農林業問題研究
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書評
中間由紀子・内田和義編著『戦後日本の生活改善普及事業―「考える農民」の育成と農村の民主化―』
〈農林統計出版社・2022年8月〉
中村 貴子
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2023 年 59 巻 3 号 p. 163-164

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本書のタイトルにある「考える農民」という表現に惹かれた.というのも,戦前の農業者について東畑精一は,「経済や社会の発展を担う企業者とは生産要素の新しい結合を生みだす創造者,技術革新者に他ならないが,日本農業にとって企業者の役割を果たしているのは――尤もこれは条件つきの企業者であるが――官であって,農業者は単なる業主でしかなかった.「単なる業主」とは革新性に乏しい日夜同じ仕事に終始する自立性欠如の農業者を指す.」と表現した.これは,東畑が農業者の主体性を重視しようとして,農業者を個人事業主という立場で見たとき,それまでの農政のあり方について批判するための文言であったわけだが,この「単なる業種」という表現に衝撃をうけた.以来,農業者の自立とは何か,農村社会の自治とは何か,を考えるようになった.

今回,単なる業種と対峙する言葉といえる「考える農民」が必要とされ,どの位,社会構造に変化に影響をもたらしたのか本書を読んで知りたいと思った.日本の以前の姿,それこそ戦後約20年後のころまで,日本の姿はそのほとんどが農村であり,農業者もしくはその家族であった.つまり,農村で教育を受けた人々が今の日本の社会を作ったと言っても過言ではない.学校教育ではなく,そこには社会教育があったと考えているのだが,この点も本書から学ぶことできるのではないかと考えた.また,農村現場で研究をさせてもらっていると,「女性」の存在が気になる.「女性が自立している農村は元気だ」ということはよく聞かれる.これからも農村は元気であってほしいし,その元気を農村以外の人にも分け与えてほしいと願っている一人として,本書は農村女性の自立化の歴史を紐解き,人材育成がどのように行われてきたのかを知ることができ,また現代に活かせる手法があるのではないかという観点からも読んでみたいと思った.結果,読み応えのある書籍であった.

筆者はまえがきで「タテ型社会である東北地方とヨコ型社会である中国地方」と選んだ地域の理由を記載している.東日本と西日本で農村社会の特徴に違いがみられることを感じ取ってはいたが,不勉強のため,このような表現があるとは知らなかった.調べたところ,「東北型農村」と「西南型農村」という表現があるようだ.

全体を通して,三つのポイントで整理したい.一つ目の読書ポイント,生活改善普及事業は,地域社会の特徴に即して進められていったのか,二つ目の読書ポイント,農林省の基本方針が地方の自治体を通して女性の新たな活動組織を立ち上げる時,どういう理念で,理念の実現のために何を進めたのか,三つ目の読書ポイント,受け入れる女性たちの思いと殻を破るときの行動様式である.

本文より,まず生活改善普及事業のスタートについて要約すると,「生活改善普及事業(以後,生改事業と記す)は,戦後,創出された自作農の経営と生活を安定させるための一環として進められた.農林省(当時)において,本事業を推進するために「生活改善課」がおかれた.ここでは「農民生活および農村文化の向上」に関する事務を所掌した.生改事業を進めるため「生活文化の育成と向上」「農業生産の増大」「家庭生活の民主化」の3つを本課は目標に掲げた.中でも普及事業の精神として「農民の主体性を重んじるべき」という理念を強く説いたのは,東大教授兼初代の農林省農業改良局長の磯部秀俊である.この考え方を継承し,普及事業を象徴する「考える農民」という概念を提起したのは二代目の農業改良普及局長小倉武一氏による.」と記載されている.つまり,それまでの農民は,主体性を持たせてもらえず,考える余地が与えられる社会を生きてきたということである.これは慣習であり,慣習を変えるのは相当大変な所業である.

第一の読書ポイントとした地域による差については,「おわりに」でも示されているが,東北地方と中国地方では農村社会の性格は異なり,生活水準にも差があった.その結果,中国地方では女性組織から始めることができたが,東北地方は,まず「モデル部落」を選定し,ムラとして生改事業を受け入れる,つまり男性組織を中心的に推進するという工程をとっており,その傾向に違いがみられた.

第二の読書ポイントとした点であるが,結論からいえば地方自治体によって推進方法は異なっていた.第一のポイントでみた地方による農村社会の性格の異なりと通じるところではあるが,都道府県ごとに農業改良課(名前は微妙に違う)が設置されるところまでは同じであるが,農林水産部ではなく経済部におかれるところもあり,農業改良課の目標・理念,生活改善普及員の採用数,設置方法への考え方などが異なっており興味深かった.この点は,各章をじっくりと読むこと,また各章を比較しながら読まなければ理解できないが,本書においては,詳細な人の動き,心や考え方の変化と普及指導体制づくりとの関連性が描かれていて,新しい認識に繋がることも多く,大変興味深く読ませていただいた.

また,農林省の生活改善課長の大森松代が,婦人会のような既存の組織が生改事業に関与することを拒否,否定し続けたものの,現場での推進においては,結果として既存の組織に頼らざるを得ない場面が特に当初は多くあったことを本書から知り,当時の住民たちの苦労が偲ばれた.なお,中央の農水省と地方自治体との関り方がとても深かったこと,特に東北地方の課長たちであるが,大変なエリートであり,海外留学経験者もある人がなっていることを知り,昔の地方自治体行政の職員のレベルが高かったことに驚いた.また,生改事業についての講義の講師に外国人が行くなど,今よりも衝撃的な日常があったことに驚いた.

第三の読書ポイントとした点であるが,以前は,生改事業が「かまどの改善」から始まったという認識でいたが,その認識が甘かったことを今回思い知った.台所をかまど方式へと改善できるのは経済的に恵まれた層であり,多くの農家はできないということを知ったのである.また不衛生な環境,それによる病気は当時の知識のなさが招いた点でもあり,学習活動がいかに重要であるかということと,隣の家の人と一緒であれば勇気をもってそれまでの生活様式変えることができた,という当時の社会をかなり具体的に想像することができた.また,中国地方では「よそ者」である都市部出身の学歴のある女性がリーダー層になっていること,東北地方ではあまりにも劣悪な自身の生活環境を変えたいという強い思いが原動力になっているという違いもうかがえた.全体的に環境変化を促すのに共通しているのは「食」および食に関連する環境ということである.「女性と食」との関係性を考えることが「考える農民」「殻を破る農民」を作ってきたという事実が垣間見えて,大変興味深く読むことができた.最後に,本書は単に前から読み進めるだけでなく,章ごとを比較しながら,また現在のその地の状況とも比較しながら読み込むことで2倍も3倍も面白く読めると思ったので,読み方についても進言しておきたい.

 
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