農林業問題研究
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大会講演
都市部における食料品アクセス・食生活状態と格差
上田 遥
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2026 年 62 巻 1 号 p. 9-16

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Abstract

This presentation examines access to food access in urban areas of Japan. First, drawing on the capability approach, it clarifies the conceptual similarities and differences between food security, food capability, and food access, and argues that the prevailing understandings of food access risk are underestimating multiple inequalities in everyday dietary practices, including economic, social and gender disparities. It then focuses on urban single mothers, who are often described as almost the half population living in relative poverty, and offers a detailed analysis of their actual dietary practices and constraints. On this basis, the presentation discusses what forms of food policy are required to enhance food capabilities and to address the structural disadvantages embedded in current urban food environments.

1. はじめに

本報告では都市部の食料品アクセス問題に焦点を当てる.とりわけ「約2人に1人」が相対的貧困状態にあるとされるシングルマザーの食生活が本分析の主な対象である.本報告は『食の豊かさ 食の貧困』(上田,2024)に基づくものである.同書も多数の既出論文に基づくものであるが,紙幅の制約から,本稿では記載しきれない.詳細は,同書収録の初出一覧をご覧いただきたい.

本稿としてのオリジナリティがあるとすれば,本シンポジウムのテーマにあわせて「食料品アクセス(food access)」の観点から論点を再編成していることであろうか.

2. 「食料品アクセス」の理論的布置

(1) 潜在能力アプローチ

本シンポジウムのテーマである「食料品アクセス」の理論的布置を明らかにすることからはじめよう.そのためには,2024年の「食料・農業・農村基本法」改正の理念となった「食料安全保障(food security)」,および,その基礎理論でもある「食潜在能力(food capability)」との概念的異同をきちんと整理しておかなければならない.

食料安全保障とは「全ての人が,いかなる時にも,活動的で健康的な生活に必要な食生活上のニーズと嗜好を満たすために,十分で安全かつ栄養ある食料を,物理的にも社会的にも経済的にも入手可能である」状態をいい,そうした状態が確保されない状況を「フード・インセキュリティ」という.それは,単なる量的十分性(availability)ではなく,アクセス(access)や適切利用(utilization),それらの時間的安定性(stability)も含む広範な概念である.ここまでは,ようやく日本の研究者や政策関係者内でも,合意が形成されるようになってきた.

いまや食料安全保障の理論的基礎まで考察を深めるべき段階であろう.その基礎理論であるアマルティア・センの「潜在能力アプローチ」の観点からみると,現状の複数次元説は政策用語としてのそれであり,本来の理論的示唆を十分に伝えきれていないという問題がある.図1をもとに説明していこう.

図1.

食潜在能力の概念図,食料安全保障と食料品アクセスとの対応関係

資料:上田(2024)をもとに筆者作成.

潜在能力とは,各人が価値をおく生き方(well-being)を達成するための自由を意味する.これまでは,人びとがおかれた状態の「善さ」を判断する時,その人がどれだけ多くの財(食料,所得)を持っているかが倫理的評価の基礎であった.しかし,調理能力が低い場合,台所環境が劣悪な場合などは,食料を平等に与えても,それを「食生活の質(善き食生活)」に変換できる程度には個人差がある.倫理的評価の基礎を「財から自由へ」と移行させたことが潜在能力アプローチの第一の意義であった.

センが『貧困と飢饉』(原典1981年)で説得的に論じたように,20世紀に世界各国で発生した飢饉は,食料不足ではなく,様々な社会経済的制約(分配政策の失敗を含む)により,人びとが食料を入手できる自由(エンタイトルメント)が剥奪された結果であった.センの問題提起を契機として,食料安全保障の概念も,食料の多寡ではなく,潜在能力の問題と再定義されるようになった.

潜在能力アプローチの第二の意義は,「生活の質」の多次元性を評価に統合することである.多次元性を表す分析概念が「機能(functioning)」である.機能とは各人が価値をおく様々な状態・活動(基礎教育,健康など)であり,それが束になって「生活の質」を構成している.

食生活も同様である.それは,栄養充足,1日3食,規則正しく食べることなど,トータルな「食機能」で構成され,それを達成する自由が「食潜在能力」である.食潜在能力が社会的に許容できない水準まで剥奪された状態が「食の貧困(food poverty)」である.これは,最低栄養を満たせていないという絶対貧困ではなく,当該社会でまともとされる食生活水準を達成できていないことを指す「相対的剥奪(相対的貧困)」の概念である.

次に諸概念の異同を整理しよう.食料安全保障やフード・インセキュリティがこうした本来の意味で理解されるのであれば,それらは食潜在能力および食の貧困と同義である.しかし後述するように,そうした理念と現実の乖離は大きく,混乱を防ぐためにいまは両者を峻別しておく方がよい.

食料品アクセス(新鮮,栄養,安全で良質な食材にアクセスできること)はたしかに重要な食機能である.しかし,あくまでも「善き食生活」を構成する食機能の一つである.食事の規則正しさ,共食など,非食料品アクセス的な食機能が存在している.ある食料品にアクセスするということ自体も,夕飯に何を作り,誰と,どのように食べるかなど,様々な食機能の連関構造のなかに「埋めこまれた」ものである.食料品アクセスのみに着目することは,こうしたトータルな食生活構造を単純化しすぎてしまう恐れがある.したがって,食料品アクセスも,食潜在能力理論のなかでの相対的座標を定めなければならないというのが,ここでの主張である.

(2) 測定をめぐる問題

こうした概念的異同の矛盾がもっとも鮮明に表出するのが測定(measurement)をめぐる局面であろう.「測定」というと単に技術的問題と思われがちだが,当事者にとっては,支援対象となるかどうか,生殺与奪をめぐる重大な問題である(社会保障,農業者支援などと同様である).

フード・インセキュリティ測定においてもっとも代表的なものが,20年以上の社会実装の歴史があるアメリカ農業省の指標であろう.「次にお金を得る時までに食料がなくなるおそれがある」「栄養バランスの良い食事をとるためのお金がない」「お金が十分ではなく,必要だと思う量を食べることができなかった」など10項目の質問から世帯レベルのフード・インセキュリティ状態が評価される.また,国連食糧農業機関もこれによく似た先進国・途上国共通の「フード・インセキュリティ経験尺度」を開発・運用している.

これらの指標を含む,現在利用される広範な指標をレビューした研究によれば,これらは「十分な食料を得ることに関連する経済的制約」に焦点化しており,フード・インセキュリティの多次元性が捉えきれず,その存在実態が過小評価されているという.すなわち,食生活の多次元性(食機能の束),所得以外の多様な影響要因が忘却されているという問題である.

これと対照的なのが,「相対的剥奪」概念を提示したピーター・タウンゼントの測定指標である.1970年代のイギリスでは,「親戚や友人と食事やお茶をすること」「肉料理を食べること」「ほぼ毎日朝食をとれること」「手料理の夕食をとること」など,広範な食機能が「社会的にまともな生活」の構成要素として取り込まれていた.こうした測定事情をふまえれば,やはりフード・インセキュリティと食の貧困とは峻別せざるを得ない.

3. シングルマザーの食生活

(1) 食潜在能力の測定

本研究では,以下の手順で食潜在能力測定を行う.(ⅰ)各人が価値をおく食機能集合を特定する.食の社会学・人類学的知見をもとに食事モデル(eating model)を構成する10個の評価次元(食事回数,場所,時間帯,長さ,調達場所,共食者,食材品質,食事内容〔菜数〕,楽しみ,栄養水準)を選択した.

(ⅱ)特定化された各食機能について,達成水準を評価する.直近の食生活「実態(practice)」と本当はこう食べたいという「規範(norm)」の二種類のデータを集計した.達成水準の評価には(規範を考慮しながら)実態データを用いた.

(ⅲ)各機能の評価結果を集計し,食潜在能力の水準を測定する.貧困研究で応用されるAlkire-Foster多次元型貧困測定,幸福研究で応用されるGross National Happiness測定の手法を援用した.

本測定で用いるデータは以下の二種類である.一つは,2020年に実施した全国市民アンケート調査(WEB実施,20~60歳台男女973名,代表サンプル)である.もう一つは,都市圏シングルマザー53名を対象として2022年に実施したインタビュー調査(各2~3時間,栄養調査も実施)である.シングルマザーの質的調査としては(おそらく食生活に限らず)現状,最大規模のものである.

(2) 現代日本の「善き食生活」

シングルマザーの分析に入る前に,現代日本における「善き食生活」の内容を確認しておきたい.表1には,全国アンケート調査から明らかにした食生活の各次元における「規範」をまとめた.1日3回食べることなど,あたりまえな内容にみえるかもしれないが,社会的合意を客観的に浮かびあがらせるという作業がまず不可欠である.

表1.

現代日本の「善き食生活」1)

回数 1日3回
場所 (夕食)基本は家庭料理,時には外部化(週1–3回)
時間帯 規則正しく食べる(朝7時,昼12時,夕19時)
長さ ゆっくり食べる(朝20分,昼30分,夕30分)
共食者 (夕食)誰かと一緒に食べる
調達 スーパーマーケット(地域・全国)
品質 鮮度,値段がお得,高い栄養価など
内容 (夕食)「主食・主菜・副菜」以上
楽しみ 美味しさ,団欒,自然を感じるなど

資料:上田(2024)をもとに筆者作成.

1)各規範(「あなたにとって(……)が良い食生活だと思いますか?」)の代表値(中央値,最多回答項目)をもとに概念化.栄養水準の次元は規範データなし.

(3) 貧困シングルマザーの食生活

続いて,シングルマザーの食生活実態を明らかにしていく.紙幅の制約から,調査対象53名のうち,経済的貧困状態にある9名(17%)に着目する(表2).繰り返すが,食の貧困と経済的貧困をただちに同一視されないように注意されたい.

表2.

貧困シングルマザーのプロファイル

年齢 家族構成 所得1) 仕事
A 44歳 子12歳(不安障害) 71万円 自営業(web制作)
B 47歳 子13歳(発達障害),子11歳 80万円 非正規(事務職),副業(事務職)
C 35歳(統合失調症) 子12歳,子11歳,子8歳 150万円 正規(事務職)
D 45歳 子19歳(勤労者)
子14歳(自閉症)
子13歳(自閉症),祖父母(退職者)
161万円 非正規(農業),副業(サービス)
E 52歳(うつ病) 子18歳,子13歳,子10歳(ダウン症) 96万円 非正規(内職)
F 44歳 子14歳(発達障害),
子12歳(発達障害)
152万円 非正規(事務職),副業(事務職)
G 48歳(うつ病) 子14歳,子12歳(アトピー) 155万円 非正規(介護)
H 38歳 子3歳 153万円 自営業(web制作)
I 46歳 子16歳,子14歳(不登校) 156万円 非正規(販売)

資料:上田(2024)

1)所得(等価可処分所得).参考として東京都の貧困線は167万円(調査時).

貧困シングルマザーは,その前提条件から不利な状況におかれている.9名中3名は離婚前のDVや離婚後の圧倒的な生活不安を原因とした精神疾患(統合失調症,うつ病)を抱えていた.これが食事作りの動機を挫き,またその反対に,食事をめぐる諸問題が精神疾患をさらに悪化させることもある.6名は子どもが発達障害,自閉症,不登校など何らかの課題を抱えていた.このうち発達障害児の食行動の特徴に「偏食」があり,これが母子の食生活を大きく制約することとなる.

第二に,時間的制約がもたらす影響の二面性である(時間データは表2から割愛,詳細は原典参照).客観的な時間制約と主観的な時間制約は必ずしも一致しない.本調査でも,客観的時間制約が大きくないにもかかわらず,主観的には「忙しい」とする者が3名いた.これが一方では,時間的余裕がないと感じているため食事作りの動機を制約する.しかし他方で,客観的には帰宅時間が早いため,規則正しい時間に子どもと一緒に食事をとりやすいなど,母親の食生活に二面的な影響を及ぼすこととなる.そのため,「貧困シングルマザーは,複数の仕事をかけもちしており時間的制約が大きい」という理解は,少なくとも食生活分析においてはやや一面的すぎる.急いで補足するが,シングルマザーが正規雇用・長時間労働できず,収入が低くとどまって経済的貧困を容易に抜け出せずにいる背景には,先にみた母親自身の健康や子どもの課題(発達障害,不登校など)がある.「働きたくないから,働いていない」わけでは決してない.

さて,本調査の分析は食事回数から栄養水準まで10個の評価次元にわたるが,以下では食事内容を中心に叙述する(表3).

表3.

貧困シングルマザーの食事内容1)

朝食 昼食 夕食
A 欠食 ご飯
夕食残り(例:かぼちゃ煮付)
ご飯(もしくは焼きそば),味噌汁
B トースト,果物,ヨーグルト,コーヒー おにぎり(夕食残りのご飯) 配布弁当:ご飯,グラタン,焼売,春巻,トマト,キャベツ
C 欠食 外食の定食(例:ご飯,漬物,味噌汁
豚カツ,茶碗蒸)
ご飯,味噌汁,主菜(例:豚肉と野菜炒め),副菜(例:かぼちゃグラタン),サラダ
D 欠食 カップ麺(またはご飯),夕食残り(例:煮物),朝食残り(例:肉団子) 外食(職場・社食の残り):ご飯,漬物,味噌汁
E トースト,牛乳,コーヒー 欠食 ご飯,味噌汁,トマト,お惣菜(例:コロッケ),朝食残り(例:きんぴらごぼう)
F 卵かけご飯,水 手作り弁当:ご飯,朝食残り(例:卵焼き,豚角煮),インスタント味噌汁 ご飯,ハンバーグ,スープ,ポテト
G ご飯,味噌汁,卵(または小魚),漬物 手作り弁当:ご飯,卵焼き,夕食残り(例:唐揚げ),ブロッコリー,トマト ご飯,味噌汁,夕食残り(例:焼鮭),サラダ
H おにぎり,茶 ご飯,夕食残り(例:ナス味噌炒め) 丼ぶり(例:納豆ご飯),惣菜(例:コロッケ),副菜(例:甘藷煮物)
I パン,カフェオレ 配達の弁当:ご飯,揚げ物(例:カキフライ),野菜(例:キャベツ) ご飯,惣菜3品(例:唐揚げ,揚げ物,野菜)

資料:上田(2024)

1)「昨日」の食事内容だが,典型的内容であることを確認済みである.

朝食については,おにぎりやパンで簡単に済ます「主食単品」が4名いた.その理由も「時間がない」「朝はボーとしたい」「手間をかけたくない」「朝はだらだらしたい」と様々であり,「食料が足りない」からではない.シンママの高い欠食率はこれまでも指摘されてきた通りだが,本調査でも朝食欠食は3名に及んだ(さらに昼食で1名).

本調査では規範も尋ねたが,2名は「1日2食(欠食)」を理想とし,それは「お腹が空いていないから」とした.食料不足で1日3回「食べられない」というよりは「食べたくない」から欠食するのである.

とはいえ,これは本来の理想ではなく,諸要因の存在によって「適応」した理想である可能性もある.元トラックドライバーのDさんは,朝食欠食の理由を「もともと食べる習慣がないですね.いつが朝かわかんなくなるんです,トラックに乗っていると.朝発もあれば夜発もあるし,時間が本当にバラバラで」といい,食欲を「適応」させる契機として不規則な労働があったことが語られている.Dさんのみならず,統合失調症のCさんも「結構波があって,考え出すと全然ねれなくて,ご飯も食べなくなる」ことに悩み,発達障害の子どもを抱えるFさんも「子どもが不登校になって,自分のこと(朝食)は後回し」と語る.こうした容易に変えがたい要因に阻まれて「1日3食」が達成できずにいた.

昼食では,朝食の「主食単品」ほどではないが「主食おかず」にとどまることが多い(5名).その背景には2つの心理がある.一つは,Hさんが「一人なので時間をかけたくない」と語るような自己への関心の低さ,Bさんが「自分が食べるくらいなら,子どもに有機野菜でも買う方がいい」という自己犠牲の心理である.もう一つは,Hさんが昼食を「残り物処分」と位置付けるように,6名の昼食には前日の夕食や当日の朝食の残り物がおかずとして並んでいた.

夕食は「主食汁物おかず」4名,「主食汁物」2名,「主食おかず」3名とやや豊富になるが,これには夕食内容に対する高い規範(「一汁三菜」5名,「主食主菜副菜」4名)の影響がある.理想の母親像ともリンクするこうした理想の高さは,現在の夕食に対する不満足の原因にもなる.とりわけ「品数の少なさ」(4名)や「栄養バランスの欠如」(2名)が課題とされていた.なお,栄養水準は自記式食事歴法(BDHQ)により評価したが,9名中5名は「要改善」とされる栄養素項目が4個以上にわたるなど栄養水準が低く,3名は支援の配布弁当やスーパーの惣菜(揚げ物が多い)など食の外部化への依存度が高かった.2名は後述するように大きな家計的制約と子どもの偏食の二重苦のため,栄養バランスのよい食事を作れずにいた.

食材を豊富に買えないという「家計的理由」とならび決定的な阻害要因とされたのが,子どもの「偏食」である.Hさんは「子どもが偏食で何を作ったらいいかわかりません.保健師や栄養士にも相談しましたが,『まあ時期ですから』と言われるだけ……本人が食べたいものだけにしてます.作っても食べないし,もったいないので」と語り,Gさんも「好き嫌いがすごい.教育関係の人に聞くと『こういう時期もあるよ』とは言うけど……あの子は食をボイコットします.ポテチやジュースだけで過ごしたり,ご飯も食べない.コミュニケーションもとれない.作ったので廃棄もしたくない,食生活って喧嘩ばっかり.母子家庭特有だと思います,お父さんがいたら注意してくれるはずなので」と嘆く.

ここに述べられる「偏食」は単なる好き嫌いではなく,子どもの健康や口腔発達にも影響を及ぼしかねない重度のものである.発達障害児の場合,偏食は自然に改善させることが難しく「時期」の問題に帰するのは適切ではない.またシンママ世帯では,成人の食べ手が母親以外にいないため,消費量がそもそも限られ,家計的制約が大きいことと相まって,品数を増やすことができず,母親自身の食生活水準を大きく制約する.その典型が「味噌汁」である.要改善項目に「塩分(過剰)」がある5名は,いずれも味噌汁を毎日1–2回摂取していた.好んでそうしているわけではなく,家計的制約,廃棄回避(残り物野菜処理),子どもの偏食(生野菜不可),特別な調理能力を要求しない(自身の調理能力が低いこと)など,多くの理由で味噌汁生活を強いられていた.

その一方,「昼間は親が不在だったので,小学校低学年から少しずつ覚えて自分で作っていた」というCさんのように,高い調理能力があれば一汁三菜の夕食を日々準備できる場合もあった.経済的貧困と食潜在能力の貧困はやはり区別する必要がある.

本稿では書き尽くせないが,食事内容以外の側面でも食潜在能力の剥奪が発生していた.貧困シングルマザーにとって「食の貧困」とは十分に食料がないことではない.時には外食したい,子どもと団らんしながら食べたい,新鮮で旬の食材を使って料理をしたい――そうした社会的に当たり前とされる食生活を望んでも達成できずにいること,不達成の程度やリスクが一般世帯よりも高いことが現代の「食の貧困」である.上記でもすでに述べたように,こうした食潜在能力の剥奪は,「家計的要因」のみならず,「時間的要因」「母親の心身健康要因」「子育て要因(発達障害など)」「味覚的要因(偏食)」「ジェンダー規範(理想の母親像)」「調理能力的要因」「食料支援」「地域の食環境」など様々な変換要因の作用で起こされるものである(図2).家計的要因がその他の要因を縛っている側面もあるが,これらはひとまず区別して考える必要があろう.そうしなければ,Cさんのように比較的高い水準の食生活を送る貧困シンママの存在を説明できない.

図2.

貧困シングルマザーにおける食潜在能力の発揮構造

資料:上田(2024)

(4) 「食料品アクセス」の視点からみた食生活支援

本調査は食生活の包括的把握を目的としており,「食料品アクセス」だけを対象にしたものではないが,いくつか得られた示唆をまとめておこう(以下の対象はシングルマザー53名).

全国市民と同じく,シングルマザーにおいてもスーパーマーケットが主な食材調達手段となっており,そこでの食品提供の継続的改善(鮮度・季節感,価格,栄養)が結果的に「食の貧困」解決に直結する.ただし,地域に根ざした専門小売店も,人的交流や子どもの見守り機能など,シングルマザーの社会的孤立を防ぐという点で,重要な社会的機能を発揮していることも明らかになった.

シングルマザーが抱える強い「家庭料理」規範を緩和するためにも,健康的な中食・外食オプションが豊富化されなければならない.自宅近辺は居酒屋かラーメン屋,小売店にいっても惣菜コーナーに並ぶのは油ものばかりで,母子の健康を維持できないという悩みもしばしば語られていた.

本調査の対象者のうち何らかの食料支援を受けているものは約半数であり,このうち継続的支援に限定すればもっと少なかった.支援利用可能性の地域的格差もうかがえた.フードバンクや子ども食堂など食料支援の量的・質的拡大(生鮮品の提供など)をはかることが喫緊の課題である.

そうした物的支援は補完的支援と両輪で進める必要がある.現状,普遍的アプローチとしての食育はあるが,シングルマザー世帯のようなリスク集団に特化した食育(料理教室,農業体験など)は十分に整備されていない.食生活支援は応急処置ではなく,食潜在能力(能力・機会)の継続的開発を目指したものでなくてはならない.

(5) 経済的貧困では捉えられない「食の貧困」

先述したAlkire-Foster多次元型貧困測定手法を応用すれば,こうした質的分析を定量的評価に結びつけることができる.この手法は二段階閾値(dual cut-off)手法ともいわれるように「剥奪閾値」と「貧困閾値」の二つを設定して,「食の貧困」を指標化するものである.「剥奪閾値」としては「1日2食以下」「夕食の外食回数0回/週」「夕食開始時間が21時以降」「食事の長さが朝食10分以下・昼食15分以下・夕食15分以下」「夕食が孤食」「主な食材調達場所が業務スーパー・コンビニ・ドラッグストアのみ」「「主食+1品」未満の食事が1日2食以上」などと各評価次元について操作的に定義する.

続いて「貧困閾値」,すなわち何個以上の剥奪があれば,その人は「食の貧困」とみなされるかという水準を決定する.本分析の場合は,剥奪分布を調べたうえで,剥奪3個(認定者率30%,16名)を閾値として設定した.「食の貧困」と認定された計16名の剥奪プロファイルを表4に示した.

表4.

「食の貧困」認定者の剥奪プロファイル(例示)

No 生活不利 所得1) 回数 場所 開始 長さ 共食 調達 品質 快楽 内容 栄養
1 貧困A,偏食 71 5
2 貧困D,偏食 161 4
3 貧困E,うつ病 96 3
4 貧困F,子偏食 152 3
5 貧困G,うつ病 155 3
6 貧困H 153 4
7 介護,長時間労働 243 3
8 PTSD,生活保護 204 3
9 うつ病,偏食 277 4
10 うつ病,偏食 288 5
11 肥満 161 3
12 長時間労働,偏食 395 4
13 長時間労働 196 3
14 夜間労働 255 4
15 子偏食 208 3
16 289 3

資料:上田(2024)

1)所得(等価可処分所得,万円).

内訳をみると,6名(表2中のADEFGHと同じ)の経済的貧困者が含まれており,たしかに経済的貧困と「食の貧困」が密接に関連していることがわかる.一方で,経済的貧困にあるわけではないが,健康問題保持者(ダイエット含む4名),長時間労働者(3名),そうした類型に収まらない者(3名)も同程度の「食の貧困」状態にあることが明らかになった.例えば母親No. 12は,一般企業で正規雇用の経理職員として働き,経済的には安定している.しかし,長時間労働(10時間労働+通勤片道1時間弱)で帰宅は20時半となるため,食事作りや買い物の時間は大きく制限され,結果的に剥奪が多くて「食の貧困」に陥っている.経済的貧困と「食の貧困」を同一視してはならない典型例といえよう.

(6) 食潜在能力測定の普遍化

本講演では,全国市民を対象にした食潜在能力の測定手法と結果についてもとりあげたが,本稿では紙幅の制約上,要点をまとめることにとどめたい.

第一に,先ほど述べたような二段階閾値を設定することで,もちろん全国市民に対しても「食の貧困」指標を作成することが可能である.また,別個閾値を設定して「食の豊かさ」指標も作成できる.

第二に,こうした測定手法によって,社会集団別(年齢,性別,所得)に食潜在能力水準およびその格差を同定することができる.全国市民アンケート調査を用いた試算によれば,現代日本では「5人に1人」が食の貧困を生き,「5人に2人」が善き食生活を送っているとされた.

所得格差をみると,やはり経済的制約が大きいほど,食の貧困に陥るリスクも高いが,その逆はいえない.経済的の裕福になっても,長時間労働など様々な介在要因によって,食生活は豊かにならないことが明らかにされた.さらに,食の貧困というと,経済的格差に焦点が集まりがちであるが,もっとも大きな格差要因は年齢と性別であった.

総じて,先進国最悪水準の長時間労働,超高齢化社会(資源配分),ジェンダー格差という日本社会の矛盾が見事に表出する結果がうかびあがった.

4. おわりに

「食料品アクセス」問題への提言をもって,本稿を結びたい.まずは,食料品アクセス・食料安全保障・食潜在能力の各概念について理論的深化が求められる.公式定義は一応あるが,実際は論者により概念的差異が大きく,それが研究や社会政策に反映された場合に矛盾は大きくなる.具体的にいえば,現状の議論では,食料品アクセス「以外」の食機能,物理的・経済的要因「以外」の要因が後退している.これらを理論的全体像のなかに位置付け直すことができれば,相対的貧困,超高齢化,ジェンダー格差など先進国最悪水準ともいえる現代日本の課題とのリンクもより明確になる.そうした批判的認識に支えられた「日本発」の理論も可能になってくる.

研究・政策アジェンダとしては,まず評価指標の設計と政策的実行である.現状,日本にはフード・インセキュリティ測定すら政策的になされていない.世界で用いられる指標の限界もすでに明らかである.日本の現状に即した評価指標の開発と食料政策への統合に早急にとりくまなければならない.

これとあわせて,各地域・特定の社会集団(父子世帯,若年世帯,高齢者など)の食生活調査が喫緊の課題である.統計を用いた定量調査も重要だが,困窮者の声を直接きき,そこから食生活支援を構築する,もっとふみこんだアプローチが求められる.「何をすればよいかわからない」から「何かをはじめるための診断」へ,食生活実態の調査を地域での食料プロジェクトのきっかけとしていきたい.

引用文献
  •  上田  遥(2024)『食の豊かさ 食の貧困』名古屋大学出版会.
 
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