2025 年 61 巻 1 号 p. 20-27
Japan has set a goal of increasing the share of organic farming to 25% of arable land by 2050. However, compared to global trends, the expansion of organic farming has been very slow. Via a case study of Oshima Nojo, Corp., a large-scale rice farming operation, this study examines the expansion process of organic farming to determine the factors that have hindered such expansion and how they have been resolved. Based on this empirical knowledge, issues related to the development of new technologies and policy support necessary for the expansion of organic farming in Japan are discussed. Oshima Nojo, Corp. began organic rice cultivation in 2001, when the term “organic” was not yet common in Japan, for the purpose of product differentiation and high value added. Factors hindering the expansion included long hours of weeding work and labor shortages in production, as well as the need to secure sales channels. In conclusion, an approach involving the development of technologies and policies that promote both production and consumption aspects is important for expanding the spread of organic farming.
2021年5月に「みどりの食料システム戦略」が策定され,我が国における食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現するという方向性が示された.その中の一取組として,有機農業の拡大がある.普及に関する数値目標を見ると,全耕地面積に占める有機農業の割合を,2030年までに1%(6.3万ha),2050年までに25%(100万ha)にするとしている(農林水産省,2021).
しかし,我が国の有機農業を俯瞰すると,世界の有機農業面積が2011年から2021年までの10年間で206%拡大したのに対し,我が国は37%の拡大にとどまっており,遅々として進んでいない実情がある(農林水産省,2024b;Willer and Schlatter, 2024).この要因について,胡(2015,2024)は,有機食品市場の市場駆動力が不十分であること,有機JAS認証の負担感,「有機農業は多労的である」という既成観念・先入観が農法転換を妨げている等を挙げている.ただし,高水準の技術力・経営力を有した先進的経営が登場しているのも確かな事実であり,有機農業は一部の生産者・消費者による運動論的段階から技術・経営の社会実装段階に入っているといえよう(胡,2021,2022).
ここで我が国の農業界全体を見ると,認定農業者,集落営農,農業法人といった経営の存在感が増しており,担い手へ農地の集積が進んでいる.従って,有機農業の拡大を考える上で,農業生産の中心的役割を果たすこれら経営が,どのように有機農業を採用し,どのような経緯で面的拡大を遂げてきたのかを整理することは重要である.
そこで,本報告では茨城県筑西市の大規模稲作経営である株式会社大嶋農場を事例に,有機農業の拡大過程を整理したうえで,どのような要素が規模拡大を阻害し,それらに対してどのように対応してきたのかを確認する.こうした経験知をもとに実践的な視点で,我が国の有機農業の拡大に求められる新技術開発や政策的サポートについて課題を共有したい.
本報告は以下のように構成される.第2節では大嶋農場の概況を説明する.続く,第3節では大嶋農場の現社長・康司氏が就農してから現在に至るまでの有機栽培の展開過程及び,2030年頃までの経営の展望について整理する.第4節では大嶋農場における有機栽培史より得られた知見をもとに,有機農業拡大に求められる技術開発・政策的サポートについての課題の共有や若干の提言を行う.最終の第5節では本報告を総括する.
株式会社大嶋農場は,茨城県筑西市を中心にコメを生産する稲作単一経営である.2024年10月時点の経営面積は約35 haであり,稲作経営の全国平均1.5 haを大きく上回る大規模な経営といえる.現社長は大嶋康司氏で,康司氏を含め役員3名,従業員3名が在籍している.米生産部門の他に,味噌や米糀を作る加工部門,有志の農家から米を仕入れ中食外食企業に販売を行う流通部門を有する.
大嶋農場の特徴は,種子用米の生産を中心としている点にあり,約20 haの圃場で食用・加工用・鑑賞用米の約60品種にも及ぶ種子を栽培している.残りの圃場で食用米を生産しており,茨城県の特別栽培米が約7ha,有機JAS認証圃場が約6 haの構成となっている(2023年度).品種別の栽培面積を見るとミルキークイーンの約5 haが最も多く,大嶋農場の主力品種となっている(鈴村ら,2024).
公式オンラインショップでの2024年産ミルキークイーンの1 kg販売単価を見ると,特別栽培米で744円,有機JAS米で990円,種子用米で1,122円,有機JAS種子用米で1,628円となっている.ここから,食用米と比較して種子用米は高単価であることだけでなく,食用米だけを見ても市場価格と比較して高値で販売されていることが分かる.
本節では,大嶋農場における有機栽培の展開過程について,5つのフェーズに分けて整理していく(図1).その中で,各フェーズにおいて,どのような技術的・経営的課題が発生し,どのように対処してきたのかを確認していく.
大嶋農場における経営面積および有機面積の推移
資料:有機面積の推移は筆者ら,経営面積の推移は鈴村ら(2024)を参照に作成.
1981年4月,現社長である康司氏が大学卒業と同時に就農した.当時の経営面積は4.2 haであり,稲作以外に,ブロイラー8万羽を飼養していた.就農当時は,規制緩和が進められてはいたものの,食管制度によって米生産者は守られており,経営的な不安感はなかった.
そのような中で,1993年,冷夏を背景とする全国的な大凶作となり,作況指数は76にまで落ち込んだ.その結果,店頭から米がなくなり,同年の茨城県産コシヒカリの価格は前年比で2.6倍にまで高騰した.しかし,その翌年には米価も直ぐに落ち着き,以後,断続的に下落を始めた.急激な価格変動と米価の先行き不安は,稲作経営体である大嶋農場にとって大きな課題となった.これに対して,製品差別化,高付加価値化できる方法を模索し,康司氏が経営を継承した2000年に,現在の大嶋農場の主力品種であるミルキークイーン,種子用米の生産,そして翌2001年に,有機栽培を開始した.
康司氏が様々ある経営戦略の一手として有機栽培を選択したのは,第三者による生産工程の検査・認証や商品表示がJAS法によって明確に制度化されており,有機JASマークによって消費者が有機農産物を正確に認知,選択できることに利点を感じたためである.
(2) 有機生産・販売体系の基礎構築(2001–2013)2001年8月に有機JAS認証を田1.2 haで取得したが,生産・販売の両面で様々な課題を抱えることとなる.
まず生産面では,除草が最大の障害となった.有機栽培では化学農薬を使用することができない.そのため,除草にかかる労働時間が増大するとされており,府県の有機稲作経営における除草労働時間は慣行栽培の5.4倍程度といわれる1.除草の程度は収量に影響するため,少ない労働投入で効率的に除草できる栽培技術が求められる.とりわけ,大嶋農場で問題となったのが,株間の除草であった.有機栽培を開始した当初から丸山製作所製の5条タイプ自走式除草機を採用し,田植え機の作業方向に走らせていた.しかし,この方法では株間の除草がうまくいかず,除草機の通らない部分は手取りで作業するしかなかった.
そこで,康司氏は講習会や全国の有機農家の視察を通じて様々な情報の収集し,米ぬか,クズ大豆,チェーン除草,乗用田植機の除草機アタッチメント等,多くの技術を試用した.しかし,どの方法も望んでいた効果が十分に得られなかった.思案に明け暮れていた2008年頃,親戚宅周辺を歩いていると,枕地まで碁盤の目のように揃った圃場を見つけた.その時に,株間,条間共に均一な田植え(両正条植え)をすれば除草機を縦横両方向に走らせることでき,除草作業の効率が格段に向上することに気づく.圃場の持ち主に植え付け方法を尋ねたところ,坪37株植えの田植機を使用することで,縦横約30 cm間隔で植え付けが可能になることを知った.以後,除草作業を念頭に置いて栽植密度37株/坪の田植機採用することで,効率的な機械除草体系を確立した(図2).
除草体系のイメージ
資料:農林水産省(2024c)を加工し作成.
1)矢印破線は除草機の作業方向を示している.
2)大嶋農場では,図中右側のような作業体系である.GPS直行アシスト付坪37株植えの田植え機を使用することで,若干のずれは生じるものの,株間・条間が等間隔で列状に揃う両正条植えを実現している.
生産面に関する次の課題として,労働力確保があげられる.有機栽培を開始した2001年頃は,経営面積が7.5 haで,役員2名,従業員1名の体制であった.経営面積は2003年9ha,2005年10.5ha,2013年16 haと徐々に拡大していった.さらに,先述の通り,生産内容も一般の稲作経営とは異なり,有機栽培,種子用米栽培といった,労働集約的かつ高度な栽培管理能力を要する経営形態であるため,高い能力を持った労働力の確保は重要課題となった.
そこで,新農業人フェアや,求人サイト,康司氏の出身校の校友会コネクションといった様々なチャネルを通じて求人を実施した.ただし,頭数を揃えるのを最優先とせず,有機栽培や種子用米生産という特殊な作業があることを伝え,就労後のミスマッチを防ぐような採用を心がけている.また,高度な生産管理能力を求める対価として,報酬,福利厚生は好待遇にしている.例えば,年収は年齢(万円)×18カ月分を目標に設定している2ほか,自社で生産した米を120 kg譲与することで,生産のモチベーション維持を図っている.このように,高い能力を有した人材の採用に力を入れつつ,その人材の流出を防ぐための労働環境整備を進めることで,2009年頃に1名,2013年頃に1名を新規採用した.
生産面における最後の課題として,周辺農家の目がある.一般に有機栽培では化学農薬を使用しないため,慣行栽培と比較して病害虫のリスクがある.この被害が自身の圃場に及ぶことを危惧する周辺慣行農家から快く思われないケースがある.大嶋農場の場合は,雑草が残った圃場の見た目が悪いことが一部周辺農家の評判を落としていた.また,地域単位の防除を実施する際に,有機圃場の除外を依頼したところ,コミュニケーションに行き違いがありコンフリクトが発生した事案もあった.
周辺農家からの評判回復に対して経営者が能動的に取り組めることはほとんどない.大嶋農場の場合,日々の誠実な経営努力3を周囲に長年見せ続けることで,時間をかけて理解を得てきた.また,近年では周辺地域の経営主の代替わりが進行しており,若い経営者程,有機農業に対して寛容な印象を持っている傾向がある.
次に,販売面については,有機栽培米の売り先がないことが大きな課題であった.2001年に有機栽培を開始したものの,有機食品市場が十分に形成されておらず,生産物の出荷先が非常に限られていた.当初は,有機・特別栽培米を専門に扱う米穀卸業者や,都内の中小規模の米屋を中心に販売をしていたが,初年度は過剰在庫を抱えてしまった.そのため,翌年度産有機栽培米の販売価格に響かないように,特別栽培米としてラベリングして格下げ販売することで在庫を捌いた.
有機栽培米の販売数量を増やすために,大嶋農場では,都内の中小規模の米屋を中心にコネクションを広げていった.中小規模の米屋の場合,社長と直接顔の見える取引ができるため,安定的で持続的な取引関係を構築しやすいという利点がある.その他にも,知人や取引先の紹介等を通じて新たに販路を広げていった.さらに,2006年に第一回が開催されたアグリフードEXPO(主催:日本政策金融公庫)にも継続して参加し新規の取引先を着実に増やしていった.また,「百笑米」ブランドとして商標登録したほか,デザイナーが作成したパッケージ(図3)を使用するなど,ブランディングにも注力した.以上の取組から,都内を中心とする中小米屋,米穀卸業者,農産物直売所,百貨店,自社ECやイベントでの消費者直販などの販路拡大を実現した.
「百笑米」ブランドのパッケージ
資料:百笑米オンラインショップ(大嶋農場)より
1)写真は有機栽培ミルキークイーン10 kgのもの.
2)「百笑米」は栽培方法に関わらず,大嶋農場が生産する食用米に使用している.
この期間では,除草作業の効率化や,求人・労働環境整備,販路の拡大などを通じて,有機栽培・販売体系の基礎を構築してきた.その結果,2001年に1.2 haで始まった有機栽培面積は2013年時点で9 haにまで拡大したほか,経営全体の面積についても7.5 haから16 haにまで成長した.
(3) 拡大への挑戦と障壁(2013–2018)順調に経営規模を拡大してきた大嶋農場であったが,以下の課題が依然として残存し,新たな問題を引き起こしていた.
まず,生産面については労働力のひっ迫である.2013年頃は役員2名,従業員3名で有機栽培9 haを管理していた.更に,経営面積は2013年~2018年の期間に6 ha増加し,全体で22 haの経営になっていた.繰り返しになるが,有機栽培は慣行栽培と比較して作業時間が多い.更に,種子用米生産についても栽培に係る労働時間が慣行食用米の1.5倍程度とされており,労働集約的であるといえる(藤井・鴨下,2024).大嶋農場の場合,多品種の種子用米を生産していることから,コンタミネーションには細心の注意を払って作業をする必要がある.例えば,異なる品種を収穫する際は,毎回コンバインの分解・清掃を6~7時間かけて行っている.労働力のひっ迫に対して,大嶋農場では求人と労働環境の整備を継続してきたが,この期間に新たな労働力の確保にはつながらず,労働力不足の解消には至らなかった.
他方,販売面についても,依然として販路の確保が課題となっていた.販売単価を下げれば売り先の選択肢は増えるが,経営の持続性を考えると,再生産価格で取引できる販路を確保する必要がある.商談会への参加や,中小米屋を中心に新規販路の開拓に努めていたが,思うような結果が得られず,有機栽培米の在庫が過剰気味になり始めた.
このように,生産面では労働力がひっ迫しているにも関わらず,販売面では有機栽培米が売れずに在庫になっている状態が続いた.結果,従業員の身体的疲弊感や生産モチベーションの低下といった新たな問題が発生した.これらは,従業員の離職リスクを高める原因となるため,早急な対策を要する.そこで,大嶋農場では,2018年頃に有機栽培面積を9 haから6 haに縮小させた.更に,作業量の削減や労働環境整備等を目的にブロイラー部門も廃止した4.消極的な対処ではあるが,労働力のひっ迫状態は一時的に緩和され,有機栽培米も過剰在庫を抱えることがなくなった.この期では結果として有機栽培の規模を縮小させることにはなったものの,現経営環境における有機栽培規模の限界を知ることができたという学習効果もあった.所謂,オーバーエクステンション戦略の一種といえよう(橋口ら,2005).
(4) 生産安定と再挑戦(2018–2024)有機栽培面積の縮小や,ブロイラー部門の廃止によって経営に若干の余裕が生まれたが,依然として労働力の確保と販路の拡大は大嶋農場にとって大きな課題であった.この期においても,経営面積は依然として拡大を続け,2018年頃の22 haから2024年10月時点で35 haになっている.一人でも従業員が離職すると,作業が回らなくなるため,引き続き求人と労働環境の整備を継続していた.
その中で,2019年に証券会社に勤めていた康司氏の次男が就農し,2024年より役員となった.これに伴い,継承を前提とした長期的な経営計画の策定が可能となり,これまで控えていた設備更新や新技術導入を進める契機となった.その結果,作業場や事務所の改築に加え,2023年にオーレック社製の乗用型除草機weed man(8条),2024年にはホバークラフト型ラジコン除草機の導入が実現した.特に,乗用型やラジコン型の除草機導入は,除草に係る労働時間の削減を実現し,生産効率の向上に期待が持てる.
他方,販売面においても引き続き商談会への参加等を通じて販路の拡大に注力していた.その中で,日本酒を生産する酒造会社と有機酒造好適米の取引を新たに開始した.2022年10月にJAS法が改正され,有機酒類に有機JASマークを表示できるようになった5ため,新規需要の拡大に期待が持てる.有機日本酒を生産する酒造会社の数は限られてはいるものの,酒造会社の仕込み樽サイズの関係で,最低契約ロットが大きいこと,酒造好適米は食用米と比較して高単価で取引されることが多いというメリットがある.
(5) 規模拡大から質の向上(2024–)前期(2018–2024)に,後継者の確保や,除草における省力化技術の導入,酒造会社との取引開始等によって,再び有機栽培面積の拡大に向けた要件が整い始めている.これからの大嶋農場における経営方針は以下の通りである.
まず,生産面について,経営面積は拡大を続けると想定される.高齢化や後継者不在を背景として,大嶋農場に農地が集積し続けており,その勢いは年々加速している.2024年10月現在で35 haある経営面積は,この先5年で50 haにまで達すると康司氏は予想している.既に2025年には4 ha増加することが決まっている.ただし現時点で,50 ha以上の拡大は考えていない.その理由として,大嶋農場では経営面積10 haにつき1名を目安に労働力の確保をしており,農業生産に携わる現有の労働力が5名であることを考慮すると50 haが限界水準となるためである.また,従業員の離職リスクや康司氏の引退を考慮すると,1名分の余裕を持たせた労働力確保を理想としている.既に,2025年には1名追加で採用することが決まっている.
経営面積が50 haとなった場合,有機栽培面積は10 haまでに広げることを予定しており,2026年に1ha,2027年に0.5 haの圃場で新たに有機JAS認証を取得する方針である.一度は有機栽培面積を縮小したにも関わらず,再拡大する理由として,先述の通り,労働力,後継者確保に目途が立ったこと,省力化技術の導入が実現したことに加え,後に述べる,販路拡大への期待があげられる.
その他にも,有機農地の自作地化を進めている.慣行圃場を有機圃場に転換するためには,有機的管理の下で2年の転換期間を費やし,3年目に初めて有機農産物を販売することができる.また,認証の際には有機登録認証機関への認定料を支払う必要がある他,認証を維持するために必要な年1回以上の監査に係る費用を支払わなければならない.即ち,時間的・費用的コストを負う必要がある.もし有機栽培を借地で行っており,その借地契約が更新できなくなった場合,認証に係る費用がサンクコストになり得る6.このリスクを回避するために,大嶋農場では有機圃場の自作地率100%を目指しており,現状,ほとんどの有機圃場が自作地となっている.また,有機以外の圃場についても,条件のよい圃場への借り換えを通じて作業効率の向上を目指している.
販売面に関しては,中食・外食消費に向けた有機栽培米販路開拓があげられる.我が国の慣行米を含む米全体の消費を見ると,家庭内食が66.8%,中食・外食が33.2%となっており(2023年度),食の簡便化志向の強まりから中食・外食が占める割合は依然,増加傾向にある(農林水産省,2024a).即ち,有機栽培米についても,縮小している家庭内食向けの生産に代わって,伸びしろのある中食・外食向けの販路展開が考えられる.実際,大手スーパーマーケットチェーンで有機栽培米を使用した惣菜弁当を販売している事例が確認されている.現状,大嶋農場では有機栽培米の契約はないものの,2021年から中食・外食の大手企業との慣行米取引は実施しており,こうした実績を活かしながら,将来的には家庭内食以外の有機栽培米市場を開拓することを目標としている.また,酒造会社向けの有機酒造好適米についても販路拡大を図っていく.
ここまで,大嶋農場における有機農業の経営展開過程について整理してきた(図4).有機栽培面積の拡大にとって特に阻害要因となっているものは,除草と労働力,販路の確保であった.これらの現場知を踏まえて,我が国における有機農業の面的拡大に必要な技術や,政策的サポートについて考察する.
大嶋農場における有機栽培の展開
資料:筆者ら作成.
まず技術開発によって解消が期待できる要素として,除草の効率化が挙げられる.大嶋農場において病害虫の防除は,圃場の風通しや施肥量の調整等によって対処することができているため,取り立てて大きな問題とはならなかった.その一方で,20年以上の有機栽培史に一貫して,除草とそれを原因とする作業量の増加,労働力不足の問題が生じている.この対処として,様々な技術を試行し,既存の技術(自走式除草機と栽植密度37株/坪の田植機)を組み合わせた除草体系を確立してきた.その成果もあり,効率的な除草が可能となっているが,依然として手取りによる除草作業が残存している.大嶋農場にとっては,後述する販路確保が規模拡大を阻害する要素として大きいため,技術開発に対する優先度は高くはない.ただし,革新的な除草技術の開発が進めば,単位当たりの労働投入量の削減につながり,大嶋農場が示す経営上限面積50 haを超えた農地で生産が実現する可能性がある.
(2) 求められる政策的サポート大嶋農場の有機栽培面積拡大を阻害してきた最大の障壁は販路の確保であった.大嶋農場では,常に売り先を見据えた有機農業生産を行ってきた.そのため,再生産価格での取引が見込まれない場合は,有機生産量を縮小させるなどの対応をしている.即ち,有機食品市場が十分に確保できないままに,有機生産量の拡大を推し進めるのは困難だといえよう.実際,有機農業の先進地であるデンマークにおいても,市場が脆弱な状態で急速に有機転換が進められた結果,過剰生産,有機農産物の価格プレミアム低下を招き,一部生産者が慣行農業へ再転換してしまう揺り戻しを経験している(浅井,2024).
ここで改めて,国内の有機農業に関する政策を見ると,みどりの食料システム戦略のKPIでは,2050年までに,オーガニック市場を拡大しつつ,耕地面積に占める有機農業の割合を25%(100万ha)に拡大することを目指す(農林水産省,2021)としている.また,有機農業の産地形成を目指すオーガニックビレッジ事業を実施する市町村の具体的な取組内容を見ると,地域内外の食品加工会社との連携,有機食材を使用した学校給食の導入などへのサポートや仕組みづくりがなされている.このように,生産のみでなく実需者や消費者の需要を喚起し,有機食品市場を拡大する政策の重要性が,大嶋農場の事例を通じて改めて確認できる.
また,有機栽培に関わらず,人材の確保は農業界全体の重要課題である.農業人材の確保に関する政策提言は本報告の範疇を大きく超えるが,農業・農村に対する理解・関心を促進し,就業先の一つとして農業が選ばれるような社会を構築することが求められるだろう.
本報告では,有機稲作の規模拡大を志向した大嶋農場における経営展開過程を整理したうえで,実践的な視点で,有機農業の拡大に求められる新技術開発や政策的サポートについて考察した.
大嶋農場では,製品差別化・高付加価値化を目的に,「有機」や「オーガニック」という言葉がまだ一般的でなかった2001年に,いち早く有機稲作栽培を開始し,試行錯誤の中で規模拡大を遂げてきた.有機稲作栽培の規模拡大を阻害する要因としては,生産面では除草や労働力不足が,販売面では販路の確保が挙げられた.ただし,除草などの生産技術面での課題は,既存の経営資源・経営者能力によってある程度クリアすることができた.その一方で,販売面の課題については一生産者が個別で対処するのは困難であり,社会全体での取組が求められる.有機農業を普及拡大していくためには,生産と消費の両輪でアプローチしていくことが重要であると結論付ける.
本報告は,有機農業を中心に分析してきた一方で,その他の生産部門との関係性については十分に言及できていない.大嶋農場の場合,特に主力部門である種子用米生産があったからこそ,有機栽培を継続,発展できたという一面もある.経営内において有機農業をどのように位置づけ,持続可能な経営を実現していくのかについては,引き続き議論を続ける必要があるだろう.以上を今後の課題としたい.