農林業問題研究
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書評
大山利男編著『有機食品市場の構造分析』
〈農文協・2022年2月28日〉
関根 佳恵
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2023 年 59 巻 2 号 p. 102-103

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本書は,有機食品市場の構造把握と市場規模の推計を目的とする農林水産省農林水産政策研究所の委託研究事業(2018~2020年)の成果をもとに上梓された.政府はみどりの食料システム戦略の下で,2050年までに有機農地面積を100万ha(全体の25%)に拡大する目標を掲げているが,2020年時点で2.5万ha(同0.6%,JAS有機非取得含む)にとどまる.同省は,有機農業が拡大しない背景として,日本の有機食品市場の規模や一人当たり年間消費額が欧米に比べて著しく小さいと指摘している.

有機食品市場の国際比較や国内の経年変化の計測に必要となるのが,数量データにもとづく分析である.国内の既存研究は事例分析による定性的評価が主流であったが,本書は欧米のデータ収集・推計方法を参考にしながら定量的評価方法を示し,実際に試算を行っている.今後,日本の有機食品市場の展開を継続的に分析し,より実態に即した政策を展開するためにも本研究の貢献は極めて重要である.各章の概要は以下の通りである.

「第1章 有機食品市場の特質と定量的把握の試み」「第2章 欧米諸国の有機食品市場の展開状況と政策動向」(大山利男)は,日欧米の有機農業の展開と有機食品市場の特徴等を概説している.日本のJAS有機農地は過去10年で29%増加したが,農地全体に占める割合は0.27%にとどまる.日本の有機食品市場は組織化された消費者の計画的購買行動に支えられてきたが,JAS有機認証の登場以降はスーパーマーケット等でスポット的購買をする消費者が増えた.世界の有機農地は7,230万ha(全体の1.5%),有機食品市場は1,060億ユーロと過去20年間で約7倍に拡大した.EUでは1,460万ha(全体の8.1%),374億ユーロにのぼる.EUではスーパーマーケットが有機食品市場の成長を牽引している.

「第3章 欧米諸国の有機市場データの収集実態と日本における課題」(谷口葉子),「第4章 日本における有機農産物・食品市場の構造と規模」(酒井徹),「第5章 日本における有機食品の市場推計」(谷口葉子)は,日本の有機食品市場の規模を推計している.有機食品事業者へのアンケート・ヒアリング調査にもとづく推計では,小売市場の規模は約1,871億円(2018年)だったが,アンケート回収率が低く外れ値の影響を受けた可能性がある.購買履歴データとアンケート調査の組み合わせ,事業者売上データ,JAS格付実績,消費者アンケートにもとづく推計では,1,028~2,850億円(2018~19年)と大きな幅が出た.谷口は各推計方法には長短があるとしながら,購買履歴データとアンケート調査の組み合わせ(1,089億円)が最も信頼性が高いとし,他の方法による推計とクロスチェックすることを推奨している.今後,日本で何を目的にどのようなデータを収集・分析するのか関係者間で合意形成し,制度を構築する必要がある.

「第6章 有機加工食品の市場およびサプライチェーンの構造と特徴」(李哉泫)は,有機食品専門問屋へのインタビューにもとづき,日本の有機加工食品の製造市場のニッチ性,輸入原料に依存した垂直的統合の進行,有機加工業者・専門問屋・自然食品店等から大手メーカー・商社・大手スーパーマーケット等に有機加工食品のサプライチェーンの担い手が交代する可能性を指摘する.「第7章 緑茶の輸出動向にみる有機緑茶の可能性と課題」(同)は,輸出が急拡大している緑茶を取り扱う企業を事例として,日本の有機緑茶生産は輸出の手段として発展したものの,今後は他国との価格競争や貿易制度の見直しにより生産意欲減退の可能性があると指摘する.環境保全や安全性等の本来の有機農業の理念から乖離した有機農業の脆弱性が垣間見える.

「第8章 認証制度によらない有機農産物流通の動向分析」(横田茂永)は,JAS有機認証にもとづかないCSA(地域が支える農業)や参加型保証システム(PGS)について概説した後,Web実施の消費者アンケートにもとづき,有機・無農薬食品購入の経験者の割合(46%),頻度,場所(スーパーマーケット7~8割以上)等の結果を導いた.また,JAS有機認証と非認証の消費者には重なりが見られるため,双方の市場は共存可能だとしている.

「第9章 欧米諸国にみる有機農業成長戦略」(大山利男)は,2019~20年の欧州グリーンディール,農場から食卓までの戦略,有機農業アクションプラン,および学校給食等の公共調達における有機食品導入といった最新の政策動向を紹介している.

以下では,本書の貢献と残された課題を整理しよう.第一に,日本政府が有機農業の拡大を目指す中,本書は定量的に政策の効果や妥当性を評価するための基礎となる方法論を提示している.しかし,著者らも指摘するように,データ収集機関の専門性と独立性,調査予算の確保,適切な方法論の採用と情報公開,データの正確性と信頼性,データへのアクセス可能性,統計的秘匿性の確保,回答者負担,費用効率性,適時性,整合性と比較可能性等の課題は多く,今後様々な検討や調整が求められる.JAS有機認証を取得せず有機農法で生産する農業生産者の割合が高く,バーコードを付されていない生鮮野菜や米等の小売価格の推計に工夫が求められること等,日本市場の特性に応じた対応も課題である.さらに,日本でも学校給食等の公共調達に有機食品を導入する流れが強まっていることから,公共調達の市場分析も求められる.本書の成果を出発点として,今後さらなる実証と検証が必要となる.

第二に,市場規模の推計に関する技術的・制度的な課題以外に,本書でも析出されている「日本の有機農業・有機食品市場の慣行化」の傾向をどのように評価し,今後の研究・政策課題とするかという点が重要である.この点は本書の問題意識の中心ではないのかもしれないが,第7章で指摘されているように,有機農業が「農産物・食品の輸出拡大」という政策目標を達成するための手段に堕するならば,有機農業の本来の目的である循環型社会の構築,地域コミュニティの活性化,人びとのエンパワーメントとウェルビーイングの実現,共生社会の展望をすることは困難である.諸外国では有機農業の慣行化に関する批判的研究が数多く存在する.それらの研究成果と議論に学びながら,日本の有機農業の将来について研究者だけでなく幅広い関係者が議論する必要があるだろう.

最後に,本書の構成に関する課題を指摘したい.本書には序論に相当する章はあるが結論に相当する章がないため,本書を貫く理論的枠組みや共通課題における各章の結論の位置づけ,および最終的なメッセージを明確に見出すことができなかった.また,各章の文献参照の方法,図表の出典,注の表記のルールが統一されておらず,それぞれが独立した論文のような印象である.編集段階で工夫することにより,研究書としての完成度を高めることができたように思う.しかし,本書が日本の有機食品市場の構造把握と市場規模の推計において重要な貢献をしていることに変わりはなく,今後の研究成果の公表を心待ちにしたい.

 
© 2023 地域農林経済学会
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