農林業問題研究
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書評
小林富雄著『食品ロスの経済学【第4版】』
〈農林統計出版・2023年9月23日発行〉
波夛野 豪
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2024 年 60 巻 1 号 p. 65-66

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今日の我が国において,食品ロス研究の第一人者と目される著者の,単著であり,かつ第4版である.それも,2015初版,2018改訂新版,2020増補改訂新版と重ねていく間に,その都度,いわば社会の要請に応じて新たな章が加えられ,第4版の全350頁は,初版に比して70%以上の増頁となっている.またこの間にも著者は,『食品ロスシリーズ』全3巻や『食品ロスはなぜ減らないの?』など,一般向けにこの問題を訴える著作を文字通り世に問うている.この問題に関する著者の自負を感じさせる.

さて,こうした場での書評は,批評を心がけるべきだろうが,内容紹介も求められていると思われる.本書は食品ロスという,ある意味限定的な領域を対象とすると言っても,内容は多岐にわたり,18章にも及ぶ大部である.かつ,興味深い記述に富むため,要約することは憚られるが,以下,簡単に内容を紹介しつつ,いくつかの調査を共にした評者と著者との問題意識の交差などに触れてみたい.

本書は,前半が主に食品ロスの発生要因の理論的検討,後半が発生したロスについての対策・取組みについての実態調査とその分析が示される構成となっている.

第1章では,本書が取り上げる課題を俯瞰できるだけでなく,いわゆる「3分の1ルール」などのリアルな実態まで視野に入れることができる.評者にとっては,第1章3.分析フレームワークの冒頭において示される課題の整理が,この相当読み応えのある書籍を通読するのに有用であった.そこでは,「需給調整に伴う食品ロスの発生を誘発する経済リスク」として,①在庫リスク(品切れ=販売機会の喪失)②価格リスク(売れ残り回避のための値引き)③鮮度・食中毒リスク(回避のために発生せざるを得ないロス)を統合する理論仮説が提示されている.それぞれ,品切れ,売れ残り,食中毒という回避すべき事態をリスクとして整理することによって,予測可能に見えて実は計量的把握が難しい概念を改めて理解させてくれた.

第2章では,日本における食品ロス統計の変遷と食品リサイクル法,食品ロス削減推進法の施行に至る過程が把握できる.各国の食品ロス対応には食文化の相違が現れているとする著者は,イギリス人ジャーナリスト・トリストラムの「飛び切り新鮮な食品への偏愛は,途方もない水準の廃棄を招く」という言葉を引いて「このような質的な差異はマクロデータからは読み取ることが難しいので,ミクロレベルでの食品ロス発生メカニズムを明らかにしたい」という自身の問題意識の一端を披露している.

第3章の期限表示制度による食品ロスの発生メカニズムでは,先に触れた「3分の1ルール」が取りあげられ,第4章では,FC展開する店舗での食品ロスは,品揃え戦略と組織関係の双方による構造的な問題を,第5章では3分の1ルールのもとでのOversupplyの発生とそのコスト転嫁のメカニズムをモデル化している.

第4版で新たに追加された第6章では,スーパーマーケットにおけるCOVID-19対策のレジリエンスについて検証している.但し,ここにおいても,「フードシステムのあるべき姿とは,食品ロスの抑制を目的化することではなく,食料需給調整において質量ともに過不足なく~高いレベルでの経済生産性を実現すること」という認識が前提であり,食品ロスの発生を事業継続のための「必要悪」として捉える冷静な視点も持続している.

第7章では,CVSにおけるOverstore状態と機会ロス回避のために行われる量感陳列の結果としての食品ロスの発生を記述し,第8章では外食産業でのOverstoreを取り上げ,第9章では,SPA(アパレル業界における製造小売)モデルを農畜産物に適用して商品廃棄マネジメントのパフォーマンスを確認している.

第10章で持ち帰り容器のリスクコミュニケーションを,第11章でドギーバッグによる消費者行動の変化を考察している.欧米では店内に限られる提供側の責任が日本では店外での食中毒の発生リスクに及ぶ考え方が払拭されず,持ち帰りを断わられることが多いが,ペット(ドッグ)のため,を口実とする持ち帰り容器(欧米では「パック」の一言で通じる)の導入により,少なくとも消費者側では抵抗感が減少していることが記述されている.ちなみに著者はドギーバッグ普及委員会委員長を務めており,評者も同委員会から預けられた手持ちのドギーバッグを随時配布している.

第12章では,韓国の対策を評価しながらも,日本との条件の違いを指摘し,処理方法ではなく,発生源対策を見習うべきとしている.第14章にも関連するが,韓国の堆肥化システムについては生成される堆肥の質に問題を残すとの声も聞かれることから,これは妥当な評価であろう.

第13章の魚腸骨処理事業,および第14章の生ごみ堆肥化活動では,著者の初期の問題意識を伺い知ることができる.著者が食品ロスの問題領域の研究に踏み出した契機は廃棄物としての魚腸骨(アラ)であった.20年近く前,評者は生ごみリサイクルの現場で著者と堆肥の切り返し作業を共にしたが,その際に,行政主導の生ごみリサイクルシステムが,大規模であるがゆえに堆肥の質を損なっており,さらに,市民による生ごみリサイクル活動と接続できない困難を目の当たりにした.著者にとっても,その知見から上記の韓国の事例の先端性を評価することにつながったと推測する.

評者は,近年も,食品ロス,フードバンク研究で欧州やアジアでの現地調査を共にし,互いの問題意識の交差を再確認した.第15章から18章はそのフードバンク活動に割かれている.欧米に比して日本で普及が停滞している要因として,寄付文化の欠落を挙げているが,この問題に関してはもう少し深掘りが可能である.詳しくは著者の編著による『フードバンクの多様性とサプライチェーンの進化:食品寄付の海外動向と日本における課題』を参照いただきたい.

最後に,本書の通奏低音となっている「食料問題の解決」について触れておきたい.著者は,「(誤解を恐れずに表現するならば)食料問題を解決する手段として食品ロスはやむを得ない」と自らの認識を示している.しかし敢えてこだわるならば,ここは,「食料問題を解決する手段として」ではなく,「フードシステムの機能要件として」との表現が妥当ではないだろうか.フードバンクなどは,現在発生している食品ロスを活用してはいるものの,世界を眺めても,食品ロスによって,食料問題が解消されている実態は見られない.「現在のフードシステムは3割の食品ロスを発生させている」が,言い換えれば「3割のロスというコストを支払うことによって機能している」のである.

食品ロス問題に対する社会的認知の高まりとともに,その解決の要請は今後さらに強まるであろう.ただし,その解決は容易に進むことはなく,その優先順位ばかりが上がっていくことが見込まれる.著書がこの時代の要請に応え続けることで,本書は著者のライフワークとなるものと思われる.

 
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