農林業問題研究
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大会講演
みどりの食料システム戦略の実現と有機農業の推進について
松本 賢英
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2025 年 61 巻 1 号 p. 16-19

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Abstract

Activities in agriculture, forestry and fisheries are making negative impacts on the environment in general. To mitigate these impacts, some environmental policies are being enforced in USA, EU and other developed countries. Against this background Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries had implemented the policy of “The MIDORI Strategy” on May, 2021. Current status of organic farming in Japan is far from the goal of “The MIDORI Strategy”. It aims to have 1,000,000ha equipped with organic agricultural techniques, which can be 25% of total arable land in Japan. This strategy has 14 key performance indicators. These indicators are closely related with recent geopolitical risks, which make the market prices of chemical fertilizers, chemical pesticides and some other inputs required by conventional agricultural techniques. Organic agricultural techniques have labor-using technical characteristics. Both the development of suitable technologies made by R & D and the dissemination support made by policy and extension stations must be required in order to overcome these characteristics and dramatically enhance organic farming in Japan.

1. 「みどりの食料システム戦略」の策定

(1) 策定の背景

農林水産業は,地球温暖化の影響を最も受けやすい産業の一つである.近年の顕著な高温等の気象変動による影響で,例えば,リンゴの着色不良や,米の白未熟粒,おうとうの双子果などの被害が拡大している.また,豪雨などの災害も激甚化し,大きな被害を各地に度々もたらすようになってきている.

この要因とされる温暖化効果ガスの世界全体における排出量のうち,農林分野が占める割合は約4分の1であり,農林分野は温室効果ガスを多く排出する分野と認識されている.他方,日本の温室効果ガス排出量のうち,農林分野の占める割合は約4.4パーセントと少ないものの,環境に配慮した農業を一層進めていく必要がある.日本の農業分野からの排出については,ハウスの暖房等による二酸化炭素の排出が約4割,水田土壌の生成菌や家畜の消化管発酵等によるメタンの排出が約4割,家畜排せつ物管理等による一酸化窒素の排出が約2割となっている.

(2) みどりの食料システム戦略の策定

このように農林水産分野が環境に負荷を与えている側面のほか,EUやアメリカにおいても農業生産における環境負荷低減を目指した戦略を策定していること等を踏まえ,農林水産省は令和3年5月に「みどりの食料システム戦略」を策定した.

我が国では,高齢化による農業の担い手の減少が喫緊の課題であることも踏まえ,食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現していくことを目指した戦略となっている.具体的には,2050年までに目指す意欲的な目標に向けて,2030年頃までは既存の技術の普及促進を図り,その後10年程度で革新的な技術や生産体系を順次開発し,その後,速やかに社会実装を行うことで目標を実現する道筋を示している.また,併せて,予算などの政策手法のグリーン化(環境に配慮した経済活動や社会の実現を目的とすること)も推進することとしている.

ところで,みどりの食料システム戦略の実現に向けた取組で特徴的なことは,資材やエネルギー等の調達についても脱炭素化や環境負荷低減を進めていくことが示されたことである.これにより,調達から生産,加工・流通,消費までの食料システム全体にわたってグリーン化を進めることとしている.

さらに,令和6年に四半世紀ぶりに改正された食料・農業・農村基本法では,新たな基本理念として,食料の供給の各段階において環境に負荷を与える側面があることに鑑み,環境と調和のとれた食料システムの確立が明記された.現在,食料・農業・農村基本計画の策定に向けた審議が行われており,こうした理念の具体化や実現に向けた検討が進められている.

2. 有機農業の取組の現状

(1) 有機農業の推進の必要性

①資材の海外依存からの脱却

我が国の肥料原料はほぼ全量を海外からの輸入に依存している.近年の化学肥料価格の高騰のみならず,輸入自体が困難となる懸念がある中,食料の安定供給の観点からも,化学肥料に依存しない有機農業の拡大は重要な政策課題のひとつであると考えられる.

②生物多様性の保全

有機農業が行われている水田では,慣行栽培よりも生物多様性が高いことが確認されている.また,近年,拡大してきている有機農産物の学校給食での活用を機会に,子供たちが環境に配慮した農業に関心を持つとともに,生き物調査等を通じて実際にその効果を体験するなど,持続可能な社会の構築を目指した環境教育の推進も重要な政策課題である.

③国内外の有機食品市場の拡大

海外の有機食品市場は急速に拡大しており,10年間で約2.5倍の規模となっている.国内の市場も拡大傾向にあり,10年間で約1.5倍の規模となった.こうした新たな市場の創出にあわせて,輸出も視野に入れた生産・加工の拡大を図っていくことが必要である.

④農業への新規参入者の関心

新規就農者の就農実態に関する調査によると,過去1年間に土地や資金を独自に調達(相続・贈与等を除く)し,新たに農業経営を開始した経営の責任者及び共同経営者として定義される農業への新規参入者の2~3割の者が有機農業に取り組んでいることがわかる.有機農業の推進のためには,このような新たな人材の確保・定着の観点からも,誰もが有機農業に取り組み易い環境を整備することが必要となっている.

(2) 有機農業の目標と現状

みどりの食料システム戦略では,有機農業の取組面積を2050年までに耕地面積の25%,100万haにまで拡大する目標を掲げている.また,2030年には63,000 haまで拡大することを目標に掲げている.

これに対し,直近の取組面積(2022年の実績)をみると,対前年比3,700 ha増加の30,300 haとなっている.かつては,年間550 ha程度の増加でとどまり,直近の2年間も1,400 ha程度の増加であったことを踏まえると,直近の取組面積の拡大は,みどりの食料システム戦略策定後の様々な取組の効果が表れた結果であると考えられる.

3. 推進に向けた課題と方策

(1) 課題

有機農業の推進について,技術面では,慣行栽培に比べて除草等に労力がかかることが課題となっている.この課題に対して,抑草栽培技術や乗用型の除草機の開発等が進められている.しかし,米,麦,大豆,バレイショ,タマネギ等の一部品目ではその活用が進みつつあるものの,全国的な技術の開発・普及状況は十分とはいいがたい.他方,普及指導員等の公的機関による指導体制や技術の蓄積が十分でないことや,民間の有機指導団体等による有機栽培技術の指導も十分に浸透していないため,技術導入を希望する農業者の誰もが手軽に指導や相談を受けられる環境にまで至っていない.

また,有機農業の経営面では,慣行栽培に比べて,平均単収が9割程度の水準となり,とりわけ有機への転換当初の5年程度はさらに単収が低く(約7割の水準),かつ不安定になることが課題であるといわれている.これらの要因のひとつとしては,土づくりや技術の習得に一定の期間が必要であることが指摘されている.さらに,有機農業に転換後,2年間は有機JAS認証の取得ができないという制度的な側面も,有利販売の実施が難しいなど,有機農業推進の障壁となっている.

さらに,流通・販売面では,有機農産物はロットが小さく,通常の農産物と分けて取り扱う必要があることから,宅配便による配送が行われることが多く,流通コストが一般に高いことが課題であると指摘されている.また,有機農産物の販路拡大にあたっては,環境に配慮して生産された農産物に対する理解増進や,こうした配慮がなされた農産物に関する情報の「見える化」の取組により,積極的に買い支えてもらえる消費者層の形成が期待されている.

(2) 推進方策

①点から面への取組拡大

2030年目標の63,000 haに向けては,より多くの農業者が持続可能な有機農業に取り組み易くするため,個々の農業者による点的な取組から,幅広い有機農業者や関係者が協力した面的な取組への展開を進めていくことが重要である.

このため,みどりの食料システム戦略策定以降,様々な予算事業による支援や新たな法律(みどりの食料システム法)に基づく支援を実施している.中でも,生産から消費までの一貫した取組を市町村長の強いリーダーシップの下に行う「オーガニックビレッジ」が拡大してきている.2022年にスタートして以来,2024年10月時点で129市町村にまで拡大しており,各市町村で地域の状況に応じた様々な取り組みが実践されてきている.2025年に100市町村としていた目標を前倒しで達成したが,今後は200市町村達成に向けて引き続きオーガニックビレッジの取組を支援していきたい.

このように面的な拡大が進む中,地域内での取組にとどまらず,都市部と連携し,学校給食に有機農産物を提供するなどの新たな動きもみられるようになってきた.今後は,市町村内での生産・消費の拡大だけでなく,地域間での連携や,生産者と加工事業者・広域流通事業者との連携促進による,さらなる安定的な販路の拡大も積極的に支援していきたい.

②生産面

有機農業の裾野を拡大するためには,有機農業指導者の育成が重要である.このため,普及指導員等を対象に研修を行い,これまでに延べ1,000名を超える指導者の育成を行ってきた.しかしながら,実際に現場において農業者を指導できるレベルに達する指導員はまだまだ少ない.オーガニックビレッジに取り組む市町村では,有機農業の研修や地域の熟練農業者による指導,民間指導団体の派遣等による指導体制が整いつつあるが,特定の市町村内だけにとどまらない広域での指導体制を整備することが望まれる.このため,都道府県域等で,熟練有機農業者,有機農業指導員,行政,研究機関,JA等が参画の下,技術の体系化・マニュアル化への支援を行い,地域に適した有機栽培体系と指導体制の確立を図り,同時に有機農業指導員のレベルアップも図っていきたい.

有機農業に取り組む農業者への直接的な支援としては,環境保全型農業直接支払交付金による10 a当たり12,000円の支援のほか,有機農業に転換1年目の支援として10 a当たり20,000円の支援を措置している.有機農業については,単収が低く不安定な転換当初の支援を手厚くする必要があると考えており,7年度の予算要求に向けては,環境保全型農業直接支払交付金の単価アップ(12,000円→14,000円)等の支援の拡充を要求している.

また,引き続き,有機農業技術の研究開発に向けたプロジェクトによる栽培技術や機械,品種の開発等を支援している.

③需要面

醤油や味噌等の有機加工品も,輸出や国内での消費が拡大してきているが,原料となる有機麦・大豆の多くが輸入となっている(国産割合:麦25%,大豆7%).このため,加工食品原料の有機国産シェアの拡大に向けて,国産有機原料の生産拡大とともに,生産者と有機加工業者とのマッチングや,新商品の開発等の取組を後押ししていきたい.また,加工・流通体制の整備に向け,有機製パン工場などのニーズに基づいた支援を行うほか,輸出に取り組む事業者に対する有機認証取得等への支援も行っていきたい.

消費拡大に向けては,12月8日の「有機農業の日」に合わせた特別期間(2024年11月18日~12月13日)における学校給食での有機農産物の提供や店舗・ECサイトでの販売促進に賛同いただける事業者等を募り,情報発信や消費拡大を今年初めて行うこととしている.

4. 最後に

令和3年5月に策定したみどりの食料システム戦略では,14のKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)を設定したが,その中でも特に有機農業の意欲的な目標が注目された.現場からは本当に実現できるのかといったご意見をいただくことも多いが,特に一部の有機農業者からは,「やっと有機農業に光が当たり,周りの見る目が変わった.」「多くの関係者が視察に来て,話を聞いてくれるようになった」などとの意見が多くあげられている.

これらの動向については,資材費が高騰するなかで,化学肥料や化学農薬のコスト削減に関心を持つ農業者が増えた面もあるが,何より環境への意識の高まり,あるいは意識せざるを得ない状況へと変わってきたことが背景事情のひとつかもしれないと考えている.

その一方で,除草等に手間暇がかかり,単収の低下や不安定化などのリスクもある中,多くの農業者に有機農業を取り組んでいただくには,技術的な課題も多く残されている.たとえば,慣行栽培では,土壌に必要な化学成分を直接投入し,雑草や害虫,病気等はできる限り排除する手段を取ることが基本とされてきた.一方で,有機農業では,土の力や微生物の活性を最大限活用するとともに,害虫と益虫がバランスよく生息できる環境を維持することで被害をある程度抑えることが基本とされている.この複雑系を科学的に解明するには相当の困難を伴うが,これまでの現場での取り組みでは,有機農業者の経験の積み重ねの上で,実務的に有機農業の栽培技術体系が作り上げられてきたといえる.まさに,現場にこそ有機農業に関する多彩な技術やノウハウが存在しており,それらが引き継がれてきたことが実態であるといえるであろう.

今後の課題としては,これまで以上に研究者がこの複雑系を紐解くことに挑戦し,必要な機械や資材の開発を推進するとともに,誰もが有機農業に取り組むことが可能となるような技術体系を構築し,それらを行政・普及他の関係機関が必要な支援施策によって支えていくことが求められているといえるであろう.

これまでの多くの関係者の取組と努力に感謝しつつ,2030年,2050年の有機農業面積の目標達成を目指して,引き続き多くの方が有機農業に関心を持ち続け,それぞれの分野で取り組みを進めていただけることをお願したい.

 
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