オーストラリア研究
Online ISSN : 2424-2160
Print ISSN : 0919-8911
ISSN-L : 0919-8911
学校教育現場から見たオーストラリアの言語政策 : アジア言語重視政策の意義
松田 陽子
著者情報
ジャーナル フリー

2001 年 13 巻 p. 1-20

詳細
抄録
オーストラリアの学校教育において、LOTE (Languages Other Than English:英語以外の言語)教育は、国家レベルの言語政策によって推進されてきている。特に、近年、オーストラリアにとっての経済的重要性の側面からの明確なアジア言語教育重視政策が打ち出されてきている。その中で、特に、貿易面で重要な地位にある国の言語である日本語、中国語、インドネシア語、韓国・朝鮮語の4つを広く学習されるべき最優先言語として指定し、予算面での重点的支援を行うこととしている。本稿では、このようなアジア言語重視政策の影響とその意義に焦点を当て、中等教育におけるLOTEの授業観察と言語教師や関係者達の面接調査の結果をもとに、言語教育政策についての実状を探り、現場での問題を掘り起こし、その背景となる意識や原因について考察し、さらに、今後の進展に対する方向性を提示している。まず、アジア言語重視政策の影響とその意義を、(1)言語教育と経済的合理性との連結、(2)日本語学習者の急増、(3)多文化主義との関わり、の3点から分析している。経済的合理性の観点からは、実態としてはその直接的な成果には疑問がある。政府の公的言説としてはそのような観点からの政策であっても、日本語学習者の実態から見て、その現実は、必ずしも、経済的な意義と結びつくものだけではなく、日本の現代大衆文化等に対する関心によるものや個人の情的レベルのつながり等に動機づけられるものとなっている。また、近隣地域として重要な関係を持つアジアに意識的に近づこうとしなければならないという意味は、オーストラリアの多文化主義の根底にある、政治・経済的側面からの課題と矛盾するものではない。しかし、これは、もう一方の多文化主義の重要課題である、コミュニティの多様な民族の言語や文化の維持や社会的公正が保たれることなどの側面を保証していく政策を相対的に弱めていく結果ともなっている。そこで、もし、アジア言語教育を通じて、これまでの潜在的に存在するアジア移民に対する否定的な意識に変化を与えることができれば、それは、その他の多くの地域からの移民に対する意識をも変革していくような力ともなりうる。この目的のためには、アジア言語教育に限らず、いかなる言語についても、その教育過程において、異文化の人々とのコミュニケーションに必要な技能や意識の変革を促す教育プログラムを取り込んでいかなければならないことを指摘している。さらに、学校内での多言語教育状況が顕著になってきていることから、異なる言語教師達の間で、互いに協力し、アイデアを交換しながら、多様な教材や教授法を生み出していくという創造的なプラスの側面も出てきていることを指摘し、このような新たな言語教育の進展の萌芽を発展させていくことを提言している。
著者関連情報
© 2001 オーストラリア学会
前の記事 次の記事
feedback
Top