論文ID: 240917
「牛川人」は,1957年に愛知県豊橋市牛川町で発見され,中期更新世まで遡る「ヒト上腕骨」片として,鈴木尚と高井冬二が提唱した化石人類である。その後,帰属時代は後期更新世と改められたが,日本における人類化石の一例として認識されてきた。その一方で,特に1990年代以後はヒトの化石骨ではない可能性が指摘されてきた。しかし,何の動物骨のどの部位かは不明のまま近年に至っていた。本研究では,「牛川人」化石(上記の「上腕骨」破片と1959年に発見された大腿骨頭片)を比較形態学的に再評価し,双方ともがクマの骨格片との結論に至った。「牛川人」化石をヒグマとツキノワグマ標本24個体分について肉眼観察,ノギス計測,実体顕微鏡観察により比較した。また,「牛川人」化石と一部の比較標本についてCT撮影し,断面画像と3次元モデルを用いた比較所見を加えた。これらの観察結果から,クマ骨形態の個体変異を考慮のもと,牛川の「ヒト上腕骨」化石はクマの橈骨骨幹部の破片であり,大腿骨頭化石もまたクマ骨であると判定することができた。また,幾点かの形態特徴と後期更新世の動物相構成の双方の観点から,ヒグマ骨の可能性が高いと思われる。今回の結果を踏まえ,発見当時の学術的な時代背景とその後の人類化石研究の展開を振り返り,牛川化石研究の意義について検討した。