2024 年 45 巻 p. 3-25
本稿は、我が子の不登校を経験した母親を対象に、家庭での経験や学校・地域など社会との関係性においていかなる困難を抱えているかについての実態を描き、それを筆者自身の当事者性をもとに、「女性」としての側面から考察するものである。対象者の事例を筆者自身の経験と合わせて分析した結果、母親たちが抱える困難の特徴は以下の通りである。
まず、母親たちは、自責の念にとらわれながら、学校に通わせて当然という母親に求められる社会の規範にも苦しめられ、地域から孤立している側面が確認できた。また周囲の人間関係においては、身近な母親から子育てを批判的に捉えられていたほか、家庭での受け入れ方に対する周囲の無理解に苦しむなど、理解者の不在に直面していることが読み取れた。家庭内においては、夫は父親として我が子の不登校問題に積極的に介入する姿勢を見せず、学校との交渉や精神面・生活面のケアなどは妻である母親が多くを引き受け、その結果、母親の就労も不安定にしている点など夫の不在が問題となっていた。最後に、学校との関係においては、「(自宅にいては)社会性が身につかない」「ひきこもる」と教師からの一方的な言葉に傷つけられていたほか、「女性」教員からの「子育て批判」を通じて、学校から疎外される経験となっていることが示された。
以上から、筆者自身の当事者性ゆえに新たに可視化された知見とは、不登校児の母親たちが抱える問題は、我が子の不登校という事態そのもの以上に、社会や家庭から「女性」だけが求められる母親としてのジェンダー役割であった。そしてその背景には育児・教育責任を母親に帰属させるジェンダーを内在化した社会のまなざしが存在することを明らかにした。その結果、本稿は、母親たちが「不登校の子どもをもつ母親」という地域や学校といった社会の枠組みにおいてのマイノリティとしての存在であると同時に、家庭内においても母親役割という「女性」としての不均衡を引き受けるマイノリティとしての存在でもあることを指摘した。我が子の不登校によって二重のマイノリティとして生きる母親の困難は、不登校問題が学校教育の枠組みだけでは捉えきれない、現代の女性と教育を象徴する問題であることを示唆している。