To address the limitations of small-scale farming, farmland transfer has been promoted in China. Following the 2018 revision of the Rural Land Contracting Law, a practice has become widespread whereby village collectives retain their farmland ownership and farmers maintain contractual rights, while transferring operational rights to third parties. This study examines farmland transfer and the development of greenhouse vegetable production in S Town, located in inland China. The findings indicate that farmland transfer has enhanced both agricultural productivity and farmers’ incomes. However, the following issues were identified: (1) land rents are significantly lower than the profits from vegetable production, highlighting the need for more equitable benefit-sharing mechanisms between producers and landholding farmers; (2) although farmers retain contractual rights, it is nearly impossible for them to resume cultivating the leased land themselves, rendering their rights largely symbolic; and (3) while village collectives maintain land ownership, their role in farmland management has partially diminished.
中国では1980年代に,集団農業としての人民公社が解体されて農業生産責任制が導入され,農地は質と量に応じて農家(以下,「請負農家」1)に均等配分された.請負農家は政府から一定の生産量を請け負い,その生産量を超える部分を自分で占有できるようになった.ただし,農地の所有権が農民集団2にあり,請負農家は「請負経営権」という権利を持って農地を経営するものの,農地を売買することはできない.また,零細農家をサポートし,集団財産の散逸を防ぐために,農民集団による統一経営が提起された(河原2005).統一経営とは主に農民集団が零細農家に対して農業機械の貸出や技術の普及,用水供給などのサービスを提供し,農地流動を管理することを指す.このように農業において,農民集団による統一経営と請負農家による分散経営の相互結合という「双層経営」が理想とされた.ところが,農地が均等配分されたがゆえに,農業経営の規模の零細さや農地の分散が課題となり,それに対応するために農地流動化が提唱された.
1980年代から中国政府は様々な政策を打ち出し,農地流動化を推進してきた.例えば,1984年の中国共産党中央第1号文書「1984年農村工作に関する通知」,1988年4月の「中華人民共和国憲法改正案」,2003年に施行された農村土地請負法などでは,土地請負経営権の移転が規定された.さらに,農地流動化を一層円滑に進めるため,2010年代に入ってから請負農家の農地の「請負経営権」を「請負権」と「経営権」に分離することが提案され,2018年には農村土地請負法の法改正によりそれを法的に定めた.農地の権利が所有権,請負権,経営権に分けられることから,「三権分置」と呼ばれている.その結果,農民集団は変わらず所有権を持ち,請負農家は請負権を保持したまま経営権を他者に移転し,地代を受け取れるようになった.ここでは経営権の流動化が農地流動化となる.ところで,農村土地請負法の改正にあたって,当初,請負権を農家が農民集団と契約を締結して土地を請け負う権利,経営権を請負土地で農業経営を行う権利と定められたものの,最終的に両権利の定義規定は削除された.この背景について河原(2019:p. 15)は両権利を「どのように定義しても疑義は免れないため,現実の運用に任せることが適当と判断したものであろう」と考察している.つまり,改正された農村土地請負法にもとづく農地流動化について論じるためには現場での運用実態の解明が必要であるといえる.しかし,管見では,法改正後の現場での運用に関する研究は十分に蓄積されているとはいいがたい.
一方,表1によると,2015年から2021年にかけて,農地流動面積は4.47億ムー3から5.57億ムーに拡大し,流入主体は企業や合作社といった主体の比率が増えた.このことから,農地流動は多様な主体の参入のもとで拡大していることがわかる.流出先の多様化の背景には,政府による政策的誘導が挙げられる.その一例として,近年農民集団や企業が農地を一旦借り上げて元の農家や別の農家に又貸しする「反租倒包」4といった農地流動化方式が注目されている.例えば,王・竹歳(2025)は,蚕糸業産地における「反租倒包」を考察し,農家所得や生産効率の向上などの効果を指摘した.しかし,Ye(2015)は,農地流動化によって経営権を外部資本に移譲した請負農家が非正規の農業労働者になっていることに対して,請負農家の「セミプロレタリア化」5を懸念した.先行研究は「反租倒包」の効果に主眼が置かれたが,流動化された農地で誰がどのような経営を展開しているかを含めた検討は十分ではない.しかし,Ye(2015)の懸念からすれば,その経営の実態を考察することも欠かせないと考えられる.
農地流動化の流先別及び面積
| 流出先 | 面積(億ムー) | |||
|---|---|---|---|---|
| 2015年 | 2017年 | 2019年 | 2021年 | |
| 農家 | 2.62 (58.6%) |
2.8 (58.4%) |
3.12 (56.18%) |
3.48 (62.48%) |
| 合作社 | 0.97 (21.8%) |
1.03 (21.6%) |
1.26 (22.69%) |
1.14 (20.47%) |
| 企業 | 0.42 (9.5%) |
0.46 (9.7%) |
0.58 (10.38%) |
0.56 (10.05%) |
| その他 | 0.46 (10.1%) |
0.5 (10.3%) |
0.59 (10.75%) |
0.39 (7.00%) |
| 合計 | 4.47 (100%) |
4.79 (100%) |
5.55 (100%) |
5.57 (100%) |
そこで,本研究は,中国における農地流動拡大及び流出先の多様化を踏まえ,農地の「三権分置」の現実の運用を検討するとともに,近年注目される「反租倒包」の現状及びその後の農業経営の展開を詳しく考察する.対象地域は,施設野菜栽培が展開されている四川省達州市達川区S鎮の現代農業産業園である.
達州市経済合作和外事局(2025)より,達州市は総面積16,600km2で,2023年現在,常住人口は532.4万人,農村部住民の可処分所得は一人当たり21,359元,都市部は43,146元である.達州市にあるS鎮は都市部から直線距離25 kmで,2023年現在総面積76.29km2,耕地面積61,427.32ムーで,16の行政村を含んでいる.戸籍数13,203戸のうち11,862戸(89.8%),戸籍人口37,495人のうち18,675人(49.8%)が定住し,全員漢族である.住民の可処分所得は1人当たり27,606元,平均耕地面積は4.65ムー/戸(うち田1.92ムー)である6.これらのデータより,S鎮は都市近郊に位置し,所得の点では平均的であるといえる.
S鎮は水源に近く平坦な農地が多かったために,2010年に区政府7はS鎮全域を施設野菜栽培地域に指定し,施設を整備する事業主に補助金を出すという優遇措置を設け,大規模な農地流動化と施設野菜栽培の端緒を開いた.また,四川省は内陸部であるが,本事例は都市近郊に位置し,政府主導による大規模な農地流動化の一例と位置づけられる.この点は本事例の特殊性である. 2021年にS鎮の施設野菜栽培地域は達州市政府により,農地の集積と効率的な農業を実現した「現代農業産業園」に指定された.主としてキュウリ,シロナ,チンゲンサイなどが栽培されている.
S鎮の現代農業産業園での農地流動化の方式は「反租倒包」に該当する.具体的には,事業主が請負農家から農地を借入れて整備し,農地を野菜作経営世帯に又貸ししている.施設野菜栽培では多数の労働者を雇用している.このように,事業主,請負農家,野菜作経営世帯,農業労働者の4者が施設野菜の栽培に関わっている.これらのうち,事業主と野菜作経営世帯は地域外から参入しているのに対して,請負農家と農業労働者はS鎮または隣鎮の住民である(詳細は3節以降で記述).
2024年時点で,S鎮の現代農業産業園の野菜栽培面積は4,000ムー8であり,4つの村にある2,100戸の請負農家の農地で展開している(表2).ア村は一番地理的条件がよく発祥地として最も多くを貸し出している.しかしア村でも貸出面積は農地全体の44%程度であることから,請負農家には自作可能な農地が手元に十分にあるといえる.また,調査時点で3人の事業主が参入し,又貸しされている野菜作経営世帯は約60戸である.
村の貸出状況
| 村 | 戸数(戸) | 農地(ムー) | ||
|---|---|---|---|---|
| 戸籍数 (%) |
貸出戸数 (%) |
農地総面積 (%) |
貸出面積1) (%) |
|
| ア | 1,087 (100%) |
990 (91.1%) |
4,509.6 (100%) |
2,000 (44.3%) |
| イ | 699 (100%) |
500 (71.5%) |
3,425.6 (100%) |
1,000 (29.2%) |
| ウ | 1,648 (100%) |
400 (24.3%) |
7,701.6 (100%) |
600 (7.8%) |
| エ | 964 (100%) |
210 (21.8%) |
4,869.1 (100%) |
400 (8.2%) |
| 合計 | 4,397 (100%) |
2,100 (47.8%) |
20,505.9 (100%) |
4,000 (19.5%) |
資料:聞き取り調査結果
注1)貸出面積は当現代農業産業園への貸出面積である.
本研究がS鎮の現代農業産業園を対象地域として選ぶ理由は2つある.①農地の集積と効率的な農業を実現したと認証された地域であり,②10年間続いているため農地流動化および農業経営の展開の詳細を考察できるためである.
本研究ではア村の現・元リーダー,区政府の野菜栽培の担当者,S鎮政府職員への聞き取り調査を実施した.また,S鎮の施設野菜栽培の現状を把握するために,事業主の関係者4人,農地を貸し出した請負農家世帯60戸,野菜作経営世帯20戸,農業労働者53名に対して街頭調査9を行った.事業主関係者への質問項目は,S鎮への参入時期,整備した農地の総面積と又貸し農地・自社耕作農地の面積である.請負農家世帯への質問項目は,出稼ぎ収入の有無,自家農業による収入の有無,農村部に残る60歳以下の労働力の有無,現代農業産業園での農業労働経験の有無,稲作の収支である.野菜作経営世帯への質問項目は,年齢,出身地,経営面積,家族労働力と雇用労働力の人数,野菜栽培の収支である.農業労働者への質問項目は性別,年齢,住所,施設野菜への農地の貸出の有無,自作の有無である.現地調査は2023年9月~2024年9月の間に計4回実施した.
S鎮に来た事業主は借り入れたい農地が見つかったら,当該農地の所有権を持つ農民集団にコンタクトを取り,農民集団の斡旋を経た上で,請負農家から農地の経営権を借り入れる.借り入れた農地はすべて平坦で道路に近い稲作の水田であった.そして,事業主は農地を集積した上で,自己資金と区政府からの補助金によって,水田の畦畔を除去し,ビニールハウスや灌漑施設を整備した.これによって水田は施設園芸用地へ変化した.事業主は整備した農地の一部を自社で耕作しているが,残りは野菜作経営世帯に又貸ししている.この場合,経営権は事業主から野菜作経営世帯に移される.当初,区政府は施設を整備した事業主が農地を耕作すると想定していたものの,実際に農地を耕作しているのは主に野菜作経営世帯である.
契約期間は10年10で,地代は事業主と農民集団との交渉によって決められる.2024年現在,事業主が支払う地代は600元/ムー・年であり,この金額は請負農家全員で共通している.他方,事業主が野菜作経営世帯へ又貸しした場合に事業主へ支払う金額は1,000元/ムー・年で統一され,事業主は又貸しした農地にある施設のメンテナンスを担っている.
S鎮に参入した事業主はA氏(2010年参入,2018年撤退),B氏(2015年参入),C氏(2015年参入),D氏(2021年参入)の4人であるが,2024年9月現在,B,C,D氏が残っており,3人ともS鎮以外の出身で,前職は非農業であった.また,B,C氏は個人で,D氏は合作社を設立して参入している.彼らが整備した農地の状況を表3に示す.B氏は約400ムー,C氏は約300ムー,D氏は約3,000ムー,合計3,700ムー11の農地を新規に整備したが,自社耕作面積はそれぞれ0ムー,30ムー,450ムーである.自社耕作農地は,C氏は自ら管理し,D氏は自分の親族に管理させている.なお,B氏の又貸ししていない農地50ムーは耕作も管理もされておらず,荒廃している.
事業主による農地整備の現状(ムー)
| 事業主 | 整備面積 (%) |
又貸し面積 (%) |
自社耕作面積 (%) |
|---|---|---|---|
| B氏 | 約400 (100%) |
約350 (87.5%) |
0 (0%) |
| C氏 | 約300 (100%) |
約270 (90%) |
30 (10%) |
| D氏 | 約3,000 (100%) |
約2,500 (83.3%) |
500 (16.7%) |
| 合計 | 3,700 (100%) |
3,120 (84.3%) |
530 (14%) |
資料:聞き取り調査結果
本節は事業主の借入先である請負農家を考察する.
60戸中47戸(回答者の78%)に60歳以下12の労働力がおらず,55戸(92%)には出稼ぎに行った世帯員がおり,57戸(95%)は自家農業からの収入があると回答した.このことから,請負農家世帯では比較的若い世帯員が出稼ぎにいき,高齢者が農村部に残って農業に従事していると考えられる.大多数の回答者が自家農業をしているという結果は,表2の農地貸出状況と相反するようにみえる.しかし請負農家が貸し出したのは良質の水田のみである.前述した農業生産責任制の導入に伴って農地の均等配分が行われた結果,請負農家は良質の水田以外に山間部の条件不利な農地も手元に残している.
また,請負農家は世帯員の出稼ぎと自家農業による収入に加えて,貸し出した農地の地代と現代農業産業園での農業労働による賃金という収入も得られるようになった.地代は,2節のとおり600元/ムー・年である.賃金収入については,53戸(88%)が世帯員には農業労働の経験があると答えた.つまり,多くの請負農家は農地を貸し出しながら,農業労働者としても働いているとわかった.ただし,聞き取り調査より「高齢のため雇用してもらえない」という回答があったことをふまえると,請負農家世帯全員が雇用機会に恵まれているわけではない点には留意が必要である.
(3)野菜作経営農家表3より,事業主による生産面積が整備面積のうちの14%に過ぎないことをふまえると,野菜栽培の担い手は又貸しされている野菜作経営世帯である.野菜作経営世帯20戸の概要を表4に示す.
野菜作経営の情報(N=20)
| 番号 | 出身 | 年代1) | 規模(ムー) | 労働力人数(人) | |
|---|---|---|---|---|---|
| 家族 | 雇用 | ||||
| 1 | S鎮以外 | 50代 | 18 | 3 | 4~7 |
| 2 | 50代 | 20 | 2 | 4~7 | |
| 3 | 40代 | 20 | 2 | 4~7 | |
| 4 | 40代 | 20 | 3 | 4~7 | |
| 5 | 40代 | 20 | 2 | 4~7 | |
| 6 | 30代 | 23 | 3 | 4~7 | |
| 7 | 40代 | 25 | 2 | 4~7 | |
| 8 | 40代 | 25 | 1 | 無回答 | |
| 9 | 40代 | 25 | 3 | 4~7 | |
| 10 | 40代 | 25 | 3 | 4~7 | |
| 11 | 50代 | 25 | 2 | 4~7 | |
| 12 | 40代 | 30 | 2 | 4~7 | |
| 13 | 50代 | 30 | 3 | 4~7 | |
| 14 | 30代 | 30 | 2 | 12以上 | |
| 15 | 60代 | 32 | 2 | 4~7 | |
| 16 | 50代 | 45 | 3 | 12以上 | |
| 17 | 50代 | 50 | 2 | 12以上 | |
| 18 | 50代 | 50 | 2 | 8~11 | |
| 19 | 40代 | 50 | 2 | 12以上 | |
| 20 | 30代 | 70 | 1 | 12以上 | |
資料:聞き取り調査結果.
注1)出身地及び年齢は経営の意思決定や運営を担う責任者のそれである.
表4より,経営の意思決定や運営を担う責任者は19名(回答者の95%)が60代以下であり,出身地は全員S鎮以外であった.出身地については,家族の出身地もたずねたが,S鎮出身者はいなかった.この結果から,S鎮では農地が流動・整備された後,地域外の若中年層を中心とする野菜作経営世帯が元々S鎮で耕作していた請負農家世帯に代わって,農業の担い手となったと考えられる.経営面積は18~70ムーであり,平均の面積は31.65ムーである.いずれも第2節で述べたS鎮での請負農家世帯の平均耕地面積4.65ムーをはるかに上回っていた.家族労働力の平均は2.25人であり,野菜作経営は夫婦ないし親子での経営が基本であることがわかる.家族労働力と雇用労働力の人数差を見ると,①まったく雇用をしない野菜作経営世帯がないことと,②家族労働力よりも雇用人数が多いことの二点が指摘できる.よって,S鎮の野菜作経営は家族労働力を主な労働力とする家族農業の色彩が濃いが,雇用労働力にも依存しているといえる.なお,販路については,全員は収穫した野菜を加工せずに都市部の青果物卸売市場で売っている.
(4)雇用労働農業労働者への調査結果より,回答者53人中43人(回答者の81%)が女性,42人(79%)が60代以上であった.よって,現代農業産業園が開設されたことで生み出された雇用機会は,主に農村部の高齢者や女性にもたらされていると評価できる.住所については,S鎮居住者は44名(83%)で,隣鎮居住者は9名(17%)である.農地の貸出状況を聞いたところ,施設野菜のために農地を貸し出したのは20名(37.7%)である.つまり,雇用機会はS鎮在住や農地貸出の有無を問わず,様々な農家に広がっている.なお,回答者全員が自作農業をしている.
次に,農業労働者の仕事内容についてまとめる.農業労働者は雇用される際に,契約を書面では結ばず,雇用関係は口約束のみで成立していた.仕事の内容は野菜の収穫,運搬,除草など,野菜生産全般にまつわる.勤務時間は1日8時間であるが,毎日仕事が出るわけではない.時期や雇用先の都合によって人手が必要な時間も異なり,しかも半日のみの勤務の場合は給料も半分しかもらえない.給料は雇用先にかかわらず65元/日,残業10元/時間に統一して設定されている.労働者が毎日8時間仕事をしたと仮定すれば,ひと月の給料は65元×30日=1,950元となり,達州市の最低賃金である1,970元/月にやっと届く程度であることから,給料は高いとは言い難い.このようにS鎮の農業労働者は不規則・不安定で低賃金の仕事をしている.
農地流動化が地域の農業に与えた経済的な影響を検討するために,農地流動化以前に広く行われてきた稲作と農地整備後に行われるようになった施設野菜の収益を比較する13.
当地で長年稲作を続けてきた請負農家(2023年に3ムー耕作)をサンプルとして,稲作の単位面積当たり経営収支を表5にまとめた.S鎮では手作業で田植えを行い,耕うんと収穫は外部の耕うん機とコンバイン作業者に委託するため,委託料金が発生する.また,収穫した米は自然乾燥させて,加工せずに販売する.表5のとおり,農業資材や作業委託料金を合計すると費用は年間525元/ムーである.これに対して米の売上高は1,200元/ムーである.よって稲作では675元/ムー・年の利益を得られる計算になる.ただし,家族の労賃は計上していない.2024年四川省における稲作の産出額は1470.85元/ムーで,家族の労賃と地代を計上しない費用は474.92元/ムーである(国家発展和改革委員会価格司・国家発展和改革委員会価格成本和認証中心,2024:p. 108).
稲作農家の単位面積当たり経営収支(単位:元/ムー・年)
| 区分 | 金額 | |
|---|---|---|
| 売上高1) | 1,200 | |
| 費用 | 農薬衛生費 | 30 |
| 肥料費 | 180 | |
| 種苗費 | 75 | |
| 耕うん機委託費 | 120 | |
| コンバイン委託費 | 120 | |
| 合計 | 525 | |
| 差引利益 | 675 | |
資料:聞き取り調査結果.
注1)米の生産量は500kg/ムー,販売価格は2.4元/kg.
野菜作経営の平均的な経営収支を算出するために,回答者数が一番多かった家族2人で20ムーの農地を耕作している農家をサンプルとして,表6の収支を作成した.彼は一年間でキュウリ(2~7月),ゴーヤ(7~10月),シロナ(10~1月)の輪作をしている.施設野菜経営にかかる費用としては,まず農薬衛生費,肥料費,種苗費がある.また小型耕うん機と軽トラを保有しているため,減価償却費が発生する.収穫した野菜は加工せずに軽トラで都市部の青果物卸売市場に運んで販売しているため,包装費用やマルチフィルム,ビニールハウスを含む諸材料費が発生する.そのほか,地代,雇用労賃,運送やのための動力光熱費,青果物卸売市場の使用料などの雑費も必要になる.ただし,家族の労賃は計上していない.表6より,単位面積当たり費用の合計は13,160元/ムーとなる.他方,天候が順調で,かつ市場価格が安定していた場合,平均して約22,250元/ムー・年の売上高となる.よって,野菜栽培では1ムーあたり9,090元/年の利益になる.四川省人民政府(2023)によると,四川省における施設野菜の利益は1ムーあたり約8,000元とされるが,これは概算値であり,作目や栽培条件によって変動する.
野菜作経営の単位面積当たり経営収支(単位:元/ムー・年)
| 区分 | 金額 | |
|---|---|---|
| 売上高 | キュウリ1) | 10,000 |
| ゴーヤ2) | 10,000 | |
| シロナ3) | 2,250 | |
| 合計 | 22,250 | |
| 費用 | 農薬衛生費 | 860 |
| 肥料費 | 2,300 | |
| 種苗費 | 1,950 | |
| 減価償却費 | 500 | |
| 諸材料費 | 1,650 | |
| 地代 | 1,000 | |
| 雇用労賃 | 3,600 | |
| 動力光熱費 | 900 | |
| 雑費 | 400 | |
| 合計 | 13,160 | |
| 差引利益 | 9,090 | |
資料:聞き取り調査結果.
注1)生産量は5,000kg/ムー,販売価格は2元/kg.
注2)生産量は2,500kg/ムー,販売価格は4元/kg.
注3)生産量は1,500kg/ムー,販売価格は1.5元/kg.
表5と表6を比較すると,農地流動化と整備の結果,S鎮では高収益な農業が展開されるようになったことがわかる.ただし,野菜栽培は収益性が高い反面,自然条件による変動を受けやすい点には留意が必要である.かりに天候によって生産できなかったとしても単位当たり費用13,160元/年は確実にかかる.売上におけるこれらの不確実性によって,野菜作経営は常に大きなリスクを抱えている.つまり,野菜作経営世帯は農業生産の主体として,様々なコストに加えて市場価格の変動や自然リスクを背負っている.しかし,農地整備を行った事業主が区政府から補助金を得ていたのとは異なり,彼らは公的支援を受けていない.
本研究は中国の内陸農村である四川省達州市S鎮の現代農業産業園を対象に,農地流動化とその後の農業の展開を明らかにした.最後に,調査結果をまとめるとともに中国の農地制度の課題を指摘したい.
(1)S鎮における農地流動化と農業経営の現状S鎮の現代農業産業園の構図は図1の通りである.

現代農業産業園の構図
資料:聞き取り調査結果から筆者作成
農地流動化は事業主を中心に行われている.具体的には,事業主が農民集団の斡旋で請負農家世帯から農地を借入れ,整備した.とはいえ,自分で耕作している農地はわずかであり,農地の大部分を野菜作経営世帯に又貸ししている.ただし,農地にある施設のメンテナンスは又貸し後も担っている.したがって,事業主は農業生産にはあまり関与しておらず,主な役割は野菜栽培の基盤整備にあるといえよう.他方,農地を貸し出した請負農家の多くは,若い世帯員が出稼ぎに行き,高齢者が農村部に残っていた.農村部での農業収入と都市部での出稼ぎという二本出ての生計が1990年代から中国内陸農村の主流となっているが(田原2024:pp.38–39),S鎮でも同様の傾向がみてとれる.また,現代農業産業園の整備により,貸し出した農地での稲作ができなくなった一方,地代と賃労働の賃金を得られるようになった.ただし,全員が雇用機会に恵まれているわけではない.このように,S鎮では,農地の経営権を外部資本へ移譲しながら,農業労働者として働いている請負農家の存在が確認できた.ところが,外部資本へ移譲された農地は質のよい農地に偏っているため,最も農地貸出が多い村でも,全農地の半分弱しか貸し出されていない.したがって,S鎮の請負農家の手元には一部の農地の経営権があり,自己生産手段である農地を全く手放したわけではない.よって,今回の調査結果からは,彼らが前述したYe(2015)の「セミプロレタリア化」に該当したとは言い難い.ただし,今後,事業主による農地流動化が一層進み,経営権を手放す農地の割合が増えた場合は,「セミプロレタリア化」が進行し,農家の生活への悪影響が発生する可能性はある.
また,農業の主な担い手は,生産面積から見れば,野菜作経営世帯であろう.彼らは30~60代で地域外から来ており,雇用労働力に依存した家族経営を営んでいる.野菜栽培の単位面積あたり収益は水稲作に比べて非常に高いが,市場価格の変動や自然リスクの影響を受けやすい.
(2)農地流動化の評価と課題S鎮では,事業主による農地流動化と施設整備,そして地域外からの野菜作経営世帯の参加によって,稲作経営から収益性の高い資本・労働集約型の施設野菜経営へ転換し,地域に雇用機会を創出したと評価できる.一方で3つの課題が指摘できる.
第一に,農地流動化の結果,請負農家世帯にとって農業収入の代わりに,地代が重要な収入になっている.これにもかかわらず,地代の金額(600元/ムー・年)は野菜作経営の収益(9,090元/ムー・年)と比べて桁違いに低い.地域の農家の所得向上の観点より,請負農家世帯により利益が配分されるような仕組みが必要であると考えられる.例えば,農地の経営権を資産評価して株式化し,農地の利益を株主である農家に配当する「株式合作制」(山田,2019:pp. 66–67)といった分配制度があげられる.第二に,請負農家は農地の経営権を事業主に貸し出し,請負権を保持しているが,貸し出した農地を再び自ら経営することはほぼ不可能となっている.つまり請負権が形骸化してしまっているといえる.このように,今回の調査結果からは農地所有の制度と実態にずれが生じていることが確認された.第三に,事業主は施設の整備とメンテナンスという農業サービスを提供するだけではなく,野菜作経営世帯への又貸し(経営権の移転)も行っていることから,農地流動化も管理しているといえる.上述のとおり農民集団には集団財産の散逸や農家への各種サービスの提供を担うこと,すなわち統一経営が期待されてきたが,今回の事例のように農地流動化に対する事業主の関与が強まることは,将来的な農地保全や農家の集団財産の保全に悪影響が及ぶ可能性がある.このことが中国農村にどのような影響を及ぼすかについては,更なる研究が必要である.
(3)残された課題本研究は農地流動化後の農業経営の全体像に焦点を当てたが,農地流動の過程ならびに各経済主体(事業主,請負農家,野菜作経営農家)の実態については十分に解明できていない.これらの点は今後の研究課題である.
調査の実施にあたり,調査にご協力いただきました中国のS鎮の政府の役人,請負農家,野菜作経営世帯に厚くお礼を申し上げます.