This study explored the characteristics of personnel in the early phase of the Farm Stay Secretariat, and investigated the actual situation during its establishment and the abilities demonstrated by its personnel at that time. The following seven abilities were identified as necessary: ① Leading stakeholders through goal setting, ② Building a collaborative system with related parties, ③ Developing sales skills to acquire users, ④ Acquiring farm stay operators ⑤ Gathering information, ⑥ Responding flexibly to business needs, and ⑦ Performing clerical tasks. The manner of application of these abilities was analyzed based on the talent portfolio. The results indicated that, during that period, it was necessary to have executive personnel who demonstrated abilities ① and ⑤ to guide the region toward a unified goal, as well as management personnel who exhibited abilities ③ to ⑦ to achieve the goal set by the executive personnel.
近年,農村地域では人口流出により農地や地域文化の維持が困難になっている.その対応策の一つとして,農家の副次的な収益の確保や空き家の活用,農業体験を通した地域資源の魅力発信の有用な手段となる農泊やグリーンツーリズム(以下,GTとする)が注目されている.
なかでも,1990年代にGTに関連する施策が推進されて以降,農泊推進地域として656地域が採択されるなど(農林水産省,2024),農村地域の家庭に宿泊し,農村や農業の暮らしを体験する体験型教育旅行やインバウンドを農村家庭で受入れる農泊の取り組みが拡大している.このように農泊の取り組みが拡大する一方で,体験型教育旅行の受入については,農村家庭1軒では対応が困難であり,地域一体となった取り組みの推進が不可欠である.
そのためには,事業者の確保役や事業者と利用者間での日程調整役,事業者間の連携や目標共有を促すなどのとりまとめ役といったさまざまな役割を果たす事務局が必要である.
(2) 既往研究このような農泊の事務局に関する研究は,これまでもいくらかなされている.人材に着目し研究したものには河村他(2017)がある.この研究では,農家民宿群の形成過程におけるリーダー的人材の役割を明らかにしている.また,佐藤他(2001)は地域づくり的活動を先導するリーダー層の役割や参加する地域住民の質を明らかにするため,岩手県東磐井群室根村J地区を対象に調査を行った結果,地域づくりの多くが優秀なリーダーの存在を必要条件とすることを指摘している.他にも,田平(2005)によって農村のまちづくりにはコーディネーターの活用が不可欠であるであることを明らかにされている.
一方で,農泊に取り組む家庭を取りまとめ,継続的な推進を可能にする事務局組織を対象とした研究も見られる.農泊における事務局組織の担い手に関する既往研究としては,田村・牧山(2002)がある.田村・牧山はGT活動が長期継続している事例を対象に,行政や代表者,地域住民への調査を行い,運営組織のリーダーには信頼や統率力が必要であることを明らかにしている.
また,農泊事務局の運営方法に関する研究には加藤他(2015)がある.ここでは,民泊の受入組織が民泊サービスの商品特性を把握し,受入環境を整え,運営方針を設定する重要性を指摘している.大學・納口(2021)は,事務局組織と地方行政との関係性に着目し,業務や人材,資金の観点から地域経営型農泊の理想的な事務局運営を明らかにしていた.
しかし,いずれも既に事務局として機能している事例を対象とし,事務局の継続的な運営に求められるリーダー人材の役割は明らかにしているが,事務局組織の設立期に着目し,組織運営に求められる人材の能力や特性を明らかにした研究は見られない.
(3) 目的と課題そこで本研究では,農泊の取り組みを推進する事務局の設立過程を明らかにすることを目的に,設立期の事務局の実態および事務局を担う人材が果たす能力から,事務局を担う人材の特性を明らかにすることを課題とする.農泊事務局の設立期の実態および求められる人材像を明らかにした研究はなく,新規性が高いことに加え,地域社会への貢献度も高い.
なお,本研究では,農村地域の農業や文化,伝統など暮らしの体験を提供する宿泊事業者のことを農泊事業者と定義している.
上記の目的および課題に接近するため,農泊事務局の設立期に勤務していた職員を対象に,聞き取り調査を実施した.調査内容は,設立期の職員が携わっていた事業内容および組織で果たしていた役割等である.それらの調査結果に基づき,設立期の事務局の実態と人材が発揮した能力を明らかにする.
また,人材の特性を明らかにするため,下野他(2022)が示す人材ポートフォリオを援用し,チームとして成果を発揮していたのか,個人としての成果を発揮していたのかを縦軸に,新しい価値を創造していたのか,既存の手法を運用していたのかを横軸に設定し,能力ごとに分類する.なお,下野他(2022)が示す人材ポートフォリオは,人材の質的側面を優れた成果を創出する個人の行動特性を指すコンピテンシーや,特定の業務の遂行に必要な技術や知識,経験などの組み合わせを指すスキルセットに基づいた縦軸と横軸で整理し,図1の各象限にあてはめることで人材の充足状況を可視化するものであり,企業における人材特性の把握に用いられる.本研究で対象とする農泊事務局も,企業と同様の活動を行っているため,人材ポートフォリオが援用可能であり,設立期の農泊事務局人材の特徴の分析により,事務局設立の促進につながると考えた.
人材ポートフォリオ
資料:下野他(2022)より筆者作成
調査は,「農泊」の言葉の発祥の地であり,先進事例である安心院町と,人口が最も少ない県であり,高齢化や人口減少の対応策として鳥取県で農泊を推進している南部町および倉吉市,佐治町の3市町における農泊事務局を対象とした.調査は2022年5月から2024年7月にかけて行っている.
具体的には,2023年8月に安心院町のNPO法人安心院町グリーンツーリズム研究会(以下,安心院町GT研究会とする)会長A氏と2023年11月に事務局の設立期に貢献した元事務局員B氏の聞き取り調査を行った.南部町では,2022年8月に南部町観光協会のC氏,2022年5月に南部町農泊推進協議会会長のD氏に聞き取り調査を行った.倉吉市では,2024年7月に倉吉市体験型修学旅行誘致協議会のE氏と2024年9月に立ち上げ期の初代事務局員であるF氏を対象に聞き取り調査を行った.佐治町では,2024年7月に一般社団法人五しの里さじ地域協議会会長のG氏に聞き取り調査を行った.
安心院町GT研究会は,県主催の勉強会をきっかけに,農業者の副次的な収益の確保や空き家の活用,農業の衰退防止を目的にA氏が中心となり1996年3月に発足した.現在の事務局員数は2名,事業者軒数は29軒である.体験型教育旅行の年間の受入件数は10件,利用者数は8,500人程度である.
安心院町GT研究会における業務内容は,農泊事業者の統括やグリーンツーリズム実践大学の開催,農泊事業者軒数の確保,日程調整や外部対応がある.グリーンツーリズム実践大学は事業者との目標の共有や事業者のスキルアップを目的としており,参加度合いに応じて表彰されるなど,事業者の士気を高める仕組みとなっていた.外部対応では講演会やインタビュー,利用経験のある学校に挨拶回りを行い,体験型教育旅行の受入確保に取組んでいた.
南部町観光協会は南部町農泊推進協議会から事務局業務を任された組織である.なお,南部町農泊推進協議会はD氏を含む住民4名が2018年に設立した組織であり,滞在型の観光から関係人口を創出し,地域維持を図ることを目的としている.南部町観光協会の現在の事務局員数は2名,事業者軒数は8軒である.体験型教育旅行の受入実績はないが,年間の利用件数は30組,利用者数は50名程度である.
南部町観光協会の業務内容として日程調整や事業者軒数の確保,事業者の実情把握や書類関係の事務処理などがある.この地域では体験型教育旅行の受入を目標としており,農泊視察の際に得た情報をもとに,受入時に備えた統一メニューがつくられている.この農泊視察は事業者全員が参加している.しかし,南部町観光協会は南部町役場の管轄であるため他業務との両立が難しく,休日や深夜対応はとられていない.南部町観光協会の営業時間外の対応は事業者が直接行っている.
倉吉市体験型修学旅行誘致協議会は,農泊事業を推進した市役所職員とF氏含む地域住民の有志が中心となり,農村地域の生活を維持し,都市農村交流による過疎への対応や,地域住民の副収入の確保を目的に,2007年に設立された.農村生活体験部会と農家民泊体験部会があり,2017年までは日帰り体験の受入が中心であったが,鳥取県観光連盟と連携した誘致活動により2018年に関西5校からの農泊を受入れた.この時期から農泊の受入が主軸となっている.現在の事務局員は1名,事業者軒数は60軒である.年間の体験型教育旅行の受入件数は6件,利用者数は800人である.
倉吉市体験型教育旅行誘致協議会の業務内容には,チラシやホームページ(以下,HPとする)の作成,農泊事業者軒数の確保や事業者の実情把握,日程調整や市役所職員や観光関連の団体など他団体との良好な関係の構築,書類関係の事務処理などがある.
五しの里さじ地域協議会は,高齢化による人口減少や若者流出に対応するため,2008年に発足した.当時は行政からの提案を受けた株式会社さじ弐壱が業務の一環として事務局を担当していた.しかし,時間がかかることと見込める利益が少ない事業であったこと,他業務との両立が困難であったことから,現在の一般社団法人五しの里さじ地域協議会会長であるG氏が会長の任を受けた2019年に法人化するに至った.現在の事務局員数は2名1,地域内事業者軒数は35軒である2.年間の体験型教育旅行の受入件数は13件,利用者数は750人である.
事務局業務として,農泊事業者軒数の確保や農泊事業者の目標の統一,営業や事業者向けの講習会,会議の開催や日程調整,体験型教育旅行受入時の体験事業の監督などがある.また,この組織と連携する団体として鳥取県の放送局や市役所,県庁,観光連盟,大学組織がある.市役所職員や県職員,観光連盟から情報を入手し,体験型教育旅行の受入先としての営業を行っている.なお,一般社団法人五しの里さじ地域協議会と倉吉市体験型修学旅行誘致協議会は定期的に情報の共有が行われていた.
(2) 設立期の事務局人材の概要設立期の事務局人材の概要は表1のとおりである.
設立期の事務局人材の概要
関与していた事務局 | 安心院町GT研究会 | 南部町 | ||
---|---|---|---|---|
南部町観光協会 | 南部町農泊推進協議会 | |||
人材 | A氏 | B氏 | C氏 | D氏 |
関与していた期間 | 1996~ | 2005~2014 | 2018~ | 2018~ |
出身地域 | 大分県宇佐市 | 福岡県 | 兵庫県 | 鳥取県南部町 |
業務内容(共通) | ・外部対応 ・他地域の視察による情報収集 |
・他地域の視察による情報収集 | ||
業務内容(それぞれ) | ・実験的農泊の実践 ・外部主体との良好な関係性の構築 ・資金調達 ・事業者の実情把握 ・定例会の開催(B氏参入前) ・事務処理,日程調整(B氏参入前) |
・農泊事業者の確保 ・地域住民との良好な関係性の構築 ・グリーンツーリズム実践大学の開催 ・体験型教育旅行受入時の事業者への注意喚起 ・受入時の有事の際の対応 ・事務処理,日程調整 |
・農泊事業者の確保 ・事業者や地域住民の実情把握 ・日程調整,事務処理 ・HPの作成 |
・協議会の設立 ・農泊事業者確保のための近隣住民への声かけ ・農泊に関わる主体を対象とした会議の開催 ・地域住民との良好な関係性の構築 |
関与していた事務局 | 倉吉市体験型教育旅行誘致協議会 | 五しの里さじ地域協議会 | |
---|---|---|---|
人材 | E氏 | F氏 | G氏 |
関与していた期間 | 2016~ | 2007~2019 | 2008~ |
出身地域 | 鳥取県倉吉市 | 鳥取県倉吉市 | 鳥取県鳥取市佐治町 |
業務内容(共通) | ・農泊事業者の確保 ・事業者の実情把握 ・資金調達 ・他地域の視察による情報収集 ・日程調整,事務処理 |
・協議会の法人化 ・農泊事業者の確保 ・他地域の視察による情報収集 ・事業者や地域住民の実情把握 ・外部の主体との良好な関係性の構築 ・県や市,鳥取県の放送局に対する受入確保のための声かけ ・外部対応 ・定期的な意見交換会や研修会の開催 ・有事の際の対応 ・事業者の過失による問題発生時の認識の共有 |
|
業務内容(それぞれ) | ・受入時の有事の際の対応 ・事業者との認識の相違が生じたときの話し合い ・チラシやHPの作成 |
・モニターツアーの実施 ・地域住民との良好な関係性の構築 ・地域内の小,中学校や農業委員会に対する受入誘致のための声かけ ・事業者向けの交流会の開催 ・受入時の有事の際の対応(E氏が対応困難の場合) |
資料:聞き取り調査より筆者作成
A氏は安心院町に隣接する長洲町からブドウ農家となるため参入しており,事務局の設立期は農業者かつ直売所業務に取り組んでいた.安心院町GT研究会発足後,A氏が地域住民に協力を仰いだ結果,それに賛同した8軒により1996年の9月に実験的に農泊に取組むこととなった.
A氏の役割は事業者となり得る家庭を見極めることと,事務局員や農泊事業者に対する目標の提示,グリーンツーリズム実践大学の前身となる定例会の開催や,地元の新聞社や市役所職員,地方議員や町長などとの良好な関係を構築することである.B氏が参入する前は日程調整や外部対応,書類関係の事務処理もA氏が行っていた.A氏は農泊事業者として登録されている.
A氏は県職員や町長,市役所職員と良好な関係性を構築しており,B氏参入前は市役所職員による運営の補佐があり,設立期にはその関係性を活かして補助金を獲得している.A氏は町長や事業者とともに海外の農泊地域の視察に赴き,情報を得ていた.
B氏は参入前,学生時に安心院町で研究を行った後,福岡県にある観光や地域づくりなどを推進する一般社団法人で勤めていた.B氏はA氏が熱心に参画を促したことにより,事務局員となるに至った.B氏は地域外からの参入であり,農泊を推進する目的としては「安心院への恩返し」と「世界一の貧乏」であるという業務や地域への愛着が強かった.安心院町GT研究会における業務内容は,農泊事業者の統括や事業者向けの研修会であるグリーンツーリズム実践大学の開催や農泊事業者軒数の確保,日程調整や外部対応がある.グリーンツーリズム実践大学はB氏が参入したことを契機に2005年に開校した.
B氏はA氏の掲げる目標に賛同し,実務を遂行していた.受入時の有事の際は事務局員であるB氏の携帯に繋がるようになっており,24時間体制で対応していた.B氏が担っていた役割として,農泊事業者軒数の確保や事務作業,日程調整や外部対応,グリーンツーリズム実践大学の開催による農泊事業者向けの学びの場を設けることや体験型教育旅行受入時における事業者への注意喚起があった.なお,講演会やインタビューは内容に応じてA氏やB氏,事業者が対応していた.
B氏は事業者や一般家庭の実情把握のために各家庭を回り,料理好きな家庭では積極的に一緒に食事をとるなど,親族のように接していた.ただし,日程調整も事務局が行うため,事業者間で受入件数の偏りが生じる等,事業者からの不満につながらないようにどの事業者とも公平に接していた.また,受け入れ窓口であるため,リピーターとなるようにと利用者にも誠実な対応を心がけていた.
2) 南部町南部町観光協会のC氏は日程調整や事業者軒数の確保,事業者の実情把握や宿泊台帳の作成など書類関係の事務処理を担っている.C氏はD氏の提案を受け,事務局業務を担うこととなった.事業者軒数確保の方法として,南部町観光協会が各家庭の人柄や部屋数など,地域住民の実情を把握し交渉するものと,既存事業者からの勧誘によるものがあった.C氏は受入れ調整の際に,事業者から不満が出ないよう,利用者の希望に応じて均一になるように心がけていた.C氏は農泊事業者としても登録している.
D氏の役割として,農泊に関わる主体を対象とした会議の開催や積極的な利用者の受入,事業者軒数確保のための声かけがある.南部町農泊推進協議会会長のD氏は南部町役場での勤務終了後,町長からの提案を受け,農泊事業者となり,農泊を推進することとなった.D氏は農泊事業者として登録する以前から他人を家庭に宿泊させ,交流する仕組みをもっていた.D氏主催の会議が年に2,3回開催され,事務局,事業者,担当の町役場職員が原則全員参加し,不参加の場合は議事録などを通して認識や目標を共有している.
3) 倉吉市体験型教育旅行誘致協議会倉吉市体験型教育旅行誘致協議会のE氏は,倉吉市内の民間企業で勤めていたが,早期退職の際に初代事務局員であるF氏からの提案をきっかけに,事務局業務に携わることとなった.E氏は事業者の実情把握や他地域の視察による情報収集,日程調整やチラシやHPの作成などの事務処理,受入時の有事の際の対応や農泊事業者との認識をすり合わせる役割を担っている.E氏は農泊事業者と接する際に,事業者の感情や健康状態,家庭事情などについて把握し,事業者に対して配慮していた.E氏は実績を積むことが最大の営業であると考えており,利用者からの苦情が出ないよう,利用者に対して誠実な対応を心がけていた.有事の際はE氏の携帯に繋がり,24時間体制での対応がとられている.行政からの資金援助が得られる場合や事業者として登録される前の家庭の不安の解消のため,不定期ではあるが全国各地の農泊視察に赴いている.事業者軒数確保の方法として,E氏がチラシやHPによる募集を行い,F氏が農業委員会や市報による募集を行ったが効果は薄かったため,事務局員の知人や既存の受入家庭からの紹介,勧誘を主としていた.農泊事業を推進するなかで,事業者間で利用者の受入に対する目的や意見に相違が生じた場合,基本理念や活動方針を明確にし,対話によって認識をすり合わせていた.
これらの業務は,事務局組織を立ち上げた当初は,F氏が担っていた.F氏は倉吉市内の道の駅にある食堂を運営する傍らでこの協議会を2007年に設立し,事務局業務に取組んでいた.他にも,F氏はモニターツアーによる体験内容のブラシュアップや地域住民との良好な関係性の構築,事業者向けの交流会の開催などの役割も担っていた.なお,E氏もF氏も事業者として登録されている.
4) 五しの里さじ地域協議会五しの里さじ地域協議会のG氏は佐治町外の民間企業に勤めていたが,当時の会長の世代交代への希望もあり,G氏の退職に伴って副会長に就任した.その後,会長に就任するとともに法人化した.G氏の役割は主に農泊事業者軒数の確保や目標の統一,定期的な会議や研修会の開催や他団体との良好な関係の構築,取材などの外部対応である.G氏は農泊事業者としても登録されおり,現在の事務所はG氏が市役所職員との交渉の末,鳥取市が所有していたものを無料で利用している.
事業者軒数を確保の方法については,G氏が町内を歩き回り得た情報をもとに推進しており,受入の際にかかる比重が大きいことから,各家庭の女性を対象に交渉していた.
G氏は設立当初から1年に2回の事業者向けの意見交換会や不定期の研修会を開催している.その会議のなかで出た不満や意見を可能な範囲内で取り入れ,実現に向けているため,事業者と事務局間での大きな目的の相違はみられなかった.研修会は,G氏が事業者の普段の生活を把握するなかで得た情報をもとに課題を発見し,対応するために開催されていた.このような研修会等では,事業者のおごりによる過失で問題が発生した場合,協議会も事業者も全て解散するという認識の共有が行われていた.また,この意見交換会及び研修会とはまた別途に,事業者に対して食中毒やアレルギーの講習会が開かれている.アレルギーを持つ学生を受入れる家庭に対して,提供する食事メニューの写真とそれに含まれる素材や調味料を記載した書類の作成を依頼し,それを保護者に渡すなど,保護者に対する配慮もみられた.有事の際は緊急連絡網が敷かれており,事務局の携帯に繋がるようになっている.
現在,G氏のみではすべての業務を担うことが困難になり,事務局員が1名雇用されている.その事務局員は,日程調整や書類などの事務作業,教育旅行受入時の監督の役割を担っている.また,外部の視点から必要な要素を検討するため,大学組織と連携して佐治町における農泊事業の推進に取組んでいる.HPの作成について,現在は外部企業に依頼しているが,今後は大学組織に移行される予定である.
事務局組織の設立は,多くの事例で行政からの提案がきっかけとなっていた.この際に,行政からの提案を受けた地域住民が主導し,交友関係のあった地域住民と共に実験的農泊の実践や協議会の設立,モニターツアーの実施に至っていた.このように,率先して地域内に拡大しようとしたことが事務局の設立に至っていたと考察される.
また,地域内で拡大する際に,市役所職員や県職員などの行政機関や観光連盟,マスメディアや大学組織など,事務局組織に関わる複数の外部主体があった.このような外部主体の関与による農泊の推進が,事務局設立の必要性を高めたと考えられる.
(2) 事務局人材の人材ポートフォリオ調査結果から,事務局人材として次の7つの能力が必要であると考えられる.①目標設定を通じ,関係者を導く能力,②関係主体との連携体制を構築する能力,③利用者獲得のための営業能力,④事業者獲得能力,⑤情報収集能力,⑥臨機応変な事務対応能力,⑦事務遂行能力である.
まず,①目標設定を通じ,関係者を導く能力は,地域が抱える課題に対応するための目標を提示し,農泊事業者やその他事務局員を導いていたことから確認される.A氏やD氏は目標設定を通じて農泊事業者とB氏やC氏を導いており,B氏やC氏はその目標に賛同し,事務局員としての業務を遂行していた.E氏やF氏は基本理念や活動方針を軸とした対話の場を設け,G氏は,定期的な会議を開催することで農泊事業者との認識をすり合わせていた.
次に,②関係主体との連携体制を構築する能力は,農泊事業の推進にあたり,既存の関係者との連携を強化する行動から確認される.A氏やD氏,F氏,G氏が以前からの交友関係を,実験的農泊の実践や協議会の設立,モニターツアーの実施や資金調達に活かしていた.
3つ目の③利用者獲得のための営業能力は,農泊利用者を獲得・確保するための積極的な営業活動から確認される.A氏やB氏はインタビューや視察対応,受入経験のある学校への挨拶回りを行っていた.E氏やF氏は観光連盟との良好な関係性を築くことで,体験型教育旅行の受入に至っている.また,G氏は県職員や市役所職員,観光連盟やマスメディアなど外部の主体と良好な関係性を築き,体験型教育旅行の誘致活動に活かしていた.
4つ目の④事業者獲得能力は,事業者となり得る家庭の判断やそのような家庭への交渉から確認される.A氏は経済的や精神的に余裕のある家庭を見極め,その家庭に対してB氏が交渉していた.C氏は地域住民の家庭環境を把握し交渉しており,G氏は各家庭の女性を対象に交渉に励んでいた.
5つ目の⑤情報収集能力は,農泊事業者や事務局業務に関わる情報を収集する取り組みから確認される.調査対象では,どの地域においても先進地域の視察や他地域との情報共有が行われていた.A氏やB氏,C氏,D氏,E氏,F氏,G氏は他地域での視察や定期的な情報共有で得た内容を事業者の不安解消や,それぞれの地域が持つ改善点や課題の発見,事務局運営に役立てている.
6つ目の⑥臨機応変な事務対応能力は,事業者および利用者の安心感を確保するための行動から確認される.A氏,B氏,E氏,F氏,G氏は有事の際に迅速に対応するため,24時間体制がとられていた.また,B氏やC氏,E氏は事業者の健康状態や実情を把握し,各事業者や利用者に対して誠実かつ公平な対応を心がけていた.
最後に⑦事務遂行能力は,日常的な事務作業を遂行する行動から確認される.A氏やB氏,C氏,E氏,F氏は事業者の特徴を把握し,日程調整に取組んでいた.C氏やE氏は各地域の魅力を発信する手段としてHPの作成や更新作業を担っていた.
(3) 事務局人材が発揮していた能力これらの結果から,農泊事務局の設立期に発揮する能力を下野他(2022)による人材ポートフォリオにあてはめて整理したのが図2である.
事務局立ち上げ期の人材が発揮した能力と人材ポートフォリオ
資料:下野他(2022)を参考に聞き取り調査より筆者作成
1)図中の①は目標設定を通じ,関係者を導く能力,②は関係主体との連携体制を構築する能力,③は利用者獲得のための営業能力,④は事業者獲得能力,⑤は情報収集能力,⑥は臨機応変な事務対応能力,⑦は事務遂行能力を示している.
①目標設定を通じ関係者を導く能力,⑤情報収集能力は新しい価値を創造し,チームのために発揮されていたため,エグゼクティブ人材として,②関係主体との連携体制を構築する能力,⑤情報収集能力は新しい価値を創造するなかで個人的に発揮されていたため,オフィサー人材として,③利用者獲得のための営業能力,④事業者獲得能力,⑤情報収集能力,⑥臨機応変な事務対応能力,⑦事務遂行能力はチームとしての成果を出すために既存の手法を運用していたため,マネジメント人材として捉えられる.
調査の結果から,A氏は上記の7つのすべての能力を発揮していたため,エグゼクティブ人材,オフィサー人材,マネジメント人材といえる.B氏は③,⑤,⑥,⑦の能力を発揮し,マネジメント人材として活躍していた.
C氏は④,⑤,⑦の能力を発揮していたため,マネジメント人材,D氏は①,②,⑤の能力を発揮していたため,エグゼクティブ人材かつオフィサー人材として捉えられる.
E氏は③,⑤,⑥,⑦の能力を発揮していたため,マネジメント人材であり,F氏は①,②,③,⑤,⑥,⑦の能力を発揮しており,エグゼクティブ人材,オフィサー人材,マネジメント人材といえる.
G氏は主に①~⑥の能力を発揮していたため,エグゼクティブ人材,オフィサー人材,マネジメント人材として捉えられる.
農泊を推進する事務局の設立実態や事務局人材が発揮した能力から設立期の実態および求められる人材特性を明らかにした.人材ポートフォリオによる分析から,どの事務局組織にもエグゼクティブ人材,オフィサー人材の能力を一人で有する人物が存在したため,事務局の設立に至っており,①の能力を発揮する基盤に②の能力が必要であることが示唆された.また,その事務局の設立期には地域を一つの目標へと導くために①かつ⑤の能力を発揮するエグゼクティブ人材と,その人材が掲げる目標の実現のために③~⑦の能力を発揮するマネジメント人材が必要であることがわかった.
これらのことから,安心院町では,一人でエグゼクティブ人材かつオフィサー人材かつマネジメント人材としてすべての能力を発揮する人材と,マネジメント人材としてすべての能力を発揮する人材が存在していたため,成功したと考えられる.一方で,鳥取県の3市町でもエグゼクティブ人材とマネジメント人材は存在していた.しかし,今回の分析で得られたより詳細な能力別にマネジメント人材を見た場合,南部町では③,⑥の能力が,倉吉市では④の能力が,佐治町では⑦の能力が不足していることが利用件数の伸び悩みに起因していると考察された.
また,南部町ではエグゼクティブ人材かつオフィサー人材とマネジメント人材が同一人物でなかった.つまり,これらの能力を発揮する人材は複数人であり,業務分担も可能な組織体制であった.一方,他の3事例では一人ですべての人材としての能力を発揮していた.この違いは,迅速に事務局を設立するかどうかということに繋がっており,一人でこれら3つの人材の能力を発揮し,役割を担うことが望ましいと示唆された.
本研究で調査した事例では,地域外の人材が事務局人材となる例が散見された.そのような人材が農泊事務局の発展に与える影響や,設立期以降の事務局に求められる人材の能力の変化を明らかにできていないため,それらを今後の課題としたい.