2024 年 60 巻 2 号 p. 91-92
はじめに,拙著に対して有益な書評を頂き心から感謝申し上げます.評者の柴崎氏には本書の論旨に基本的に賛同を頂きました.しかしコメントを拝見しますと,著者の意図が必ずしも十分に伝えきれていないところも見受けられます.折角リプライの機会を頂いたので,反省を込めて3点ほど述べたいと思います.
第一点は,今日の農業問題の理解と農協の存在意義に関して.
わが国の農協(前身は1900年発足の産業組合,1947年以降は農業協同組合)は,明治期以降の資本主義経済下で発生した農業問題=「農家の貧困問題」に対処するため,自治村落を組織基盤として設立された.この農業問題は,農産物価格の低下等により農家所得が落ち込み農家,農村の維持,存続の危機を招くものであったため,農協の最大の課題は,農家所得の確保,増大に置かれた.そして問題が深刻化した1930年代の農業恐慌期には,今日の総合農協に見られる,信用事業その他事業を兼営する組織,事業体制が確立された.
「農家の貧困問題」は,引き続き第二次大戦後直後の経済混乱期から高度経済成長前まで発現したと言える.しかし,高度成長が終わり1980年代に入ると,農家所得は都市勤労者の所得を上回り,「農家の貧困問題」はほぼ解消した.主たる要因は,この間の農業所得,兼業所得および年金所得等の移転所得の増大である.
ところが,1990年代に入り農業問題は新たな局面を迎えた.主な問題は,①食料自給率の大幅低下,②農業の担い手不足,③中山間地域の衰退,および④農業,農村の多面的機能の低下,である.言わば,農業,農村の持続的発展を脅かし,さらにはわが国経済,社会の存続を揺るがす,より深刻な農業問題の発現である.
新たな農業問題をこのように理解すると,今日の農協の最大の課題は,従来の農家所得の確保,増大ではなく,如何にして地域の農業,社会の持続的発展を図るかであり,併せて既存の組織,事業体制の大幅見直しが求められる.評者は,これに対して,農業所得の増大も依然必要であるのに本書がそれを考慮していないのは問題である,と指摘する.しかし,私は農家所得の確保,増大の問題の重要性を無視するのではなく,新たな農業問題に対処する観点からすれば,こうした問題はすでに農協の最大の課題ではないと考える.
繰り返すが,今日,農協の最大の課題は,如何に地域の農業,社会の持続的発展に貢献できるか,にある.こうした課題に対処するため,農協は具体的に取り組むべき課題を明確にすると同時に,従来の組織,事業体制を大幅に見直す必要がある.しかし,今回行なわれた「農協改革」では,政府や農協系統組織にこうした観点は希薄であり,農協が対処すべき課題や体制のあり方が必ずしも明確にされていないことに問題がある.
若干補足すれば,「農協改革」検討の当初,農林水産省内に設置された「農協系統の事業・組織に関する検討会」では,農協の取組むべき課題を,新たな農業問題に対処する観点から設定された.しかし,1年後に同じく「農協改革」を取り上げた官邸主導の「規制改革」会議では,主たる課題が,農業の産業化の推進のため農協に関する諸規制を改革する方向に軌道修正され,結局2015年の農協法改正で改革の方向が示された.その顛末の概要は,本書第3章「「農協改革」をめぐる政府と農協系統組織」で述べた通りである.
加えて,「農協改革」で本来検討すべき課題に関しては,先に挙げた新たな農業問題の4の局面のうち,①食料自給率の大幅低下以外は,すぐれて地域の農業,社会に関する問題であると指摘した.したがって,②農業の担い手不足,③中山間地域の衰退,および④農業農村の多面的機能の低下の問題について,農協の対処すべき課題を具体的に把握し対策および組織・事業体制のあり方を方向付ける必要がある.しかし,これらに関して「農協改革」の基本方針は必ずしも明確にされてはいない.
第二点は,合併と「ネットワーク型農協」の関係について.
評者は,本書において合併と二者択一で「ネットワーク型農協」が展開されているように感じた,と指摘されるが,私はそう考えている訳ではない.たしかに本書で述べたように,限られた調査や資料等で把握した限りではあるが,近年1県1農協の経営は悪化あるいは停滞的に推移している.ちなみに事業部門別損益でみると,依然として信用,共済事業の収益に多くを依存する経営構造であり,その一方で,農業関連事業の赤字は解消できないままである.加えて,地域運営を担う専門部署が見られない現在の組織,事業体制のままでは,当面する農業問題に対処して地域農業,社会の持続的発展に農協が積極的に寄与するのは難しいと思われる.
とはいえ,管見の限りであるが,大規模,広域合併農協の中には,経営あるいは地域運営で優れた実績を残している農協も少なくない.本来であれば,こうした農協についても十分な調査を行い,その実態と要因を把握すると共に,併せて従来の法人合併の功罪を検討すべきであった.しかし,今回は時間的,資料的な制約もあり不本意ではあるが,これまで見られた合併の問題点を指摘する一方で,今後とも地域農業,社会の持続的発展に寄与できると考えられる組織,事業体制の選択肢の一つとして,「ネットワーク型農協」の考え方および実現の手がかりを求めるに止めた.その実現に向けた検討の参考にしたのは,ネットワーク型の協同組合の基本モデルと言えるスペイン・バスク地方の「モンドラゴン協同組合企業体」,参加各単協の販売事業を「機能合併」した熊本経済連の「青果物コントロールセンター」,および地方連合会の形態であるが「ネットワーク型農協」の内実を持つ北海道のオホーツク地域農協連合会の事例である.
第三点は,「ネットワーク型農協」の果たすべき役割について.
最後に評者のコメントとは別に,「ネットワーク型農協」の意義について若干補足しておきたい.「ネットワーク型農協」は,法人合併に代わる体制変革に関する選択肢の一つである共に,今日の農業問題発現の下で,地域農業,社会の運営の担い手としての役割を果たすことが期待される.「ネットワーク型農協」では,地域運営を担う専門部署を設置することで,参加単協の管内の自然,経済および社会の問題を的確に把握し,必要な対策を企画,推進することで,農業問題の発現状況に応じたよりきめ細かい対応をすることが可能になると思われる.
おそらくこうした対応は,組合員あるいは参加単協の主体性あるいは自立性が十分配慮されねば出来ないであろう.法人合併の場合,参加する各単協は法人格を失うため,旧管内の組合員の意思をうまく反映した全体の意思決定の仕組みが必要である.しかし,そうした体制が必ずしもうまく構築出来ていない事例も散見される.
評者の指摘は示唆に富み,今後の農協の組織,事業体制のあり方を考える場合,経済,社会環境を考慮して,合併とネットワーク型を組み合わせた農協のあり方を考えることなどは有益と考える.他にも貴重なコメント頂いており,それらを踏まえて研究を続けたい.