日本先進糖尿病治療研究会雑誌
Online ISSN : 2436-0058
症例報告
インスリンポンプ用輸液セットの刺入部位から皮下膿瘍形成に至った1例
小野 萌木村 守次加藤 恵理齊藤 仁通金山 典子森 良孝豊田 雅夫深川 雅史
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2022 年 16 巻 1 号 p. 1-7

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Abstract

持続皮下インスリン注入療法(continuous subcutaneous insulin infusion: CSII)は、血糖変動を安定させ、生活に自由度を与える等の有用性がある治療法として知られる。その一方で、使用機器や操作方法に関連したトラブルから高血糖を生じるケースやCSII用輸液セットの刺入部位の皮膚のトラブルのためCSIIの中断を余儀なくされたケースも報告されており、その発生機序や原因について検証することは重要である。しかし皮膚合併症において、その発症のメカニズム等にまで言及した報告例は少ない。 

今回我々は、CSII用輸液セットの刺入部位から皮下膿瘍形成に至った症例を経験し、その膿瘍発症のメカニズムについて検討した。今後、CSII実施患者の療養指導に関わる医療関係者にとって、有益な情報となることを期待して報告する。

緒言

Continuous subcutaneous insulin infusion (CSII)は、基礎および追加インスリン注入量を細やかに設定することで、より生理的なインスリン分泌パターンに近づけることが可能な治療法である。生活に自由度が必要な1型糖尿病患者や、従来のインスリン頻回注射療法で血糖管理が不良な場合、低血糖回数の減少やHbA1cの改善、その他術後の感染や糖尿病合併症のリスク軽減など、一部の糖尿病患者において、有効かつ不可欠なインスリン治療法の一つとなっている1,2)

また、これらCSIIの有用性が報告される一方で、電池トラブルや刺入針の装着不全等によるインスリン注入不良から高血糖を生じるケースや3)、CSII用輸液セットの刺入部位の炎症や傷跡、脂肪萎縮等の皮膚トラブルによる報告が複数確認されている4,5)。さらに、蜂窩織炎や膿瘍、重症感染症に移行し、CSIIの使用中止を余儀なくされたケースもあり6)、その原因等について検討することは重要である。しかしながら、現在までに皮膚合併症の報告は散見されるものの5)、発症のメカニズムまで言及した報告例は少ない4)

今回我々は、CSII用輸液セットの刺入部位から皮下膿瘍形成に至った症例を経験し、その膿瘍発症メカニズムについて考察した。CSII導入に際した療養指導やセルフケア行動に直結する事柄でもあり、幅広い医療関係者に共有すべきことと考え文献的考察を加え、報告する。

症例

61歳、男性。

【現病歴】35歳時、口渇、多飲、多尿の症状にて当院を受診した際に糖尿病の診断となった。教育入院後、40歳で経口糖尿病薬が開始されたが改善が乏しく、42歳時に強化インスリン療法導入目的で当院入院となった。入院中施行した24時間蓄尿検査にて尿中Cペプチド157μg/dayと内因性インスリン分泌は保たれ、その後HbA1c値は6〜7%台で推移していたが、54歳時、血糖変動が大きくなったため、未測定であった抗グルタミン酸脱炭酸酵素(Glutamic Acid Decarboxylase: GAD)抗体を確認したところ、2.4U/mL(radioimmunoassay[RIA]法 基準値:1.5U/mL未満)と陽性が確認され、緩徐進行1型糖尿病(slowly progressive insulin dependent diabetes mellitus: SPIDDM)と診断された。その翌年、本人の希望もあり、外来にてミニメド620G、クイックセット:チューブ長60cm、カニューレ長6mmでCSIIを導入した(日本メドトロニック株式会社、東京)。CSII開始後はHbA1c値7%台で概ね維持されていたが、近年はHbA1c値8%台後半へ悪化傾向を認めていた。

今回、2019年10月X-8日、CSII用輸液セットの交換2日目に、刺入部位の違和感を自覚したが、翌日交換予定のため、自身の判断で経過を見ていた。2019年10月X-5日より40℃の発熱と悪寒を認め、CSII用輸液セット抜去部位の硬結と乳白色の排膿を自覚したが、同部位に市販の外用薬を塗布し、自身で圧迫、排膿を行い、市販の絆創膏を貼付。入浴は悪影響と考え、数日間入浴はしていなかった。高血糖症状としての口渇・多飲・多尿などは自覚されず、糖尿病性ケトアシドーシスを推測させる症状は認めなかったが、血糖自己測定(self-monitoring of blood glucose: SMBG)の結果からは、発症1〜2ヶ月と比べて高血糖が持続していた(表1)。臨時受診は行わず、予定通り定期受診日の2019年10月X日に当院を受診した。

表1 発症前と発症時のSMBGによる血糖値の推移

SMBG: 血糖自己測定(単位: mg/dL)

【併存症】高血圧症、脂質異常症

【処方】インスリンアスパルト注射液(1日総インスリン量44.5単位:30日平均)、ボグリボース錠0.2mg夕食直前、オルメサルタンメドキソミル錠40mg朝食後、アムロジピンベシル酸塩錠5mg朝食後。

受診時所見

【身体所見】身長 169.0cm、体重 89.0kg、BMI 31.2kg/m2、血圧 120/70mmHg、心拍数 65回/min、体温 37.0℃、頭頸部:眼瞼結膜蒼白なし、眼球結膜黄染なし、咽頭発赤なし、口腔内扁桃腫大なし、頸部リンパ節腫脹・圧痛なし、胸部:肺音 清、心音 純、腹部:平坦・軟、腸蠕動音聴取、右下腹部に13.0×9.5 cm大の可動性のある硬結を伴う発赤、腫脹、同部位の自発痛・圧痛あり、乳白色の膿瘍が滲出(図1a)、四肢:皮疹なし、創傷なし、浮腫なし

図1 (a)来院時の皮膚所見(サイズ:13.0×9.5cm)(b)切開排膿後の皮膚所見

【検査所見】表2に示す。

【糖尿病合併症】神経障害:動眼神経麻痺、網膜症:なし、腎症:2期。

受診後経過

当院皮膚科を紹介受診し、切開排膿を行った(図1b)。自宅での創部洗浄方法について指導し、セファレキシン2,000mg分4の内服と白糖・ポビドンヨード配合外用薬の塗布を開始した。血液培養結果は陰性で、膿瘍の開放創と切開排膿部からはメチシリン感受性黄色ブドウ球菌が検出された。その後もセファレキシンを同用量で3週間継続し、排膿後20日目にデブリードマンを施行した。その後もCSIIを継続し、血糖管理および切開排膿後の皮膚ポケットは徐々に乾燥と改善傾向を示した。

考察

本症例は、身体所見と原因菌が皮膚常在の黄色ブドウ球菌であったことから、皮膚科医によりCSII用輸液セットの刺入を原因とする皮下膿瘍と診断された。表在菌による感染症に関しては、高血糖や肥満に伴う免疫不全状態からの皮膚免疫機構の破綻が誘因となるとの報告がある7)。本症例も高血糖と高度の肥満症が存在したことから、同様に免疫機構破綻に関与した可能性が考えられた。

本症例のSMBGの記録からは、発症半年前までは概ね良好な血糖管理がなされていたが、発症半年程度前からは仕事におけるストレスから夕食時間が不規則になり、夜間から朝にかけての高血糖を認めることが多くなっていた。以上から、高血糖が本症例の膿瘍形成の一因となった可能性が考えられた。

表2 来院時検査所見

HPF: high power field

また、肥満症ではT、Bリンパ球の作用不全から細胞性、液性免疫のいずれも障害が生じ8)、脂肪組織での易感染性が指摘されている9)。その点からも、高度肥満患者である本症例は感染症のリスクが高い状態であったと考えられた。

このように高血糖と肥満、2つの問題点から感染のハイリスク状態であったにもかかわらず、今回、多職種による十分な介入指導が実施されていなかった。患者本人が感染兆候を自覚しながら受診行動に繋がらなかった点を踏まえると、CSII導入後の療養指導において徹底した注意喚起を行うことが、感染ハイリスク患者の感染予防には改めて重要であると考えられた。

また、CSII用輸液セットの刺入部位感染症例の原因菌は皮膚常在菌が多く4,10)、刺入針の3割以上が皮膚常在菌で汚染されているとの報告がある11)。このことから、療養指導などの際には手技確認に十分な注意を払うことが重要である。本症例の場合、手技に関しては、聞き取りのみでは不適切な部分が明らかにはならなかったが、毎月の消毒用アルコール綿の請求数が少なく、消毒等の手技に問題があった可能性は否定できない。インスリン自己注射を含む皮下注射全般において注射前の皮膚消毒は不要との報告が多いものの12)、比較的長期に人工物を留置する点からは、消毒は通常の皮下注射よりも重要と推測され、改めて療養指導の際には清潔操作に対する患者自身の捉え方なども把握して、個々の症例の特性に合わせた指導が必要であると考えられた。また、刺入部位のローテーションの重要性を指導するだけでなく、規定日数を超えた回路交換周期は刺入部感染のリスクと考えられ13,14)、CSII使用例では定期的なアドヒアランスレポートは適切な回路交換を実践できているかの確認に有用である。すなわち、アドヒアランスレポートにおける充填イベントを参照することで、3日ごとの回路交換を確認することが重要である。

さらに、5年以上のCSII使用では皮膚合併症のリスクが上がるとの報告がある。本症例は導入当初、ミニメド620G、クイックセット:チューブ長60cm、カニューレ長6mmにて実技指導含めた導入指導を実施し、 その後もCSII使用において清潔操作を含む手技を問題なく施行していたと思われるが、CSII導入後5年の間に自己流へと変化した可能性もあり、この点からは、不適切な輸液セットの使用の確認ができておらず、今回の皮膚合併症の原因の一つになった可能性も考えられた。その点からは、定期的な患者の実演による手技の確認や、すべての医療従事者が簡便に手技確認できるチェックリスト等を作成することも検討すべきではないかと考えられた。また5年以上という長年の使用、テープ等の着脱による皮膚軟部組織への影響は、膿瘍の発症機序において無視できない因子であると考えられた。皮下膿瘍を含む皮膚軟部組織感染症は、外傷等による皮膚バリア機能低下のほか、異物挿入が誘因となることが報告されている15)。また、長期使用者のCSII用輸液セットの刺入部位では超音波にて皮下に高エコーを認めるとの報告もあるが、本症例においては発症以前の超音波検査は行われていなかった。これらのことから、長期CSII使用患者においては定期的に画像評価をすることが、皮膚合併症の予防に有用である可能性が考えられ、今後前向きなデータの蓄積が必要と考えられた。

結論

長期CSII施行患者においては、1:多職種による十分な介入指導により、常に感染のリスクについて意識させること、2:定期的な患者の実演による手技の確認をすること、3:リスク評価に関して医療スタッフが誰でも使用できる簡便なチェックリスト等の作成、4:長期間の使用、テープ等の着脱による感染リスクを理解し、定期的画像評価を行うこと、等が推奨される。この検討内容が、今後のCSII使用患者並びに医療関係者にとって療養行動、セルフケア行動に有効な情報となることを期待する。

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