In the 2024 revision of the Basic Act on Food, Agriculture and Rural Areas, food security is defined as “a state in which quality food is stably supplied at reasonable prices and accessible to every citizen,” and its assurance is set as a key policy goal. This symposium is designed to open a shared discussion on how such access can be ensured for every individual in today’s changing society—a topic that has not yet been widely explored within our field. The first presentation focuses on urban areas, the second on rural and mountainous regions, both illustrating where and how the situational norm of food security remains unmet. The third presentation examines the retail and service sectors that directly connect people to food, presenting a framework for understanding their evolving social functions. Through these three reports and subsequent commentary, the symposium aims to foster collective reflection on the roles of industries and policies in delivering food to people, and to invite participants to consider new directions for regional agriculture and forestry research.
今日,FAOおよび関連機関で共有されているフードセキュリティ(Food security)概念は以下である.「フードセキュリティは,全ての人が,いかなる時にも,活動的で健康的な生活に必要な食生活上のニーズと嗜好を満たすために,十分で安全かつ栄養ある食料を,物理的にも社会的にも経済的にも入手可能であるときに達成される」(FAO, 2001).そして,フードセキュリティは,食料の供給(availability),アクセス(access),利用(utilization),安定性(stability)という4つの構成要素からなることが知られる.同時に,十分な量の食料が市場に供給されることは,フードセキュリティの必要条件ではあるが十分条件ではないことがかねてより指摘されてきた(U.N. Development Programme: UNDP, 1994).フードセキュリティを実現するには,食料の供給以外の多様な要素の充足が必要となると考えられている.
我が国では,フードセキュリティは農業政策の場面において「食料安全保障」と表記されてきた.旧食料・農業・農村基本法(1999年 法律106号)第2条では,「将来にわたって,良質な食料が合理的な価格で安定的に供給されなければならない」とされ,世界の食料需給および貿易の不安定さを鑑み,安定供給のために国内農業生産と輸入,備蓄を組み合わせることが明記されている.また,同4項には凶作,輸入の途絶等によって相当期間,需給が逼迫するおそれがある場合についての供給確保について,第19条には「不測時における食料安全保障」について記載されている.つまり旧基本法の下では,平時における供給(availability)の維持と不測の事態への備えにより,安定性(stability)を維持することが掲げられていたと整理できる2.改正食料・農業・農村基本法(2024年 法律106号)においては,食料安全保障は「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され,かつ,国民一人一人がこれを入手できる状態」と明記され,その確保が法の目的と掲げられている.これにより,基本法が掲げる「食料安全保障」概念は国際標準とのズレを解消する方向に向かい始めた.では,新たに目的に加えられた「国民一人一人がこれを入手できる状態」を現下の社会情勢のもとでいかに担保するのか.これが本シンポジウムの問題意識である.
ところで,FAOが指向するフードセキュリティの状態も,固定されたものではなく,国によって異なり,時代によっても変化してきた.これについて,髙𣘺(2012)は「飢餓や栄養不良問題のない,あるべき食料安全保障の状態」をフードセキュリティの「状態規範」と定義した.そして,1970年代から2000年代前半までのFAOの食料安全保障(フードセキュリティ)とそのためのグローバル・ガバナンスの特徴は「規範」と「実践」の重層的積み重ねにある3と指摘しており,「状態規範」は変化することを示唆している.本シンポジウムでは,今日,我々が目指すべき状態規範に対し,実態はいかなる状態か.各種の政策や対応策はどのように接点を持ち,乖離しているのかを共有する場を設けたい.
シンポジウムの前提として,今日共有されているフードセキュリティ(食料安全保障)概念はいかなる議論の積み重ねで構築されてきたかについて触れておく.2000年以降のFAOのフードセキュリティに関する状態規範と求められる政策の変遷は大きく3つの方向に分けられる.
1点目は,保障されるべき状態の意味するところである.フードセキュリティの確保は人権であることが明示されると同時に,食料へのフリーアクセスの確保は,その一部の実現に過ぎないことが強調されてきた.換言すれば,人々にモノ(食料)だけでなく,機会や潜在能力をいかに確保してもらうかについて,議論が積み重ねられてきたのである.2点目は,フードセキュリティ確保のための公的政策の対象の拡大である.伝統的に続いてきた農業への投資,支援は,一国の内部において食料の量と一定の質を確保することに貢献することは間違いないが,あくまでフードセキュリティを構成する要件の一つにすぎない.食料の加工・製造,流通,外食といった産業が機能しなければ,人々のもとに食料は届かない.このため,フードシステムの川中,川下も含むシステム全体を射程に入れた政策が必要となる.さらに,政策の対象は消費する側へも拡張しており,人々が適切な食料にアクセスできる能力の獲得のための施策,とくに食料に由来しない原因への対応が求められている.それは,保健・衛生,経済,貧困,教育等に関する幅広い社会政策とも関連する.3点目は,確保されるべき食料の内容が変化してきたことである.量だけの確保では事足りないことは,1980年代から明示されてきたが(World bank, 1986),確保されるべき質についても,適切な食料(U.N. Office of the High Commissioner for Human Rights: OHCHR, 2010),健康的な食事(FAO他,2020)へと進化してきた.これによりフード・インセキュリティは,低所得国だけでなく,中高所得国でも観測される課題と認識されるようになった.国全体としては食料を量,質ともに確保していても,栄養,エネルギー等のバランスに優れた食料品とそれによる健康的な食事は,一部の人々にとっては手の届かないものになっている状態をフードセキュリティが達成されていない状態,つまりフード・インセキュリティと捉えるようになったのである.
(2) 改正食料・農業・農村基本法のもとでの「食料安全保障」改正食料・農業・農村基本法では,第19条において「食料の円滑な入手の確保」が定められている.「国民一人一人がこれを入手できる状態」を確保する政策はどのように構築されようとしているのか,「食料・農業・農村基本計画」を手がかりに考えたい.2025年4月に策定された「食料・農業・農村基本計画」には,「国民一人一人の食料安全保障」の確保のために,平時の食品アクセス確保として,食料品小売店舗へのアクセス不良への対応である「物理的アクセス」の確保,経済的理由により十分な食料を入手できない者への対応である「経済的アクセス」の確保が挙げられる.これらの政策は,人々の身近な場所まで食料を届けること,つまり「アクセス」にとどまり,その先の「利用」には及ばない.ただし,注目すべき動きとして,これらの課題への対応に関して,生活交通の整備,生活困窮者自立支援等の側面において関係省庁との連携を推進することを明記している点があげられる.これらは一人一人の「利用」に関わる,食料に由来しない要因を視野に入れた食料政策(清原,2021)の実現が模索されていることを示している.
政策を実現するための手段である農林水産省所管の通常予算(令和7年度)(農林水産省,2025)には,「食料安全保障の強化」の項目中に「食品アクセス総合対策事業」として1億円が計上されている4.これは,円滑な食品アクセスの確保に向けた地域の関係者が連携する体制づくり,食品提供の質・量の充実等に向けたフードバンク・こども食堂・こども宅食等の取組,ラストワンマイル配送等を支援する予算であり,経済的アクセス,物理的アクセスの不良に対応する政策と位置づけられる.しかし,同じ項目中の「水田活用の直接支払い交付金等(2,870億円)」や,野菜,果樹等の生産基盤強化や家畜改良等に向けられる「持続的生産強化対策事業(142億円)」,地域計画の実現やスマート農業技術の実装等に向けられる「共同利用施設の整備(200億円)」といった,農業生産基盤の整備や生産性の向上に関連する予算の規模とは隔絶している.予算の構成からは,食料安全保障は依然として,「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給されること」(「供給」と「安定性」)にウエイトを置いた旧法の枠組みの下にあると言わざるを得ない.わが国において「都市」や「人」も対象に含む食料政策を構築するためには,どんな情報や知見が必要なのだろうか.
以上の現状を受けて,第75・76回の統一テーマとして「食料を人々に届ける:地域農林業研究の新たな課題」を設定した.第75回大会シンポジウムでは「食料は人々に届いているか」をテーマとし,現状と課題を会員間で共有することを目的とし,今日の我が国の状態に対応するフードセキュリティの「状態規範」を認識する論を展開した.現状を認識した上で,第76回大会では「食料が人々に届く」そして「一人一人が入手できる状態」に資する研究とはどのようなものか,学際的アプローチについて本学会ならびに他研究領域の関係者を含めた情報・意見交換の場を設けたい.「食料が人々に届く」ことの意義については,本シンポジウムの各報告で示されることを念頭に,座長解題では物理的,経済的,社会的な条件をともなって,食料が人々にとって身近な場所に到達し,利用されることと仮置きし,シンポジウムの構成を示した.
第1報告「都市部における食料品アクセス・食生活状態と格差」(上田遥氏)では,人々に食料が届いていない状態を捉えるための理論的枠組みが示された.「食潜在能力アプローチ」に基づく理論的整理により,国内における現下の議論が,食料品アクセス「以外」の食機能と,物理的・経済的要因「以外」の要因への視点が弱いことを指摘した.さらにシングルマザーを対象とした調査をもとに,人々を取り巻く多様な要因によって引き起こされる「食の貧困」の実態が示された.同報告では,目指すべき食事,食生活のあり方は何か,モノとしての食料の充足から,機会,潜在能力の公平さへと議論が展開された.
第2報告「中山間地域における買い物環境の実態―島根県奥出雲町を事例に―」(高橋克也氏・玉木志穂氏・丸山優樹氏)では,物理的アクセスについて,食料品店のアクセスマップを中心に65歳以上の高齢者を中心とした食料品販売店舗へのアクセスの状態が報告された.島根県奥出雲町での食料品アクセスに関する全戸調査の結果から,人々がどんな食料品および日用品をどんな店舗で入手しているのかについての実態が報告された.人々の買い物環境への意識や今後,出店を期待する小売業態についても報告され,人口減少が進む山間地域での生活機能維持のための要件が示された.第1,第2報告を通じて,都市,農山村においてフードセキュリティの状態規範に関して,何が剥奪されているのか,その理論および実態が示された.
続く第3報告「食品小売企業の店舗戦略と社会インフラ機能の展望」(木立真直氏)では,人々に食料が届くために,フードシステムにおいて何が機能すべきかが示された.フードセキュリティの確保のために,フードシステムの川中,川下の産業の健全な存続は重要な要件である.報告では川下の中でも,とくに人々の食料調達に直結する小売業5を取り上げ,機能の現状を捉える理論的枠組みが紹介された.小売業がもつ社会インフラとしての機能に着目することで,競争戦略では説明できない小売業の出店行動の実態が示された.大手コンビニエンスストアチェーン,生協を対象とした調査によって収集された情報をもとに,食品小売業の出店・立地だけでなく,広義の出店戦略と品揃えといった,アフォーダビリティを念頭に置く質的な要素についても触れられた.
以上の現状把握を踏まえ,今日の食料政策では何が必要かについて議論を進めるために,行政機関においてこの課題に対峙してこられた方々にコメントを依頼した.第2報告で事例として取り上げられる島根県奥出雲町の政策企画課の安部氏から,同町での食料品店へのアクセスについての実態について,質的な情報を補足いただいた.地方自治体にとって食料品店へのアクセス問題とは,生活機能の維持・確保という社会課題であり,自治体として高齢者の見守り機能とあわせての支援活動が紹介された.続いて,食料品アクセス問題全般についての行政に携わってこられた前農林水産省消費・安全局長の安岡氏からのコメントでは,改正基本法のもとでの食料アクセスの行政施策上の位置づけが示された.そして,食料アクセス問題とは,現状把握が困難であり,課題が多様な行政部局に跨がること,地域ごとに抱える課題や取り組みの主体が異なり,寄付やボランティアなどに支えられる側面があるという特徴が指摘された.さらに,現状に対応するためには行政や食品事業者など多様な主体の連携が必要であることがこの課題の特徴であることが示された.各報告で示された物理的,経済的アクセスの課題に対して,国としての対応策とその課題が示された.
報告およびコメントを通じて,以下の3つの論点が抽出された.第一は,報告された理論や概念を今日のわが国において社会実装するためには,何が必要なのかという点である.各報告から,実態を測定し,実像を把握,説明できる要素の必要性が浮かび上がっている.第二の論点として,われわれが直面している個人のフード・インセキュリティとは,誰の,どんな問題なのかについて再確認する必要があることが挙げられる.例えば,「経済的アクセス」の不全とは,実は経済的困窮者だけが直面しているのではないことが指摘された.また,「物理的アクセス」の不全は高齢者だけの問題ではなく,次の世代の暮らしやすさに関わることが示唆された.さらに,食料にアクセスした後(さらにはアクセス前からの),食べ方や食生活をとりまく課題であることも指摘された.第三の論点は上記の課題に誰が,どのように対応するのか,という議論である.報告からは小売店舗の役割が重要であることが再確認されるとともに,店舗や移動販売の分布だけでなく,品揃えや付帯するサービスの重要性が指摘された.これらを事業者主体で維持することに加え,公的支援や地域社会の共助でいかに維持していくのか,多様な主体が絡み合う実情をふまえた対策が求められることが示された.
図1に,本シンポジウムが対象とするフードシステムの主体,フードセキュリティの評価指標,政策を示す.この領域について,地域農林経済学会大会シンポジウムで取り上げた意義について考えてみたい.先述のとおり,食料を「一人一人が入手できる状態」を考える際には,食料に由来しない要因にも踏み込んだ議論が求められる.これは,本学会が主な研究対象としている食料生産のための農業・農村振興策や,再生産のための価格政策とは異なる側面の食料政策を考えるための議論である.しかし,現実には都市と農山村は地理的にはもちろん,通勤や通学,買い物など人々の暮らしの上でもグラデーション状に接続しており,発生する課題も接続していることに留意が必要である.

本シンポジウムが対象とする主体,フードセキュリティの評価指標,政策
第1報告が切り取った都市部での現状は,低価格な食料の供給だけでは解決不可能な個人的,社会的要因による剥奪の状態である.これは農業政策の対象としてこれまで見過ごされてきた都市の住民を「消費者」以外の対象として,どう位置づけるかという議論につながる.第2報告が切り取った農山村の現状は,これら地域における地域計画に新たな検討課題を提示している.食料品販売店へのアクセス困難とその影響は,そこに暮らす人々が直面する消費者としての困難だけでなく,農山村に暮らし続けられる条件につながる.農山村では,食料の生産維持・振興のために,食料へのアクセスを考えなければならない時代が来ているのである.そして第3報告が着目する小売業の社会インフラとしての機能は,その機能を担う小売業者の出店戦略をみたとき,都市部から農山村まで連続する課題であることに気づかされる.人口集積を前提とした小売業の出店行動は,都市部での過密と農山村での過小という店舗分布を生んでいる.どこにおいてもくらしの質を担保する店舗分布はどのような手段で実現できるのか.都市部,農山村それぞれが異なる要因に直面していることを意識しつつ,考える機会となった.