農林業問題研究
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個別報告論文
伝統的農業システムにおける農法の変化に関する考察
―にし阿波地域の傾斜地農耕システムを事例として―
山口 創髙田 晋史和佐 大地尾山 郁人
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2024 年 60 巻 4 号 p. 150-158

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Abstract

The FAO believes that it is important to preserve traditional farming practices through dynamic conservation. To promote dynamic conservation, it is necessary to identify trends of changes in traditional agriculture. This study aims to clarify the relationship between changes in socioeconomic and traditional farming, using as a case study the “Nishi-Awa Steep Slope Land Agriculture System,” which was recognized as a GIAHS site in 2018. Interviews with the three farmers revealed that farming changed with the farming environment and types of agricultural management. Farmers have maintained traditional farming practices because they are the most appropriate for their cultivation environment and farming management styles, not because they value or have attempted to preserve them.

1. はじめに

(1) 背景と目的

国際連合食糧農業機関(FAO)は,環境の変化に適応し何世代にも渡り継承されてきた独自性のある農林水産業ならびにそれと密接に関わり育まれた文化,伝統知,ランドスケープ,土地利用システム,農業生物多様性が一体となった伝統的農業システムを世界農業遺産(GIAHS)として認証しており,2023年時点の認証地域は26カ国86地域である.

GIAHSはFAOが目指す食料の安全保障と持続可能な農業との共存の実現を目的に,環境に調和的な伝統的農業システムの活用を推奨するために設けられた経緯があり,そのため世界遺産のように静的に保全するのではなく内外の環境に応じて新しい制度や技術を取り入れ経済的,社会的に発展させ次世代へ継承できる仕組みに進化させる動的保全が求められている(武内,2016).また動的保全の進め方について,FAOは農家や農家組織の参加が成功の鍵としつつも公的機関が参画し人的,物的,技術支援を行うことが必要と指摘しており,多様なステークホルダーが協働して動的保全を進めるための行動計画の策定を重視している(Koohafkan and Altieri, 2011).

このように世界各地で伝統的農業システムが認証され,保全に向けた枠組みも作られているが,先行研究では保全を進める難しさも指摘されている.例えば,都市的地域に位置する三富地域では,重労働・長時間労働,宅地化圧力,平地林の減少に対処する必要がある点や(髙田他,2023),浙江省青田県の水田養魚では,社会経済の変化により水田と養魚の伝統的なハイブリットシステムを行う農家が減少している現状(Xie et al., 2011)が報告されており,GIAHSに認証されたとしても外部圧力によりシステム自体が縮小する恐れがあることが示されている.また石川県能登を事例とした研究からは,GIAHS認証による農作物の価値向上の影響は少なく,農作物の付加価値に結びつけることが課題であること(香坂・内山,2016),キリマンジャロ山の中南部にあるシンブウェ・ジュウ村のアグロフォレストリーでは,FAO主導で農業の保全・発展が図られた結果,FAOの指導や資金源が失われてからは活動が鈍化している現状(辻村・佐藤,2017)が報告されており,動的保全を進める難しさが示されている.

一方,伝統的農業システムはそれ自体環境に適合して形成されてきた動的なシステムであるため,地域レベルで策定された行動計画の有無にかかわらず,変化していくものであり,加えて社会経済状況の違いにより変化の傾向も異なるのではないかと考えられる.そのため,動的保全を進めるには伝統的農業システムの何が変化しやすく,何が変化しづらいのか,その傾向を明らかにする必要があると考える.

こうした背景から,本研究では,2018年にGIAHSに認証された徳島県の「にし阿波傾斜地農耕システム」を事例に,伝統的農業システムのなかでも農法に着目し,農家が社会経済に農業経営を適合させる過程で農法がどのように変化したのか,変化の実態を明らかにする.なお,にし阿波の傾斜地農耕システムは,山間地の条件不利地で発達した農業であり,動的保全の難易度が高い地域と考えられるが,その一方で,現在でも地域固有の農法が広く取り入れられており,伝統的農業システムの変化を考察する上で適していると考えられる.

また,GIAHSは当初は途上国の事例の認証が中心であったが近年は日本15地域,韓国6地域,欧州8地域のように先進国からも一定数が認証されている.本研究は,比較的経済力のある先進諸国の伝統的農業システムの保全のあり方を考える上で意義深い知見となりうる.

(2) にし阿波地域の概要

にし阿波地域は徳島県西部の美馬市,三好市,つるぎ町,東みよし町から構成される人口約72,000人の地域である.讃岐山脈と四国山地に挟まれた吉野川沿いの限られた平地と急峻な山間部からなり,100~900 mの山間部では,傾斜地を段々畑にはせず,最大40度の傾斜のまま利用する傾斜地農業が発達している.にし阿波の傾斜地農業の起源は縄文時代の焼畑農業にまで遡ると考えられている.江戸時代には焼畑,棚田,自給的な雑穀,野菜栽培を基盤にタバコ,ミツマタ等の換金作物の栽培が行われ,戦後から高度経済成長期にかけては焼畑・畑作のかわりに植林がはじまり,タバコ栽培は時代の流れとともに生産額を減少させ,現在は傾斜畑での常畑耕作のみが行われるようになった(林,2015:p. 25).このように自給作物として雑穀が盛んに栽培されてきた歴史があり,地域固有の在来品種も残されている.こうした地域条件に適合した持続可能な農業が発達していることが評価され2016年にGIAHSに認証された.なお,GIAHSの認証地は4自治体の全域ではあるが,傾斜地農業が営まれているのは中山間地域に位置する約200集落であり,にし阿波地域の全集落の約3割にあたる.

GIAHS認証地域を含むにし阿波地域の農業1を概観すると2020年の農家数は1,816経営体,耕地面積は田805ha,畑411ha,農家のうち83%が経営耕地面積1 ha以下であり,小規模農家が中心であることがわかる.また2020年の農家数,耕地面積は2010年比で農家数67.6%,耕地面積58.8%であり,急速に縮小している状況にある.これらは平地農業地域も含むため,条件不利地である傾斜地農業が営まれる地域では一層縮小が進んでいると考えられる.

栽培作物は,穀物では水稲520ha,小麦36ha,裸麦33ha,ソバ12ha,野菜ではブロッコリー44.7ha,そのほか野菜40ha,トマト9.3ha,レタス7.9 haが作付面積の上位であり,また,にし阿波の伝統作物である雑穀は1.8 haの作付けがある.水稲,ブロッコリー,レタスが主に平坦部で作付けされていることから,傾斜地では主に小麦,裸麦,ソバといった伝統的に栽培されてきた作物や多品目の野菜が栽培されていると言える.なお,現在,タバコは栽培されていない.

2. 研究の方法

本研究では,傾斜地で営農する農家を対象に農法の変化プロセスを時系列的に聞き取りにて調査した.なお加用(1972)によれば,農法とは「主として生産力=技術的視点からみた農業の生産様式,換言すれば農業経営方式または農耕方式の発展段階を示す歴史的な範疇」であり,技術的な範疇として「地力の維持方式」「作付け方式」「労働手段体系」を示している.また,矢口(2006)加用(1972)をはじめとした研究蓄積を踏まえつつ農法理論の具体的枠組みとして,「労働手段体系」「耕地利用体系」「地力再生産体系」「雑草防除体系」「経営管理体系」「環境保全体系」の6つに整理している.なお,傾斜地農業の特徴や変化は,主に「労働手段体系」「耕地利用体系」「地力再生産体系」「経営管理体系」の4領域に集約されていたため,本研究ではこれら4つの枠組みで農法を捉える.

分析では,農法ごとに変化の内容を時系列的に整理した.そして農家間で比較し,農法の変化プロセスを考察した.なお農法は,タバコ栽培からの撤退と経営継承を機に変化する傾向が見られたため,タバコ栽培の撤退時期から現在までの農法変化を対象とした.また調査対象とした農家は,当該地域の農家の多くがタバコ栽培の撤退を機に自給的農家に転換したのに対し,環境の変化に適応して農業経営を維持してきた3農家とした2.これら3農家は当該地域において動的保全を体現している事例と捉えることができ,動的保全を進めるなかで生じる農法の変化を観察する上で適していると考えられる.調査期間は2023年2月~9月である.

3. にし阿波傾斜地農耕システムの特徴

にし阿波の傾斜地農業における農法の特徴を,「労働手段体系」「耕地利用体系」「地力再生産体系」「経営管理体系」に分けて整理する.「労働手段体系」では,礫が多い傾斜地農地に対応するため,礫を砕き深く耕すのに適した刃先の長い耕運用農具であるトンガ,傾斜地で流れる土壌を上手側に持ち上げる「土上げ」という作業に用いるサラエ,傾斜地で畝を引くのに適したヒトリビキ等の地域固有の伝統的な農具が特徴的といえる.「耕地利用体系」では,最大40度にもなる傾斜地の農地利用と,農地で施用するカヤ(ススキ)を採草するカヤ場の存在が特徴である.

「地力再生産体系」のうち1つは土壌管理技術であり,主に土上げ,畝立ての2領域からなる.「土上げ」は,耕運後に下がった土壌をサラエと呼ばれる農具で物理的に上方に上げていく手法,畝立ては,ヒトリビキという農具を使い等高線に沿って畝をたてるという手法が伝統的手法とされている.もう1つは,カヤ(ススキ)の施用である.伝統的な手法として,9~10月にかけて山腹の採草地でカヤを採草し,コエグロを作成して春先まで保管する.コエグロとは,カヤ束を支柱に巻いていったものであり,雨が中まで染み込まず,春先まで腐らずに保管できる.そして3~4月の作物の植え付け後,畝間にカヤを施用していく.カヤの施用は,雨により土壌が流れることを防ぐ機能や,冬場にすき込むことによって緑肥としての効果がある.

「経営管理体系」については,かつては換金作物であるタバコの栽培と自給用の雑穀やソバ,麦の栽培が経営上の特徴であった.昭和後期~平成10年頃にかけて生じたタバコ栽培の衰退以降は,様々な代替作物が考案されたが結果的に多くの農家が自給的農業へ転換したと考えられる一方で,本研究対象のように高地を利用した野菜作や農業・農家民宿の多角形経営など多様な経営形態が存在している.

4. 農法の変化

(1) 調査対象農家の概要

調査対象の概要を表1に示す.A農家は,農業と農家民宿の多角経営農家である.長男であるA氏が約3年前に会社を早期退職し継承した.現在の作付農地は60 aであり,傾斜も10~15度と緩い.A農家では約8年前から雑穀栽培に取り組み,個別注文や直売所,オンライン直売で販売している.

表1.

調査対象の概要

A農家 B農家 C農家
類型 農業・農家民宿 主業農家 主業農家
労働力(年齢) A氏(50)・父・母 B氏(65)・母 C氏(60)・アルバイト
農地 畑地60 a
果樹20 a,遊休地1ha
畑地90 a
(うち平坦地80 a).ほか遊休地70 a
畑地90 a,遊休地50 a
農地の傾斜 10~15度 0~20度 0~15度
出荷用作物 アワ・ヒエ・キビ・コキビ・タカキビ・シコクビエ・ソバ・ハダカムギ トマト・サツマイモ(干しイモにして出荷) 約60種類の野菜
自家用 ソバ・バレイショ・モチキビ・野菜 ソバ・バレイショ・コキビ・タカキビ なし
出荷先 個別注文・直売所・オンライン直売 直売所・オンライン直売 直売所・飲食店・オンライン直売

B農家は主業農家であり,現在は収入の全てを農業から得ている.現在世帯主であるB氏は高校卒業後に農業大学校に進学し,卒業後すぐに就農した.B氏の就農時,B農家は傾斜地にて主にタバコ栽培と農閑期の出稼ぎにて収入を得ていたが,B氏は将来的にタバコ栽培で生計を立てることが難しくなると考え,自身で山林を開拓し平坦農地を整備した.現在は整備した平坦農地で販売用の作物を生産している.B農家ではタバコ栽培撤退時にほとんどの傾斜農地を林地化したが,自家栽培用に10 a程を残しており,現在は母が中心にソバ,バレイショ等を生産している.

C農家は,主業農家でありで収入のほぼ全てを農業から得ている.現在の世帯主であるC氏は約6年前にUターンし継承した.現在の作付農地は約90 aであり平坦農地,傾斜度0~15度の緩傾斜農地である.C氏は,周年栽培で約60種類の野菜を栽培しており,直売所や飲食店との直接取引,オンライン直売にて販売している.

(2) 農法の変化

1) A農家

A農家がタバコ栽培を撤退した2005年頃から現在までの農法の変化を表2に示す.まず労働手段体系では,少なくともタバコ栽培撤退時から現在まで大きく変わっておらず,耕運機3を用いて耕運し,畝立てはヒトリビキを用いて実施している.なお,耕運機は1950~60年代に導入されている.また農地は全て緩傾斜農地であるため,現在農業の中心を担っているA氏が把握する限り,タバコ栽培時から土上げは実施していない.

表2.

A農家の農法の変化

労働手段体系 耕地利用体系 地力再生産体系 経営管理体系
◯~現在1)
耕運:耕運機,畝立て:ヒトリビキで実施,土上げ:実施していない.
耕運機は1950~60年代に導入.
■傾斜農地
◯~2005年頃1)
緩傾斜農地80 aで作付.
◯2005年以降
タバコ栽培からの撤退を機にアクセスの悪い農地20 aには柚を植林.アクセスの良い緩傾斜農地60 aで栽培.
■カヤ場
◯~2010年頃1)
遊休農地を活用.
◯2010年頃~
集落内のアクセスの良い遊休農地に変更.
カヤ場が近接化した事や労力軽減のため,コエグロを作らずカヤを納屋で保管.
■傾斜農地
◯~現在1)
畝立て:等高線に沿ってヒトリビキを使い人力で実施.
土上げ:実施しない.
カヤの施用:カヤを畝間に施用し春先に耕転.
そのほか:化成肥料を使用.
■傾斜農地
◯~2005年頃1)
タバコ,ハダカムギが中心.
◯2006年~2015年頃
ソバ,ハダカムギ,蒟蒻等を栽培.また自ら加工し主に直売所で販売.
◯2016年~
新嘗祭への雑穀献上を機に雑穀(コキビ,タカキビ,ヒエ,アワ,シコクビエ)の栽培を始める.個別販売,直売所で販売.
ソバ,ハダカムギ,蒟蒻の栽培,加工も継続.
■傾斜農地利用以外の収入
◯2010年頃~
農家民宿を経営.

1)A氏によると正確な開始時期は不明だが,少なくともタバコ栽培撤退(2005年)より前とのことであった.

耕地利用体系では,約80 aの緩傾斜農地で作付していたが2005年頃のタバコ栽培からの撤退時に,農地までの道が整備されていない等の条件の悪い農地約20 aについてはユズを植林し林地化した.A氏が本格的に就農した2017年以降も作付農地は変化しておらず,約60 aの緩傾斜農地で栽培している.またカヤ場に関しては,遊休農地を活用しカヤ場としていたが,2010年頃に自農地に隣接した親戚の農地が遊休農地となったことからカヤ場として借り受け,現在に至っている.

地力再生産体系では,畝立ては等高線に沿って立てる伝統的な手法で行われており,タバコ栽培の撤退前から変わっていない.カヤの施用については,カヤ場と農地が離れていた2010年頃まではコエグロ4を作り保管していたが,自農地の隣にカヤ場を確保できたためコエグロを作る必要性がなくなった.かわりに採草したカヤは納屋で春の植え付け時まで保管するように変化していた.また施用方法はタバコ栽培時から変化しておらず,カヤを裁断せずに畝間に施用している.

経営管理体系について,A農家ではタバコ栽培の撤退後,タバコの代替となる収入源を模索しており,主に自給用に栽培してきたハダカムギ,ソバ等を加工し直売所等で販売するようになった.さらに,農家民宿にも取り組み収入源の多角化を図ってきた.加えて,新嘗祭にて雑穀を献上する役となったことがきっかけで2016年頃から途絶えていた雑穀栽培にも取り組むようになり,現在では主要な販売作物となっている.なおA農家は栽培する雑穀,ハダカムギ,ソバ,バレイショ等の伝統的作物の種子,種イモを自家更新により管理している.

2) B農家

B農家の農法の変化を表3に整理する.まず労働手段体系について,傾斜農地では現在まで耕運は耕運機を使い,畝立て,土上げ作業についてはヒトリビキやサラエといった伝統農具を活用している.この方法は,1960年頃に耕運機が導入されトンガを置き換えて以降,大きく変化していない.また,平坦農地には常用型のトラクターを導入している.

表3.

B農家の農法の変化

労働手段体系 耕地利用体系 地力再生産体系 経営管理体系
■傾斜農地
◯~現在1)
耕運:耕運機,畝立て:ヒトリビキ,土上げ:サラエ.
耕運機は1960年頃に導入.
■平坦農地
◯農地整備時(1983年)~現在
トラクター導入.
耕運,畝立て:トラクターで実施.土上げ:実施しない.
■傾斜農地
◯~1995年頃1)
急傾斜農地を含む1 haで作付.
◯1996年~現在
タバコ栽培からの撤退を機に,急傾斜地での栽培をやめる.緩傾斜地10 aで自家用作物の栽培を継続.
■平坦農地
◯農地整備時(1983年)~現在
平坦農地80 aを整備.
■カヤ場
◯~1995年頃
伝統的採草地や近隣の遊休農地を活用.
◯1995年~現在
タバコ栽培から撤退によりカヤ場が不要となる.傾斜農地周辺のカヤで簡易なコエグロをつくり保管.
■傾斜農地
◯~現在1)
畝立て:等高線に沿ってヒトリビキを使い人力で実施.
土上げ:サラエで実施.
カヤの施用:カヤを畝間に施用し春先に耕転.
そのほか:作物によっては化成肥料を使用.
※タバコ栽培撤退(1996年)以降,土上げの頻度やカヤの施用量は,減少傾向にある.
■平坦農地
◯農地整備時(1983年)~現在
カヤの施用:土づくりのために農地周りのカヤを採草し施用.
そのほか:化成肥料を使用.
■傾斜農地
◯~1995年頃1)
主にタバコ,ハダカムギ等を栽培.1990年頃まで雑穀も栽培していたが,売値が安く次第に栽培しなくなった.
◯1996年~2010年頃
バレイショ,サツマイモ,ソバ等を自家消費用として栽培.
◯2010年頃~現在
雑穀(タカキビ,コキビ)の栽培を開始.
■平坦農地
◯1983年~2015年頃
トマトを栽培し農協,直売所へ出荷.
◯2016年~現在
サツマイモ栽培と干し芋加工,販売を始める.
■傾斜農地,及び平坦農地利用以外の収入
◯~2015年頃
冬季に出稼ぎ.

1)B氏によると正確な開始時期は不明だが,少なくともB氏の就農(1982年)より前とのことであった.

耕地利用体系のうち作付農地について,傾斜農地と平坦農地にわけて整理する.傾斜農地は,タバコ栽培からの撤退まで急傾斜地を含む1 haでタバコ栽培を中心にソバやハダカムギを栽培していた.1995年のタバコ栽培からの撤退時に,自家用に傾斜15~20度程度と比較的傾斜の緩い農地10 a程度を残し,他は遊休地とした.平坦農地については,B氏が1982年頃に就農する際に山林を開墾して80 aの農地を整備し,現在まで使用している.なおカヤ場は,里山の採草地や近隣の遊休農地を活用していたが,タバコ栽培の撤退時にカヤの必要量が大きく減少したため,カヤ場を確保する必要性がなくなった.カヤ場を使用しなくなった後も傾斜農地,平坦農地ともにカヤを施用しているが,農地の法面や農地周辺に生育しているカヤを採草し活用している.なお傾斜農地に施用するカヤは,小型のコエグロを作り保管している.

地力再生産体系については,傾斜農地ではヒトリビキを使った等高線に沿った畝立て,サラエによる土上げ,カヤの施用が行われており,タバコ栽培時から現在まで施用量や土上げ頻度は減少しているものの基本的な方法は変化していない.平坦農地では,カヤの施用を土づくりにおいて重要な方法と考えて傾斜農地と同様に施用している.

経営管理体系は,B氏の両親が労働の中心であった時期はタバコ栽培が中心であったが,B氏の就農時からは両親がタバコ栽培,B氏は高地を生かして主にトマトを栽培するようになった.その後,タバコ栽培の撤退とほぼ同じ時期に労働力の主力がB氏にかわり,トマト栽培と冬季の出稼ぎにより収入を確保するようになった.また,冬季の出稼ぎをやめてからは干し芋の加工と販売に取組むようになり,トマト販売に次ぐ収入源となっている.2010年頃からは,地域内で雑穀栽培が途絶えそうになったことから次世代へ継承しようと考え,傾斜農地で自家用にタカキビ,コキビを栽培するようになった.

3) C農家

C農家の農法の変化を表4に示す.まず労働手段体系では,C氏がUターン就農する以前から変化しておらず耕運,畝立て,土上げの作業の全てで耕運機を活用している.これはC氏の父が導入したが,いつ頃導入,確立したかは明らかでない.耕地利用体系について,C農家はタバコ栽培に取り組んでいたが,昭和後期には高地であることを生かして野菜農家に転換し,長らく緩傾斜農地50 aで出荷用の野菜栽培,20 aの水田で自家用のコメ栽培に取り組んできた.そしてC氏がUターン就農し経営を継承した2017年以降,野菜作による収益を高めるため水田20 aを畑地として使用するようになった.これらの農地に加え,集落内で景観上重要な農地や山菜栽培に適した農地を20 a取得し,合計90 aで営農するようになった.またカヤ場は,C氏の就農以前から集落内の遊休農地40 aほどを借り活用している.

表4.

C農家の農法の変化

労働手段体系 耕地利用体系 地力再生産体系 経営管理体系
◯~現在1)
耕運:耕運機,畝立て:耕運機.土上げ:耕運機.
■️傾斜農地と平坦農地
◯~2017年頃
平坦農地(水田)20 a,緩傾斜地(最大15度)50 aで作付.急傾斜地やアクセスの悪い農地は1950年代後半にタバコ栽培をやめた時に林地化.
◯2018年~現在
水田を畑地として使用.
自宅周辺の緩傾斜農地20 aを新たに取得し合計90 aを野菜畑として使用.
■️カヤ場
◯~現在1)
近隣の遊休農地40 aを活用.
○~現在1)
畝立て:耕運機で実施,土上げ:耕運機で実施
カヤの施用:カヤは採草後,納屋で保管.作毎に畝間に施用し次作前に耕転し,すき込む.
カヤ以外の施用:化成肥料を使用.
■️傾斜農地と平坦農地
◯~2017年頃1)
作付体系と出荷先:野菜を周年栽培し,主に農協に出荷.自家用に米を栽培.
◯2018年~現在
米栽培を取りやめる.年間60品種を少量多品種栽培し,直売所,飲食店,オンライン直売で販売.

1)C氏によると正確な開始時期は不明だが,少なくともC氏のUターン就農前(2017年)とのことであった.

地力再生産体系についてもC氏の就農以前から変化はない.C氏は,品質の良い作物を生産する上で耕土の維持につながる土上げを重要視しており,作付けごとに実施している.カヤについては,10月頃に採草し,納屋で保管する方法をとっており,この方法も継承前と変化ない.カヤの施用は土壌流亡だけでなく土づくりとしても重視しており,傾斜農地だけでなく平坦農地でも行っている.

経営管理体系では,C氏の父は主に農協に出荷していたが,C氏が継承してからは,単価の向上を狙い直売所や飲食店,オンライン直売での販売に切り替えていき,栽培作物も販売形態に合わせて少量多品種栽培へと切り替えていった.

5. 考察

(1) 農法の変化内容

以上の結果から,農法の変化をタバコ栽培期,タバコ栽培撤退以降に分け整理する(表5).タバコ栽培期の変化は,1950~60年代の農業機械の普及による耕運機の導入とB農家がタバコ栽培以外への転換を進めるなかで生じた平坦農地の確保,トラクターの導入という内容であった.耕運機の導入以前は,主に伝統的農具であるトンガを用いて耕起されていたが,置き換えられていった5

表5.

変化した農法の内容

労働手段体系 耕地利用体系 地力再生産体系 経営管理体系
タバコ栽培期 ・耕運機の導入A,B
・トラクターの導入B
・優良農地の拡大 B ・タバコ中心→タバコ,野菜B
タバコ撤退以降 ・急傾斜,アクセスの悪い農地の遊休地化A,B,C
・優良農地の拡大C
・カヤ場の縮小,近接化A,B
・土上げ頻度,カヤの施用量の減少B
・コエグロ→納屋保管A
・コエグロの小型化B
・タバコ→伝統作物,加工品→農家民宿開業A
・タバコ,野菜→野菜B
・タバコ→野菜 C

タバコ栽培の撤退以降は,耕地利用体系,地力再生産体系,経営管理体系において変化があった.耕地利用体系においては,タバコ栽培からの撤退がきっかけとなり営農条件の悪い農地の遊休地化,カヤの必要量の減少によるカヤ場の縮小,および遊休農地の拡大によるカヤ場の近接化という変化であった.地力再生産体系では,B農家においてカヤの施用量や土上げ頻度が減少していた.これはタバコ栽培撤退以降の傾斜農地の用途は,主に自家消費用作物の栽培のため,作業を簡略化しているためであった.

一方,主業農家であるA,C農家ではカヤの施用量は変化しておらず,栽培上重要視していることがわかる.またカヤの保管方法は,コエグロの小型化や納屋での保管に置き換わるといった変化が生じた.

経営管理体系については2通りの変化があり,まずA農家は伝統作物の栽培と加工品の販売,その後の農家民宿の開業というように地域固有の資源を活用した多角的な農業経営へ移行していった.一方B,C農家は,優良農地を確保し,高地であることを生かして野菜農家への転換を図っていた.

(2) 農法の変化プロセス

次に,農法の変化プロセスを考察する(図1).にし阿波地域の傾斜地農業における近年の農法の変化は,昭和後期~平成10年頃にかけて生じたタバコ栽培の衰退が契機となっていた.まず,急傾斜農地や条件の悪い農地の利用をやめる選択が行われ,比較的条件のよい緩傾斜農地,平坦農地のみで作付するように変化した.そして作付農地の減少に伴いカヤの必要量も減少したため,カヤ場も縮小していった.その後,農家のリタイアが拍車をかける形で遊休農地が拡大すると,営農を継続している農家は近隣の遊休農地をカヤ場として活用するようになり,カヤ場の近接化が生じた6

図1.

農法の変化プロセス

1)囲いのうち点線は社会経済の変化,実線は農法の変化を示す.

さらに作付農地の緩傾斜地化,平坦地化は,地力再生産体系のうち,土上げの重要性を低下させることとなり土上げ頻度の減少をもたらした.反対にカヤの施用については土壌流亡の防止策としてだけでなく土づくりにおいて重視されており,緩傾斜農地や平坦地でも取り入れられている.しかしカヤ場が近接化することにより従来,遠隔地の採草地でカヤを保管するために作られてきたコエグロの必要性が薄れ,コエグロ作りの衰退をもたらした7

またタバコ栽培の撤退により経営管理体系にも変化が生じた.まずタバコ栽培の撤退により,多くの農家は自家消費用の栽培や少量出荷のみ行う自給的農家へ転換していったと考えられる8.一方,本研究が対象とした3農家のように,農業による収益を確保し経営を維持してきた農家も少数ながらおり,それらの農家は自身の営農志向や農地条件等を考慮し野菜農家,農家民宿・農作物加工品の多角経営農家というように多様な経営形態をとるに至った9.一方でタバコ栽培からの転換はソバや裸麦,雑穀といった伝統作物の商品化をもたらしたと考えられた.

労働手段体系については,農業機械の普及の文脈で傾斜地でも導入が可能な手押し型の耕運機が普及し,伝統農具であるトンガを置き換えていった.さらに,農地の緩傾斜化や農業機械の発達により伝統農具で行われていた畝立て,土上げ作業も技術的に機械化が可能となり,傾斜が緩い,投資に見合う収益がある等の条件が適合する農家では,導入が進められたと考えられた.以上が農法の変化である.

一方,地力再生体系のカヤの施用は緩傾斜地化が進む中でも変化がなく取り入れられており,その理由は,土壌流亡防止以外にも,土づくりの方法として優れていると認められているためであった.

(3) 残された課題

農法の多くは,営農環境の変化や営農志向により変化していくことが確認された.にし阿波地域にて,伝統的な農法が継承されてきたのは,農家が伝統性を評価し意識的に継承してきたわけではなく,その農法が農家の営農志向や栽培環境下においては最適な手法であり続けたため,結果的に残されてきたと捉えられる.そのため,にし阿波の固有な農法のうち,カヤの施用は変わらずに重視され継続されると見込まれる一方で,土上げ,コエグロづくりは,徐々に重要性が低下しつつある.農家主導で動的保全が進められた結果であるが,にし阿波地域では急傾斜地での営農と合わせてこれらの農法がシンボル化されている.農法が変化しつつある現状を踏まえ伝統的な農法の継承をどのように考えるのか,すなわち保全を進める必要性や保全するとなった場合の方法について議論を深める必要があろう.

本研究では,社会経済の変化に継続的に適応した農家を対象に農法の変化傾向を分析したが,事例地域では,自給的農業に転換した農家が相当な割合存在している.農法の変化実態を明らかにするには,自給的農家を含め面的に考察する必要があり,今後の課題として残された.加えて,本研究の結果は,山間部の傾斜地という動的保全の難易度が高いと考えられる伝統的農業システムを対象に得られた結果である.今後は土地条件が異なる事例を対象に分析をすすめ,知見を検証する必要がある.

謝辞

本研究はJSPS科研費22KK0092,23K05430の助成を受けた.

1  2020年農林業センサス.

2  調査対象の選定は,当該地域の農業に精通しているT町GIAHS担当者に依頼した.

3  小型耕運機であり,当該地域では一般的に導入されている.

4  コエグロはカヤを腐らせずに保管する目的で作成するため,カヤ場と農地が近くなり納屋等で保管できるようになると,作る意味が失われる.

5  本研究の対象3農家と合わせて9農家で同様の調査を行ったが,全農家で1960~70年代に耕運機が導入されており当該地域の一般的な状況と考えられる.また,耕運機の扱い方を工夫することにより緩傾斜農地だけでなく急傾斜農地においても使用されていた.

6  調査を行った9農家のうちタバコ栽培からの撤退時の状況が確認できた5農家がカヤ場の放棄や近接化を進めていた.

7  調査を行った9農家のうち納屋での保管が難しい,従来の方法を変えることへの抵抗感から,コエグロを作り続けている農家も4農家確認している.ただし,コエグロを作成する場合も徐々に小型化,簡略化されている.

8  調査を行った9農家のうちタバコ栽培からの撤退時の状況を確認できた5農家全てが,栽培作物の変遷はあるが結果的に自家消費,もしくは少量出荷の自給的農家へ転換していた.

9  T町GIAHS担当者へのヒアリング結果による.

引用文献
 
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