農林業問題研究
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書評
日本大学生物資源科学部国際地域研究所監修,川手督也・李裕敬・佐藤奨平編著『日韓台における有機農産物のフードシステム』
〈筑波書房・2025年3月19日発行〉
鈴木 淳
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2025 年 61 巻 4 号 p. 231-232

詳細

今日,有機農業をはじめ環境保全型農業が世界規模で政策的に推進されている.そこでは,生産者への生産奨励に加えて,消費者の理解を獲得し需要に結びつけることが重要である.本書は,日本・台湾・韓国の有機農業等に関する最新の動向を,10名の著者が政策・統計・事例の各分析を通じて解明する,11章からなるオムニバスである.生産と消費を結ぶ流通構造に着目し,フードシステム論に基づき議論されている.

第1章から第2章は日本に着目されている.高温多湿による雑草や病害虫といった環境保全型農業に困難な条件にある東アジアだが,各国で有機農業等が拡大するなかで日本は取り残される懸念が示されている.また,「みどりの食料システム戦略」の推進では,生産と消費の結びつきのなかで展開されてきた有機農業等の特徴が考慮されること,オーガニックビレッジをはじめ地域内流通の促進が生産を支持することが解明されている.さらに,首都圏の生協を事例とした議論では,産直は,産地と生協および組合員との緊張感を伴った相互理解のなかで展開されてきたこと,組合員が支持できる商品の供給が重要で,その1つとして有機農産物があることが指摘されている.

第3章から第6章は台湾に着目されている.1980年代から台湾政府によって研究されてきた有機農業は,2000年代以降,認証制度の整備や財政措置を伴う生産奨励によって拡大している.背景には,違法な食品添加物等の食の安全性への不安や,仏教思想に基づく食生活である「素食」,ベジタリアン等の消費者意識があることが示されている.また,販売では,専門店や生協,運動的側面を伴ったファーマーズマーケット等が生産を支持してきたが,スーパーマーケットやネット販売が伸びていることが解明されている.さらに,有機農産物と比べて後進の有機加工食品では,味噌等を扱う食品製造業を事例としてマーケティング論に基づき議論され,スペシャリティな商品の販売拡大には,ファーマーズマーケットへの出店といった消費者に直接訴求する機会が重要であると指摘されている.

第7章から第9章は韓国に着目されている.韓国で「親環境農業」として認証されている有機農業を含む環境保全型農業は,1970年代の化学農法への対抗運動を端緒の1つとし,1990年代から政策的に推進されてきた.2012年以降,総認証面積が減少するなかで有機農業は拡大していることが示されている.また,販売では,生産者との直接取引や運動的側面を伴った流通組織,生協が主流だったが,2000年代以降,スーパーマーケットや専門店等と販路が広がり入手性が向上した.しかし,若年層の認知度が低く高価なことが消費を抑制し,2020年代では,従来の販路が低調となるなかでネット販売が伸びていることが解明されている.さらに,主な販路である学校給食を事例とした議論では,1998年以降,給食実施率が上昇し,特に地元産の親環境農産物の生産を支持してきたが,少子化のなかでの販売拡大には,多品目化や地域間の融通が重要であると指摘されている.

第10章から第11章は,以上の議論が総括され本書の主張が示されている.日本では,財政措置を伴う生産奨励や学校給食による公共調達といった生産支持を充実させること,販売では,地域内流通の拠点としての農産物直売所や価値意識を共有する生協を再評価し,茶等のスペシャリティな商品では輸出も考慮されることが示されている.また,有機農産物が普及するなかで有機農業のコンベンショナル化が懸念されている.「有機農業らしさ」を確保するには,担い手としての家族経営の重視や従業員の労働環境への配慮,生態系の保全や地域社会との活動といった,有機JASでは考慮されない社会的側面を含む認証制度が注目されることが解明されている.

このように,本書は,ヨーロッパの先進地域が多い有機農業等の事例研究のなかで,東アジアに着目している.農業構造や食生活が類似する各国の知見は,学術研究にとどまらず,政策立案や農産物の生産・販売に携わる実務者にも参考になる.幅広い方々に本書をお薦めしたい.そのうえで,次に評者の提案を示したい.

1つは内容構成である.まず,第3章から第9章では,台湾や韓国の有機農業等に関する政策や,生産・販売に関する統計が冒頭に示されている.政策・統計分析は,各国に不案内な読者の理解を助け,事例分析の論点を定めるために重要である.しかし,オムニバスとはいえ,各章ごとに同分析がされ内容が重複している.例えば,共通の内容は各国の先頭の章にまとめ,続く各章では事例に関する内容に絞ることで,ストーリーとして整序できるのではないか.

また,本書の各事例は詳細に記述されている.特に,台湾の有機農産物チェーンストア「里仁」や生協を分析した第5章,また,韓国の親環境農産物を用いた学校給食を分析した第9章は,有機農業等に関心が低かった消費者への訴求や,公共調達への導入を検討する際の参考になる.しかし,詳細な記述のなかには各章の結論に補足的な内容もある.例えば,結論に貢献する記述以外は補論としてまとめることで,端的な議論ができるのではないか.

さらに,第10章から第11章では,各国を横断した議論は,学校給食の役割といった各論点でされているが,フードシステム論として流通構造の巨視的な考察に踏み込む余地がある.例えば,日本の農産物流通では,有機農産物の流通促進にどのような構造変化が必要かを,台湾や韓国と比較して考察することで,説得力のある主張ができるのではないか.

もう1つは研究の発展方向である.まず,各事例に認められるように,各国の有機農業等は運動的側面を伴って展開されてきた.日本では,1970年代の産直や提携には生産力主義の農業への対抗運動の側面があり,また,有機農業等を支持してきた生産者や消費者には,食生活を通じて思想や信条を表明する人々がいた.しかし,今日,政策的な推進や,そこに商機を見出した生産者や流通企業のマーケティングによって,従来の支持層とは異なる人々を巻き込もうとしている.本書は,このような動向をクローズドマーケットのオープン化として考察しているが,販路が広がり入手性が向上するなかで新たな支持層が形成されているはずである.そこで,本研究の発展では,新旧の支持層は有機農業等のどのような側面に共感しているかを,各国を横断して検討してはどうか.

また,本研究は,世界規模で食料需要が増加し店頭の食品価格が高騰するなかで,生産性が低く高価な有機農産物を普及させるという,困難な問題に対峙している.そこで,有機農業を支持する構造としてフードシステムを位置づけ,流通企業は,追加的に生じる生産に,どのように新たな需要を結びつけていくかを検討してはどうか.そこでは,有機農業を理想の追求ではなく社会に普遍的な生産方式とするため,新たな,さらには潜在的な支持層の包摂と「有機農業らしさ」の確保に踏み込んだ議論を期待したい.

このような課題を検討することで,ヨーロッパの先進地域の追従ではなく理想の追求でもない,私たちができる有機農業に接近できると考えられる.

 
© 2025 地域農林経済学会
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