農林業問題研究
Online ISSN : 2185-9973
Print ISSN : 0388-8525
ISSN-L : 0388-8525
個別報告論文
ため池管理組織リーダーへの階梯
―兵庫県東播磨地域における事例から―
佐々木 太一中塚 雅也柴崎 浩平
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2025 年 61 巻 4 号 p. 197-204

詳細
Abstract

This study aimed to identify the “ladders for leaders in irrigation pond management organizations” and to provide recommendations for developing the next generation of leaders through this process and via the role of their supporting organizations. Specifically, the study examined what knowledge and behaviors were important to leaders and how they acquired them. In this study, interviews were conducted with leaders in the Higashi-Harima region of Hyogo Prefecture. The results revealed that current leaders prioritize interpersonal coordination and organizational management skills over irrigation pond management techniques. Furthermore, these skills are largely derived from their experiences outside the region. This indicates that farmers with little local experience can become potential leaders if an appropriate ladder is established. This presupposes a small but significant regional experience; to maintain these ladders, it is necessary to create and strengthen intermittent opportunities for knowledge sharing within the region.

1. 背景と目的

ため池は農業用水を確保するために水を貯え,必要時に取水する農業用水利施設である.近年では,老朽化の進行に加えて,集中豪雨の頻発化により,決壊の危険性も高まっている.しかしながら,ため池管理組織も弱体化しており,数年後に現在と同じような管理を行うことは困難になるという管理者の声も散見する(渡部他,2021).管理継続のためには,ため池の管理技術を継承し,多様な主体の参画促進などが求められるが,なかでも組織の中核となるリーダーの確保は喫緊の課題である.兵庫県のため池管理者を対象に行われたアンケート調査においても,「ため池管理を担う人材の育成」が課題と感じている管理者が77.8%いることが明らかになっており(兵庫県,2021),次世代のリーダーの育成は組織的,地域的な課題となっている(柴崎,2022).

このようなリーダー育成の先行研究をみると,農村リーダー全般について,七戸(1987)は,農村リーダー層が地域の中でいくつかの役割・役職を果たしながら「上向階梯」を登ることで育成されていることを示し,地域内での役割分担や経験を重ねることの重要性を説いている.また,これに加えて,現代では,地域内だけでなく地域外におけるネットワークと知識や技術の獲得がリーダーシップ発揮の要件となっているという指摘もなされるとともに,地域へ関わる機会の希薄化の進行に応じた上向階梯の再設計が課題とされている(中塚・内平,2010).

総合的な農村リーダーと比較して,ため池管理組織のリーダーは,ため池管理の最低限の技術や知識が求められる点が特徴である.そのため研究においても適切な管理作業の知識や継承に焦点があてられた成果が蓄積されている(柴崎,2022).なかでも具体的には,管理組織内において役職間や世代間でため池管理知識が偏在していること(深町・星野,2006)や,継承が容易な知識と困難な知識があること(星野・深町,2014)などが明らかにされてきた.また,継承方法としては,OJTが有効であることも示されている(柴崎他,2020).

以上のように,ため池管理組織のリーダーについては,必要とされる技術や知識そのものの研究はあるものの,リーダーの育成もしくは成長と関連づけた研究はほとんどなされていない.そこで本研究では,①現在の優れたリーダーがどのような知識や行動を重要と考え,②それらの知識や行動をどのように学んできたのかというプロセスを明らかにすることで,現代のため池管理組織リーダーの「上向階梯」を明らかにすることを目的とした.また,そのことを通して,現代課題となっている,次世代のため池管理組織リーダーの育成方法,および,その支援組織の役割を提案することを目指した.

2. 研究方法

(1) 調査の対象と方法

事例対象としたのは,兵庫県東播磨地域内のため池管理組織のリーダーである.農業用ため池については,現在,法律の定めにより所有者や管理者を都道府県がデータベースを整備し公表することになっている.本研究では,このデータベース上に管理者と明記されている組織をため池管理組織とした.具体的には,水利組合,土地改良区,財産区,自治会などであり,そのリーダーとは,これら組織の代表者である水利組合長や土地改良区理事長などを指し,ため池の統括責任者として,組織マネジメントを行うほか,ため池の点検や水位管理など日常的なため池管理業務も担うことが多い.

対象とする兵庫県東播磨地域は明石市,加古川市,高砂市,稲美町,播磨町の3市2町からなる.南部は製造業が発展し,近隣の神戸市や姫路市のベッドタウンとしても栄える一方,北部は農村風景が広がっている.瀬戸内気候の降水量が少ない地域であり,多くのため池や水路が整備された歴史を持つが,都市近郊農村で兼業農家が多く,ため池管理人材の確保に課題を感じている地域であることから対象地域とした.

当該地域には,ため池データベース上では179のため池管理組織が存在する(兵庫県,2024).また,ため池管理人材育成に関する公的な取組としては,市町毎に開催している「ため池管理者講習会」がある.ここでは主に日常管理や点検などの技術的な講習が行われている.ため池の仕組みから日常管理,非常時の対応など技術的側面に関する「ため池管理マニュアル」も県により作成され,配布されている.

本研究では,業務を通して地域のため池管理組織に精通する県職員1名の経験に依拠して1,一定規模の組織でため池を適切に管理していること,内外環境の変化や課題を把握し長期的な視点から組織運営に応対していることを「優れたリーダー」の条件とした2.その上で,地理的条件や組織規模などができる限り多様になるよう,当該県職員にリーダーの推挙と仲介の依頼を願い,一定の代表性を確保しつつ了解を得られた5名を調査対象者とした3

調査は,各90~120分程の個別インタビューにて実施した.主な質問事項は,①リーダーとして必要な行動や知識(現在と今後),②それらの学びのプロセスである.前者①については,自身が現在大切にしている行動や必要だと考える知識を尋ねるとともに,次のリーダーに必要と考えている知識や行動を尋ねた.後者②については,具体的な機会と場所を尋ねた上で,更に詳しく,ロミンガーの法則4を参考に,それらが「経験,薫陶,研修」のいずれによって得たものかという視点,前リーダーからどのように引き継いだかという視点からも尋ねた.調査期間は,2024年9~10月である.

(2) 分析方法

ため池管理組織のリーダーとして求められる知識や行動については,聞き取りデータからオープンコーディングをおこない,抽出したコードを類似性や関連性に基づいてグルーピングし,「テーマ」としてラベリングした.そして,その上位カテゴリーを「領域」としてまとめた.

リーダーに求められる知識や行動を習得したプロセスについては,聞き取りデータを先述の領域ごとに分類し,機会と場所を明示した.また加えて,学習として「経験,薫陶,研修」の役立ちの度合いを,10点満点の割合で尋ねた結果をそのまま示すとともに,引き継ぎの方法についてもカテゴリー化した.

3. 対象者の概要

調査対象の概要は表1に示すとおりである.年齢はおよそ65歳から75歳の間であり,性別は5名ともが男性である.居住歴に関して,3名(A氏,B氏,C氏)は出生地として居住し続けており,2名(D氏,E氏)は妻の出身地として30年程前に移住している.営農状況は,水田作を行っているのが3名(A氏,C氏,D氏)である.なかでもA氏は20歳代から親から営農を引継ぎ,農業に従事してきた.B氏は畑作のみであり,E氏は非農家ながらもため池管理組織のリーダーを務めている.

表1.

調査対象の概要

対象 年齢(居住歴) 管理組織の形態(構成員数) 管理組織における役職経験 営農 職歴 地縁組織における役職経験
A 75歳(75年) 土地改良区(202人) 理事長(63歳~) 水田作 製造業会社員,タクシー自営業,不動産自営業 営農組合長,消防団班長,PTA会長,自治会長,農会役員,地区土地改良区理事
B 76歳(76年) 水利組合(65人) 役員(64歳~)
組合長(68歳~)
副組合長(72歳~)
組合長(74歳~)
畑作 製造業会社員,製造業会社員(再雇用) 消防団役員
C 66歳(66年) 土地改良区(815人) 総代(58歳~)
副理事長(62歳~)
理事長(66歳~)
水田作 町役場公務員 土地改良区総代
D 69歳(29年) 土地改良区(270人) 理事長(62歳~) 水田作 製造業会社員,製造業会社員(再雇用) 子供会祭り担当,自治会理事
E 64歳(25年) 水利委員会(210人) 委員長(63歳~) 非農家 製造業会社員 子供会会長,隣保長,町内会長

資料:インタビューより筆者作成.

1)数字は2024年現在,太字は現職を示している.

2)A氏の地縁組織における地区土地改良区とは,圃場整備のため期間限定で結成した組織であり現在解散している.

職歴については,A氏は製造業会社で勤務した後,自営のタクシー業を経て,不動産業を開業し現在に至る.B氏は,製造業会社にて設備のエンジニア,生産工程の現場監督を経験した後,退職後の現在も再雇用で現場管理を担っている.C氏は,町役場の職員として,土地改良や議会事務局などを担当し,現在は退職している.D氏は,製造業会社で勤務した後,退職後の現在も再雇用で,保温工に従事している.E氏は製造業会社にて機器の設計を担当し,現在は退職している.

町内会をはじめとする地縁組織における役職経験をみるとA氏は営農組合長や自治会長,PTA会長等,多くの役職を務めてきた.また,C氏は自治会内での役職として土地改良区総代への選出に加えて,町役場の職員として土地改良区内の人や地域状況を把握してきている.一方,B氏,D氏,E氏については,「地域のことは定年後から関わった」(B氏)や「組合長になるまで地域での経験はほとんどない」(E氏)というように地域経験は少ない.

4. リーダーとして必要な知識や行動

まず,育成されるべきリーダー像を明らかにするため,調査対象としたリーダーが,現在のリーダーとして活動する上で,必要だと考えている知識や行動を尋ねた.表2は,コーディングに基づき,領域,テーマとその特徴を示す主要な発言をまとめたものである.

表2.

リーダーに必要と考える知識や行動

領域 テーマ 主な発言内容(発言者)
人間関係 構成員との関係性構築 人を動かすために相手を見て伝わる言い方をすること(B*)
自らが率先して動くことで良い人間関係を構築する力(D*, E)
地域内での農地転用等,折衝を調整する力(A)
行政との関係性構築 行政とのやり取り,交渉力(A*, B, C)
組織管理 資料作成能力 総会資料や案内書を作成する能力(C, D*, E*)
会議運営能力 理事会や総会等の会議をうまく運ぶための能力(C*)
会計管理能力 お金の流れを理解していること(A, B, C)
水管理 農業の理解 農業者の目線から,水利に対する理解があること(C, D, E*)
水利慣行の理解 雨が少ない年に,どの池から水を優先的にとるか等の対応(C)
施設管理 施設の日常管理技術 ルーティンワークの適切な執行(D)
施設関連の幅広い知識 施設補修や諸問題に対応できる幅広い知識(A, B, D)
地域状況の把握 地域状況の把握 地域の状況や昔の土地改良に対する知識(A, C*, D, E*)
新たな取組の遂行 先進事例の把握 親水イベントの開催,水面ソーラーなどへの理解(B, C)
先見力 先々のことを予見して行動すること(B)

資料:インタビューより筆者作成.

1)次のリーダーに求める要件として回答があった発言に対して「*」を付記.

分析の結果,12のテーマが抽出され,それらは,「人間関係」,「組織管理」「水管理」「施設管理」「地域状況の把握」「新たな取組の遂行」の6つの領域に分けられた.

「人間関係」は,ため池管理組織の構成員や行政との関係性構築ができる力のことであり,具体的には,人を動かすために,相手をみて伝わる言い方をすることや,自らが動き,話をよく聞くこと,また農地転用等の折衝に対して構成員と良い関係性を築くなど5,構成員との関係性構築に注力していることが挙げられた.施策メニューの採択や補助金申請をスムーズにおこなうために,日ごろから行政の担当職員との関係性を構築する必要性も挙げられた.

次に,「組織管理」の領域は,資料作成能力や会議運営能力,会計管理能力のことである.総会資料や案内書の資料作成,理事会や総会において会議を円滑に運営する能力が挙げられた.また,事業をおこなう上でのお金の流れを理解していることなども必要な事項として挙げられている.

さらに「水管理」は,農業や水利慣行の理解に関する知識のことであり,どれくらいの水位を維持すればよいか農業者としての目線を持ち合わせていること,水分配の方法に関する知識があることである.

そして「施設管理」は,施設に関する日常管理技術と幅広い知識のことである.具体的には,ため池管理にかかるルーティンワークを適切に執行することや,施設補修や諸問題に対応するための幅広い知識を持っていることも必要と考えられていた.

「地域状況の把握」は,住んでいる人や土地利用状況,昔の土地改良に関する知識のことであり,地域内の折衝や問題への対処をおこなうために重要と捉えられていた.

他にも,「新たな取組の遂行」は,先進事例の把握が行われていることや,先見力のことである.具体的には親水イベントやため池の利活用に対する理解,先を予見して行動する姿勢の重要性が挙げられた.

また,必要と考えられているものの中でも,特に重要かつ時代に合致した要素を明らかにするために「次のリーダーに必要と考えている知識や行動」について尋ねたところ,「人間関係」,「組織管理」,「地域状況の把握」の領域に属するものがあげられた.総じて,管理技術に比べて人間関係の調整や組織管理能力の要件が重要視されている結果であった.

5. リーダーの学びのプロセス

(1) 学びの機会と場所

さらに,リーダーに必要と考える知識や行動を,それぞれどのように学んだかを明らかにするため,まずその機会と場所を尋ねた.表3は,その結果を表2で示した領域毎にまとめたものである.

表3.

領域ごとの学んできた機会と場所

領域 学びの機会(発言者) 場所
人間関係 人の管理や折衝をおこなった経験(A, B, C, D) 職場
組織管理 仕事を通した金や会議運営など事務的な作業経験(A, B, C, D, E) 職場
水管理 農業経験(A, C)
地域内のキーマンから直接,農業に関することを尋ねる(E)
地域
施設管理 理事長になる数年前からコアメンバー会議への参加(A, C)
問題がおきるたびに前任者に聞いていた(B, D, E)
前任者が管理について気になる点を事前に教えてくれていた(D)
地域
機器操作に関する職場での経験(D) 職場
地域状況の把握 水利や自治会役員経験による村の人や土地の知識蓄積(A)
生活を送る中での地域状況把握(D, E)
「地域内のキーマン」を前任者からの引継ぎ(E)
地域
役場で働いていたころの地域に対する知識蓄積(C) 職場
新たな取組の遂行 行政や環境団体からの情報提供による視察(B, C)
マニュアル通りではなく,アレンジする重要性に気付いた経験(B)
地域
職場

資料:インタビューより筆者作成.

「人間関係」や「組織管理」の領域については,管理職経験によって人の業務を管理した経験や,仕事上の折衝,仕事を通して会計管理や会議運営など,職場での経験が役に立っていたとあった.

一方,「水管理」や「施設管理」,「地域状況の把握」については,地域内における農業経験や前任者からの引継ぎを通して学んでいた.具体的には,組織コアメンバーによる会議の場へ理事長になる数年前から参加すること(A氏,C氏)が挙げられた.ここでは,施設管理をはじめとした管轄内の諸問題に対応するための議論が行われている.また,問題が起こるたび,前任者に尋ねることで問題に対処する経験のなかでこの領域に対する事項を学んでいた(B氏,D氏,E氏).さらに,一部,施設管理に関連する職務経験での学びも確認された(D氏).

「地域状況の把握」の領域については,地縁組織の役職の経験の多寡によって差異が見られた.役職経験が比較的豊富な者は,長年地域の人や圃場整備等の事業に関わってきた中で土地改良事業や水利慣行,地域の人に関する知識蓄積がなされていた(A氏,C氏).経験が比較的少ないものは,これらの知識は前任者に尋ねることを中心に知識を蓄積されていた.それと同時に,地域に住み,祭り等の生活を送るなかで地域を知る機会が重要にもなっていた(D氏,E氏).また,問題が起きた時に相談する相手となる地域内のキーマンを口頭で引き継がれた事例も見られた(E氏).「新たな取組の遂行」の領域について,行政や環境団体から先進事例や昨今の状況の情報を直接的に提供されることで学んでいた.

(2) 学びの手段

加えて,その学び方に対してロミンガーの法則を参考に,各リーダーが,経験,薫陶,研修のどの学びが,リーダーとしての役割を果たすことに役立っているかを,それぞれの主観で,10点満点を割り振るように尋ねた.表4はその結果である.

表4.

学びの手段の割合

発言者 経験 薫陶 研修
A 7 1 2
B 10 0 0
C 10 0 0
D 7 3 0
E 5 5 0

資料:インタビューより筆者作成.

いずれも「経験」の割合が高く,10割とする人も2人おり,具体的に「教えてもらったことはほとんどない,大体経験して学んでいる」(B氏)や,「受け継いだものもないし,研修もそこまでと感じている」(C氏)という発言があった.もう一つの傾向は,全体として「研修」の割合が低いことである.多くが0割であり,1名のみ「大体は経験で学んでいる.管理者講習で技術的側面は学んだ」(A氏)と少し評価している.「薫陶」も全体的として低いが,1名のみ5割としていた.これは当該者が非農家であり,「農業とはどういうことか,先輩から多くを学んだ」(E氏)ということで,割合が高くなっていた.

以上のように,調査対象のリーダーらは基本的に自らの経験から学んだと考えていることが確認された.なお,ここでの「経験」の多くは,地域での経験ではない.「定年退職まで地域での経験がない中だったので,会社での経験による学びがほとんどである」(B氏),「経験の中で8割ほどは役場にいた時の業務が役に立っている」(C氏)という意見に代表されるように,職場経験が役立っていると考えている.

(3) 引き継ぎの方法

引き継ぎは,次のリーダー育成に重要なプロセスである.ここでは前任者から,どのように業務内容を教えてもらい,それが役に立っているかを尋ねた.

結果として,引継ぎの形態は,「コアメンバー会議への事前参加」と「問題発生時に前任者に聞く体制」の2つに分類することができた.表5は,それぞれ主な発言を整理したものである.

表5.

前任者からの引継ぎ

引継ぎ方法 主な発言内容(発言者)
コア会議への事前参加 理事長になる数年前から,四役が集まる施設管理会議の場に強引に参加して,地域の状況や問題解決策を学んでいた(A)
副理事長時代に年6回程ある四役の会議を通して業務を学んでいた(C)
問題発生時に前任者に聞く体制 問題が起きた時に前任者に聞いていた(B)
問題があるたびに理事長と悩みを共有していた(C)
初めは前任者が気にする点を事前に教えてくれた.後は問題の都度聞いている(D)
リーダー退任後,補佐としての役割があり,問題があった際のサポート体制がある(E)

資料:インタビューより筆者作成.

1つ目のコアメンバー会議への参加は,リーダーとなる数年前から前理事長や会計役員など四役が開いている会議を聴講,または役員として参加することで,知識の共有を行うというものである.2つ目の問題発生時に聞く体制については,事前に引き継ぎ作業はほとんど行われておらず,問題発生時ごとに前任者に直接尋ねることで管理知識を引き継ぐというものである.前者は事前対応型,後者は事後対応型の引き継ぎといえるが,これらを組み合わせている組織は,C氏の組織以外にはなく,ほとんどの場合どちらか一方の方法で引き継ぎを行っていた.

6. 考察

以上の結果より,ため池管理組織リーダーへの階梯について考察する.

まず,事例対象のため池管理組織リーダーでは,優れた現職のリーダーが必要だと考えている知識や行動として,「人間関係」「組織管理」「水管理」「施設管理」「地域状況の把握」「新たな取組の遂行」の6つの領域で整理された.なかでも次のリーダーに求められるのは,「水管理」「施設管理」といった管理技術ではなく,「人間関係」「組織管理」「地域状況の把握」といった管理作業,また組織を円滑にするための知識や行動であった.これは圃場整備等のハード事業の減少とパイプライン化などによる技術的側面の負担減少,また農家数の減少や混住化などで,マネジメント業務が優位になっている実情が反映されていると推察される.

また,学びの機会は,地域内と地域外との両方にあることがわかった.なかでも,現在,必要と考えられている,「人間関係」や「組織管理」は,ほとんどを地域外で学んでいること,「水管理」「施設管理」「地域状況の把握」などは地域内での経験から学んでいることなどが特徴として分かった.

さらに,その手段を,経験,薫陶,研修に分けて尋ねたところ,リーダーとして主に役立ったのは,職場での経験と考えていることが確認された.先に述べたとおり必要とされる知識が,一般的に組織管理にシフトしていることと関連すると考えられる.また,研修,薫陶に関しては,学びの割合が低いことが明らかになった.本研究の対象地では,研修として,ため池管理講習が実施されているが,その有用性については検討を重ねる必要があるといえる.これは,ため池管理の技術には標準化されたマニュアルではとらえきれない,属地的かつ属人的な知識や技術が要されるためであると考えられる.

前任者からの引継ぎは,コア会議への参加による前任者の悩みの共有と,前任者によるサポート体制の2種類で行われていることが明らかになった.

以上の結果を階梯として,概念的に示したものが図1である.現在の優れたため池管理組織リーダーが必要だと考える知識や行動は,経験からの学びがほとんどであり,その経験機会は,地域外,特に職場での組織の管理的業務や折衝経験,会計経験であった.事例としたリーダーらは定年退職後,ため池管理組織に関わる中で,職場経験で得た能力を地域内に適応させて行動していることが明らかになった.

図1.

ため池管理組織リーダーへの階梯

資料:インタビューより筆者作成.

加えて,地縁組織での役員経験が少なく,地域への関わりが短期的であっても,地域に住みながら職場に勤める中で,知識共有の場があることによって,優れたリーダーとして,ため池管理を出来ていることが分かった.

今回示した階梯は,兼業農家が多い都市近郊農村の中で,リーダーを生み出すため,現在の地域状況に適応した階梯であるといえる.この階梯の維持には,定年退職後の地域内での知識を共有・継承する機会,すなわち図中左側の地域での短い階梯がキーとなる.今後,地域での経験が現在のリーダーよりも少ないまま,リーダーになる人が増加する可能性がある.そのため,より一層,定年退職後の地域内での階梯を強化する重要性を伝えること,リーダー就任後において前任者がサポートする体制を構築すること,リーダーとして必要な知識や行動を伝えるため,リーダー就任前からそれらを共有する機会や仕組みを構築する必要があると考えられる.

これらの考察を踏まえて,ため池管理組織や,組織を支える中間支援組織や行政が果たす役割を提言する.1点目は,三役だけでなく組織全体で知識を共有する機会を創出することである.三役と他の役員の間に知識の偏在があると言われる点(深町・星野,2006)も踏まえ,次世代を担う組織構成員全体で広く,土地改良や水利慣行の状況の知識共有を進めることが有効と考える.2点目は,ため池に関する組織管理など人材や会計のマネジメントに配慮した研修の実施である.基礎能力は,職場経験で学ぶことが確認されたが,当然,ため池管理組織に適応させる必要はある.現行の研修は,ため池管理技術偏重となっているが,内容更新が求められよう.

7. おわりに

以上,本稿では,現代のため池管理組織リーダーが,職場から地域へシフトして階梯を登ることで,リーダーへと育成されていること,そのシフトの際の知識共有を行う短い階梯が重要であることを明らかにした.このことは,適切な階梯の構築により,地域経験に乏しい多くの兼業農家であっても,リーダー候補となれる可能性があることを示している.一方で,これは,少ないながらも地域経験を重ねることを前提としたもので,今後さらに地域での経験が少ない人材が増えることになれば,機能しなくなる危険性がある.階梯維持のためには,人生の全てのステージにおいて断続的に地域内の知識や行動を共有する機会を確保,強化する必要がある.

なお,本研究では5名に対する探索的なアプローチにて研究を実施したが,今回明らかにした知見をもとに仮説検証型の量的な調査分析をおこない,結果の妥当性を高めることを今後の研究課題としたい.

謝辞

本研究の調査実施にあたっては,兵庫県東播磨県民局・水辺地域づくり担当および(一社)ため池みらい研究所に多大な協力を頂いた.本研究はJSPS科研費JP22H00391の助成を受けたものである.

1  当該職員は,東播磨地域管内の圃場整備やため池の修繕の業務に断続的に関わり,土地改良事務所長経験も有する.

2  本稿で対象とした「優れたリーダー」は,変革型やカリスマ型と言われるような突出したリーダーではなく,リーダーとしての役割を適切に発揮している者である.なお,今回は一定規模の組織を管理するリーダーとして,構成員50名以上の組織を想定対象とした.当該職員によると,現在では全体のおよそ半分程度が条件に当てはまるという.

3  有意性サンプリング(purposive sampling)であり,現代リーダーの上向階梯を探索的に解明するという目的に応じて採用した.ただし,地理的・規模的な偏りを配慮して依頼を行った.9名をリストアップし,順次依頼した結果,協力を得られた5名は,地理的には東播磨地域の農業地域類型の割合におおよそ準じた,都市的地域から3名,平地農業地域から1名,中間農業地域から1名であった.また最終的に改めて,調査協力職員には,この5名が東播磨の優れたリーダーの代表する者として妥当との確認を得た.なお,一般化可能性の向上という点においては,無作為サンプリングによる量的分析が必要による補完が必要と考えるが,今後の研究課題としたい.

4  能力開発の70%は実地での経験や課題・問題への取り組みから,20%はフィードバックやコーチング,あるいは良い例や悪い例の周辺作業から,10%は講座や読書からもたらされる(Lombardo and Eichinger, 2002).本研究では,日常業務における実践を「経験」,ため池管理の前任者や先輩からの言葉・行動から受けた影響について「薫陶」,ため池管理講習やため池管理マニュアルからの学びを「研修」とした.

5  農地転用の折衝は,ため池管理に直接的には関係ないが,土地改良区として対応している.ため池管理組織は,地域維持に関わる多様な用務を担うことの証左でもある.

引用文献
/div>
 
© 2025 地域農林経済学会
feedback
Top