経営の面積シェアが高まったが,2020年には家族経営のシェアが再び高まっており都府県で組織経営と拮抗している(家族経営18%,組織経営18%).

図1.

組織形態別の10ha以上経営の面積シェア(北海道を除く,農業地域別)

資料:農林業センサス(各年)より作成.公表統計の集計に基づくため水田以外を含むシェアとなっている.北海道は10ha以上の家族経営の面積シェアが77%を占める(2020年).

北海道(図略)では,10ha以上の家族経営のシェアが経営耕地全体の77%を占める(cf. 組織経営は18%).次いで家族経営のシェアが高いのは東北(23%)であり,関東・東山(21%),東海(20%)も高い.一方,組織経営のシェアが高いのは北陸(30%),中国(20%),東北(20%),東海(20%)である.とくに北陸地域および中国地域において,組織経営を中心として規模拡大が進んでいることが分かる.

2に近年(2010年~2020年)の大規模水田経営(水田作付延べ面積20ha以上)の組織形態別の水田経営の付加価値率(付加価値には経常補助金を含めた)について比較した.2010年以降しばらくは,組織経営(集落営農以外)の付加価値率が他の組織形態よりも高い傾向がみられたが,近年は組織形態間の差が縮まっており,2018年にはいずれも付加価値率45%程度となっている.

図2.

組織形態別の付加価値率の推移

資料:農業経営統計調査(各年)より作成.水田作付延べ面積規模20ha以上,全国の値.組織経営(集落営農以外)の値は表出されないため,組織経営体と集落営農の対象経営数の比率より按分して計算.家族経営(個別経営)の値は2018年まで.農業粗収益に占める付加価値(経常補助金を含む)の比率.

4. 水田経営の戦略と組織

(1) 組織形態とステークホルダー・マネジメント

大規模水田経営のSHMについて,水田経営へのアンケート調査結果から,SH対応が経営成果に影響を及ぼし,その影響は,組織形態によって異なることが示されている(八木,2018c).すなわち,水田経営が持続的に成立するためには,組織形態に応じた適切なSHMが重要である.また,SHMは組織形態と強くリンクしており,組織形態の選択によって,SHMの効果を相殺しうることが指摘されている.とくに,地域住民が経営に参画し,彼らによる民主的な運営を目指す集落営農法人では,SHへの価値提供と経営成果を両立しうる可能性がある.

規模拡大を進める共同経営や集落営農において,地域への配慮が重要であることも示されている.家族経営においても,SH対応は経営成果と無関係ではなく,とくに,家族経営においては常勤の従業員への配慮が重要である.

一方で,過度なSH配慮が成果に負の影響をもたらしうることも示されている.とくに経営内における平等な参画に配慮しすぎると,経営成果を損ねかねない.多様なSHへの価値提供と経営成果の達成を両立させるためには,意思決定に係る組織コストを低減しつつ,経営者がリスクを採ることも求められる.

(2) 組織形態と機械の利用方法

Yagi and Hayashi(2021a)は,水田経営の組織と機械の利用効率について,国内の大規模な水田経営を対象として,傾向スコアウエイトにより,サンプル・セレクションの問題を緩和したうえで,組織形態が主要機械の台数および機械作業日数に与える影響を推計している.その結果は以下に要約される.

第一に,機械台数においても,延べ作業日数においても,同一規模,同一条件で比べれば,家族経営が最も効率的であり,その差は,集落営農による農地集積による効果によってもカバーしきれていない.

第二に,組織の非効率性は,面積規模の拡大によってキャンセルされる.田植えおよび収穫作業日数は規模に応じて逓減し,とくに収穫作業においてこの影響が大きい.

第三に,農地集積による効果は,とくに集落営農の共同経営に対する優位性に貢献する.すなわち,家族経営が合併して共同経営を経営するよりも,集落として農地集積を行った方が効率的となる.ただし,組織形態それ自体は,集落営農と共同経営のいずれかが優位とは言えず,仮に共同経営が空間的に農地を集積することができれば,同様の効率性を発揮できることが示唆されている.

集落営農では,農地集積によって圃場作業の効率を高め,かつ,品種を多く扱って作業期間を延ばせたとしても,過剰に機械を保有するという傾向は,国内の大規模経営の比較分析からも示されている(八木・藤井,2016).

(3) 地域内の地権者・小規模農家との関係

地権者や小規模農家との関係について,新潟県十日町市を対象として,空間情報を用いた推計結果によると,経営から圃場までの距離が,農地集積の可否に影響することが示されている(Yagi, 2012).農地が小規模経営から近くに立地する場合,その農地を大規模経営が耕作できるとは限らず,傾斜が急である地域ほど,その傾向が強い.区画条件についても,大規模経営が,必ずしもよい区画が集積できるとは限らないが,地域内の農家の高齢化が進行すると,大規模経営への農地集積が進むことも実証結果として確認されている.

さらに,具体的な農地集積過程の比較分析から,以下の点が示されている(数寄・八木,2012).第一に,集落内の優良農地を主な借地対象とした高地代戦略は,集落営農法人においてみられ,概ね良好な成果(農地集積の達成)をともなっている.第二に,集落外に向けて拡大する共同経営は,比較的低い地代水準で借地を行っており,農地集積の達成には時間を要するが,通作距離は徐々に改善している.第三に,農地管理に関する附帯サービスの提供は,とくに共同経営においてみられ,経営面積規模の拡大に貢献しているが,区画条件の改善には必ずしも寄与していない.

以上の結果は,多くの地権者や小規模農家が存在する条件下で規模拡大を行う水田経営にとって,適切な農地集積戦略が必須であり,これによりコスト構造が短期的には悪化しうることを示している.

(4) 従事者との関係

従事者との関係に関して,共同経営と集落営農を対象として,農繁期の労務管理および過重労働の実態と天候による不確実性との関係が示されている(Yagi and Hayashi, 2021b).すなわち,非家族経営においても,天候に応じて柔軟に休日が設定されており,収穫の適期を逃さず作業を行う体制がとられている.とくに,いずれの組織形態でも,特定のメンバーが長時間労働を行っている.その理由として,月給制の賃金によるサンクコストの問題,非常勤従業員のスキル不足の問題,多くの非常勤従業員への連絡調整コストが存在することが示唆される.

非家族農業経営の組織形態間の差について,共同経営では,常勤従業員の残業によって農繁期の作業を遂行しているのに対し,集落営農は,集落内の住民が多数,交代で出勤することにより,定時で作業を完了することが示されている.とはいえ,後者でも長時間労働は回避できていない.とくに,集落営農は,地域内の多数の住民が非常勤の従業員として参加しているため,その調整コストによって経済効率性を犠牲にしているが,相対的に労働条件は良好であることが示されている.ただし,後述する中山間地域のように,人口減少に伴い小規模農家が減少すると,この方式を維持することは難しくなる.

集落営農法人の常勤従業員を対象としたアンケート調査によると,集落営農法人の常勤従業員は,勤務している法人が家族や地域といったSH関係に配慮していることを高く評価する一方で,それらの調整おいて,経営者による迅速な判断や強いリーダーシップが求められている(八木ら,2020).給与や労働環境といった衛生要因への不満は,農業や組織へのコミットメントによって忍従されているというよりも,むしろ,農業特有の季節性による繁閑を受け入れた働き方が選択されていることも示唆される.

一般に,集落営農法人は,多数の出資者や地権者,あるいは地域住民といったSH関係に直面しており,上記の期待を満たすことは必ずしも容易ではない.このことが,常勤従業員を確保し,組織を持続させることの難しさに繋がっているとも考えられる.

(5) 中山間地域における水田経営の戦略と組織

中山間地域を対象とした分析として,島根県内における比較経営分析結果から,傾斜条件がより厳しい経営の方が,畦畔管理作業にかかる労働時間も多くなることが示されている(森田ら,2008).しかし同時に,専従者を確保できていない集落営農法人において,地権者への畦畔管理委託費は作業時間に対して十分な水準が保たれており,それ以上に多くの地代・配当支払いが行われていることが示されている.すなわち,中山間地域直接支払を含む近年の条件下においては,急傾斜地域でも地代の支払いを抑え,これを基幹的従事者に分配することにより,専従者所得を確保可能であると帰結される.専従者や地権者,出資者といったSHに適切に対応し,将来を踏まえた付加価値分配を実現していくことが,経営の持続性の成否に繋がっているといえる.

地権者や小規模農家との関係に関して,広島県三次市北部の事例における線形計画法の適用結果によると,集落営農は,条件不利圃場を引き受ける傾向にあるが,こうした農地管理機能を地権者に負担させるためには,更なる地代や再委託料の減額が必要となることが示されている(八木・大呂,2006).

また,同地域における集落営農法人と小規模・非農家層との間の,畦畔管理作業を通じた補完関係について,小規模・非農家層が,地区内の多くの畦畔管理を担うことにより集落営農の水田に係る労働投下を縮減し,夏期の労働制約を緩和していることが示されている(八木・芦田,2012).

また,八木(2018b)は魚沼コシヒカリの産地である山間地域を対象として,立地条件をはじめとする外部環境と個々の経営要因が米の食味に与える影響を定量的に推計した上で,高食味を達成する農家へのヒアリングにより,立地特性,外部環境および内部環境に応じた技術選択の実態を明らかにしている.

その結果,標高や日当たりといった外部環境要因に加えて,とくに条件不利な高標高地域において個々の農家の技術的要因が食味に与える影響が大きいことが明らかにされている.これらの高食味を達成する農家は,高齢専業農家(小規模家族経営)が中心であり,狭小な圃場,水利施設の未整備という条件の下で,とくに肥培管理・水管理において,労働多投による稠密管理が選択されており,個々の圃場条件と各年の気象条件に合わせて細かくカスタマイズされた適期作業が実施されている.大規模経営や小規模兼業農家では,このような気象条件に合わせた作業時期の融通が困難であり,安定的に高食味を達成することが難しいことが示唆される.なお,これらの技術は,毎年の栽培を通じた自らの試行錯誤による経験知をもとに選択されており,こうした技術の継承も課題となる.

5. 考察

(1) 組織形態ごとの経営管理

以上の実証分析の知見をもとに,有効な経営管理について組織形態別に整理した(表3).

表3. 組織形態別の有効な経営管理
有効な経営管理
家族経営 ・常勤の従業員への配慮を重視
・一定のリスクを採った経営判断
・作業期間を延ばし,機械の稼働を向上させることが可能
・規模拡大過程における圃場分散に注意
・農繁期における労働負荷の問題に注意
・大規模化に伴う篤農技術の共有と継承に注意
集落営農 ・過度な参画の平等化を避ける
・一定のリスクを採った迅速な経営判断
・地域への配慮を重視
・従業員家族への配慮
・作業の繁閑を踏まえた労働条件の維持
・農地集積による機械作業効率の向上
・労働分配を高めて将来世代人材を確保
・条件不利圃場のコストを考慮した地代設定や作業再委託
・農地集積における高地代に注意
・機械ユニット数が多くなりやすいことに注意
共同経営 ・地域への配慮を重視
・地代抑制と農地管理に関する附帯サービス提供
・規模拡大過程における圃場分散に注意
・農繁期における労働負荷の問題に注意

資料:筆者作成.

ここに整理したように,組織形態によって有効な経営管理は異なる.これらは関与するSHが異なることから,一定程度説明しうる.一方で,これらの経営管理は,ある程度類似したものに収斂しつつあることも興味深い.このことは,前節に示したように,大規模水田経営の組織形態別の付加価値率の差が,近年収束してきていることと軌を一にする.農村地域において,規模拡大を達成し,多くのSHに直面する水田経営にとって,求められる経営管理には,類似した条件があるものと考えられる.

その管理とは,戦略的な農地集積と機械の稼働率向上による作業の効率化,労働分配を高め,人材確保に務めるとともに,農閑期の存在を念頭に置きながら,農繁期の作業ピークを抑制することである.さらに,意思決定において,地域への貢献を意識しながらも,根回しに時間をかけ過ぎない,迅速な判断が求められる.組織形態それ自体が問題となるのではなく,むしろ,SH間のバランスを保ちながら,こうした経営管理を選択可能か否かが課題となる.

(2) 多様な価値創出に対応した経営組織の展望

規模拡大を進める家族経営と組織経営において,求められる対応が類似してきていることが示された.このことは,水田経営が,家族的・個人的価値と地域的・集落的価値とを提供可能な方向に発展していると考えることができる(図3).この背景として,規模拡大を必要とする技術進歩や,環境保全,地域貢献,労働環境の担保といった多様なSH対応のための制度的,社会的条件の醸成があると考えられる.

図3.

水田経営が提供する価値と組織の展開

資料:筆者作成.

一方,こうした展開が進むことにより,より特化して,家族的・個人的価値,あるいは地域的・集落的価値を追及する水田経営主体が存立する余地を生み出すと考えることもできる.すでに農村地域において農家は少数派となっているが,さらに人口減少,高齢化,地域経済の停滞といった危機に直面する中で,より多様な価値創出が水田農業に求められる環境にあると考えられる.

たとえば,小規模な有機農業による独立したライフスタイルの追及や,地域住民の体験活動を中心とした水稲作などの事例が見られる.都市近郊地域においては,後継者不在の小規模農家が多数存在しつつも農地集積が進まない実態が示されているが(北畠・鈴木,2020),こうした中で,近年の生産緑地制度の改正を活用して,有機栽培の水稲作や農業関係イベントで生計を立てる新規就農者も現れている(八木,2022).中山間地域においても,上述の森田ら(2008)が対象事例とした法人Kの立地する集落では,有機栽培による水稲作の新規就農者が将来の水田農業の担い手として期待されている.八木(2018b)で扱った魚沼の山間地域では,棚田での体験活動なども主催するNPOが地域内で最大規模の水田経営となっている.

地域や集落の価値は,個人や家族の価値が尊重されてこそ意味を持つものであり,一方で,経営の持続のために,多様な主体の農業参加や従来農法の維持など,応えきれない地域的価値が存在しうることも否定できない.農地保全によって将来にわたっての持続性を担保しつつ,多様な経営の展開を踏まえた地域ビジョンを提示し,実現することが必要となってきている.

(3) 検討を加えるべき視点

本稿で十分に扱えなかった経営管理上の課題として,水田経営の事業多角化,経営組織の広域化,情報技術の進歩とそれに応じた人材育成の問題などが挙げられる.また,異なる外部環境に直面する水田経営における検討も必要である.これらの課題と都市化社会におけるSH対応との関連性ついては改めて論じたい4

1  2019年の改正では,相続時の遺留分減殺請求において,土地や建物などの特定財産の共有権としてではなく,金銭での解決を可能とすることにより,事業に不可欠な資産の分割を防ぐことを趣旨の一つとしている.経営継承・発展等支援事業では,経営継承に際して,最大100万円を助成する(国と市町村の合計,2022年度時点).

2  農林水産省通知「中山間地域等直接支払交付金実施要領」(2000年)に「一農業者等当たりの受給額の上限は100万円とする.ただし,多数のオペレーターを雇用する第3セクター及び多数の構成員からなる生産組織等には適用しないものとする.」と規定されている.さらに,集落営農法人であれば,集落の共同利用部分を法人事業に充てることもできる.

3  農業は,労働基準法の労働時間,休憩及び休日に関する規定から除外されている(同法41条).また,同居親族のみによる事業は,総則部分のみが適用される(同法116条).

4  本稿の内容について八木(2023)に所収したので参照されたい.

引用文献
 
© 2023 地域農林経済学会
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