2023 年 59 巻 3 号 p. 161-162
2022年9月30日に農林統計出版より公表した拙著に対し,新進気鋭の小川景司氏(以下,評者)から大変的確なコメントをいただき,また,本誌編集委員会からリプライの機会をいただき,衷心より御礼申し上げたい.拙著に対しては,本稿執筆時点で,中村勝則氏からも大変的確なコメントをいただいている(農業経済研究).中村氏のコメントは,評者のコメントと関連する部分が多かったため,本稿ではその部分に絞って紹介したい.
評者はまず,農業経営と地域ネットワーク,あるいは畜産経営と集落営農とを,多角的な視点から検討したことの意義(多角的視点により何を得ようとしたか,何が得られたか)が不明瞭な点を指摘している.具体例として,農業者や住民の目線を等閑視することで生じるどのような問題への対応が意図されたのか,また,各章の分析結果を総合的に考察した際に導かれる「地域ネットワークに共通の特徴と課題」が何か,それぞれ明示されていないことを挙げている.本コメントに関連して,中村氏は,地域ネットワークの定義について,類似のイメージを想起させる概念(組織,連携,システム,協働)との相違を含め,議論が不足している点を指摘している.
評者と中村氏によるこれらのコメントは,各章を統合する地域ネットワークの分析枠組みが明示されていない点に集約しうると考える.学術研究一般として,その重要性に大いに首肯しつつ,筆者が拙著において地域ネットワークの分析枠組みの明示に立ち入らなかった(立ち入ることができなかった)要因について,以下2点,説明を試みたい.第1に,中村氏も指摘のように,「地域ネットワーク」の主体・地域の範囲・つながり(ネットワーク)の中身が,それぞれ極めて多様性に富んでいることが挙げられる.畜産経営と集落営農に対象を限定したとはいえ,拙著を構成する8つの章だけで,これらすべてをカバーしうる分析枠組みを明示することは,拙著の範囲を超えると判断した.筆者は,地域ネットワークが学術用語の中で群を抜いて根が深く,なおかつ広いと捉えている.深さ(歴史)でいえば,昭和期以前の有畜農業や農家小組合,昭和初期の農山漁村経済更生計画樹立実行運動と連なり,広さ(研究分野,方法論)でいえば,「農村経営」や「地域自給」の分析枠組みのみならず,農村社会学や人文地理学の方法論とも連なっている.筆者の私見であるが,これらをカバーした分析枠組みの明示は,例えば,吉田編著(1977)のような紙幅と分析の深さを要するのではと考える.いずれにせよ,ただ筆者の力不足に帰する.
第2に,筆者による「地域ネットワーク」の詳細なドメイン確定によって招来されるデメリットを危惧したことが挙げられる.「農業者や住民の目線を等閑視することで生じる問題」にも連なっていると考える.筆者は,地域の範囲も,主体の中身(個人,組織)も,つながりの中身(連携,システム,協働)も,特段の排除を行わず,「特定の地理的な枠内(地域内)において,事業や暮らしのために個人や組織が取り結ぶネットワーク」と幅広に捉えた.筆者は,地域ネットワークに関して言えば,研究分野や方法論を超えて幅広に捉えるべきではないか,と考えている.言いかえると,厳密な定義(経済的事実をむりやりにとり出すという抽象;塩野谷ら訳,1977:p. 25)によって得られるメリット(学術的な正確性)よりも,デメリットの方が大きいと考えている.上記デメリットについては,拙著の序章でも引用した中島(1957),山下(2008),大呂(2014)が丹念な議論を展開しており,そちらを参照いただきたい.むろん,拙著が,農業者や住民の目線を等閑視することで生じる問題――農業者から「あちら側の学」(宇根,2019)と見なされることなど――を克服できたとは到底言えず,「その一里塚への接近を意識したレベル」というのが実態である.
なお,評者は,多角的な視点から検討したことの意義として,①学術研究と実践の現場とが乖離してしまう問題に対処しようとしている点,②歴史的に形成されてきた地域や経営に固有の要素が地域ネットワークの形成に重要な役割を果たしており,地域や経営の個性を尊重した支援・推進施策が必要となる点,を抽出している.説明不足の筆者として,ありがたい限りである.
評者は次に,調査分析手法に関する説明が不足している問題を指摘している.本コメントに関連して,中村氏は,さまざまな「つながり」に関する,より踏み込んだ分析が必要と指摘している.地域のさまざまな個人や組織による,さまざまな「つながり」によって生まれる地域ネットワーク(=「さまざま」×「さまざま」)を対象にする以上,これらの指摘への対応は筆者も重要と考える.評者コメントに対しては,「試行錯誤を続けた結果,地域ネットワークに行き着いた」との締まりのない回答に止まらざるを得ない.筆者の関心の遍歴は,「地域資源循環型(有畜)農業→耕畜連携→集落営農」であった.これらの研究を振り返って一冊に括るに際して,初出論文執筆時には明確に意図していなかった結果(意図せざる結果;沼上,2000)として,地域ネットワークが浮かび上がったのである.なお,調査分析手法の解説に力点を置いた例として,ミクロデータを用いた計量分析や人文地理学に基づく地域調査に関する良書がある(藤栄ら編著,2022;梶田ら編著,2007).地域ネットワークを含む個別の経営主体への調査分析手法の解説に関しては,前節の分析枠組みとは別に,今後,1冊の図書のボリュームで編まれると,後進の研究者にとって有益であろう.
中村氏からは,拙著の試みを,グローバリズムへの対抗軸として捉えうる,とのありがたいコメントをいただいた.グローバリズムへの対抗軸として最も明確な用語の一つは,「地域」である.農経関連学会の中で地域研究を前面に掲げる地域農林経済学会のさらなる発信に期待して筆を置きたい.