This study explored from the perspective of identification how young, newly employed farmers assigned meaning to their engagement in an organization and with agriculture, while being involved with organization members and others. An interview survey was administered to three young, newly employed farmers less than three years after their recruitment. The survey combined the Twenty Statements Test and Personal Attitude Construct analysis. Respondents exhibited positive organizational behavior based on their identification with senior colleagues, working groups, and the organization, while being exposed to job stresses as newcomers. Additionally, they displayed positive organizational behavior because of their identification with the profession of agriculture.
近年,水田作経営において経営規模の拡大や法人化を図り,非農家出身の新規学卒者を積極的に正規雇用する事例がみられるが,一方ではその定着率の向上が課題となっている.農家子弟の自営就農が減少している中で,多くの職業の中から農業を選択した非農家出身の新規学卒者が,自身にとって重要な時期であるキャリア初期に「雇用されて農業に従事する」ことに適応できないことは,雇用就農者個人にとっても,雇用する組織にとっても,地域農業にとっても大きな問題であるといえる.
水田作農業法人における雇用就農者の定着を対象とした研究では,人的資源管理の到達点と課題に関する研究(迫田,2011),人的資源管理の成果を「職務満足」「組織コミットメント」「就業継続志向」という視点から評価した研究(中野他,2013;藤井他,2019)がある.しかし,キャリア初期の雇用就農者を対象とする場合,社会人経験の浅い段階で職務満足という視点から仕事内容や就業条件を評価することの限界,自身の就業年数が短い中で組織に対して投じた時間や労力の蓄積によって強化される組織コミットメントを適用することの限界を指摘できる.
会社組織,職業としての農業,そして農村社会に初めて参入する非農家出身の新規学卒雇用就農者は,他者や社会との関係性にもとづく自身の存在意義を新たに意味づける作業を行いながら,組織とそれらを取り巻く環境への適応を図っていると考えられる.
そこで本研究では,自分にとって重要だと考える対象の姿勢,態度,イメージ等の属性を自分の中に取り込む心理的プロセスであり(小玉・戸梶,2010),自身の存在意義に対する問いに明快な回答を持ったアイデンティティが確立されるために必要となるアイデンティフィケーション(identification,以下IDと記す)の態様をその多様なコンテクストも含めて捉えることで,新規学卒で非農家出身の雇用就農者が「雇用されて農業に従事する」ことに適応していく過程を探索的に明らかにすることを目的とする.
ここで,初見(2018)および高尾(2012)を参考に,IDの特性を整理する.第1の特性は,IDの対象は,国家,民族,人種,宗教,両親,性別,職業,職務から企業組織に至るまで多種多様であるという「対象の多重性」である.第2の特性は,IDの対象が必ずしも1つに限定されずに複数かつ同時に存在するという「同時多発性」である.第3の特性は,ある対象に対するIDが他の対象に対するIDに移行するという「移行性」である.第4の特性は,IDの対象から自分を積極的に離脱させる脱IDという「複雑性」である.このようなIDの特性は,「職務」や「組織」だけに概念の対象が限定されずに,雇用就農者の適応過程を様々な視点から探索することを可能にすると考えられる.
長沢・上田(2023)は,農業法人若年正社員2名に対する「就職のきっかけ」「就業環境に対する評価」「職場内でのコミュニケーションの状況」「地域とのかかわり」等を質問項目とした半構造化インタビューによって得られた質的データを分析し,IDの内容を確認している.しかし,記憶の偏りによる想起バイアスの抑制や複数抽出されたIDの時系列での分析という点では不十分である.
地域の中心的な担い手であり,複数の雇用就農者がいる大規模水田作農業法人D社およびE社から,非農家出身で新規学卒者であり,キャリア初期にあたる入社3年以内の者を条件とする合目的的サンプリングの基準サンプリング1の下,3名を研究協力者として選定した(表1).調査協力者A氏とB氏に対しては2021年12月,C氏に対しては2022年7月に,研究同意を得た上で個別に調査を実施した.調査時点で,調査協力者はいずれも,就業している農業法人において水稲作や大豆作の春作業から秋作業までの一連の農作業を経験していた.なお,D社とE社の就業条件(月給制,社会保険,有給休暇等)に大きな差はみられない.
調査協力者の属性および勤務先の概況
A氏 | B氏 | C氏 | ||
---|---|---|---|---|
属性 | 年代 | 20代 | 20代 | 20代 |
性別 | 男性 | 男性 | 男性 | |
在職期間 | 21ヶ月 | 12ヶ月 | 16ヶ月 | |
職歴 | 新規学卒 高校 |
新規学卒 大学 |
新規学卒 大学 |
|
出自 | 非農家 | 非農家 | 非農家 | |
出身地 | 同一県内 | 県外 | 同一県内 | |
担当業務 | 水稲部門 | 水稲部門 | PC管理業務,機械オペレーター | |
勤務先 | 法人名 | D社 | E社 | |
経営面積 | 約100ha | 約200ha | ||
経営作目 | 水稲+複合部門(大豆,そば,露地野菜等) | 水稲+複合部門(大豆,露地野菜) |
資料:ヒアリング調査より作表.
本研究では,「20答法」と「PAC(個人別態度構造)分析」の2つの質的な調査・分析方法を組み合わせた調査を行った(図1).それぞれの方法の概要と,それらの組み合わせの概要は以下の通りである.
20答法では,自己に対する意識・態度を抽出するために,「私は誰だろうか」という問いへの答えとなる「私は,〇〇〇」を順次20個まで記述してもらう.回答者の自発性と多様性が活かされ,様々な種類の記述が出現しやすいとされる(星野,1986).
(2) PAC分析の概要PAC分析は,対象者個人毎の態度やイメージの構造を探る方法として内藤(2002)が開発した.個別インタビュー形式により,①調査者が教示する刺激文を受けた調査協力者の自由連想,②調査協力者による連想語間の類似度評定,調査者による非類似度行列の作成とクラスター分析,③調査協力者によるクラスター構造のイメージや解釈の報告と調査者による総合的解釈の3つのステップで実施する.
PAC分析は臨床心理学や看護学の分野で多く用いられているが,本研究に関連した研究では,既婚女性パートタイム労働者の組織コミットメントとキャリア形成過程の変容に接近した内藤・石橋(2010)や集落型農業法人雇用就農者の組織社会化に接近した上田他(2018)がある.その他,食品消費行動の分野では,滝口・清野(2015)がある.
(3) 20答法とPAC分析を組み合わせた分析方法PAC分析では,視覚刺激となるデンドログラムを調査者と調査協力者が共有しながらインタビューを行うことで,質疑応答の中で生ずる内面の感覚だけを頼りにするインタビュー調査よりも,無意識的(少なくとも前意識的)な態度構造を抽出し,分析することが可能であると考えられる.しかし,調査協力者の深層意識を表すための連想を方向づけるのは調査者が提示する刺激文である.そこで本研究では,多様な態様であると考えられるIDをそのコンテクストも含めて捉えるため,PAC分析の持つ特徴を活かしながらも刺激文によって調査協力者の連想場面を調査者の求める結論に引き寄せた恣意的な操作にならないように,末田(2004)を参考にPAC分析の刺激文の作成に調査協力者のスキーマから発出された20答法の回答を組み込むこととした.
最初に,調査協力者に対して『職場の先輩や同僚,パート従業員,経営者,地域の農業者,取引業者等,あなたが出会ってきた人々,そしてこれまでの仕事内容を思い浮かべてください.そして,その中での色々な「あなた」を説明する「私は,〇〇〇」という文章を20通り思いつくままに書いてください.』と説明し,制限時間10分で回答を求めた.そして,回答の中からこれまでの自分を最も表す「私は,〇〇〇」を3つまで選択してもらい,その文章を刺激文に組み込んだPAC分析を次の通り実施する.
まず,調査協力者に対して『あなたは「私は,〇〇〇(調査協力者が選択した20答法の回答を挿入)」と感じたり思ったりするのは,どのような時や場面,状況でしょうか.そのような時は,どのような気持ちになったり,態度・行動をとったりしがちですか.思いつくままに自由にお答え下さい.』と示す.そして,発言されたイメージやキーワードを連想語とし,それらの重要順位も回答してもらう.
次に,調査協力者が連想語間の類似度の評定を行う2.調査者は,評定結果をもとに連想語間の非類似度行列を作成し,クラスター分析(ウォード法)によりデンドログラム(樹形図)を析出する3.
最後に,デンドログラムを幾つのクラスター(以下,CL)に分割するかを調査協力者との了解の下で決定し,各CLからどのような場面やイメージが想起されるか等の質問を行う.加えて,各連想語に対する感情的・情緒的イメージ(+,−,0どちらともいえない)4とその理由を回答してもらう.
以上のPAC分析の結果をもとにして,小玉(2017)を参考にしながら,IDの対象に対する肯定的なイメージを前提とした上で,対象の有する属性と同一であることへの自尊感情や意識の高まり,対象が有する価値や規範を自己の価値や規範として受け入れる内在化を表す行動や態度が読み取れた場合にIDであると判断する.そして,連想語の内容と重要度,クラスター分析によるデンドログラム,CL単独でのイメージと解釈,CL同士を比較したイメージと解釈,連想語単独でのイメージ評定等の情報を材料として,調査者が総合的な解釈を行う.
A氏は20答法での15個の回答をから「私は,努力をした」(回答順5),「私は,農業が好きだと思った」(回答順15)が自分を最も表すものであるとした.20個の回答を求めることで本当は考えてもいない回答を引き出してしまうことも懸念されたが,回答順1番目から10番目までの前半と11番目以降の後半とそれぞれから自分を最も表すものが選ばれていた.以降のB氏およびC氏でも同様であり,20答法において自己探索がなされたものと考えられる.
これを刺激文に組み込んだPAC分析により析出されたデンドログラムを図2に,各CLや連想語に対するA氏の主要な発言を表2に示す.
調査協力者A氏に対するPAC分析により析出したデンドログラム
資料:PAC分析結果より作図.
1)○数字は調査協力者が評価した重要順位を示し,( )内の符号は各連想語に対する調査協力者の感情的・情緒的イメージ評定結果である.
調査協力者A氏の各CLに対する解釈時の発言
CL | 発言録(抜粋) |
---|---|
Ⅰ | ・稲が育っていくのを間近でみて,それを刈る場面まで立ち会えることができて,自分ではこういう仕事が好きだと,こういう農業っていう仕事が自分にとってとてもやりがいを感じる. ・会社(の存在が大きい).会社……. |
Ⅱ | ・(就職する前に)じいちゃんちで(農作業を)やっている時は楽しいって思ってたんですけど会社来ると大変だなって気持ちが強い ・(作業の仕方が)分からず自分にイライラするのか先輩にイライラするのかわかんない時も ・自分で(作業を)やってみれば(先輩は)さすがだなっていう気持ちが強かったです, ・分かるまで聞くようにしていました,納得するまで先輩であれば誰にでも聞くようにはして. |
Ⅲ | ・しっかり作業していると地域の人の態度も変わるんだなって,……農業に携わる人として認めてもらったと思います. ・水稲に関わる(社内の水稲チーム)人たちがいたから地域の人との関係性も良くなった |
資料:ヒアリング調査結果より作表.
1)前後の文脈から補足が必要な場合は,( )に入れて示す.また,……は省略を示す.
CLⅠは,「収穫まで立ち会える」「モノ作りが好き」「作業時の緊張感と達成感」の連想語からなる.A氏は,仕事の成果が見える農業が好きだと評価し,だから努力できるとしている.そして,その場面のイメージには会社が出てくるとしている.つまりCLⅠは,〈農業志向の再認識と努力を厭わない態度・姿勢の醸成〉というA氏の肯定的な職務態度と解釈される5.そして,その職務態度の形成を促しているのが,農業という「職業・職務」の価値の内在化と会社の存在感であると考えられる.
CLⅡは,「先輩の技術の高さをさすがだなと思う」から「トラブルへの対処」までの4つの連想語からなり,〈組織参入者が直面する適応課題とその解消行動〉と解釈される.A氏は,参入前の農業に対する感情と参入後の現実で生じるギャップに由来する遭遇型リアリティ・ショック(尾形,2020),先輩社員の能力の高さを自身と比較する事で生じるロールモデル・プレッシャー(尾形,2020)を感じていた.このような組織適応を阻害するような事象が見られながらも,肯定的な職務行動を表出させている.
CLⅢは,「地域との信頼関係の大切さ」と「自分の顔と名前を地域の人に覚えてもらう」の連想語からなり,〈農業者として認められる喜びと職場の存在の大きさ〉と解釈する.A氏は,農村の有り様を知らない非農家出身である自身の仕事ぶりが評価され,同じ農業に携わる者と認められたことへの喜びという肯定的感情が生み出されていると考えられた.そして,水稲チームの一員だから地域との同化が進んだと評価している.
A氏は,D社に就職して最初にCLⅡで想起された心的状態が表出し,次いでCLⅠ,CLⅢの順番であったと答えている.つまりA氏は,遭遇型リアリティ・ショックや新人ストレスに直面しながらも(CLⅡ),農業が有する価値と会社という存在の大きさを内在化するというIDが努力を厭わない自身の態度・姿勢の醸成を促し(CLⅠ),さらに職場の作業チームと地域に対するIDが表れている(CLⅢ),と解釈できる.これは,各CLの結節プロセスからも示唆される6.
(2) 調査協力者B氏の20答法とPAC分析B氏は,20答法での20個の回答から,「私は,楽しい」(回答順6),「私は,自分のした仕事がはっきりするのが嬉しい」(回答順7),「私は,知人に送らずにもっと自分で食べたかった」(回答順20)をこれまでの自分を最も表すものとした.これらを刺激文に組み込んだB氏のPAC分析の結果を図3と表3に示す.
調査協力者B氏に対するPAC分析により析出したデンドログラム
資料:図2に同じ.
調査協力者B氏の各CLに対する解釈時の発言
CL | 発言録(抜粋) |
---|---|
Ⅰ | ・誰かに教えてもらうの重要ですし,常々毎日聞いてたりもしてたですよ.……やっぱり,ずーっと誰かと居るとしんどいすね. ・(溝切り作業で)あの泥まみれになったのが,一番楽しかったなって. ・(作業の)過程では一人でいいんですけど,結果はみんなで(分かち合う)っていう思いが強かった.(みんなは)現場全体.……チームかな. |
Ⅱ | ・もちろんみんなに(収穫した米を)食べて欲しいですけど,それ以上に自分が食べたい気持ち強くて.(ここまでに至るストーリーを象徴するのが)終始,米ですね. |
Ⅲ | ・(地域の人と)会話できるようになったのは楽しかったり嬉しかったりはしましたけど,注目を浴びる事に関してはむしろ怖い. ・何かこう顔見知りが増えることによって頼んだり頼まれたりっていうのがあるのかもしれないすけど,今僕にとってはそこはね重要ではない. |
資料:表2に同じ.
CLⅠは,「自分で育てたお米をうまいと思った」から「泥まみれでやる楽しさ」までの7つの連想語で構成され,〈新人ストレスを回避させる「農業」の価値の認識やチームとの一体化〉と解釈される.B氏は,仕事のスキル知識が乏しい新人ゆえに常に他者と一緒の作業をしなければならないという状況を負担に感じながらも,小さな達成感を積み重ねながら農業の価値を内在化させ,他の社員がやりたがらない溝切り作業を一番楽しかったと評価している.そして,出来秋の喜びを作業チーム全体で分かち合いたいという感情を喚起させていた.つまり,そこでは農業と職場チームに対するIDという内的感情があったと考えられる.
CLⅡの連想語は「実家にお米を送った」のみで,〈米づくりにかける思いの実現と再認識〉と解釈される.B氏は非農家出身であったが,米作りへの強い想いを持ちD社に就職している.B氏にとり,出来秋の味を楽しむことは,ここに至るまでの想いを実現させた成果を確認することであり,なぜD社で働くのかを再認識することでもあるといえる.
CLⅢも連想語「地域と会話ができるようになった」が1つのみで,〈モニター・ストレスを回避するための地域との距離感の確保〉と解釈される.CLⅢに対する発言から,B氏は地域社会との関係構築を肯定的に評価しながらも,参入者として注目されるモニター・ストレスに対して,地域社会との一体感や同一視とは異なる距離を認知的に保つことでストレスマネジメントを行っていると考えられる.これは,地域社会に対するB氏の脱IDであると解釈できる.
(3) 調査協力者C氏の20答法とPAC分析C氏は20答法での20個の回答から「私は,期待されている」(回答順6),「私は,作業を楽しんでいる」(回答順8),「私は,気分の浮き沈みが激しい」(回答順16)が自分を最も表すものであるとした.これらを刺激文に組み込んだC氏のPAC分析の結果を図4と表4に示す.
調査協力者C氏に対するPAC分析により析出したデンドログラム
資料:図2に同じ.
調査協力者C氏の各CLに対する解釈時の発言
CL | 発言録(抜粋) |
---|---|
Ⅰ | ・経営者になりたい.わがままに楽しみたい.自分の裁量でやってて,……,それが自分の楽しみであり当たり前の日常であるということを目指したい. |
Ⅱ | ・作業終わった畑,田んぼ見るのも好きですね.達成感もそうだし,……,やりがいとかも感じます. ・楽しくやってたりいっぱいいろいろ考えて仕事してるときって,時間見ると溶けるようになくなっていくっていう感覚 |
Ⅲ | ・自分と同じ年齢ぐらいの人が農作業してたりとか,軽トラで何か運んでるみたいなのを見ることもまずない.……かなり自然と期待される部分とか注目される部分とかある. ・期待されるのがうれしくないわけではないです.うれしいなという思いと同時に自分1人でっていうところが,若い人が自分しかいなくて,……,君が頑張れって言われるからそこが不安が一番大きいですね. |
Ⅳ | ・機械の操作,速さ,的確さ,すごいですね.作物のことまでいろいろ把握しながらやってる.自分も先輩のようにきれいに仕事できるようになりたい.E社が一番頑張ってて一番うまい. |
資料:表2に同じ.
CLⅠは,「自分のやりたいことを実現したい」から「仕事をするのは当たり前」までの5つの連想語で構成されており,〈自身の熱量となる就農動機と経営者志向〉と解釈できる.C氏は,経営者になりたいという気持ちをE社に就職する前から持っており,就職してからも経営者志向を更に強くしており,その経営者志向がE社で働く自身の熱量になっていると考えられる.
CLⅡは,連想語「仕事が終わった後の充実感」と「オペレーターの仕事は新鮮」からなる.C氏はCLⅡに対して,農業の有する価値の内在化を示唆する発言をしている.そして,“明日はもっとよりここをこうしようとかあって,新鮮味,充実感というのが次の仕事(への意欲)につながっている”と述べている.以上により,CLⅡは〈農業の持つ価値の同一視とモチベーションの喚起〉と解釈できよう.
CLⅢは,「地域からの注目」から「期待を背負わされることの不安」までの4つの連想語で構成され,これに対してC氏は“若干頭の中を曇らせるような印象”だと述べている.C氏は自身が地域において目立つ存在であり,E社の経営を将来的に担ってほしいと期待されることを肯定的に受け止めているが,一方でその過大な期待に自身のキャリアが囲い込まれてしまうことを不安に感じていると考えられる.以上から,CLⅢを〈新人ストレスとキャリアに対する不安〉と解釈する.
CLⅣは,「先輩のようになりたい」という連想語単独であり,〈組織の一員としての自尊感情〉と解釈される.C氏は,一番身近な「先輩」をロールモデルとして評価し,さらに地域の農業者と自社を比較することで自社の魅力を評価し,地域農業の担い手としての組織価値を受容できている.
次に,各CLに関連する感情や態度という心的状態が表れた順番について質問したところ,CLⅠで想起された感情や行動はE社に就職する前からで最近より強くみられている,CLⅡは仕事に慣れてきてから,CLⅢはE社に就職してすぐに,CLⅣはCLⅡの後からと答えている.つまりC氏は,農業に従事する自身の熱量となる経営者志向を持って入社したが(CLⅠ),地域や組織への参入者固有の心理的課題となる新人ストレスを感じている(CLⅢ).しかし,充実感を得られる農作業経験を積み重ねることで農業の有する価値を内在化させ,モチベーションを喚起させている(CLⅡ).そして,E社や一緒に働く先輩の評価を自身のものにすべく,E社や先輩をIDの対象としていた(CLⅣ),といえる
調査協力者である雇用就農者3名は,それぞれの個別的条件に関わらず,組織や地域への新たな参入者であることで生じる不安や焦燥感,新人ストレスを感じながらも,身近な「先輩」「チーム・職場」への対人的なIDがみられ,次いで「会社」という組織に対するIDがみられている.また,年間を通じて農作業に携わることで自身が農業を志向する理由を再認識し,プロフェッショナルな職業としての「農業」や自身が就業する農業法人が所在する「地域」に対するIDがみられている.このことは,地主や近隣の担い手等との地縁的で密接な関係性を有する大規模水田作農業法人に就業していることが,「地域」に対する意識や態度の醸成に影響を及ぼしていると考えられる.調査協力者は,このような「先輩」から「農業」「地域」に至るまでの多重なIDを通じて,自身の存在意義を意味づけ,組織とそれらを取り巻く環境への適応を図っていると解釈できる.
また,長沢・上田(2023)とは異なる20答法とPAC分析とを組み合わせた質的分析手法を採用したことで,想起バイアスを抑えながら調査協力者に農業法人で働いてきたこれまでの自身の姿を想起してもらい,複数抽出されたIDの態様の可視化と時系列での分析を可能とした.また,組織内外の他者を要因とした組織適応課題や地域社会に対する脱IDといった,調査協力者が発話することを無意識に抑え込もうとするような事象も抽出することができたといえる.
今後は,調査者による解釈の妥当性を担保するために,研究協力者に解釈の内容を吟味してもらうとともに,他の新規学卒雇用就農者が自身のケースと本論での解釈を比較して,自身の文脈に翻訳・応用できるかを確認することを検討したい.
Aの連想項目の非類似度行列
① | ② | ③ | ④ | ⑤ | ⑥ | ⑦ | ⑧ | ⑨ | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
① | 0.0 | 15.6 | 0.1 | 1.3 | 21.7 | 0.1 | 16.4 | 100.0 | 0.1 |
② | 15.6 | 0.0 | 33.6 | 0.1 | 48.7 | 59.9 | 49.9 | 87.4 | 90.1 |
③ | 0.1 | 33.6 | 0.0 | 100.0 | 41.7 | 80.1 | 50.4 | 50.7 | 17.6 |
④ | 1.3 | 0.1 | 100.0 | 0.0 | 100.0 | 91.3 | 85.2 | 87.2 | 97.1 |
⑤ | 21.7 | 48.7 | 41.7 | 100.0 | 0.0 | 18.1 | 0.1 | 0.1 | 56.3 |
⑥ | 0.1 | 59.9 | 80.1 | 91.3 | 18.1 | 0.0 | 0.1 | 0.1 | 49.2 |
⑦ | 16.4 | 49.9 | 50.4 | 85.2 | 0.1 | 0.1 | 0.0 | 0.1 | 0.1 |
⑧ | 100.0 | 87.4 | 50.7 | 87.2 | 0.1 | 0.1 | 0.1 | 0.0 | 0.1 |
⑨ | 0.1 | 90.1 | 17.6 | 97.1 | 56.3 | 49.2 | 0.1 | 0.1 | 0.0 |
資料:ヒアリング調査結果より作表.
1)丸数字は図2の重要順位に対応する.