抄録
身体主要7筋群の随意持続性収縮における最大エネルギー代謝量(Mjmax;j=1,2,…,7)の推定を試みた。そのたあに推定対象7筋群の双極表面誘導筋電図の積分値と総エネルギー代謝量の同時測定を16の静的筋労作ならびに姿勢保持項目中に行うとともに,7筋群の最大筋力発揮時の表面誘導筋電図の積分値の測定を行った。
被験者は年令20~30歳の日本人健康男子7名で,身長•体重等の各身体計測値の変動が比較的大きくなるよう被験者群を設定した(Table 1参照)。推定対象筋群は前腹筋群•脊柱起立筋群•臀筋群•後大腿筋群•前大腿筋群•後下腿筋群•前下腿筋群の7筋群であった。連立方程式の構築のために選択された労作項目は,これまでの経験により静的姿勢保持8項目の他に,筋力トレーニング装置を用いる静的労作8項目を新たに追加し,総計16項目とした。
16項目における表面誘導筋電図の積分値と最大筋力発揮時の積分値から7筋群の最大筋力比を各個人毎に算出した。その最大筋力比と総エネルギー代謝量を用いて著者の推定方法(YOKOYAMA,1980a)に準拠し,各筋群の最大エネルギー代謝量の推定を行うが,推定の精度を期すため,それに先立ち各個人毎のデータセットのクリーニングを行った。今回の総エネルギー代謝量の測定が,労作ならびに回復過程を含めたものであったところから,呼吸商が0.7~1.0の範囲を逸脱した項目および総エネルギー代謝量の値自体が同世代の基礎代謝量の標準値とされる37.5kca1/m2h(沼尻,1970;佐々木,1975)より過小な項目をデータセットより除外した。次に,連立方程式の解法に3つの生理学的規準を導入し,方法に改良を加えた。データセットの中より8元1次の連立方程式の組合せを全て計算し,その解すなわち7筋群の最大エネルギー代謝量(Mjmax)と7筋群以外の代謝量(B1)が(a)非負であること;(b)前下腿筋群の推定量(M7max)はそれ以外の6筋群の推定量よりも小であること;(c)前大腿筋群の推定量(M5max)は後大腿筋群(M4max)と後下腿筋群(M6max)よりも大であること,を満たす組合せを選択した。それらの組合せに現われる各項目の度数を重みとする重み付け最小二乗法により,各個人毎に7筋群の最大エネルギー代謝推定量を決定した。ただし,7名中2名の被験者において,データクリーニングの過程で前下腿筋群(M7max)の推定のために必須な項目が欠損したので,改めて6筋群推定のためのプログラムを作成し,M7max を除く6筋群の推定量を求めた。その際の生理学的規準として,7筋群推定の3項目の中から(a)と(c)の2項目を採択した。
上記の手順に従い,最大エネルギー代謝量は前腹筋群254.047±139.76(平均値士標準偏差);脊柱起立筋群126.343±49.672;臀筋群131.091±35.575;後大腿筋群80.169±20.689;前大腿筋群154.977±38.362;後下腿筋群75.838±38.290;前下腿筋群34.475±9.583〔kcal/h〕と推定された。今回の推定量は,他に研究例が見受けられないので,直接比較する対象がないが,同一被験者から背筋力と大腿屈群力の値を得たので比較した。その結果,その活動だけで背筋力を規定しているとはされないが多大な影響を及ぼすとされる脊柱起立筋群の推定量と背筋力との間には大むね比例関係が認められた(Fig.4参照)。大腿屈筋力と後大腿筋群の推定量の比較では,両者の間に有意な一次比例関係が示された(Fig.5参照)。一方,今回の青年男子7名の結果と松島(1927)の入院患者の筋重量比の資料との比較では,前腹筋群を除く6筋群については比例関係が成立していた。従って,松島(1927)の資料が入院患者のものであることあるいは筋線維別のエネルギー代謝率の変異ということを考えれば,今回の身体主要筋群の最大エネルギー代謝推定量が十分意味のあるものと結論された。