人類學雜誌
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江戸時代日本人古人骨における多発性骨髄腫についての古病理学的研究
鈴木 隆雄
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1981 年 89 巻 1 号 p. 107-114

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抄録

骨に対して,著しい形態学的あるいは病理学的な変化を及ぼす腫瘍,なかでも悪性腫瘍は,古人骨においてその発見例は非常に少なく,研究もあまり進んではいない。日本においても,古人骨の古病理学的研究の報告は数例があるが,現在までのところ悪性腫瘍に関する報告はまだ一例もなされていない。
今回筆者は,江戸時代人頭蓋の古病理学的検索の中で骨髄に原発する悪性腫瘍の一つである多発性骨髄腫(multiple myeloma)と診断される興味ある一例に遭遇したので報告する。
この著明な病理学的所見を示す頭蓋は,1955年東京慈恵会医科大学第一解剖学教室の川越逸行博士により,東京都文京区湯島の無縁坂の工事現場から発見され収集された約300個の頭蓋の一つで,"Muen-40"のラベルのあるものである。
頭蓋全体に瀕慢性に拡がる約20個の直径約3-8mmの小孔が認められ,辺縁は鋭く,治癒傾向はない。頭蓋x線像では無数の小円透亮像,いわゆる"打ち抜き像punched out lesion"が認められ,辺縁の硬化像等はない。このような肉眼的,X線学的な特徴は,多発性骨髄腫の像によく一致している。
鑑別診断としては,骨梅毒症,二次性悪性腫瘍転移等が考えられるが,なかでも悪性腫瘍転移との鑑別は困難な場合が多い。しかし悪性腫瘍転移の場合は病変がより大きく,また限局した病巣をもつことなどが知られている。従って本例の場合は,古病理学的に,熟年男性の多発性骨髄腫であると診断された。

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