2024 年 60 巻 1 号 p. 4-10
The Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries (MAFF) delivered a new policy statement called “Strategy for Sustainable Food Systems MIDORI” in 2021, effective immediately. The policy is an answer from MAFF and administration on agricultural policy to the Carbon Neutral Declaration of Prime Minister Yoshihide Suga in 2020 that he regarded as one of the main targets of his administration, and declared it as such at international conferences. The document includes a declaration of policy goal to expand the acreage of organic farming up to 25% of total farmland. This goal of one million ha. by 2050 surprised many people. We indicate problems of the policy by observing that two years that has passed since its announcement. The problem that we indicate as our conclusion is as given below. First, there is no evidence to make the policy goal realistic. Second, the actions and operations of MAFF should show remarkable changes as they intend to shift policy toward organic farming drastically, however we do see any change yet. Third, we are not able to agree with the basic understanding on the pathway to make organic farming the major farming style in Japan by the so-called MIDORI strategy, that focuses mostly on innovation/inventing new technology; we conclude it is the wrong policy for this farming revolution.
21世紀は四半世紀が経過した.この間,地球環境問題の深刻化にみられるように,自然との関係性を無視し,経済成長だけを優先的に追求する新自由主義的政策の行き詰まりは明確になってきている.しかし,そうであるだけに,その反面として,日本では国民からの農の役割への期待感は強まってきているようにも思われる.
農に関する政策論は,大局的には,産業政策,経済政策に偏奇したあり方から,長期的視点からの文明論的転換も想定しながら,環境政策,社会政策,文化政策へのシフトが不可欠となっているというのが著者の認識である.
さて,そうした中で日本の農政は有機農業にかかわってどんな方向選択をしようとしているのか.
2021年に公表された農水省の「みどりの食料システム戦略」(以下「みどり戦略」と略)での有機農業の飛躍的拡大という目標提起は大きく注目され,期待も寄せられてきた.近時,世界的趨勢として有機農業の拡大は一つの特徴となりつつある.「みどり戦略」は世界的趨勢に追随したものでもあった.
しかし,「みどり戦略」の政策論としての意味と位置についての著者の判断は,その後の国の政策対応を見る限りでは,かなり否定的である.本稿では,そうした認識についてこの時点での覚書として記してみたい.
「みどり戦略」の公表から2年半が経過し,この政策提起の実像はおおよそ見えてきている.
「みどり戦略」では,有機農業について2050年目標として全農地の25%,100万haへの大幅な拡大が提起され,大きな注目を集めた.しかし,その後の農政動向の推移をみると,国の農政における有機農業推進の位置づけは,それほど重いものに変化してはいないようである.
「みどり戦略」は,「みどりの食料システム法」として2022年7月に法制化された.これは減農薬,減化学肥料推進の法としてあった「持続農業法」(1999年)に代わるものであり,今のところ「有機農業推進法」(2006年)やその関連の拡充はされていない.
旧「持続農業法」では,有機農業は対象外とされていたが,新法では環境負荷を低減する取り組みとして有機農業もこの法律の対象にも含まれることになった.ただ,そこでは有機農業の大幅な拡大が明示的に目標とされている訳ではなく,生産者,事業者,消費者のそれぞれの場面での食料生産における環境負荷低減への対応を促進させる取り組みの一環として有機農業推進も位置付けるとされているだけである.
この法律では環境負荷低減に取り組む生産者や新技術を提供する事業者を認定し,それを支援する制度が設けられた.地方自治体としての取り組みの計画づくりとそれに基づく生産者レベルの取り組みの認定制度の創設,そこでの税制での優遇措置などが主な内容であり,現場感覚からすれば魅力に乏しいものだった.
その後,ウクライナ戦争などのなかで大きな社会問題となってきた食料危機への対応として,2023年から急遽「食料・農業・農村基本法」の改訂が取り組まれ,食料・農業・農村政策審議会に基本法検証部会が設けられ,そこでの審議のとりまとめを踏まえて,基本法の大幅改訂が準備されている.
検証部会のとりまとめでは,農業環境政策に関しては,農業には環境負荷要因もあり,それの是正は不可避であり,今後は「持続可能な農業の主流化」が課題とされ,「有機農業の大幅な拡大が必要」だとされた.こうした記述の限りではある程度納得できる内容だが,その書きぶりは国連などの国際動向がそうなっているから日本もそれに従うというトーンで終始しており,日本農政としての自己反省的振り返りは全く記されていない.
以上が有機農業の大幅な拡大という触れ込みで話題を呼んだ「みどり戦略」のその後についての著者のおおよその認識である.
しかし,「みどり戦略」には有機農業の大幅な拡大という提起以外にも新しい政策的な枠組の提案もいろいろ含まれていた.次にそれについていくつか述べてみたい.
21世紀に入ってからは,日本の農政においても,農薬や化学肥料の削減と有機農業の推進の二つはともに大きな政策課題とされるようになってきた.しかし,政策論の内実としては,両者はバラバラで,相互リンクは追求されてこなかった.そうしたなかで,今回の戦略提起では,カーボンニユートラル達成に向けて両者が並立した課題と位置づけられることになった.前述したように旧「持続農業法」では有機農業推進は対象範囲外とされていたが,新たに制定された「みどりの食料システム法」では有機農業推進も対象に含まれることになった.
有機農業推進については「有機農業推進法」があり,それに基づいて国は5年改定で「有機農業推進基本方針」を制定してきた.そこでの方針や計画と「みどり戦略」で提示された目標との整合性は未だ図られていない.
農薬・化学肥料削減については,従来は「特別栽培」という枠組みで扱われ,その推進・拡大が課題とされてきた.しかし,現在使用されている農薬や化学肥料は,製品審査や使用基準において,環境や安全性に十分に配慮されているので,基準を踏まえた適正な使用であれば,マイナスの問題はないというのが国の一貫した態度だった.そうしたこれまでの国の対応についての自己反省がなされないままに,「みどり戦略」では,それらの使用削減を日本農業全体としての実施課題に広げるという目標が提起されている.
「持続農業法」では現実的政策の中軸にはエコファーマー認定が置かれてきた.普及事業の現場では数値目標も設定され,それへの追求はかなり強くなされてきた.しかし,それによる投入削減の実際の成果はあまり作られてこなかった.効果としては農政の場において多投入を奨励することは少なくなった程度のことだった.エコファーマー制度はすでに廃止されている.
また,前述のように,この戦略では農薬・化学肥料の削減と有機農業推進の両課題の連携をどのように図っていくのかは明示されていない.この点がどのように改善されていくのかも今後の注視課題となっている.
「みどり戦略」では有機農業推進について派手な数値目標提起はされたが,そのための具体的な政策方策については何も語られていない.有機農業の推進は国や地方公共団第の責務であるとまで定めた有機農業推進法に基づく推進基本方針の下では,有機農業推進ははかばかしく進展していないという現実についてもなんらのコメントもされていない.
「みどり戦略」では有機農業に関しては「次世代有機農業の技術体系の確立」「イノベーションによる技術開発」「2040年までに革新的な技術・生産体系を順次開発(技術開発目標),2050年までにその社会実装を実現(社会実装目標)」などが語られている.
ここでは第1の「次世代型有機農業」という提起と「第2,第3の技術開発の社会的あり方」に分けて考えてみたい.
まず「次世代有機農業」だが,それがどんなものなのか.有機農業についての次なる社会的ステージへの移行という意味なのだろうが,「次世代有機農業」という言葉が示されるだけで,具体的には何も語られていない.
生産者と共に長く有機農業研究に携わってきた著者らは,日本における有機農業・自然農法の全体的な次なる展望は,地域のさまざま状況をしっかりと踏まえた「自然共生型農業としての大展開」であると考えてきた.「みどり戦略」が地球温暖化対応,カーボンニュートラル対応の緊急提言であることからすれば,その文脈からしても「次世代有機農業」とは「自然共生型農業」というあり方の確立とその方向への大充実が課題だと明確に定めることこそが適切だと自信をもって言うことができる.
地球環境問題の核心は,人々の暮らし,社会経済のあり方が自然との乖離の方向に過激に進んでしまった点にある.いまその付けが温暖化の進行という形で世界を襲いつつある.そのなかで,自然と人間,自然と社会の関係修復が緊急の課題として浮上してきている.こうした中で農林水産業のあり方如何は特別に重要な意味を持っている.
地球環境問題の核心を上述のように認識するとすれば,それに対する対策の基本を自然との関係性の修復,自然共生の回復におくべきだとすることは自明だろう.「次世代有機農業」のあり方に関して,「自然共生型農業への転換」という展望は,とても解りやすい方向だと思われる.
自然と人間,自然と社会の関係修復の焦点は,みどりの保全,みどりの拡大,それを支える土の復権,生物多様性の保全にある.次世代有機農業として構想されるべき方向は,それらの諸点が含意されている「自然共生型農業」だと明確に定めることが適切だろうと考えられる.
ここに農の原点への回帰という方向性をみることができる.有機農業の拡大の課題は,たんなる数値目標という程度の意味ではないのだ.
「次世代有機農業」におけるもう一つの意味は,その取り組みに多くの国民が関係していくという方向とその可能性である.「次世代有機農業」は一部のプロが取り組む特殊な農業形態ではなく,自然と共にありたいとする多く農家と多くの人々がさまざまな形でそこに参加し,その流れを支えていくという農業の新しいあり方である.
こうした課題の追求は単なる産業政策の修正,転換ということだけではなく,環境政策,社会政策,文化政策を包摂した総合的な政策への転換という視点を必須としている.
EUでは有機農業推進政策の基本には「FtoF」(農場から食卓まで)というあり方確立が位置づけられているという.
こうしたあり方は,日本では生産者と消費者の提携という形で,運動としての有機農業推進の基軸に置かれ続けてきた.日本の有機農業は長い歩みの中で,有機農業はいつも消費者と共にあろうとしてきた.地産地消,自然と共にある生活自給の重視もそこで取り組みの課題としてあった.日本で「FtoF」を取り組んで来た先駆は有機農業運動にあった.だが日本の農政では,人々の暮らし方も問い直すことを課題とした産消提携という有機農業の場での先駆的な取組みについて常に否定的に対応してきた.
次世代有機農業の構想においては,日本の有機農業が切り拓き積み上げてきた経験を活かし,有機農業は消費者と共に進む,そこに多くの国民の参加を広げていく,食に係わる諸産業も農と食の連携,協働の取り組みに参画していくというあり方への転換は必須の課題となるだろう.
続いて第2,第3の課題として語られている「イノベーションによる課題解決」という「みどり戦略」の考え方についてコメントしたい.
「イノベーションによる技術開発」「2040年までに革新的な技術・生産体系を順次開発(技術開発目標),2050年までにその社会実装を実現(社会実装目標)」.
「みどり戦略」の有機農業推進にかかわる政策論の核心は実はこの考え方にあるようなのだ.敷衍すれば有機農業が目覚ましく拡大しないのは技術開発の立ち遅れに主因があり,イノベーションによってその壁を壊し,革新的新技術で道をつければ有機農業は一気に拡大するという考え方である.
そこでは,有機農業とはどういう農業で,その推進,拡大にはどのような社会的,時代的意味があり,法律制度としても,すでに食料・農業・農村基本法や有機農業推進法があることなどについては何らの説明もないままに,イノベーションによる有機農業の拡大という方向だけが示されている.
「みどり戦略」文書全体のサブタイトルは「食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現」となっている.これはまるでメーカーのCMコピーではないかと疑うような文言である.
イノベーションの結果は常に善という訳ではなく,多くの場合そこには悪がつきまとってきた.
地球環境問題の起点には産業革命があった.産業革命以降の社会の歩みはイノベーションの積み上げとしてあった.その結果が現在なのだ.公害問題,そして今日の地球環境問題に至る近現代の歴史は,イノベーションが作り出した負の歴史でもあった.
もしそうした歴史的な政策過程について,国に自己反省的な常識があったなら「生産力向上と持続性の両立はイノベーションによって実現される」などの言葉は出てこないだろう.
「みどり戦略」の文書には,ネオニコチノイド系農薬について,2040年までにそれを使用しなくても良い新規農薬の開発を図るという記述がある.
ネオニコチノイド系農薬は少し前にイノベーションとして華々しく登場したのではなかったのか.ネオニコチノイド系農薬使用の広がりが昆虫類を軸とした自然界の生きもの秩序に深刻なダメージを与えていることは明らかで,欧米諸国ではすでに使用禁止や使用制限が広がっている.それを日本では2040年まで使用を続けるとこの文書では宣言してしまったのだ.
環境重視の農業技術において大切な視点は,人工的なイノベーションではなく,自然がその秩序を回復していく摂理の尊重なのだ.
この問題についてもう一点,上から下への技術普及という考え方の拙さについても指摘しておきたい.
環境重視の農業技術の大切な視点は,外部からの技術導入とそれの上から下への普及ではなく,現場での自然との向きあいと,そこで感知された自然の摂理の技術化である.そこでは下から横への,そして下から上への技術形成が特に重要なのだが,「みどり戦略」にはそうした視点,人と自然,社会と自然との関係性の修復という視点が欠落しているのだ.
この両者の取り組みを連携させていくことはこの戦略が提起した重要な課題である.国際有機農業運動連盟(IFOAM)がこれからの有機農業のあり方への提言として2015年に提起したOrganic3.0でもこれはとても大きな重要課題として取り上げられている.
「みどり戦略」ではまったく触れられていないが,日本にはこの課題についての優れた経験が豊かに蓄積されている.地域生協による生協産直の取り組みである.
地域生協の広がりは日本の市民社会における20世紀末の大きな変化だった.その広がりを牽引した商品政策の重要な一つが,地域の農業集団と連携した生協産直だった.1980年代に各地に広がり,1990年代にはその政策システムはほぼ標準化していった.
「産地生産者が明確」「生産方法が明確」「産地と生協組合員の交流」,この3点が生協産直三原則として定式化される.農薬削減については,「農薬使用量の総量削減」「危険が指摘されている農薬の排除」「農産物の残留検査の実施」の3点が定式化される.さらに21世紀に入ると,それらの提携内容の確認と深化のために多数の生協組合員が参加する第二者認証制度が公開監査や公開確認会などの名称で幅広く取り組まれるようになっている.
生協産直は,当初は減農薬,減化学肥料栽培に取り組む産地との提携がほとんどだったが,21世になると,そこに有機農業産地も加わるようになり,それもこの取り組みの魅力として認知されるようになっている.
こうした生協産直の取り組みは「みどり戦略」に係わる国や自治体の今後の政策構築においても大いに参考になるだろう.
最後に有機農業の農業論について,その技術論的側面に関して少し述べておきたい.
有機農業にはさまざまな形の取り組みがある.有機農業推進法においては有機農業も自然農法も法制度としては「有機農業」として概括するという了解が前提とされている.
当たり前のことであるが,有機農業にも自然農法にも成功もあるし,失敗もある.成功,失敗を繰り返しながらも,有機農業や自然農法においては,おおよそは,取り組みは蓄積され,深化し,成熟の方向に向かっていく.
これは近現代の農業の現実としては実は不思議なことでもある.
近代農業の通例として,取り組みの継続の中で技術の向上はあっても,取り組みの成熟という場面と出会うことはめったにない.むしろ継続は連作障害などのトラブルの増加という場面に陥ってしまうことが多いのだ.
有機農業や自然農法の継続は,化学肥料や農薬を使用せず,土づくりに励み,作物の生きる力を引き出す取り組みの継続のなかで,田畑のありよう,田畑の自然力,そして作物等の生育力に変化が作られているようなのだ.
有機農業や自然農法の技術的習性のこんなあり方を筆者らは「低投入・内部循環・自然共生」という3つのキイワードとその連関として整理している.その意味内容は端的には次に掲げた2つの図に示されている.
まず図1だが,ここでは有機農業技術論の出発点には,産出拡大は投入拡大の結果としてあるという常識的理解の否定という認識が示されている.

有機農業は低投入の地点から
有機農業で構想される農業生産力の展開は人工的投入に依存するのではなく,自然の生産力の引き出しにこそ課題があるのだという認識である.そうした外部資材投入型生産力論と自然力依存型生産力論は二律背反的な関係にあり,だから有機農業技術論は低投入を起点とするという理解である.
図2には,圃場における生態系形成と人工的な投入の関係は逆相関の関係にあり,低投入を前提に,そこに土づくりなどの有機農業技術が加わると,そこに生産力的なピークが作られるという筋書きが示されている.技術の蓄積と時間の経過が重要な意味を持つという認識も示されている.

有機農業は生態系形成に支えられて
有機農業と言えばまずは反農薬が想起されるが,この2つの図には有機農業としてはそれ以上に反化学肥料が重要だということも含意されている.
有機農業論における反化学肥料の主な論拠としては次のような点がある.
化学肥料の普遍的な大量使用は農業の自然力を衰退させるという点がそこでの中心的な認識である.工業的技術力と自然力の間には二律背反的な逆相関の関係があるという認識である.
ここで農業の自然力としては,まずは土壌の生態的活力があり,それを踏まえた作物や家畜の健康な生命力が挙げられる.
土壌の生態的活力とは,土壌の有機物とそこで生きる微生物や小動物,雑草などが織りなす複合的活力のことである.そこには生物多様性の豊富な展開が想定されている.化学肥料の普遍的大量使用は微生物などの活動を強く抑制してしまい,その活力を衰弱化させ,土壌有機物の消耗を促してしまう.作物の生長は化学肥料の使用で促進されるが,それは歪な過剰生育である場合が多く,結果として作物の体は軟弱となり,病虫害を招いてしまう.そこから農薬の普遍的大量使用が構造的に必然となっていく.
過剰栄養で過剰成長してしまった作物は,食べものとしての品質も劣ってしまう.
このような有機農業についての農業論,農業技術論の認識は,近代的な農学論からはなかなか導き出せない.
著者は,有機農業,自然農法の生産現場で生産者たちと長くつきあってきたが,彼ら彼女らの農業の重要な意味は,従来の農学論ではなかなか説明ができないことを痛感してきた.有機農業,自然農法の推進,深化のためには,それを自然共生型農業へと発展させていくためには,生物共生論や生態学的視点を大きく取り入れて,農学理論を根本的な刷新,組み立て直していくことが不可欠だと感じている.
折からアグロエコロジーという提唱がされるようになっている.アグロエコロジーという言葉にもさまざまな意味内容があるようで,まずはその整理も必要だと思うが,この提唱としっかりと向きあっていくことも農学者として必須なことだと感じている.
「みどり戦略」についての,公表されて2年半が経過した時点での評価を以上のようだ判断した上で,その認識を踏まえて,有機農業推進を軸とした農業環境政策の革新についての希望的展開方向について,「むすび」として少し述べてみたい.
以上,長々と述べてきたことは,「みどり戦略」は,国際的動向に対応するために,言葉や数値をならべているだけであり,そこには深刻さを増している地球環境問題に本格的に対応して行く社会戦略と言うべきものがほとんど見えないということである.
そんななかで,最後に著者が今後の課題として強調したいことは,農政の基本として,地球環境問題への本格的対応という政策姿勢の構築,確立ということになる.
そこで焦点となる課題は,自然の摂理,みどり摂理の重視,自然やみどりとの関係性の修復,自然やみどりの摂理に離反する人為の抑制,それをさまざまな側面から追究していく人と社会の形成,ということになるだろう.
20世紀の最後に制定された食料・農業・農村基本法では,第4条に「農業の自然循環機能(農業生産活動が自然界における生物を介在する物質の循環に依存し,かつ,これを促進する機能をいう)」という概念が記載されている.上述の課題は,法制度としてはこの規定を重視し,それをさらに深化,充実させていくことだと思う.
この「農業の自然循環機能」という概念は,これまでの日本の農業法制としては出色のものと評価できるが,よく考えてみると,農業と土,農業と自然に関する関係性についての認識としては,この概念もなお狭く,浅い.
国連の「ミレニアム生態系評価」(2001~2005)の言葉を借りて言えば,農業はさまざまな「生態系サービス」を享受して成立してきた人類史的営みということになる.「生態系サービス」は著者の言葉で言えば「自然の恵み」ということになる.農業は,土があって,みどりがあって,自然があって,だから「土の恵み」「みどりの恵み」「自然の恵み」のなかで成り立ってきた営みだということなのだ.
日本農業のこれまでを振り返ってみると,湿潤温帯という気候条件の恩恵を受けて,自然と共にある優れた農業体系が工夫されてきた.さまざまな不十分性を残しながらも「瑞穂の国」とも評価できる農が作られてきた.その大勢が崩れてきたのは,1961年の旧農業基本法を大きな契機とした農業近代化からだった.社会の近代化に農業も急いで対応しようとして,農の大切なあり方が見失われてしまったのだと考えられる.
しかし,農業近代化の問題点は,すでに1960年代には,公害問題などの形で,一般世論においても広く認識され,反省されるようになる.1999年の新しい基本法の制定,そこで加えられた「農業の多面的機能」「農業の自然循環機能」等の農政の基本的課題としての新しい諸規定は,そうした農業近代化の実情への反省を踏まえたものだったと考えたい.
「みどり戦略」はこうした近代化政策への反省という地点にしっかりと身を置き直し,人工的なイノベーションに依存した「特殊な農業の形成」などという空疎な方向ではなく,日本農業の風土的特質と草の根での取り組み成果を活かした,多くの国民が参加していく「みどりの農業」つくりへと舵を切り直すべきではないだろうか.
その点で,この学会大会で続いて報告されるオーストリアの経験,そこでの「エコ社会的農業」(ヨゼフ・リーグラー1987)という政策提起はとても参考になるように思われる.そこでは有機農業の推進だけが政策論として展開されているのではなく,より大きな社会ビジョンの設定とそれへの探求が基礎におかれているようなのだ.
本稿は地域農林経済学会第73回大会(広島大学,2023年10月)での講演を取りまとめたものである.
「みどりの食料システム戦略」公表間もなくの時点での著者の認識は中島(2022)のようであった.また,有機農業や自然農法の政策論についての著者の著作としては中島(2011),中島(2013),中島ら(2015),中島(2021),山田ら(2023)がある.ご参照いただければ幸いである.