This paper focuses on the promotion of organic farming and agri-environmental policy in Austria. Austria has the highest percentage of organic farmland in the EU, and is one of the leading countries in organic production and consumption. The organic food market has been growing every year and many consumers choose organic food for their own health. One of the reasons for the increase in organic farming is the government subsidies. Austria mainly uses push strategy, so that it plays an important role in increasing the number of organic farmers that receive organic farmer subsidies before EU accession and the Agri-environmental Programme for an Environmentally Sound Agriculture (ÖPUL) after EU accession. The background to the development of agri-environmental policy is the eco-social agricultural policy introduced by Josef Riegler. This concept emphasises that three objectives— economic efficiency, ecological balance, and efforts to create social conditions— are of equal importance, and has strengthened support for organic farming. In Austria, there is a consensus in support of organic farming because many people recognize the value of agriculture and regard farmers as important for shaping the landscape and providing delicious produce.
EUでは,2030年までに農地面積に占める有機農地面積の割合を25%にするという目標を掲げているが,オーストリアでは2021年時点で26.5%(Willer et al., 2023)となっており,すでに目標を達成している.
オーストリアでは,ビオ・アクションプログラムが2001年,2003年,2005年,2008年,2015年に出され,2022年には最新版が公表された.そこでは,EU No. 1のオーガニック国としての地位を維持・拡大していくとし,2027年までに有機農地面積の割合を30%,2030年までに35%に引き上げるという意欲的な目標が掲げられている.加えて,有機製品の需要拡大として,マーケティング機会の拡大と消費者への有機製品の認知度向上,有機セクターのバリューチェーン全体のバランス良い成長が必要であることが指摘されている(BML, 2022).
近年では,「孫のためのオーストリア(Enkeltaugliches Österreich)」という有機運動も現れている.有機農家や有機食品を扱う会社,専門家などが運動の中心メンバーで,有機農業に関する取り組みのネットワーク化や有機農業の普及,情報発信などに取り組んでいる.次世代のための持続可能な生活を目指す取り組みとして注目されている.
そもそもオーストリアで最初の有機農業は,1927年にケルンテン州のヴルツァーホフ(Wurzerhof)で始まった.その後,有機農業が急増するのは,1990年代に入ってからで,1991年に連邦政府が導入した有機農家への補助金,およびEU加盟後の農業環境プログラムによる補助の拡大や,1994年にスーパーが有機農産物のマーケティングを開始したことが理由だと言われる(BMLRT, 2018).
オーストリア同様,有機農業が盛んなデンマークでは主にプル戦略をとっているのにたいし,オーストリアでは主にプッシュ戦略によって,有機農業の普及を進めてきた.広報や宣伝も実施しているものの,農業環境政策としては有機農業への補助を重視している.
オーストリア政府は有機農業を補助すべき対象であるという前提で各種政策を進めており,有機農業の推進は,パリ協定の気候目標達成のためにも重視されている(石倉・藤井,2021).
本報告では,有機農業先進国であるオーストリアを事例として取り上げ,有機農業の現状や「エコ社会的農業政策」という理念,有機農業の普及を後押しした政策について論じる.有機農業の実践例にも触れながら,オーストリアにおける有機農業の特徴について紹介したい.
オーストリア農業の基本的な特徴は,小規模家族複合経営である.オーストリア西部から中央部はアルプス山脈に位置しており,国土の約7割を山岳地域が占める.そのため,EUの中では相対的に小規模農家が多く,2020年時点での平均農地面積は23.6 ha,林地などを含めた平均経営面積は44.9 haとなっている(表1).
オーストリア農業の概況
| 1951 | 1970 | 1990 | 2010 | 2020 | |
|---|---|---|---|---|---|
| GDPに占める割合(%) | 16.4 | 6.9 | 3.2 | 1.4 | 1.2 |
| 農家数(1,000戸) | 433 | 368 | 282 | 173 | 155 |
| 専業農家の割合(%) | 69 | 59 | 38 | 39 | 36 |
| 山岳農家の割合(%) | 39 | 37 | 35 | 39 | 44 |
| 平均経営面積(ha) | 18.8 | 21 | 26.8 | 42.4 | 44.9 |
| 平均農地面積(ha) | 9.6 | 10.5 | 12.6 | 18.8 | 23.6 |
資料:Grüner Bericht各年版より作成.
農業経営は,家族労働力を用いた家族農業かつ複合経営が一般的である.山岳地域では,草地を活用した酪農経営や森林経営が基本で,高地の牧草地であるアルムで放牧がなされている.牛乳やチーズ,バター等の乳製品や,肉,卵なども生産・加工している.平地では,酪農経営も行いつつ,穀物や野菜,果物などが栽培されている.
加えて,兼業が農家所得形成にとって重要となっている.会社勤めや出稼ぎに加え,山岳地域では冬場のスキーインストラクターやリフト係員などもなされている.農家ペンションや農家レストランといった農業と関係した兼業も広く行われている.
(2) オーストリアの有機農業経営オーストリアの農業・農村政策を所管している農林・地域・水資源管理省(BML)は,毎年農業・農村政策の実施状況や各種統計情報をまとめた『グリーンレポート(Grüner Bericht)』を公開している.
それによると,2022年時点で有機農家数は2万5,081戸,有機農家の91%は後述する農業環境支払いを受け取っている.また,有機農地面積は70万5,835 haで,うち永年草地が57%,耕地が41%,ブドウ園や果樹園は2%を占める.永年草地の3分の1,耕地の5分の1,ブドウ園の22%,果樹園の40%が有機農業で営まれている.州ごとにみると,ザルツブルク州で有機農業が盛んであり,農家の50%,農地面積の60%は有機となっている(BML, 2023).有機農業といっても一括りにすることはできず,様々なタイプの有機農家がいるのである.
もともと一部の変わり者が行うと認識されていた有機農業は,1990年代以降に増加する(図1).有機農業への転換は,後述する有機農家補助金の導入により進み,1990年から1994年の間に有機農家数は11.6倍,有機農地面積は18.8倍となった.

有機農家・有機農地面積の推移(1990年~2022年)
資料:Grüner Bericht各年版より作成.
1)1991年から1999年の有機農地面積にアルムは含まれていない.
また,1994年には有機食品のマーケティングをスーパーマーケットが開始する.オーストリア最大のスーパーマーケットであるBillaと同系列のMerkurがJa!Natürlichというブランドによる有機食品販売を開始し,有機農産物の取扱を拡大したことが,有機食品市場の拡大へとつながった.1995年には2番手スーパーのSPARがNatur purという有機食品ブランドを販売し,有機食品を扱うスーパーは順次拡大していった.
なお,有機農家の3分の2は,有機農業団体であるビオ・オーストリア(Bio Austria)のメンバーである.2005年に設立されたビオ・オーストリアは,ヨーロッパの中でも最大の有機農業団体で,有機農家の代表としてロビー活動の実施,有機農業のガイドラインの策定,有機農産物の宣伝,有機農家へのアドバイスや教育など,多岐にわたる活動を行っている.
(3) 有機認証制度有機認証は,EUの有機農業規則2018/848で定められた基準に従ってなされる.この認証を受けたことを示すのがEUの有機マークである.
さらにオーストリアの場合,農産物のマーケティングや直接支払いの窓口を担っているAMA(Agrarmarkt Austria)が国を代表して有機品質保証マークを出している.AMAの基準はEUの基準よりも厳しく,マークは高品質,追加的な環境基準の達成,トレーサビリティの保証を示している.AMAのマークは2種類あり,どちらも有機農業で作られた原材料を用いていることになるが,Austiraと明記された赤と白のマークは,すべての原材料がオーストリア産であることを意味している.黒と白のマークの場合は,様々な国由来の原材料を用いていることになる.
ビオ・オーストリアやデメターといった有機農業団体もそれぞれの認証制度を有しており,基準を満たしたものには認証マークが付されている.有機農業団体は,EUやオーストリアの基準よりも厳しい独自の有機基準を有しているため,有機農家であっても有機農業団体に入らない農家は一定数おり,コーデックス農家と呼ばれる.
有機農業に転換する際,認証されるまでには最低2年かかり,その間は有機農家とは認められず,生産物を有機として販売することはできない.認証後も,検査機関による検査を受けることになるため,検査のために農業の記録を残さなければならない.農薬を使うと罰金を支払うなど,制裁も備わっている.なお,有機農業への転換や農法のアドバイスは,農林会議所やビオ・オーストリアが実施しており,ビオ・アドバイザーという職もある.
(4) 有機食品市場オーストリア国内には,BillaやMerkur,SPAR,Hofer,MPREISといったスーパーがある.それぞれのスーパーで,有機の野菜や果物,穀物,乳製品,コーヒー,紅茶,ジュース,ワイン,ビール,ジャム,ピザ,チョコレート,ペットフードなど,様々な有機食品が陳列されており,消費者は当たり前のように有機食品を手に取ることができる.各スーパーは,先述したJa! Natürlich,Natur purの他に,Zurück zum Ursprung,BIO vom BERGなどのプライベートブランドで有機食品を売り出している.
年々有機食品市場は拡大しており,有機食品の購入量や購入額は増加傾向にある.2020年の有機食品の総売上高は23億7,400万ユーロで,うち81%は食品小売業,14%は直販・専門店,5%は飲食業となっている1.2015年の総売上高が,13億8,000万ユーロの規模であったことを踏まえると,年々有機市場が拡大していることになる.特に都市部の住民が有機食品を購入している.
消費者は,牛乳,ヨーグルト,じゃがいも,卵,野菜などをよく購入しているが,ソーセージ・ハム,肉・鶏肉などは高いためあまり買われていない.また,子供のいる家庭,高齢者の家庭で多く買われる傾向にある.
2021年にAMAが実施した有機食品購入動機のアンケート調査からは,有機食品を購入する理由のトップは健康的であること(27%),次に味がよいこと(14%),化学物質を含まないこと(13%),地域の製品であること(13%),動物に優しいこと(11%)であった2.環境保護といった側面よりも,自分の健康のために有機食品を求める消費者が多いことがわかる.
オーストリアにおける有機農業普及を後押ししたのは,有機農業への補助金である.そのきっかけとなったのは,1987年に農林大臣に就任したヨーゼフ・リーグラー(Josef Riegler)が提唱したエコ社会的農業政策(Ökosoziale Agralpolitik)である.
リーグラーは,農林大臣就任演説において,オーストリア農政の抜本的革新を宣言し,①個別農林業経営ならびにオーストリア農業の経営能力と競争力を国際競争状況に鑑みて一層発展させること,②農林業のための環境保護,同時に農林業がもたらす環境汚染回避,③社会的公正として弱者保護,身障者への援助を打ち出す(Rielgler, 1996).
そして,1988年に新しい農政の基本理念としてエコ社会的農業政策を提唱した(Riegler, 1988).これは,経済効率性(農林業経営体の経済効率性の発展),生態系バランス(環境と生活空間の保全責任),社会的条件の創出(小規模農家への保護政策と,構造的に脆弱な地域の農民に対する助成との社会的なバランス)という3つの目標を指針とし,それぞれを同程度に重視するものである.農業の生産力強化だけを政策目標とするのではなく,自然環境や生活環境の保全,小規模農家および条件不利地域の農家に対する保護と助成を併せて追求していくことが打ち出されている.
リーグラーおよび後任のフランツ・フィシュラーの下,エコ社会的な農業政策が具体的に展開される.穀物生産における個別経営単位での数量制限導入,耕地の転作拡大による過剰生産の抑制,バイオエネルギーへの助成拡大,条件不利地域への直接支払いである山岳農家補助金の倍増などが行われた.当時,農産物の過剰生産による輸出補助金の増大が農業財政を圧迫していたこともあり,これらの政策は輸出補助金の支出抑制にもつながった.
そして,リーグラー自身は,農政のエコ社会的な方向性を目指す手段として有機農業に着目していたこともあり,有機農業への補助金が導入された.
1990年にはパイロットプロジェクトとして,有機農業転換支援政策が実施され,1991年から有機農業転換補助金が導入された.1992年には有機農業補助金へと名称が変更され,支援対象を転換者以外にも拡大した.1991年には1,170農家,1万7,165 ha(うち耕地26.4%,草地72.8%,特別作物0.9%)に対して840万シリングが支払われたが,1994年には1万1,568農家,16万3,174 ha(うち耕地12.5%,草地87.1%,特別作物0.4%)に対して2億1,600万シリングが支払われている(BMLF, 1995).
草地への支援面積が多いことからわかるように,当初は山岳地域で有機農家が増加した.牛を飼育している農家は有機に転換しやすいためである.
山岳地域に関しては,1970年代から山岳農家特別プログラムとして,山岳地域重点化政策が始まっている.山岳地域のインフラ改善や投資助成,森林保全・林業構造改善などに加え,山岳農家の所得改善のために山岳農家補助金が導入された(Knöbl, 1987;阿部,1988).これらはリーグラーの言う社会的条件の創出に対応し,地形的条件から大規模化に限界があり,農業の生産条件に恵まれていない山岳農家を支えるための政策である.社会政策的に山岳農家の所得保証を通じて,営農と定住の継続が支援されている.山岳農業により形成される景観はオーストリア人にとってのアイデンティティであり,観光にとっても綺麗な景観が不可欠となっている.こうした政策に加え,エコ社会的農業政策により,環境を組み込んだ形で農業政策が展開されることとなった.
(2) 農業環境プログラムÖPULエコ社会的農業政策に基づく農業環境政策の展開は,EU加盟を見据えたものとも言える.オーストリアは1989年にEU加盟を申請し,1994年のEU加盟是非を問う国民投票を経て,1995年にEUに加盟した.
EU加盟による市場開放に伴い,オーストリア国内の農産物価格は,1995年前年比で平均20~50%下落し,一部の地域では70%近く下落した(Leidwein, 1996).農産物価格の低下や他国との競争激化は,離農を促す要因となる.有機農業に転換し,農産物の付加価値を高めることで競争力をつけ,離農を防ぐという政策的意図もあったと考えられる.
EU加盟により,共通農業政策の枠組みで農業政策を実施することになったため,従来の農業政策は大きく転換することになる.中でも農業環境政策については,共通農業政策のもと,予算規模や支援項目が拡充することとなった.
オーストリアでは,農業環境プログラムとして,「環境適合的で粗放的で自然的な生活圏を保護する農業のオーストリアのプログラム(Österreichischen Programm zur Förderung einer umweltgerechten, extensiven und den natürlichen Lebensraum schützenden Landwirtschaft:以下,ÖPUL)」が導入された.1995年のÖPUL95から始まり,ÖPUL98,ÖPUL2000,ÖPUL2007,ÖPUL2015を経て,現在は6期目のÖPUL2023が導入されている.
ÖPULは,共通農業政策第2の柱である農村振興政策に位置づいている.価格・所得政策である第1の柱とは異なり,農村振興政策は加盟国の実態に応じた制度設計が可能であり,オーストリア的な農業環境政策が実現されている.
期ごとに制度変更がなされているが,ÖPULの基本的な特徴として,以下の8点を挙げることができる(石倉,2018).
第1に,オーストリア全土で同一の制度となっており,支援項目や支援単価は全州で同一である.全土の環境保全という観点から,特定の地域にのみ資金投下をする制度とはなっていない.
第2に,支援項目は多岐にわたり,それらを組み合わせて農家への農業環境支払いが行われている3.
第3に,参加は農家の任意だが,クロスコンプライアンスとして,環境保全・気候変動・土地の良好な農業条件,人間・動植物の健康,動物福祉に関連する規則を遵守する必要がある.
第4に,支援対象農家は,自然人または地方公共団体の関与が25%を超えない法人や団体である.連邦,州,自治体およびそれらの施設は対象外である.
第5に,補助対象はオーストリア国内に限られ,国外飼育の家畜は対象外である.
第6に,支援項目ごとに面積当たり支払い単価が定められ,土地利用形態や家畜所有有無などの仔細によって単価が異なる.
第7に,面積当たりの支払い上限が定められている.
第8に,経営規模が大きくなるにつれ,受給額が減額されるようになっている(モジュレーション).
こうした直接支払いの制度は複雑なため,農林会議所やビオ・オーストリアが農家へのアドバイスを行っている.またAMAのHPでは,ÖPULをはじめとした直接支払いに関する詳細な解説書が公開されている.
ÖPULの実績について確認すると,全農家の8割から9割がÖPULに参加している.他方で,制度の複雑化,受給要件の厳格化,支払い単価の減額などにより,期ごとの制度見直しの際には参加農家は減少傾向にある.
ÖPULの支出額からは,有機農業への支出が一貫して大きいことがわかる(表2).有機農業への支援単価は,有機農業と非有機農業の生産費をそれぞれ比較し,その差分を補助している.最新のÖPUL2023では,耕地205ユーロ/ha,草地70ユーロ/ha(非家畜),215ユーロ/ha(家畜頭数が1.40家畜単位/haより小さい),205ユーロ/ha(家畜頭数が1.40家畜単位/ha以上)となっている.
ÖPULの支出額(平均値)(単位:100万ユーロ)
| ÖPUL 95/98 |
ÖPUL 2000 |
ÖPUL 2007 |
ÖPUL 2015 |
|
|---|---|---|---|---|
| ①粗放化 | 198.5 | 239.8 | 120.8 | 140.8 |
| うち有機農業 | 80.4 | 85.6 | 94.1 | 117.2 |
| ②水保全 | 3.3 | 15.5 | 11.5 | 28.3 |
| ③景観保全 | 165.6 | 165.4 | 161.8 | 91.2 |
| うち基礎的助成 | 101.8 | 100.2 | 4.6 | |
| うち環境に配慮した経営 | 109.9 | 63.2 | ||
| ④生物多様性促進 | 1.7 | 4.2 | 5.6 | 7.3 |
| ⑤自然保全 | 13.9 | 27.5 | 39.7 | 37.5 |
| ⑥気候保全 | 0.1 | 5.1 | 7.6 | 10.5 |
| ⑦動物福祉 | 28.8 | 32.9 | ||
| ⑧その他 | 163 | 168.7 | 152.9 | 78.7 |
| うち緑化 | 105.4 | 95.4 | 65.5 | 49.3 |
| 合計 | 546.1 | 626.2 | 528.7 | 427.2 |
資料:Groier(2015)の区分を参考に,ÖPUL95/98はGrüner Bericht 2000,それ以外はGrüner Bericht 2022より作成.
1)ÖPUL 95/98は1995年から2000年,ÖPUL 2000は2001年から2006年,ÖPUL 2007は2007年から2014年,ÖPUL 2015は2015年から2021年のデータである.
ÖPULは,環境保全型農業の推進を目指すものだが,農家の所得形成にとっても機能している.農林業所得のうち2~3割程度をÖPULが占めており,農家所得を構成する一つの要素となっている.
1927年,ケルンテン州ザンクト・ファイト・アン・デア・グランにあるヴルツァーホフで,オーストリア最初の有機農業が始まった4.農場は1912年にヴォルフガング・ヴルツァー(Wolfgang Wurzer)が購入したもので,彼の娘ヘンマ(Hemma)とルイーゼ(Luise)姉妹がルドルフ・シュタイナーのバイオダイナミック農法をもたらした.彼女らはドイツでシュタイナーの人智学や治療教育を学び,シュタイナーの影響を受け,親の農場で実践を始めた.現在でもオーストリア最古の有機農場として知られている.
働いているスタッフは30人だが,1960年から障害者の受け入れを始めており,44人の障害者が農場内で生活している(2019年時点).苗木の植え付け,水やり,収穫,草刈りなどの農作業は障害者も手伝っており,それぞれの責任で仕事をすることが決められている.
農場の面積は180 haで,そのうち農地は100 haを占めている.穀物,野菜,果物の栽培をはじめ,ハーブや花などの園芸,牛,鶏,豚などの畜産,ヨーグルトやチーズといった乳製品製造,製パン,果物ジュース製造,ジャム加工なども行われている.製造された有機食品は,地元スーパーへの出荷に加え,農場内の販売所でも売られている.また,2003年にはシュタイナー教育を実践する幼稚園が農場内に開設され,自然の中で教育がなされている.
食べ物はすべて自給自足をしている.農場内の泉を水源とし,下水処理施設も有している.また,極力プラスチック製品を使わないようにするなど,循環型で,持続的な暮らしが成り立っている.
(2) シュタイアーマルク州の有機農家ヨハン・バウメガー(Johann Baumegger)氏は,主に牛肉を生産している農家で,林業も行っている兼業農家である.シュタイアーマルク州ザンクト・カトライン・アム・オッフェネックの議員や,地元で地域熱供給を実施している協同組合の理事長も務めている.2007年から有機農業を始め,Bio Styria Beefというビオビーフのブランドで牛肉を出荷している.
25 haの経営面積のうち,12 haは農地,13 haは林地である.牛を30頭飼育しており,子牛が1歳になったら出荷している.
有機農業を始めたきっかけは,生き残るためである.経営面積が25 haと小規模であり,また子牛は1年に1頭しか生まれないため,高い値段で売る必要があった.ビオビーフの価格が上がっていたことを受け,有機農業に転換した.屠殺場への搬入は,有機だと5ユーロ/kgだが,非有機では3ユーロ/kgとなる.毎年の検査は面倒ではあるが,正しい決定であったと述べていた.
なお,オーストリアでは農地に困難度得点を付与し,条件不利地域政策を実施しているが,彼は290点で,極度の困難度を抱えるグループに区分されている5.条件不利地域支払いや農業環境支払いといった補助がないと経営は厳しく,収入の半分を補助金が占めている.
(3) ビオドルフ・ぜーハムザルツブルク州にあるゼーハム(Seeham)は,人口約2,000人,面積10.40平方キロメートルの自治体である.酪農が盛んで,中でもサイレージは使わず,干し草のみを食べた牛からの牛乳である「干し草牛乳」が特産品である.
農家の8割が有機農家であることを基盤に,ビオドルフ(Biodorf)と称して,有機農業に着目した地域づくりに取り組んでいる.とくに,ザルツブルク州における有機の中心地として発展することを目指している.
有機農業が進んだきっかけは,EU加盟である.小規模農家が多い地域であり,生き残っていくための手段として有機農業をチャンスとして捉えて転換が進んだ.また,畑作経営や穀物栽培ではなく,酪農家が地域に多いことも理由である.酪農は有機に転換しやすく,施肥の循環もやりやすい.数軒の農家が有機農業に転換し,その後も毎年2,3軒の農家が転換して,今に至っている.
ペーター・アルテンドルファー(Peter Altendorfer)村長自身も有機農家であり,1996年から有機農業を始めた.「人々に有機を義務付けることはせず,あくまでも模範に生きることで皆を導くというやり方をしている」と村長は述べる.例えば,ミツバチの死滅が増えていることから,花を植える取り組みを自治体で進めている.これが模範となり,住民が自分の庭に花を植えるようになれば,ミツバチの保護や生物多様性保全につながるという.
ゼーハムでは,すでに幼稚園と小学校では100%有機の給食を提供しており,美味しく親からの評判もいい.自治体内のチーズ工場では有機チーズが加工され,有機干し草牛乳の生産や村の牛乳を使ったオーガニックチョコレートなども販売されている.ビオホテルも1軒,自治体内にある.様々な取り組みが評価され,2022年には,ベストオーガニックシティとして,EUから表彰されるに至っている.
オーストリアでは,有機食品が生活に根付いており,身近で当たり前のものとなっている.もともと国民一人一人と農業・農村の距離が近いこともあり,有機農業への理解も深い.オーストリア人にとって農家は尊敬の対象であり,綺麗な景観を保つため,美味しい食べ物を安く食べるため,農家の存在は大事であると多くの人が捉えている.とくに景観については,農業によって形成される景観があるからオーストリアだという認識があるため,農業の衰退はオーストリアらしさが失われることを意味する.
オーストリア各地における有機農業の実践は,環境面だけでなく,農家所得形成や農村振興においてもポジティブな効果をもたらしている.また,農業を継続し,生き残るための手段ともなっている.
有機農業が普及した背景には,政府の補助やスーパーのマーケティング,EU加盟などの様々な理由があるため,日本でも同様の政策を実施することで,確実に有機農業が普及するかは不明瞭である.ただし,有機農家への補助として,日本においても環境保全型農業直接支払が類似の制度として導入されているが,予算規模はオーストリアに比べると微々たるものであることを踏まえると,政策の位置づけなどを見直すことは必要かもしれない.
オーストリアの経験からは,エコ社会的農業政策という理念の存在や,国民的に農業・農村を支えるという合意を踏まえて,各種政策がなされていることが示唆に富むだろう.
さらにオーストリアでは,農業への補助,観光の推進,健康に良いものの生産については,政治的コンセンサスが得られている.とくに有機農業の推進については,政党の立場を超えて補助を行うことが合意されている.農業・農村の有する価値を多くの国民が認識・理解しており,その土台の上に緻密な制度設計を踏まえた政策が実施されていることは,日本が学ぶ点であると考えられる.