農林業問題研究
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個別報告論文
中国上海市での日本産和牛への消費者評価
―霜降り肉と赤身肉を評価する消費者層の異質性―
八木 浩平張 馨元林 瑞穂丸山 優樹李 冠軍樋口 倫生
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2023 年 59 巻 4 号 p. 165-172

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Abstract

As China is expected to lift its ban on imports of Japanese beef, it is necessary to analyze the kinds of Chinese consumers who highly value Japanese Wagyu beef. In this study, we used CVM to analyze the attributes of consumers who prefer marbled and red meat, and obtained knowledge that can be used as a reference for meat exporters. The estimation results show that high-income consumers prefer marbled meat, while middle-income consumers prefer red meat, thus confirming the possibility of segregation by income bracket.

1. はじめに

中国では近年,経済発展に伴い牛肉の輸入量が急増している.中国農業出版社『中国農産品貿易発展報告2021』によれば,2010年に2.4万トンであった牛肉輸入量は,2020年に211.8万トンと90倍近く拡大した.また,2019年11月の日中外相会談において,両政府は輸出再開に必要な畜産物の安全性に関する協定に署名し,中国での日本産牛肉輸入の解禁が見込まれている1.こうした背景を踏まえ,本稿は,2022年2月に上海市で実施したアンケート調査の結果を利用し,中国の消費者の間で知名度が高い日本産和牛への評価を分析する.

日本産和牛は,「黒毛和種・褐毛和種・無角和種・日本短角種の4品種とそれらの交雑種」と定義されている(宗像・岸田,2016).外国でも日本産和牛に類似する牛肉が生産されており,中国では雪花牛や雪花黒龍等の名称で生産・販売されるほか,豪州産Wagyuも広く流通している.特に,中国では霜降りの強い高級牛肉の大半は輸入に依存しており(阿拉坦沙,2021),三原・新川(2019)は,その高級牛肉が主に豪州産Wagyuと米国産牛肉であると述べている.また現在,中国では,日本産牛肉の輸入は禁止されているが,日本産和牛はカンボジア等を経由したルートで流通されている可能性が高い2

大呂(2012)は,海外市場において,4~5等級の日本産和牛が豪州産Wagyuに対して品質面で優位性があり,為替レートにもよるが2~3等級でも豪州産Wagyuに価格競争力を持ち得ると述べ,各国の日本産牛肉輸入解禁後の輸出拡大を期待している.今後,中国での輸入解禁後の直接輸出の販売戦略を練るため,どういった中国の消費者が日本産和牛を高く評価するかを分析することが求められる.

ところで,牛肉の食味は霜降り(marbling)の程度に概ね比例するとされ(Emerson et al., 2014; O’Quinn et al., 2015; Corbin et al., 2015),また,香港の消費者を対象に牛肉への消費者評価を選択実験で分析したKikushima et al.(2018)は,適度な霜降りが高い評価を得ることを示している.その一方で,この霜降りについて山口ら(2009)は,脂肪交雑量の異なる牛肉の好みによって回答者を2グループに分け,牛肉の食味への評価を比較し,脂っこさの好ましさへの評価がグループ間で分かれる点を示しており,評価が消費者の間で一様でない可能性も示唆される.しかし,同研究は,霜降りの程度の違いと具体的な消費者像の関連を示したとは言えない.特に近年,国内牛肉産地において,霜降りの程度の高い和牛の海外市場での産地間競争を避け,差別化を図るため,比較的価格帯が低廉なF1や雄ホルスタインといった赤身肉の輸出も念頭に置かれている3.「農大和牛」と呼ばれる,赤身肉需要へ対応する和牛の生産も進んでおり4,輸出拡大をねらう和牛において,霜降り以外の赤身肉の海外需要に対応し,輸出を促進するため,どういった属性の消費者が霜降り肉および赤身肉をそれぞれ好むかを分析することで,食肉輸出を担う業者の参考となる知見を提供できる.

そこで本稿では,中国上海市における過去3年間の和牛喫食者について5,日本産和牛の霜降り肉の写真を示すグループ(以下,霜降り肉群)と赤身肉の写真を示すグループ(以下,赤身肉群)の2グループにランダムに分け6,それぞれの日本産和牛への支払い意思額(以下,WTP)を支払いカード方式の仮想評価法(以下,CVM)で計測した7.その上で,性別や年代,所得階層などの消費者属性の観点からWTPを精査することで,両牛肉を好む消費者層について評価を試みた.

2. 分析の枠組み

(1) CVM調査のシナリオ

まずアンケート調査では,和牛の定義を説明するため,図1の文章を掲載した.その上で,日本産和牛に対するWTPについて,以下の設問を提示した.

図1.

和牛の説明文

「あなたが,日本式焼き肉店で焼肉を食べている場面を想像してください.中国産雪花牛の上カルビ1皿(100 g程度)が120元です.この時,日本産和牛の上カルビ1皿(100 g程度)を食べる場合,あなたが日本産和牛に何元支払っても良いと思っていますか?」

この設問の真下に,「日本産和牛の上カルビ(100 g)」と題して,霜降り肉群へ図2の霜降り肉の写真を,赤身肉群へ図2の赤身肉の写真を提示しており8,回答者は霜降り肉か赤身肉いずれかの写真を確認した上で,それらに対するWTPを回答している.なお,質問文の中国産雪花牛の上カルビ1皿(100 g程度)の価格は,上海市にある複数の日本資本の焼肉チェーンでの和牛の上カルビ1皿当たり価格を参考にした.支払いカード方式で提示した価格の選択肢と,回答割合は表1の通りである.提示した価格帯とその幅については,インターネットで調査した上海市の複数の焼肉店での和牛カルビの価格を参照し,また複数の中国人へ聞き取り予備調査を行い調整した.なお,「価格に関わらず日本産和牛は食べない」と回答した回答者を,抵抗回答としてサンプルから除去している9

図2.

日本産和牛の写真

表1.

WTPの選択肢と回答状況

霜降り肉群 赤身肉群
0–40元 2.0% 6.0%
41–80元 9.6% 10.4%
81–120元 28.9% 31.1%
121–160元 25.6% 23.0%
161–200元 25.4% 23.6%
201–240元 6.5% 4.6%
241–280元 1.2% 0.9%
281元以上 0.9% 0.5%
サンプルサイズ 665 569

(2) 分析モデル

支払いカード方式によって得られるWTPは,121–160元といった区間のある区間データである.そのため,目的変数が区間データであることを考慮したグループド・データ回帰モデルを用いた.そこでは,第i回答者のWTPをWTPiとし,下記の関係を仮定した.

  
lnWTPi=Xiβ+εi (1)

ここで,Xiは回答者属性から構成される説明変数群,βは定数項を含むパラメータベクトル,εiは平均0,分散σ2の正規分布に従うi.i.d.の誤差項である.説明変数群は,女性ダミー,年代ダミー,世帯員数,高齢世帯員の有無10,15時間を1単位とする1週間当たりの勤務時間数,最終学歴が大学卒以上か否か,1人当たり年収,2010–2019年の訪日回数11,家庭外での外食頻度,家庭外での外食頻度と会社員ダミー,公務員ダミー,個人事業主ダミーそれぞれとの交差項を設定した12.各変数の定義と記述統計は,表2を参照されたい.なお,家庭外での外食を説明変数としたのは,次の理由による.中国では,数人で繰り返し外食し,その外食機会ごとに異なる人が全額を奢る習慣や,面子を重んじて豪華な接待を行う外食文化がある13.そのため,こうした比較的豪華な家庭外での外食の経験によって,奢侈品である和牛への評価が異なる可能性も考えられる.本稿では,中国特有のこうした食文化の影響を考慮するため,家庭外での外食頻度や,会社員や公務員といった立場の違いによる交友関係の差異を調整するダミー変数と家庭外での外食頻度の交差項を,説明変数として採用した.

表2.

変数の定義と記述統計(平均値(標準偏差))

変数名 定義 霜降り肉群 赤身肉群
女性ダミー 女性=1,他=0 0.501 0.483
年代ダミー 20代 20代=1,他=0 0.299 0.285
30代 30代=1,他=0 0.277 0.283
40代 40代=1,他=0 0.214 0.234
50代 50代=1,他=0 0.211 0.199
世帯員数 3.188(0.820) 3.230(0.869)
高齢世帯員あり 60歳以上の世帯員あり=1,他=0 0.165 0.190
勤務時間(15時間刻み) 1週間当たりの勤務時間数について,勤務時間0時間を0,15時間未満を1,15時間以上30時間未満を2とし,以後15時間増えるごとに1ずつ増加 3.408(0.938) 3.394(0.975)
会社員ダミー 会社員=1,他=0 0.734 0.721
公務員ダミー 政府機関・公務員=1,他=0 0.084 0.086
個人事業主ダミー 個人事業主=1,他=0 0.080 0.077
大卒以上ダミー 大卒以上=1,他=0 0.522 0.489
1人当たり年収(税込み) 5万元未満 5万元未満=1,他=0 0.101 0.105
5万元以上10万元未満 5万元以上10万元未満=1,他=0 0.462 0.496
10万元以上15万元未満 10万元以上15万元未満=1,他=0 0.296 0.258
15万元以上20万元未満 15万元以上20万元未満=1,他=0 0.081 0.079
20万元以上30万元未満 20万元以上30万元未満=1,他=0 0.047 0.053
30万元以上 30万元以上=1,他=0 0.014 0.009
訪日回数(2010–2019年) 3.111(2.313) 3.172(2.579)
家庭外での外食頻度 2019年に家族以外の知人・友人と一緒にレストランで食事をした頻度について,食事をしていない=0回,半年に1回以下=0.17回,3–4か月に1回=0.29回,1–2か月に1回=0.67回,2週間に1回=2回,1週間に1–3回=8回,1週間に4回以上=16回と月当たり頻度に換算. 2.844(3.057) 2.702(2.973)
家庭外での外食頻度(会社員) 2.770(2.978) 2.909(3.096)
家庭外での外食頻度(政府機関・公務員) 3.649(3.333) 2.914(2.996)
家庭外での外食頻度(個人事業主) 3.669(3.585) 2.402(2.761)
サンプルサイズ 665 569

1)上記の変数について,カテゴリカル変数はカイ二乗検定で,連続変数はWelchの検定で霜降り肉群と赤身肉群を比較し,両群に有意差があるかBonferroni法で評価したところ,10%水準で有意差のある変数はなかった.

2)「家庭外での外食頻度(会社員)」「家庭外での外食頻度(政府機関・公務員)」「家庭外での外食頻度(個人事業主)」はそれぞれ,会社員,政府機関・公務員,個人事業主のみのサンプルの「家庭外での外食頻度」の記述統計である.

回答者iの選んだ支払いカードのWTPにおける下限をtu−1i,その次の選択肢の下限をtuiとすると,WTPitu−1i以上,tui未満の区間に存在する確率は,

  
Prlntu-1 ilnWTPi<lntui =Prlntu-1i-Xiβεi<lntui-Xiβ =Pr(lntu-1 i-Xiβσzi<lntui-Xiβσ) (2)

となる.ここで,ziは標準正規分布に従う確率変数を示す.標準正規分布関数をでΦ(•)で表すと,モデルの対数尤度関数lnL1

  
lnL1=i=1nlogФlnt-Xiβσ-Фlntu-1 i-Xiβσ (3)

となり,最尤法でパラメータを推定できる.また,このWTPの分布は非対称であることが多く,平均値より中央値の代表性が高いと指摘するBateman et al.(2002)を参考に,両WTPの中央値の95%信頼区間を10,000回の反復によるBootstrap法で推定して比較した14

(3) データ

本稿で用いたデータは,2022年2月にGMC株式会社を通じて実施したWebアンケート調査で得た.調査では,回答にかかった時間が中央値の1/4以下である回答者と,2010–2019年までに訪日頻度が1回以上と回答したにも関わらず「訪日経験がない」と回答した者を無効とした.その上で有効回答として,CVMで霜降り肉の写真を示す霜降り肉群と,赤身肉の写真を示す赤身肉群それぞれ,上海市における性別・年代別の人口構成比に沿って20–50代の男女1,050名ずつ,計2,100名を抽出した.本稿ではこれらのサンプルのうち,過去3年間に和牛を喫食し,また前述の抵抗回答に該当しないサンプルを分析に用いた.サンプルの具体的な特性は,表1,表2を参照されたい.なお,Webアンケート調査の質問項目は,2021年に喫食した料理の内容や,日本食・洋食の喫食頻度,日本産和牛への評価,訪日頻度,個人属性等である.

3. 推定結果

グループド・データ回帰モデルによるWTP関数の推定結果を表3に,WTP関数から求めたWTPの中央値を図3で示す.なお,本稿では有意水準5%で統計的に有意と考える.図3で示すように,WTPの中央値は霜降り肉で128.5元,赤身肉で117.1元であり,95%信頼区間から統計的に有意に霜降り肉の評価が高かった.また,赤身肉のWTP中央値の95%信頼区間の上限は118.4元であり,中国産雪花牛の価格として提示した120元よりも低く,赤身肉の普及に当たり一定の課題がある点も窺えた.

表3.

日本産和牛のWTP関数の推定結果

霜降り肉群 赤身肉群
係数 z値 係数 z値
女性ダミー 0.02 0.60 0.05 1.32
年代(20代=0) 30代 0.08 1.81+ 0.07 1.28
40代 0.01 0.19 −0.09 −1.55
50代 −0.02 −0.34 −0.01 −0.21
世帯員数 0.05 1.94+ 0.01 0.37
高齢世帯員あり 0.02 0.35 0.10 1.77+
勤務時間(15時間刻み) 0.00 −0.19 −0.03 −1.51
大卒以上ダミー 0.10 2.80** 0.00 −0.09
1人当たり年収(税込み)(5万元未満=0) 5万元以上10万元未満 0.06 0.93 0.02 0.22
10万元以上15万元未満 0.09 1.26 0.15 2.03*
15万元以上20万元未満 0.19 2.09* 0.26 2.65**
20万元以上30万元未満 0.26 2.63** 0.19 1.61
30万元以上 0.51 3.34** −0.30 −0.97
訪日回数(2010–2019年) 0.00 0.11 0.01 0.79
家庭外での外食頻度 −0.05 −2.63** 0.01 0.56
家庭外での外食頻度*会社員ダミー 0.05 2.50* 0.00 −0.02
家庭外での外食頻度*公務員ダミー 0.05 2.51* 0.01 0.63
家庭外での外食頻度*個人事業主ダミー 0.05 2.55* 0.01 0.57
定数項 4.53 33.88** 4.66 32.36**
lnsigma −0.95 −24.14** −0.79 −19.66**
サンプルサイズ 665 569
Wald chi2(18) 62.78** 45.16**
対数尤度 −1125.68 −1016.75

1)**,*,+はそれぞれ,1%,5%,10%水準で有意であることを示す.また,推定にはロバスト標準誤差を用いた.

2)会社員,公務員,個人事業主以外の職業に係る設問項目は,非常勤・パート・アルバイト,専業主婦,学生,無職(定年退職含む),その他であり,交差項でない「家庭外での外食頻度」の係数は,そうした層の家庭外での外食頻度が日本産和牛へのWTPへ及ぼす影響を表す.

図3.

日本産和牛WTPの中央値

続いて,各牛肉をどういった消費者が高く評価するかを整理する.まず,大卒以上ダミーが正に統計的に有意であり,学歴の高い層で,高級品として評価される霜降り肉の日本産和牛の価値が認知されていた.1人当たり年収は,15万元以上の層で統計的に有意に正値であり,その係数は年収が高くなるほど大きい.高級品である霜降り肉に対して,所得が高い層ほどより高く評価する傾向が窺えた.家庭外での外食頻度については,会社員ダミー,公務員ダミー,個人事業主ダミーとの交差項で統計的に有意に正値であるのに対し,これらの3つのダミー変数の影響を調整した後の家庭外での外食頻度は統計的に有意に負値であった.3つのダミー変数に代表されるフルタイムの勤労者において,家庭外での外食が比較的高級な霜降り肉への高い評価に繋がっており,勤労者における人付き合いが食品に対する評価へ影響する点が示唆された.一方,フルタイム勤務者以外の,非常勤・パート・アルバイトや無職等の家庭外での外食頻度は統計的に有意に負値であるが,フルタイム勤務者でない層の家庭外での人付き合いは取引先の接待等のビジネスに紐づいたものでないため,比較的安価な外食と考えられ15,高級品である霜降り肉の日本産和牛への評価が相対的に低かった可能性が考えられる.

赤身肉群については,1人当たり年収について,10万元以上15万元未満と15万元以上20万元未満のダミー変数が統計的に有意に正値であり,高所得層と比べて高級牛肉の喫食機会が少ない中間の所得層で16,普段から喫食する赤身肉の日本産和牛が高く評価される傾向が窺えた.特に,霜降り肉と赤身肉について,それぞれを評価する層の所得階層が異なる点は重要である.霜降り肉を高所得層がより高く評価するのに対し,赤身肉は中間の所得層で支持される傾向にあり,両方の肉の所得階層ごとのすみ分けが可能である点が示された.

4. おわりに

以上,本稿では,日本産和牛に対する上海市の消費者のWTPについて,霜降り肉の写真を提示する霜降り肉群と,赤身肉の写真を提示する赤身肉群にランダムに回答者を振り分け,支払いカード方式によるCVMで分析を行った.

分析では,霜降り肉へのWTPの中央値が128.5元であるのに対し,赤身肉へのWTPの中央値は117.1元であり,霜降り肉への消費者評価が高い点を確認した.また,推定したWTP関数から,日本産和牛の霜降り肉に対して大卒以上,高所得層,家庭外での外食頻度が多いフルタイム勤務者が高い評価をする点を示した.学歴があり,所得が高く,ビジネスでの付き合いで外食をし得る層で霜降り肉が高く評価されており,基本的には,日本産和牛の販促はこうした消費者層へ向けて実施することが望ましい点を確認した.一方,赤身肉は,中間の所得層で比較的高く評価されており,所得階層において霜降り肉とすみ分けできる点を示すことができた.即ち,人口規模が比較的大きいと考えられる中間の所得層への日本産和牛の赤身肉の販売が,有効である可能性がある.

ただし,本稿の限界として,官能評価を併用できていない点が挙げられる.日本産和牛の霜降り肉と赤身肉は,見た目だけでなく香りや味においても差異があるため,この点の分析が非常に重要な検討課題として残された.ただ,焼肉店における日本産和牛の購入の意思決定では,まずはメニューにある写真を参考とするため,異なる写真の提示によるWTPの分析は一定の意義があると考えられる.実際に,それぞれの写真を高く評価する消費者層には差異が認められ,日本産和牛のマーケティング戦略を検討する上で有用な知見を得ることができた.本稿は,霜降り肉と赤身肉への消費者評価を分析し,それぞれを評価する消費者の属性を特定した端緒の研究として,有用であったと考える.

1  『東洋経済ONLINE』(2020年1月23日付)を参照.

2  『AFP BB News』(2020年1月10日付)を参照.

3  本文は,主に日本貿易振興機構(2020)を参照した.日本が輸出する牛肉はほぼ全量が和牛であるが(『日本経済新聞』(2020年2月6日付)),日本貿易振興機構(2020)は,F1の輸出を検討事項として提言している.また,北海道チクレン農業協同組合連合会では,より安価に日本産牛肉を楽しめる選択肢として,雄ホルスタインである赤身牛肉の「キタウシリ」の輸出を展開している.なお,本稿では霜降り肉との条件をなるべく合致させ,霜降りの程度の違いと消費者特性の関係を分析するため,こうしたF1や雄ホルスタインの赤身肉でなく,日本産和牛の赤身肉への消費者評価を分析している.

4  「農大和牛」については,東京農業大学ウェブサイト(https://www.nodai.ac.jp/news/article/26442/)(2022年11月3日閲覧)を参照されたい.

5  上海市を本稿の対象としたのは,日本貿易振興機構(2018)において,2016年のデータで中国で最も日本食レストランの多い都市が上海市とされており,中国での日本産和牛の販売先として,最も有望と判断したためである.

6  なお,霜降り肉について写真を提示し,質的調査で評価を得たPoothong(2018)は,霜降り肉の写真への評価が良好であった点を述べる.また,同じ回答者に霜降り肉の写真を提示した設問と赤身肉の写真を提示した設問の両方を提示する方法も考えられるが,提示順によるバイアスの発生を避けるため,本稿では実施していない.

7  CVMの実施に当たっては,誘因両立的な特性を持つ二肢選択方式が最も望ましい(Johnson et al., 2017).ただし二肢選択方式では,サンプルを複数のグループに分け,異なる価格を提示するため,多くのサンプルサイズの確保が求められる.後述するように,本稿では過去3年間に日本産和牛を喫食した層を分析対象としており,喫食経験のある消費者層がどの程度存在するか予測できなかった.そのため,仮に対象とするサンプルサイズが比較的少なかった場合でも分析可能な支払いカード方式を用いた.なお,支払いカード方式においては,提示する価格幅によって範囲バイアスが生じ得る(Johnson et al., 2017).本稿では,インターネットで調査した上海市の複数の焼肉店での和牛カルビの価格を参照して価格帯を決定した上で,複数の中国人へ聞き取り予備調査を行い価格の幅を調整し,バイアスが小さくなるよう留意してアンケート調査を行った.

8  図2の写真は,霜降り肉と赤身肉であることの他,肉の切り方でも差異を有している点に留意が必要である.ただし,回答者にとってCVMは,購入する産品のイメージが難しく,写真で例示することの意義は大きい.販売チャネル等が異なるため,全ての条件を同一にするには限界があるものの,和牛である点や部位,皿等の条件を同一とし,最大限の配慮をして写真選定を行っている.

9  抵抗回答は,霜降り肉群で16名,赤身肉群で20名観察された.

10  岩田(2020)は,年代が高いほど中国人の日本への印象が悪くなることを提示し,60代以上で日本へ良い印象(「どちらかといえば」を含む)を持つ人の割合が27.4%と低いことを示す.この点を勘案して,60代以上の高齢世帯員の有無を説明変数として加えた.

11  訪日回数が日本への愛着に繋がり日本産和牛を好むと共に,日本産和牛を好んで訪日回数が増す双方向の因果もあり得るため,2010–2019年の過去の値を用いて対応した.

12  職業の内容について,一人当たり年収や勤務時間,学歴,家庭外での外食頻度との交差項を通じた経路以外で和牛へのWTPに影響を及ぼすことは想定しづらいと考え,ここでは職業ダミーを説明変数に加えていない.特に,家庭外での外食頻度との交差項を加えることで,焼き肉店での購買行動の職業ごとの違いを一定程度考慮できていると考えた.なお,職業ダミーをモデルに加えても,10%水準でも統計的な有意な結果は得られなかった.

13  『ライブドアニュース』(2019年7月27日付)を参照.

14  グループド・データ回帰モデルの説明は,新田ら(2000)も参照した.なお,WTPの中央値はexp (X-β^) で推定できる.

15  『オトナンサー』(2019年7月27日付)は,中国での接待において,特にビジネス上のもので安価な食事を出すと失敗に繋がり得ることを述べる.

16  三原・新川(2019)は,中国における高級スーパーマーケットで100gあたり100元前後かそれ以上の価格帯の和牛や米国産牛肉が販売される一方,一般的なスーパーマーケットではより安い価格帯の牛肉しか確認できなかったと述べる.本稿のアンケートでも,過去3年間の和牛喫食経験率が,1人当たり年収(税込み)5万元未満の層で51.8%であるのに対し,15万元以上20万元未満で65.8%,20万元以上25万元未満で67.3%,30万元以上で69.2%と高所得層ほど高いことを確認している.

引用文献
 
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