農林業問題研究
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研究論文
アブラヤシ栽培の生産性とソーシャル・ネットワーク
―インドネシア・リアウ州の事例―
中村 和敏
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電子付録

2025 年 61 巻 4 号 p. 169-180

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Abstract

This study investigates the effects of social networks on land productivity of oil palm smallholders, using the case of Riau Province in Indonesia, where oil palm cultivation is the most prevalent. We interpret land productivity as a proxy for farmers’ cultivation proficiency and apply quantile regression to capture the heterogeneity in farmers’ cultivation knowledge and experience by the distribution of the dependent variable, land productivity. Our results reveal that the effect of social networks on increasing land productivity is greater for farmers with lower land productivity and smaller for those with higher land productivity. This suggests that farmers with low cultivation proficiency, and consequently low productivity, are more likely to perceive information obtained through social networks as novel and useful to them, leading to higher productivity gains. Conversely, farmers with initially high cultivation proficiency are more likely to find the obtained information already known to them, making it difficult to achieve further productivity improvements. These findings support our hypothesis that farmers with lower cultivation proficiency and productivity are more likely to benefit from social networks.

1. はじめに

現在,世界で最も消費されている植物油脂はパーム油である.その原料となるアブラヤシの生産において,インドネシアは世界最大の生産国となっている.アブラヤシは収穫後24時間以内に搾油しなければ,酵素の働きで品質の劣化が進むため,搾油工場の周辺地域にアブラヤシの農園が設置されることが多い.また,搾油工場や道路敷設などの初期投資が大きいため,採算を取るために搾油工場周辺の農園規模は少なくとも3,000 ha以上が必要とされている(岡本,2002).

こうした背景から,インドネシアでは,大規模農園(プランテーション)を造成できる余地が残されているスマトラ島やカリマンタン島で,アブラヤシ農園の開発が進められてきた.しかし,この過程は,必然的に熱帯雨林の減少を伴うことになった(Pacheco et al., 2021).特に,スマトラ島の中央部東岸に位置するリアウ州の森林減少は深刻である(Uryu et al., 2008).Global Forest Watch(2024)によれば,リアウ州の樹木被覆地は2001年から2023年にかけて420万ha減少している.これはインドネシアの全州の中で最も減少幅が大きく,2000年と比べて54%の減少となっている.

このような状況を改善するには,熱帯雨林の保全に必要な施策を講じるとともに,土地生産性の向上を通じて,新規の農園開発への圧力を低下させることが重要である.スマトラ島のジャンビ州(リアウ州の南側に隣接)の事例では,大規模農園と比較してアブラヤシ農家の土地生産性が低いこと,そして肥料投入量や収穫サイクルなどの栽培技術に関する要因や教育年数や年齢などの農家属性が土地生産性の向上に大きく貢献することが明らかにされている(Euler et al., 2016).しかしながら,社会的な要因,特にアブラヤシ農家のソーシャル・ネットワークを通じた情報や知識の伝播が土地生産性に与える影響については,十分に解明されていない.加えて,ソーシャル・ネットワークの効果は,土地生産性の高い農家と低い農家とで異なる可能性があり,この点を考慮しない統計的分析では,土地生産性を向上させる要因を適切に評価できない恐れがある.

そこで本研究では,インドネシアのリアウ州におけるアブラヤシ農家の事例に基づき,土地生産性向上に対するソーシャル・ネットワークの効果を分位点回帰(Quantile Regression: QR)により検証する.

本稿の構成は以下の通りである.続く第2節では,ソーシャル・ネットワークと農業生産に関する先行研究をレビューし,農家の異質性という観点から,ソーシャル・ネットワークの生産性向上効果のメカニズムについて考察する.第3節では,インドネシアのリアウ州におけるアブラヤシ栽培の状況について説明し,アブラヤシ農家と関連するソーシャル・ネットワークについて概観する.第4節では,実証分析のフレームワーク(データ,推定方法,モデル)について詳述する.第5節では,基本モデルの推定結果について報告した後,代替的モデルを用いて分析結果の頑健性について検討する.最後に,得られた知見について考察し,今後の研究課題を提示する.

2. 研究の背景

(1) ソーシャル・ネットワークと農業生産

ソーシャル・キャピタルは,信頼・規範・ネットワークなどの人と人との関係性が,社会の様々な側面の効率性を高める上で重要な役割を果たすことに着目した概念である.このソーシャル・キャピタルが果たす役割については,理論と実証の両面から膨大な研究が行われてきた.とりわけ,ソーシャル・キャピタルの一つの形態である「ソーシャル・ネットワーク」に注目した研究には,多くのものがある.

例えば,Miguel et al.(2005)は,協同組合のメンバーシップをはじめとするソーシャル・ネットワークが工業化を促進したのかを考察している1.また,Fafchamps(1997)Barr(2000)は,ソーシャル・ネットワークが途上国の企業成長に重要な役割を果たしていることを明らかにしている.農産物商人の事例を分析したFafchamps and Minten(2002)は,ソーシャル・ネットワークが取引費用を削減し,生産性を上昇させる効果があることを示している.

近年のいくつかの研究は,ソーシャル・ネットワーク内における知識伝播のメカニズムとして,ソーシャル・ラーニングという学習プロセスに注目した分析を行っている.例えば,インドの稲作農家を分析したFoster and Rozsenzweig(1995),モザンビークのヒマワリ農家を分析したBandiera and Rasul(2006),ガーナのパイナップル農家を分析したConley and Udry(2010)などの研究では,農家間のネットワークを通じた学習が農家行動の多様な側面に影響を与えることが示されている.

これらのうち,Bandiera and Rasul(2006)Conley and Udry(2010)は,農家の異質性という観点から,ソーシャル・ラーニングの有効性についての検証を行っている.新規栽培作物の採用要因を分析したBandiera and Rasul(2006)は,非食糧作物の栽培,栽培技術,地域の栽培条件について,知識や経験があることを表す代理変数を用いて農家の異質性を捉え,多くの知識や経験を有する農家ほど,近隣農家の作物選択状況の影響を受けにくい,つまりソーシャル・ラーニングの効果が小さくなることを明らかにしている.一方,Conley and Udry(2010)は,ソーシャル・ラーニングを通じた学習効果について考察を行い,新規作物の栽培を行う農家が,近隣農家の肥料投入効果を学習しながら,施肥量を調整していることを明らかにした.そして,新規作物の栽培経験によって農家の異質性を捉え,経験の浅い農家にはソーシャル・ラーニングの効果が大きく表れることを確認している.これらの研究は,栽培技術に関する知識・経験という観点から農家の異質性を捉えることを試み,ソーシャル・ネットワークが新規の栽培作物や技術の導入に果たす役割や,栽培技術に関する知識・経験に関するインフォメーション・フローの構造を明らかにしている.

このように,先行研究では,農家の異質性がソーシャル・ラーニングを通じた学習効果に影響を与えることが指摘されている.本研究では,先行研究とは異なる実証アプローチにより,農家の異質性を考慮したモデルを構築し,ソーシャル・ネットワークの生産性向上効果の検証を行う.

(2) 農家の異質性とソーシャル・ネットワークの生産性向上効果

ソーシャル・ネットワークの役割に着目した多くの先行研究では,最小二乗法(OLS)に代表される固定的なパラメータに基づく統計的手法が採用されている.しかし,従属変数と独立変数の関係を単一のパラメータに集約することによって捉えられる平均的な関係は,独立変数の効果が全ての経済主体に対して同一ということが前提になっている.

しかし,ソーシャル・ネットワークの効果が全ての農家に対して同一であると想定することは現実的ではない.例えば,ソーシャル・ネットワークを通じてやり取りされた特定の栽培技術の知識は,一部のメンバーにとって新しい情報であったとしても,他のメンバーにとっては既知であるかもしれない.この場合,前者の生産性は高まりやすくなるが,後者の生産性に変化は生じにくいと考えられる.これに対し,別の栽培技術の知識が,全てのメンバーにとって新しい情報になっているというケースもあるだろう.この場合には,全てのメンバーの生産性にプラスの影響がもたらされやすい状況となる.つまり,ソーシャル・ネットワークを通じて得られる栽培技術の知識は,知識量が少ないがゆえに生産性の低い農家にとっては有益な情報になりやすいが,知識量が豊富でもともと生産性の高い農家にとっては有益な情報になりにくい傾向があると考えられる.これはソーシャル・ネットワークの生産性に与える効果が,生産性の高い農家と比べて,生産性の低い農家の方がより大きなものになる可能性があることを意味している.したがって,ソーシャル・ネットワークが農家の特性によって異なる効果を与えている場合は,農家の異質性を考慮した実証アプローチを採用することが必要になってくる.

この農家の異質性の問題に対処するために,いくつかの先行研究は,栽培技術に関する知識・経験を表す様々な離散型変数を代理変数として用いてきた.Bandiera and Rasul(2006)は,過去のNGOの農業プロジェクトへの参加経験の有無,食糧以外の作物であるカシューナッツの栽培経験の有無,地元出身住民であるかどうか(土壌条件を熟知しているか),そして相対的に資産規模が小さい家計かどうかという4種類の二値変数を使用している.また,Conley and Udry(2010)は新規栽培作物の早期採用者かどうかという二値変数を用いている.しかし,これらの代理変数は,農家の知識・経験の蓄積状況を部分的に捉えてはいるものの,十分には捉えきれていない可能性がある.特に,Bandiera and Rasul(2006)の相対的な資産規模という基準は,保有する農地面積が考慮されておらず,また栽培技術に関する知識・経験や農業生産性にも直接的に関連していないので,解釈には注意が必要である.以上のことは,農家の異質性を何らかの変数で包括的に捉えようとする試みは,容易でないことを示唆している.

栽培技術に関する新しい知識や経験は,最終的には生産性向上に寄与することが期待される.しかし,農家が知識や経験を蓄積させたとしても,農家の実践する栽培技術が変化するとは限らず,その場合には生産性向上を見込むことができない.すなわち,農家の栽培技術に関する知識や経験は,潜在的な生産性向上の可能性を高めるにすぎず,実際に生産性を向上させるのは,適切な栽培技術の実践と考えられる.農家に栽培技術に関する知識・経験があっても,それらの実践を阻害する要因がある場合は,生産性向上に結びつかないのである.したがって,ソーシャル・ネットワークの生産性向上効果を検証する場合には,栽培技術の実践度,ないしは栽培管理技術という農家の異質性が考慮される必要があろう.

栽培技術に関する知識・経験を活かして優れた実践を行っている農家は,他の条件が一定ならば,土地生産性が高くなりやすい.一方,栽培技術に関する知識・経験が不足している農家や,知識・経験があってもそれらを実践していない農家は,相対的に土地生産性が低くなりやすい.このことから,土地生産性は,その社会に存在する既知の栽培技術体系がどれだけ適切に実践されているか,すなわち各農家の栽培管理技術を反映していると解釈できる.このとき,土地生産性の分布における各分位点は,栽培管理技術が異なる農家に対応しているため,その分布は農家の異質性を表している.つまり,土地生産性の決定要因のモデルにおいて,栽培管理技術の観点から見た農家の異質性は,従属変数である土地生産性の分布により表現できることを意味している.

そこで本研究では,農家の異質性がソーシャル・ネットワークの生産性向上効果に与える影響を検証するため,従属変数を土地生産性とする推定モデルに,独立変数としてソーシャル・ネットワークを表す変数を導入し,分位点ごとに異なるパラメータを得られるQRを適用する.これにより農家の異質性によってソーシャル・ネットワークの影響が異なるか否かを詳細に分析できる.先行研究では,農家の異質性を離散的に捉えた二値変数を組み込んだ推定モデルが採用されている.これに対し,本研究では,従属変数の分布によって農家の異質性を連続型変数で捉えた推定モデルを用いる点が特徴となっている.この連続型変数で異質性を捉えるアプローチによって,従来の離散型変数による方法よりも詳細な農家の異質性の分析が可能となり,ソーシャル・ネットワークの影響を精緻に捉えられると考えられる.

3. インドネシアにおけるアブラヤシ栽培

(1) リアウ州における小規模アブラヤシ農園

アブラヤシの世界最大の生産国であるインドネシアは,世界全体の生産量の59.0%(2020年)を占めている.スマトラ島とカリマンタン島が主要生産地で,最も栽培面積の大きな州はスマトラ島中央部のリアウ州である.表A1は,スマトラ島における小規模農園の土地生産性(生果房重量ベース)を示したものである.土地生産性が最も高いのは22.2t/haの西スマトラ州で,リアウ州の16.5t/haの1.34倍となっている.一方,最も低いバンカ・ブリトゥン州は13.1t/haで,リアウ州の0.80倍である.リアウ州の水準は,スマトラ9州の中で5番目に位置しているが,栽培条件がより類似していると考えられる隣接州(北スマトラ州,西スマトラ州,ジャンビ州)のいずれよりも低い.

アブラヤシ農園は,プランテーション企業が経営する大規模農園と農家が管理する小規模農園に分類できるが,栽培管理が行き届いた前者の方が,土地生産性が相対的に高い.例えば,農業省の統計によれば,2014年のリアウ州における大規模農園の土地生産性は,小規模農園の1.29倍である(Kementerian Pertanian, Direktorat Jenderal Perkebunan, 2015).また,フィールド調査に基づくBarlow et al.(2003)でも,国営大規模農園の土地生産性が小規模農園の1.79倍と報告されている.

このように,リアウ州の小規模農園は,近隣州の小規模農園や州内の大規模農園と比較しても,土地生産性が相対的に低く,改善の余地が残されている.そして,栽培面積が大きいリアウ州における既存農園の土地生産性の改善要因を解明することは,新規農園開発の抑制に大きく貢献すると考えられる.

(2) アブラヤシ農家とソーシャル・ネットワーク

ソーシャル・ネットワークは,参加するメンバーに各種サービスへのアクセスや情報を提供することによって,メンバーにさまざまな便益を与える.農業部門を念頭に置くと,典型的なソーシャル・ネットワークとして,協同組合,それぞれの栽培作物に関係する協会などの生産者団体,そして地域の農家組織などを挙げることができる.これらに参加してメンバーシップを獲得した農家は,信用へのアクセス,種子・苗・肥料・農薬などといった農業資材の安価な購入,新しい品種や栽培技術に関する情報入手,栽培方法に関する技術指導,各種の情報交換,補助金申請などの行政手続き支援,そして行政への陳情などの点において,メリットを享受可能となる.その結果,ソーシャル・ネットワークに参加する農家の生産性は,相対的に高くなると考えられる.

以下では,インドネシアのアブラヤシ農家に関連するソーシャル・ネットワークとして,協同組合,生産者団体,そして地域の農家組織という3種類の農業組織について概観する.農業関連の協同組合の代表的なものとして,「農村協同組合(Koperasi Unit Desa: KUD)」が挙げられる.KUDは,1970年代以降,全国の農村において政府の指導により設置された協同組合で,栽培作物に応じた農産物の加工・資材の共同購入・マーケティング・融資を行っている2.アブラヤシ栽培に関しても,農家による農園造成などに対して,KUDを中心とする協同組合を通じた融資が利用されてきた(林田,2011).ただし,事業内容や活動レベルは個々のKUDによって様々であり,経営面で課題を抱えているKUDも少なくない(Jelsma et al., 2009).

アブラヤシ農家を対象とした生産者団体としては,「インドネシア・アブラヤシ農家協会(Asosiasi Petani Kelapa Sawit Indonesia: APKASINDO)」や「アブラヤシ農家連合(Serikat Petani Kelapa Sawit: SPKS)」などがあり,いずれも主要産地で活動している.例えば,APKASINDOは,行政への陳情,栽培技術の講習(座学及び実地)の他,行政支援や補助金の申請サポート等を行っている3

地域の農家組織には,フォーマルなものとして,「農家グループ(Kelompok Tani: KT)」がある.これはスハルト時代に農業省の指導により形成された最も末端の農家組織で,活動内容と活動レベルには地域差があるが,農業技術の講習,情報交換,農業資材の共同購入,加工施設の共同利用を行っている.また,行政からの各種の支援・補助金の受け皿としても機能している.なお,インドネシアでは,KT以外にも,規模や活動目的の異なるインフォーマルな農家組織が数多く存在しているが,十分な資料がないため,詳細を把握することは困難である.

一般的に,農業組織のメンバーシップによって得られる主要な便益には,①金融アクセスの提供,②農業投入財(肥料,農薬・殺虫剤,苗・種子)へのアクセス,③マーケティング,④共同事業(集荷・加工・流通),⑤政府補助金等の申請支援業務,⑥技術指導(栽培技術,農家経営)などがある.以下では,これら便益と収量との関係性について,インドネシアのアブラヤシ農家の文脈に即して検討を行う.

金融アクセスに関しては,上述の通り,農園地取得の際にKUDから資金が供与されることはあるが,先行研究で農業組織による金融アクセスによって収量が増大した事例は報告されていない(Bizikova et al., 2020).農業投入財へのアクセスに関しても,農業組織を通じて肥料や苗などを購入している農家をフィールド調査では確認できなかった.マーケティングや共同事業(集荷・加工・流通)は主に収穫後の活動であり,収量に直接の影響を与える要因ではない.近年のアブラヤシ栽培への政府支援は,再植に対する補助金が中心で,収量に直接的に関係する成木向け投入財への補助金は提供されていない.

以上のことから,農業組織のメンバーシップを通じて得られる主要な便益は,農業組織による技術指導やメンバー間の交流を通じた情報や知識の獲得と考えられ,それらはメンバー農家の収量を増大させる可能性がある(Ma et al., 2023).実際,いくつかの先行研究ではメンバーシップが農家の収量増大に重要な役割を果たしていることが指摘されている(Chagwiza et al., 2016).他方,メンバーシップが収量に影響を与えないとする研究も存在している(Hun et al., 2018).このように,メンバーシップの収量増大効果に関する実証分析の結果は定まっていない.そこで本研究では,ソーシャル・ネットワークの一形態として,農業組織のメンバーシップに注目し,その収量増大効果について検証を行う.

4. 実証分析のフレームワーク

(1) データ

本研究では,インドネシア中央統計庁(Badan Pusat Statistik: BPS)により,2013年の農業センサスで作成された農家リストに基づいて,2014年に調査されたインドネシアの「2013年農業センサス調査結果 農園作物セクター調査 2014(Sensus Pertanian 2013 Angka Nasional Hasil, Survei ST2013, Subsektor Rumah Tangga Usaha Perkebunan, 2014)」のリアウ州のミクロデータを用いる.この統計には,アブラヤシ,ゴム,茶など14種類の農園作物について,生産量,生産物価格,生産費用,農家属性,農地属性,農法・栽培技術などに関する豊富な情報が掲載されており,農家の生産行動を詳細に分析することが可能となっている.本研究では,このデータセットに含まれる情報のうち,アブラヤシ栽培農家に焦点を当てて分析を行う.

(2) 推定方法

ここでは,第2節の考察に基づき,土地生産性の分布上の位置ごとに異なるメンバーシップの効果を計測するために,統計的手法としてQRを採用する.QRは独立変数が与えられた場合の従属変数の条件付分位点を求めることができる(Koenker, 2005).その推定量は一致性を有し,外れ値に対して頑健という性質がある.従属変数の分位点によって,独立変数のパラメータの値が変化することを許容する点が最大の特徴となっている.以下では,この特徴を利用して,従属変数に土地生産性,独立変数にメンバーシップを表す変数を含めたモデルを構築し,農家の異質性とメンバーシップの生産性向上効果にどのような関係が見られるかについて分析を行う.

本研究では,クロスセクション・データを用いているため,内生性の問題が生じやすい.例えば,生産性の高い農家ほど,さらなる情報や技術を求めて積極的にメンバーシップを獲得するという逆の因果性が生じている可能性がある.また,農家の能力や努力などの観測できない個人特性やモデルから除外された変数が存在する場合にも,内生性バイアスが生じ,メンバーシップの効果を正確に評価できなくなる可能性がある.

パネルデータ分析であれば農家ごとの固定効果をコントロールできるため,これらの内生性の問題をある程度緩和できる.しかし,データの制約により,パネルデータの利用は困難である.操作変数法による対処も検討したが,適切な操作変数を特定することは困難で,メンバーシップと強い相関を持ちつつ,農業生産性に直接的な影響を与えないという条件を満たす変数を見出すことはできなかった.そのため,操作変数法の採用を断念せざるを得なかった.

これらの制約を踏まえ,本研究では,生産性に関連する農家の属性・栽培技術・栽培条件などをコントロール変数として可能な限りモデルに追加し,内生性バイアスをできるだけ回避することを試みる.

(3) 実証モデル

本研究では,次式で表されるモデルによって,土地生産性が決定されると考える.

  
ln Y i e l d τ = F ( T τ , Z τ ) + ε τ (1)

ここで,従属変数のln Yieldは土地生産性(1 ha当たりの生果房収穫t数)の対数値,τはパーセンタイルを表している.独立変数には,栽培管理技術(T)と栽培管理技術以外の要因(Z)を用いる.また,εは誤差項である.Tには栽培技術の情報量,農家属性,そして採用農法が含まれる.一方,Zには農地属性と農園被害状況が含まれている.

本研究では,栽培技術の情報量を規定する重要な役割を果たすものとして,情報ネットワークとしての「メンバーシップ(D_membership)」に着目する.D_membershipは農家が,協同組合,アブラヤシに関する生産者団体,そして農家グループ(KT)のいずれかのメンバーシップを有していることを表すダミー変数である.QRの係数推定値は条件付き分位数を表すため,D_membershipの係数推定値は,モデルに含まれるコントロール変数(D_membership以外のT及びZ)の影響を除去した上での効果を示している.また,前節で示したように,農業組織は農業投入財へのアクセスに関して限定的な役割しか果たしていない.このため,D_membershipの係数推定値は,メンバーシップを通じて獲得された「栽培技術の情報量」の効果を反映していると解釈できる.したがって,メンバーシップが栽培技術の情報量を増加させ,それによって栽培管理技術の向上をもたらす場合,D_membershipの係数は正の値をとることが期待される.また,この効果は土地生産性の低いグループにおいてより顕著に現れると考えられるため,低い分位点ほどメンバーシップが土地生産性を高める効果が大きくなると予想される.

次に,コントロール変数(D_membership以外のT及びZ)について述べる.まず農家の属性について説明する.性別(D_gender)は,農家の世帯主が女性であることを表すダミー変数である.多くの先行研究と同様に,この係数は負となると期待される.また,人的資本として,教育年数(Yedu),そして経験年数(Yexp)とその2乗項(Yexp2)を用いる.ここで経験年数は,年齢から教育年数と就学開始年齢である6を減じたものとして定義されている.YeduYexpの係数の符号条件は正,Yexp2は負である.採用農法については,農園規模を表す栽培面積(Area),改良品種の使用(D_seed),1 ha当たりの植栽本数(Plants_per_ha),1 ha当たりの労働者数(Labor_per_ha),1 ha当たりの肥料投入額(Fertilizer_per_ha),1 ha当たりの成長促進剤投入額(PGR_per_ha),1 ha当たりの農薬投入額(Pesticide_per_ha),政府などからの支援(D_support),そして農業普及員からの営農指導(D_consultation),をモデルに含めている.規模の経済性を表すAreaの係数の符号条件は理論的には定まらない.ただし,多くの先行研究で土地生産性と規模の間には逆相関の関係が見られることが報告されているため(Lipton, 2012大塚,2023),負の値を取ることが予想される.栽植密度が高まると土地生産性は低下するので,Plants_per_haの符号条件は負である.それ以外の採用農法に関する変数については,正の係数となることが期待される.

また,Zとして,不利な栽培条件をコントロールするために,湿地(D_wetland),泥炭地(D_peat)という農地属性に関するダミー変数と,病虫害(D_disieses_pests),干ばつ(D_drought),洪水(D_flood),そしてその他被害(D_other_damages),という農園被害に関するダミー変数を加えている.これら係数の符号は負になると期待される.

以上のモデルで用いられる変数の記述統計量は,表A2に示されている.また,分析モデルに関する留意点については,電子付録の付録Bに記載した.

5. 推定結果

(1) 基本モデルの推定結果

1は,式(1)に基づいて,ソーシャル・ネットワーク指標としてD_membershipを採用した基本モデル(モデルⅠ)のQR推定の結果である.ここでは,10,25,50,75,90パーセンタイルという5つの分位点について報告する.比較のため,式(1)に対応するOLSのモデルの推定結果も併せて示した.表1を見ると,D_membershipのQR推定値は,90パーセンタイル以外の分位点では有意であり,また正値であることから符号条件も満たしている.同様に,OLS推定値も有意で符号条件を満たすものとなっている4.これらのことから,メンバーシップの有無は,栽培管理技術を向上させることを通じて土地生産性を上昇させる効果があると判断される.ただし,係数推定値には分位点間で差異が見られ,農家の栽培管理技術によってソーシャル・ネットワークの生産性向上効果は異なっていると考えられる.

表1.

ソーシャル・ネットワークの効果(基本モデル)

OLS1),2) QR2)
q10 q25 q50 q75 q90
D_membership 0.113 [0.023]** 0.172 [0.056]** 0.140 [0.030]** 0.120 [0.023]** 0.065 [0.026]* −0.008 [0.030]
D_gender −0.016 [0.035] −0.057 [0.100] 0.004 [0.054] 0.015 [0.034] −0.021 [0.028] 0.031 [0.045]
Yedu (×10−3 0.394 [3.490] −7.664 [8.021] −0.140 [4.712] 5.546 [3.818] 6.283 [2.729]* 3.232 [4.221]
Yexp 0.014 [0.003]** 0.026 [0.007]** 0.016 [0.004]** 0.013 [0.003]** 0.011 [0.003]** 0.013 [0.003]**
Yexp2 (×10−3 −0.164 [0.038]** −0.318 [0.098]** −0.180 [0.049]** −0.147 [0.037]** −0.126 [0.034]** −0.157 [0.037]**
Area −0.011 [0.005]* −0.032 [0.008]** −0.019 [0.009]* −0.018 [0.007]** −0.001 [0.004] 0.004 [0.005]
D_seed 0.149 [0.022]** 0.163 [0.059]** 0.170 [0.032]** 0.154 [0.025]** 0.116 [0.020]** 0.157 [0.026]**
Plants_per_ha (×10−3 −0.235 [0.382] −0.692 [1.056] −0.537 [0.689] −0.208 [0.465] −0.068 [0.364] −0.216 [0.472]
Labor_per_ha 0.003 [0.003] −0.023 [0.015] 0.006 [0.005] 0.005 [0.004] 0.018 [0.006]** 0.024 [0.007]**
Fertilizer_per_ha (×10−3 0.060 [0.004]** 0.086 [0.007]** 0.068 [0.004]** 0.050 [0.004]** 0.034 [0.004]** 0.024 [0.005]**
PGR_per_ha (×10−3 0.088 [0.044]* −0.020 [0.181] 0.172 [0.150] 0.100 [0.137] 0.034 [0.125] −0.028 [0.108]
Pestiside_per_ha (×10−3 −0.009 [0.006] −0.054 [0.038] −0.007 [0.016] −0.003 [0.013] −0.005 [0.017] −0.001 [0.018]
D_support 0.132 [0.028]** 0.258 [0.061]** 0.183 [0.037]** 0.104 [0.028]** 0.065 [0.026]* −0.006 [0.034]
D_consultation 0.052 [0.041] 0.138 [0.067]* 0.068 [0.050] 0.073 [0.035]* 0.039 [0.031] 0.011 [0.044]
D_wetland 0.037 [0.080] 0.040 [0.154] −0.007 [0.078] −0.074 [0.080] 0.012 [0.088] −0.030 [0.117]
D_peat −0.098 [0.024]** −0.273 [0.048]** −0.177 [0.035]** −0.070 [0.019]** −0.024 [0.021] −0.047 [0.026]
D_disieases_pests −0.048 [0.018]** −0.057 [0.044] −0.071 [0.023]** −0.051 [0.016]** −0.029 [0.015]* 0.010 [0.026]
D_drought 0.001 [0.019] 0.032 [0.047] 0.031 [0.025] −0.013 [0.023] −0.027 [0.017] −0.082 [0.025]**
D_flood −0.084 [0.039]* −0.221 [0.106]* −0.056 [0.039] −0.069 [0.035]* −0.026 [0.032] −0.022 [0.039]
D_other_damages −0.518 [0.190]** −1.319 [0.428]** −0.840 [0.445] −0.360 [0.112]** −0.136 [0.223] −0.030 [0.181]
定数項 9.085 [0.098]** 8.394 [0.273]** 8.767 [0.157]** 9.161 [0.120]** 9.480 [0.086]** 9.685 [0.124]**
Adj R2/Pseudo R2 0.13 0.13 0.11 0.08 0.06 0.04
標本サイズ 4,835

資料:BPS(2014)より,筆者計算.

1)[ ]内は誤差項の不均一分散に対して頑健な標準誤差を示している.

2)**,*,†は,それぞれ1%,5%,そして10%の水準で係数推定値が有意であることを示している.

この点をより詳細に分析するために,10パーセンタイルごとのD_membershipの効果を示したものが,図1である.これを見ると,QR推定値は,単調減少で推移していない部分もあるが,おおむね分位点が高くなるにつれて小さくなっていく傾向を確認できる.つまり,メンバーシップが土地生産性を上昇させる効果は,情報ネットワークを通じた栽培技術の獲得量が少ない農家ほど大きく,情報ネットワークを通じた栽培技術の獲得量が多い農家ほど小さくなっている.これは,第2節で考察した通り,栽培管理技術が低い農家ほど,メンバーシップを通じて得られる情報に新規性や有用性がある可能性が高く,生産性向上効果が表れやすい一方で,もともと栽培管理技術が高かった農家ほど,得られた情報が既知のものである可能性が高いために,生産性向上に結び付きにくいという本研究の仮説を支持する結果となっている.

図1.

ソーシャル・ネットワークの効果(D_membership

資料:BPS(2014)より筆者計算.

また,OLS推定値とQR推定値を比較すると,両者には乖離が見られることが分かる.例えば,OLS推定値の0.113に対して,20パーセンタイルのQR推定値は1.73倍の0.196,80パーセンタイルのQR推定値は0.37倍の0.042となっている.すなわち,低い分位点ではOLS推定値は過小推定,高い分位点では過大推定になっている.したがって,OLSに代表されるような単一の固定的なパラメータに基づく手法では,メンバーシップの効果を十分に捉えきれていないため,QRを適用することには一定の合理性があると考えられる.

次に,メンバーシップ以外の変数について考察する.表1を見ると,農家世帯主の性別(D_gender)は,生産性に有意な影響を与えていない.これには施肥や除草などの栽培管理に雇用労働力を用いたり,収穫・運搬作業を委託したりすることが少なくないことが関係していると推察される.つまり,雇用労働力や作業委託の利用により,女性の農家世帯であることが不利に作用していないことを示している.

次に,人的資本を表すYeduYexpについて考察する.Yeduは有意ではなく,教育の重要性を支持しないという結果となっている.これは,アブラヤシは,粗放的な栽培でも収量を維持することが比較的容易なため,教育水準が生産性に与える影響がそれほど大きくないことを示唆するものとなっている.

一方,Yexpは正値で有意,その2乗項(Yexp2)は負値で有意となっており,経験が生産性を向上させる重要な要因になっていることが確認できる.先行研究では,教育と経験がともに所得向上に寄与する重要な人的資本として示されてきた(Psacharopoulos and Patrinos, 2018).しかし,ここでの結果によれば,アブラヤシ栽培では,経験が依然として重要である一方で,教育の重要性は相対的に低いことが示されている.このことは,教育水準が低いことの多い貧困層にとって重要な意味を持つ.なぜなら,教育適齢期を過ぎた貧困層であっても,アブラヤシ栽培の経験を積むことで,高い教育水準を持つ者と同様の所得を得られる可能性があり,貧困脱却の道筋が示唆されているからである.

次に,栽培技術に関する変数について考察する.生産規模(Area)の係数推定値は,90パーセンタイルを除き,負値で有意となっている.これは,多くの先行研究と同様に,生産規模は土地生産性と逆相関していることを示しており,生産規模を拡大した農家が粗放的な栽培を行っている可能性が示唆されている.アブラヤシ栽培農家の中には,他の就業先を有しているケースが多く見られる.彼らは「アブラヤシは栽培管理を怠っても一定の収穫が得られる」という認識から,アブラヤシ栽培以外への労働投入を優先する傾向がある.その結果,副収入源としてアブラヤシ栽培を位置付けている場合は,生産規模が拡大すると,土地生産性が低くなるという逆相関を生じさせる要因になっていると推察される.

高収量品種の採用(D_seed)の効果は,有意で正値となっており,先行研究が指摘するように(Molenaar et al., 2013),栽培品種の選択が重要であることが示されている.栽植密度(Plants_per_ha)は有意ではないが,10パーセンタイル以外は負値となっており,符号条件はおおむね満たされている.労働投入(Labor_per_ha)については,有意である分位点とそうでない分位点があるが,10パーセンタイル以外は正値となっており,おおむね符号条件は満たされている.投入財については,肥料投入量(Fertilizer_per_ha)の増大が生産性向上に有効である.このことは,肥料投入の問題を指摘する先行研究とも整合的である(Sugianto et al., 2023).その一方で,成長促進剤(PGR_per_ha)や農薬(Pestiside_per_ha)の投入量増大は,それほど効果的ではないことが明らかにされている.また,生産性を向上させる効果は,政府支援(D_support)についてはおおむね確認されているが,農業普及員の指導(D_consultation)については確認されていない.

栽培条件については,泥炭地(D_peat)と病虫害の発生(D_disieses_pests)が生産性に悪影響を与えていることが確認できるが,その他の要因の影響については限定的なものにとどまっている.

(2) 推定結果の頑健性

本項では,これまでの考察の信頼性を高めるために,前項の基本モデルとは代替的なモデルを推定し,分析結果の頑健性について確認を行う.基本モデルでは,ソーシャル・ネットワークの指標として,メンバーシップを有しているかどうかを定性的に捉えるD_membershipを採用した.しかし,ソーシャル・ネットワークは多様な形で定義できるため,定義によって分析結果が変わる可能性がある.そこで以下では,新たなソーシャル・ネットワークの指標を導入した2種類の代替的なモデルを推定し,その結果と前項の分析結果を比較してみたい.

第一の代替的なモデル(モデルⅡ)では,定性的な指標であるD_membershipに代えて,ソーシャル・ネットワークへの参加状況を定量的に捉えたN_membershipを用いる.N_membershipは,協同組合,アブラヤシに関する生産者団体,KTのうち,農家がメンバーシップを有しているソーシャル・ネットワークの数として定義されている.これにより,ソーシャル・ネットワークの効果について,定量的な側面から検証することが可能になる.第二の代替的なモデル(モデルⅢ)では,ソーシャル・ネットワークの定義範囲を拡大し,メンバーシップに加えて,企業とのパートナーシップ関係も考慮した新たな指標を採用する.インドネシアでは,プランテーション企業がアブラヤシやゴムの農園開発を進める際に,プランテーション企業と農家がパートナーシップ関係を構築する「中核農園システム(Perusahaan Inti Rakyat: PIR)」と呼ばれる方式が採用されてきた5

この方式の下で,プランテーション企業は,農家の農地造成,収穫物買取り,営農指導などにおいて,協力・支援が求められている.このことを踏まえ,モデルⅢでは,農家同士の関係性を表すメンバーシップだけでなく,農家と企業とのパートナーシップ関係をソーシャル・ネットワークの範囲に含めた指標であるD_social_networkを採用する.これは,農家がメンバーシップやパートナーシップの少なくともいずれか1つの関係を有する場合に1の値をとり,それ以外の時に0の値をとるダミー変数である.この指標によって,農家が属するより広範な農業コミュニティにおけるネットワークの効果を捉えることが可能になると考えられる.

2は,代替的なモデルの推定結果のうち,ソーシャル・ネットワークの効果に関する部分を抜粋して図示したものである.図2aはN_membershipを用いたモデルⅡ,図2bはD_social_networkを用いたモデルⅢの推定結果に対応している.

図2.

ソーシャル・ネットワークの効果

資料:BPS(2014)より筆者計算.

まず,モデルⅡの結果について考察する.量的な指標であるN_membershipのOLS推定値を見ると,有意で正値をとっている.一方,QR推定値も,90パーセンタイルの係数推定値は有意でないものの,その他の分位点については,有意で正値となっている.したがって,参加しているソーシャル・ネットワークの数が多いほど,効果が大きくなっていると判断される.これは,より多くのネットワークに参加することで,利用可能な情報やサービスの選択肢が広がり,個々の農家がニーズに合った選択をできるようになるためと考えられる.また,各分位点におけるQR推定値を比較すると,ソーシャル・ネットワークの効果は,低い分位点では相対的に大きく,高い分位点では相対的に小さくなっており,前項の分析とも整合的となっている.

次に,モデルⅢの推定結果について考察する.こちらもモデルⅡと同じく,OLSとQRによる推定値はいずれも有意で正値となっていること,そしてソーシャル・ネットワークの効果は分位点が高くなるほど小さくなっていることが確認されている.

本項では,代替的なソーシャル・ネットワーク指標を採用したモデルを用いることにより,前項の分析結果の頑健性について検証を行った6.そして,いずれのモデルの推定結果も,前項の主要な結論を支持するものになっていることから,本研究の分析結果には一定の妥当性があると判断される.

6. おわりに

本研究では,インドネシアで最もアブラヤシ栽培が盛んなリアウ州の事例に基づいて,ソーシャル・ネットワークが土地生産性に与える効果について考察した.先行研究は,農家の栽培技術に関する知識・経験の異質性を表す二値変数を独立変数として組み込んだモデルで分析している.これに対して,本研究では,土地生産性が農家の栽培技術の実践度,ないしは栽培管理技術と解釈できることに着目し,農家の異質性を従属変数の分布で捉えたモデルにQRを適用するというアプローチを採用した.推定結果に基づくと,ソーシャル・ネットワークが土地生産性を上昇させる効果は,栽培技術の情報量が少ない農家ほど大きく,栽培技術の情報量が多い農家ほど小さくなっている.これは栽培技術の情報量が少ない農家ほど,ソーシャル・ネットワークを通じて得られる情報に新規性や有用性がある可能性が高く,生産性向上効果が表れやすい一方で,もともと栽培技術の情報量が多かった農家ほど,情報が既知である可能性が高く,生産性向上に結び付きにくいという本研究の仮説を支持する結果となっている.

ただし,本研究の分析には,以下に挙げる点に限界があると考えられ,今後の課題として残されている.第一は,分析手法上の制約による内生性の問題である.本研究は,クロスセクション分析を採用しているため,潜在的な内生性の問題に十分に注意を払う必要がある.対処法としては,パネルデータ分析の採用や適切な操作変数の使用などが考えられる.しかしながら,データの制約のため,パネルデータを構築することはできなかった.また,利用できるデータセットでは適切な操作変数を特定することも極めて困難であった.これらの制約の解決は極めて困難であり,本研究の結果を解釈する際には,内生性の影響を完全に排除できているとは限らないという点に留意する必要があるだろう.第二は,分析に用いたソーシャル・ネットワーク指標の妥当性である.ソーシャル・ネットワークは,様々な形で定義することが可能である.そのため,定義によって異なる結論が得られる可能性は否定できない.とりわけ,インドネシアで広範に見られるインフォーマルな農家組織が,定義に含まれていないことは,本研究の分析結果に一定の影響を与えている可能性もある.また,ネットワークの活動内容が異なれば,生産性に与える影響も異なると考えられる.しかし,本研究では,ネットワークの異質性が十分に考慮されていない.以上のように,本研究のソーシャル・ネットワークの定義には,不十分な側面があり,これらの問題を克服するような研究が求められていると言えるだろう.本研究で十分に検討できなかったこれらの点については,今後の研究課題としたい.

謝辞

本研究の実施に当たっては,科研費(研究課題番号18K01577,23K01365)による研究助成を受けた.この場を借りて謝意を表したい.

1  本研究では,知人・親戚,民族,宗教などだけでなく,Miguel et al.(2005)と同様,協同組合のメンバーシップもソーシャル・ネットワークとしている.

2  KUDと後述するKTについては,高田・高橋(2004)などを参照のこと.

3  筆者のヒアリングによる.

4  観測可能なサンプル・セレクションに対応した推定方法として,回帰調整(Regression Adjustment)による平均処置効果(ATE)の推定を行ったところ,係数推定値は0.107で1%の水準で有意であった.OLS推定値とほぼ同じであるので,内生性の問題がそれほど深刻ではないことを示唆している.

5  中核農園システムについては,河合(2021)を参照のこと.

6  頑健性を確認するための代替的な方法として,協同組合,生産者団体,農家グループの組織ごとにメンバーシップを定義した3種類のモデルの推計も行った.ここでは報告していないが,協同組合と農家グループのメンバーシップにおいては,分位点が高くなるほど,効果が小さくなっていることが確認できた.ただし,生産者団体については,統計的に有意な効果を確認できなかった.これは,リアウ州では,アブラヤシ農家が急増しているため,生産者団体が十分に活動を展開できていない可能性を示唆している.

引用文献
 
© 2025 地域農林経済学会
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