2022 年 11 巻 1 号 p. 37-50
本研究は,核軍縮における人々の価値観および世論の構造の分析を目的とした調査データの収集とデータ分析のメタ・リサーチ・デザインをまとめたものである.核軍縮が停滞する国際社会において,外交以外の核軍縮を後押しする手段の模索は重要な課題である.国家の安全保障政策を変えるためには,核抑止が存在してもなお核軍縮を選択するだけの効用が必要になる.世論は政府に影響する変数のひとつであることから,本研究は核問題に関する人々の価値観に関する調査し,ひいては世論の影響力を分析することを目指す.国家の置かれた環境によって世論は変化するものであるため,本研究では国家を被爆国・核保有国・潜在的核保有国・非核保有国の4群に分類し,それぞれに属する国家で調査データを取得し,国内・国家間・群間の比較分析をおこなう.それらによって核抑止と核軍縮に関する価値観と構成要因を検証し,核軍縮に賛同する世論を形成するための条件を探る.
This study summarizes international opinion on nuclear disarmament issues using a metaresearch design. This study aimed to clarify the characteristics of public opinions by country.In an international community where nuclear disarmament is stagnant, the search formeans other than diplomacy to encourage disarmament is an important issue. To encouragechanges in national security policy, states need to recognize that the expected utility ofnuclear disarmament is larger than the status quo, even given the existence of nuclear deterrence. Public opinion is one important independent variable that affects the government. By focusing on public opinion, this study aims to design international surveys on people’svalues regarding nuclear issues and analyze the influence of public opinion. This studyclassifies states into four groups: a country to have ever suffered atomic bombings, nuclearpowers, potential nuclear powers, and non-nuclear states. Comparative data analyses aredone within a state, between states, and between groups These analyses lead to conclusionsthat can help shape public opinion in favor of nuclear disarmament.
本研究は核問題における人々の価値観に関する調査および世論の構造の分析を目的とするものであり,ひいては核軍縮の国際的推進を後押しする国際世論分析の土台の構築を目指すものである.広島・長崎への原爆投下以来,核拡散問題は深刻な国際問題として存在し続けてきた.1960年代以降では核不拡散条約をはじめとした国際条約が締結され,核軍縮や核廃絶が国際社会でも強く主張されるようになったものの,核問題は現在に至るまで解決される気配をみせていない.冷戦終結した1989年頃から2000年代前半までは主に米英露仏の核保有数は減少傾向にあったが,2000年代末から保有数はほぼ横ばいになり,中印パは増加傾向にある(図1,2).そして2012年に北朝鮮が自らが核保有国であると憲法に明記して公的に核保有を認め,2013 年以降も核実験と弾道ミサイル発射実験を繰り返すなど,近年では核軍縮は停滞しているといってよい状況にある.
注1)1945–2010はNorris & Kristensen (2010)を,2011-17はBulletin of the Atomic Scientists, Nuclear notebookを参照.北朝鮮の2011-17の核保有数は“<10”という推定値であったので全て9として図示した.
注2)北朝鮮は2012年4月に改訂した憲法に自らが核保有国であること明記したので同年を核保有国となった年 とした(外務省, 2017).
2020年10月には核兵器の保有につながる様々な行動を禁止する核兵器禁止条約(TPNW: Treatyon Prohibition of Nuclear Weapons)の批准国が50か国を超え,2021年1月に発効されたが,その条約の意義には核保有国や日本など少なくない国家が疑問を投げかけており,核軍縮の推進に貢献できるのかは不確定な状況にとどまっている.
核軍縮は国際社会の大きな課題のひとつであり,1957年に創設された国際原子力機関(IAEA)と1970年に施行された核不拡散条約(NPT)を中心として核軍縮の推進が試みられてきた.冷戦が終結すると核廃絶の主張も強まり,冷戦期のアメリカの安全保障政策に関与してきたキッシンジャーらが核廃絶を支持する活動をおこない(Shultz, Perry, Kissinger & Nunn, 2007, 2008),2017年には核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)がノーベル平和賞を受賞するなど,核廃絶も着実に国際社会で支持を広めてきた.
しかしながら,核保有国が存在することで核抑止の安全保障効果を必要と考える国家が存在していることもまた事実である.中国のように核保有によってアメリカの軍事的脅威に対抗する国家もあれば,日本や台湾のようにアメリカの核の傘によって北朝鮮や中国の軍事的圧力に対抗しようとする国・地域も存在する.この核抑止の存在が核軍縮の推進を妨げてきた大きな要因といえ,核軍縮が推進できるか否かは核抑止の安全保障効果と論理にどのような対抗するかに依存する.
国家の安全保障問題として核問題を捉えた場合,核廃絶の訴えなどの市民運動や世論の役割はそれほど重要視されてこなかった.なぜならそれは国家の重要な利益の保護や国民の安全の追求という極めて重要な政策であるために,専門的知識があるとはいえない一般の人々の世論に従って安全を喪失しうる政策を国家がとることはできない.たとえば1979年の西ドイツへの中距離核戦力配備の決定のように,核戦略においては民主主義国であっても世論よりも外交・安全保障の専門的な知見が優先されて意思決定がなされてきた.しかしながら,世論が常に重要な安全保障政策に影響を及ぼすことができないというわけではない.国家の政策への影響力はaudience cost(観衆費用)の概念で顕著に示されるように,ときとして政府が望んでいるわけではない戦争を国民からの支持を得るために選択せざるを得ないときもありうる(Fearon, 1994; Tomz, 2007).その方向性を決めるのはそのときの世論であり,9.11テロ直後のアメリカ議会のアフガン出兵の決議は典型的な例といえる.世論の影響は民主主義国に顕著な現象ではあるが,冷戦末期の人々の民主化要求に東側各国の社会主義・共産主義の独裁政権が抵抗できなくなったように,環境を整えることができたならば,どの政治体制の国家でも世論が重要な政策に影響を及ぼすことはありえる.
以上のように,核軍縮が推進するか停滞し続けるかは国際的な世論にも影響される余地が十分に存在する.そこで本研究では,国際社会に存在する核保有国や非核保有国などの様々な属性を持つ国家における核問題に関する世論の構造を把握することを目的とし,ひいては,核軍縮を後押しする世論の形成につながる知見を得ることを目的とする.そのために,本稿では,核問題に関する各国の世論の実態と核軍縮に賛同する世論の形成要因を検証できるデータを取得するためのメタ・リサーチ・デザインを提示する.第1に,核軍縮問題を核抑止の存在を前提としたうえで議論し,核保有国が主張する核抑止の効果と関連づけた核軍縮研究とすることの必要性の提示.第2に,核問題における国家の分類方法と核軍縮と核抑止に対する人々の価値観を比較分析することの妥当性の提示.第3に,核抑止と核軍縮の間にある複雑な関係を解きほぐしながら,人々の核に関する価値観の構造を明らかにするための調査項目の設定の提示である.
核抑止の影響力を前提として核軍縮を研究することの妥当性を示すために,まず核軍縮・核軍備管理・核廃絶の定義と目的を明確にし,核抑止と関連させて議論することの必要性を明らかにする.
核問題における用語として核軍縮はよく知られているが,一般には軍縮・軍備管理(arms controland disarmament)とひとまとめにされることが多く,軍縮と軍備管理それぞれの定義や目的,そして具体的な政策を把握することが難しい.本研究の主題である核軍縮の推進を議論するために,核軍縮と核軍備管理それぞれの定義と目的を整理することから始めたい.
本来は国内問題といえる軍事兵器の質と量が国際問題となるのは,それが軍拡競争ひいては戦争を勃発させる可能性が高いからである.安全保障のジレンマが最終的に戦争に至る危険性は多く指摘されてきた(Glaser, 1992, 1997, 2000, 2004; Jervis, 1978; Montgomery, 2006).そして核兵器の軍拡競争とは最も危険な軍拡競争の一形態であり,核戦争を回避するためには解決必須の国際問題に位置付けられてきた.
核兵器のかかわる安全保障問題の議論においては目的が「核戦争の防止」となり,核兵器による犠牲者を生み出さないことが根本的な論点となる.核抑止はもとより,核保有国と核兵器の数が少なければ少ないほど核戦争が発生する可能性は低下するので1,核不拡散,核兵器の規制,削減ひいては核廃絶のいずれもそのための手段となり,ある状況下において最もその目的を達成できる手段の検証が重要な課題となる.なぜなら,軍縮は無条件に戦争の可能性を低下させることはないからであり,軍事力の削減は他の国家の相対的優位を作り出すことにもつながるため対立関係にある国家に核攻撃のインセンティブを持たせる可能性があるからである(Glaser, 1998).そのときの状況下に合わせなければ核戦争の防止にはつながらない.
軍拡競争の解決方法とされるのが軍縮と軍備管理である.軍縮とは対象とする兵器を削減することで戦争の可能性を低下させる政策であるが,それに対して軍備管理はより広い枠組みを有する政策である.冷戦期に軍備管理の概念を確立したSchellingとHalperinによれば,軍備管理とは「敵対的関係にある国家どうしが戦争の可能性を回避するためにおこなう協力」である(Schelling & Halperin, 1961, p.2).冷戦時代における軍備管理の大きな役割として「核抑止が確実に機能することを支援すること」が挙げられるため(Schelling, 2002, p.xii),核廃絶運動において軍備管理はそれほど肯定的には捉えられているとは言い難い.
だが,軍縮と軍備管理の間は決して対立的関係にはないことも確かである.Schellingらは前述した軍備管理のアプローチは軍縮と反するものではなく,軍縮をその中に内包するより広い概念として捉えた(Schelling & Halperin, 1961, p.2–3).Schelling らとともに1961 年に核軍縮・軍備管理研究の礎を築いたBrennanとBullも軍縮と軍備管理が対立的概念ではないことを指摘している(Brennan, 1961; Bull, 1965).Brennanは軍縮 vs 軍備管理という捉え方は誤った二分法であって軍備管理とは軍縮の可能性を内包するものであると述べ(Brenann, 1961, p.9–10),Bullは軍縮を兵器の減少もしくは廃絶,軍備管理を兵器政策(armament policy)において国際的に実施される制約と定義したうえで,軍縮と軍備管理は互いに交差するものであって同じではないが互いに排除し合うものでもないと位置付けた(Bull, 1965, p.vii).
しかしながら,核軍備管理は,前述したように核抑止の安定を最優先とした,米ソ対立時代に発展した現実主義的な政策であり,accidental nuclear warのような偶発的な脅威への対応能力が不足していることは確かである.現代においては,偶発的な事象も含めてあらゆる核戦争の危険を低下させる包括的な政策が重要視され,核軍縮がより重要になっている.したがって,核問題においては「核軍縮」の推進に重点を置く必要が生じる.
核軍縮の最終到達点は核廃絶であるが,この2つを同列に扱うことはできず,異なる視点から議論されることが多い.また核抑止への対応も含めて論点の違いが顕著であり,議論するうえで区別する必要がある.
Bull (1965, p.3)は核軍縮について,核軍縮の効果は核戦争の防止に無条件に一致しないこと,そして核軍縮における主張の多くは強硬な市民運動の生み出したものや政府の軍縮失敗に対する抗議であると述べたが,軍備管理が国家による理性的な核戦争の防止政策であるといえるのに対して,核廃絶を目標とした核軍縮は政府よりも市民運動から本格化した政策というほうが確かに適切といえる.
核廃絶の定義は明確であり,全ての核兵器を核保有国が廃棄して世界から核兵器が存在しなくなったことをいう.核廃絶を目指す国際的な市民運動の発端といえる1955年のラッセル・アインシュタイン宣言における目的も核戦争という破滅的な軍事紛争をいかに防止するかを考えることであり,核兵器の使用を防ぐ方法ではなく平和的手段による紛争解決による核戦争防止を促す1文で宣言を締めている2.このラッセル・アインシュタイン宣言から発足したパグウォッシュ会議が1995年にノーベル平和賞を受賞したときに受賞講演をおこなった科学者Rotblatは核抑止の効果への疑問を含めて核廃絶の必要性を主張した3.そして2017年にノーベル平和賞を受賞したICANも受賞講演において核抑止の効果に否定的見解を述べ,核戦争が起こらなかったのは運がよかったからであり核抑止のおかげではないと主張した4.
この核廃絶論は核兵器の破壊力と放射能汚染という非人道性と違法性から生まれた核の禁忌(nuclear taboo)という規範に基づき,核兵器の使用を永久に阻止することを目指すものであり,この規範によって核攻撃が躊躇されたと考えられる事例も確かに存在する(Hanania, 2017; Tannenwald,1999, 2005).2017 年に国連総会で可決されたTPNW の目的も核戦争の防止であり,国連総会決議A/CONF.229/2017/8の冒頭で核兵器の使用に深い懸念が示され,それを回避するための最も確実な手段としての核廃絶の必要性も説かれている.
しかしながら,核廃絶は核抑止の安全保障効果を客観的な証拠に基づいて否定できてはいない.核抑止が核戦争の防止に効果があり,それが「核兵器の存在にともなう避けようのない危険性」を加味しても安全保障効果があるならば,核廃絶を核抑止よりも優先することはできないという論理的な問題点がある.TPNWが採択されたことに対して米英仏の代表が同条約の内容が核抑止による安全保障と一致しないものであると批判したように5,核抑止への適切な対応がされていないとみなされる条約や政策には核保有国は賛同しない.
核抑止の安全保障効果が存在する限り,核兵器の議論は核抑止の存在を前提として,核戦争の可能性を高めないかたちでの手段を模索する必要がある.ここでは核軍縮の期待効用をu(DIS),現状維持(その時点における核戦力で形成される核抑止の維持)の期待効用をu(DET),核廃絶の期待効用をu(ABO)として議論を進める.
3.1 核軍縮の期待効用核軍縮とは基本的に核抑止の安定を崩さない範囲内において推進することが可能となるが,その範囲を広げて核軍縮を推進するためには,u(DIS) > u(DET)である必要がある.核軍縮を推進するためには
のいずれかの選好順序が国家に成り立つことが必要になり,もし核廃絶が最も利益が高くなれば核廃絶まで可能となる.1番目の選好順序は核廃絶論の理想とする状況が整った場合になるが,3番目の選好順序のようにu(DIS) > u(DET)が成り立ってもu(ABO) > u(DET)が成り立たない状況も起こりうる.核開発のための技術と資源がある限り将来に新たな核保有国が出現する可能性が存在するからであり,核の脅威には核抑止をもって対抗する以外に手段がないままであれば,将来の脅威に備えた最低限の核保有は必要とされるからである.
核軍縮を推進するためには,軍事的優位よりも核軍縮による緊張緩和や核戦争の危険性の低下のほうが安全保障効果が高いことを多くの国家に同時に認めさせることが必要になる(Collins,1998; ydd, 2005).そうすることで核軍縮できる範囲を広げることができ,また核抑止の安定を崩さずに核軍縮を推進する経路を構築できるからである.
3.2 世論形成の重要性用2010年代に核軍縮が停滞したのは,u(DET)の効用が低下しないために核軍縮を選択する選好順序が形成されないことによる.したがって,核軍縮を推進するにはその効用を高めるか,それをしないことによる損失を認識させることが有効である.安全保障や外交の利害関係のために政策決定者による核軍縮の推進が難しいならば,それ以外に核軍縮を後押しできる変数を考えなければならない.
世論が国家の安全保障政策に影響を及ぼすことは決して不可能ではない(Baum & Groeling,2010; Foyle, 1999; McDonald, 2009).前述したように,外的要因以外に政策決定者に影響を及ぼす変数としてaudience cost に代表される内的要因が存在する.冷戦を終結させるきっかけとなった東欧諸国の市民からの民主化の要求の高まりから東ドイツ国民のWir sind das Volk行進やヨーロッパ・ピクニック事件を通じてベルリンの壁崩壊にいたった経緯や,現在は後退しているもののアラブ諸国の国民の民主化要求が国際的に連動してそれまでは不可能であった民主化の推進(アラブの春)を実現したように,世論の高まりは民主主義国家だけでなく独裁国家においても政策の大きな変化を実現するパワーを持つ場合もあることが示されている.
世論の圧力によって核軍縮の不履行による損失を大きくすることで,核抑止の安定を崩さない範囲で(もし可能であればその範囲を拡大したうえで),国際的な核軍縮を実施するインセンティブを国家に生じさせることが国際世論が核軍縮を後押しする具体的な方法となる.
核問題においては外的要因に着目した研究が主流であり,たとえば核不拡散政策における他国との関係性の重要性を指摘するなど外的要因に着目した研究は多く存在する(Heiss & Papacosma,2008; Hynek & Smetana, 2016; Rauchhaus, Kroenig, & Gartzke, 2011; 芝井, 2012, 2015,2019; Solomon, 1999; Wenger, Nuenlist, & Locher, 2007).また,冷戦時代の日本の佐藤政権は核抑止の効果よりも核保有による周辺国との関係悪化,国際社会における立場の悪化という影響の大きさを懸念し,核保有を政策オプションとして採用することを断念した.1950~60年代に核保有を最も懸念された西ドイツにおいては,欧州の統合核戦力(MLF)という形式で西ドイツも核戦力を持つことをアデナウアー首相とシュトラウス国防大臣が推進したが(芝井, 2019, Ch.3),西ドイツ国民は西ドイツの核保有を支持していなかったことが当時の学術調査(1963~65 年)によって限定的ではあるものの示されている(Deutsch, 1967).
Deutsch (1967)が1963~65年に西ドイツとフランスのエリートを対象としておこなった軍備管理と安全保障に関する調査では,「軍事的脅威に対する最善の防衛策は何か?」の西ドイツでの回答率は「非核保有国および核保有国との同盟もしくはどちらか一方との同盟」が68%であったのに対して「自国の核保有」の回答率は0%(回答者0)であった.しかしながら,別の設問「どの国家が核を保有するべきか?」では「できる限り少ない国家,可能であれば全国家が保有しない」の回答率は9%にとどまり,最多は「現時点で核兵器を保有している国家」の39%,次いで「アメリカとソ連のみ」の32%となっており,自国の核保有には否定的だが核廃絶を最優先事項とは考えていなかったことがわかる.設問「核兵器を保有していない国への核拡散を阻止する努力をすべきだと思うか?」では90%が“Yes”と回答していることからも,ソ連の核の脅威にさらされていた当時の西ドイツ人にとっては安全保障に貢献する現実的な政策,すなわちアメリカの核の傘を望む心情と核保有国の増加による事態の複雑化を避けたい心情がうかがわれる調査結果となっている.
Deutsch (1967)の調査は国家の政策に影響を及ぼせるようなエリートに対象を限定したものではあるが,それでも当時の政策決定者とは異なる核兵器への価値観を有していたこと,そして西ドイツの政界ではこの調査がおこなわれた時期からアデナウアー首相による核政策を受け入れない政治家が与党内でも台頭して核保有が政策オプションから消えていったことからも(芝井, 2019, Ch.3),核関連の安全保障政策であっても国民の意思に反する政策は実行困難であること,世論が影響を及ぼすことは可能であることを教えてくれる.
ここまで議論したように,核軍縮の推進のためには核抑止の効用を前提としたうえでその推進を選択するインセンティブがなければならない.その推進は現状では困難であるが,これまで着目されなかった内的要因として世論の圧力が一定の役割を果たせることを指摘した.それでは核軍縮の国際世論をどのように検証するべきか.この点を議論する.
4.1. 核問題の世論調査の実情核軍縮を含む核問題に関する人々の価値観の実態を知るためには調査データの取得が必要である.しかしながら,核問題に関する世論調査は,国際的にみると,継続的な実施はほとんど確認できない.調査内容も詳細なデータ分析に活用できるように設計され,かつ多様な情報を含んだ調査データは存在しない.Press, Sagan, & Valentino (2013) およびSagan & Valentino (2017)は核兵器の使用に関するアメリカ人の意識を明らかにしたが,架空の状況を被験者に説明したうえでの限定的な状況における調査データであり,世論調査データとまではいえない.核抑止と核軍縮を組み合わせた包括的な核問題に関する世論調査データは収集されてこなかった.政治に関する世論調査は国家の政治体制や法律によっては実施困難もしくは不可能となることもあるので,本研究では可能な限り調査の必要性と実施可能性を両立する国・地域を選んで調査をおこなうことを企図する.それによって不足点を補うかたちでデータを取得し,調査データを所属国の違い(表1)と核抑止による安全保障効果,敵対する国家の軍事力,核戦争に巻き込まれる不安,核の平和利用(原発など),そして人道的な倫理観・規範の影響力とそれらの相互作用を検証することで,核軍縮への価値観に及ぼす影響ひいては核軍縮の意見を強めるためのメカニズムを探る.
特に,それらの独立変数の効果が国家の置かれた状況によって変化するか否かも検証する.核保有国すなわち世界有数の軍事力・技術力を持つ国家であるというステータスや核保有国から圧力を受ける国家に在住する人々の核抑止や核の傘に対する意識など,所属国家によって核兵器に対する価値観の構成は異なる可能性は高い.そこで国際世論の分析をするうえで国家を以下の4群に分類し,それぞれの群からデータを取得する国家を選別する.国家間に加えて群間の比較分析をおこない,国際世論形成の分析を想定する.
ただし現実には,核問題に関する世論調査が実施可能ではない国家も存在する.たとえば核問題において最も重要な北朝鮮やイランは,国内政治体制から,世論調査をおこなうことは非常に困難と想定される.中国における安全保障に関連する調査は難しいことが想定され,また北京政府による統制が強まる香港の調査の自由度も不透明になりつつある.調査可能な国家のデータを可能な限り収集することで4群のデータの正確性を高めることが必要になる.
4.2. 被爆国唯一の被爆国である日本には国民に共有化された核に関する特別な記憶があるとともに,長期にわたり核兵器に関する教育がおこなわれていることもあり,他の国家よりも核軍縮に肯定的である可能性は高い.特に被爆地であり核教育が盛んな広島県と長崎県の人々はより強い価値観を持っている可能性が高く,国内での比較分析でそれらの影響力を測ることが可能となる.被爆という国民が共有する歴史的な記憶が核軍縮や核抑止に関する価値観にどのような影響を及ぼしているのかを明らかにできる唯一の事例である.日本では核問題に関する世論と政府の政策が乖離することがままあるが,やはりその原因はアメリカの核の傘を安全保障政策の中心に据えていることにある.政府はTPNWに参加しなかったが,2019年の調査では,設問「日本はTPNWに参加すべきと思うか?」に対して回答者の75%が参加を支持したように(Baron, Gibbons, & Herzog2020),核軍縮に対する意見は肯定的な国であることがうかがえる.
このカテゴリーに入るのは日本だけであるため,群としては多様性のないデータとなる.そこで,日本国内でも比較分析をできるようにするために実際の被爆地である広島県と長崎県から別途にデータを収集し,被爆地2県を母集団としたデータと,その他45都道府県を母集団とするデータによる比較分析の有用性も想定される.
4.3. 核保有国米英仏露中はNPTにおいては核保有が違反とされない国家であり,冷戦時代から核兵器を国家戦略に活用した経験を持つ国家でもある.核保有の正当性を持つ国の人々の核兵器に対する価値観は核兵器を持たない国の人々とは異なることが予測される.しかしながら,核保有国であるからといって常に核兵器に肯定的である確証はなく,Gallup調査社によるアメリカ調査では広島・長崎への原爆投下に“Approve”と答えたアメリカ人は1945 年の時点では85%におよんだが,1990年では53%にまで低下した(Gallup, 2005).1995年には59%,2005年には57%,PewResearch Center (2015)の同じ設問では56%となっている.Gallup調査社による別の設問「原爆の開発を良いことと思うかそれとも悪いことと思うか?」における「良いこと」の回答率は1945年の69%から1998年には36%に低下し,反対に「悪いこと」は17%から61%に上昇するなど(Gallup,2016),冷戦終結後のアメリカでは核兵器の使用を禁忌とみなす価値観が着実に定着していることが数値に現れている.
その一方で,赤十字国際委員会(ICRC)が2019年に16か国20~35歳の若年層を対象としておこなった国際調査の設問「戦争において,核兵器の使用が受け入れられる状況があると思うか,それとも決して受け入れられないことか?」における「決して受け入れられない」の回答率はアメリカ73%,イギリス83%,フランス81%,ロシア86%であり,全体平均の84%と比べて核保有国は低めの割合の傾向にあることが示されており(ICRC, 2019, p.15),核保有国の核兵器の使用を忌避する価値観は他の国家よりも低めであることもうかがえる.特にアメリカ人は,広島・長崎の原爆投下のような過去の核兵器の使用に関する否定的意見は大きく増えてきたが,将来の軍事紛争における核攻撃に関しては他の核保有国と比較すると明らかに否定的意見が少ないという興味深い傾向が見える.世界で唯一の核攻撃を実行した国家であり,世界最大の軍事大国であるアメリカにおける核兵器に関する価値観は他の国家と異なることが先行調査からもうかがえる.
4.4. 潜在的核保有国潜在的核保有国とは核保有国からの軍事的圧力にさらされているために核保有するインセンティブを有する国家であり,多くは同盟国の核の傘に依存する国家である.そのような立場の国民であるならば,核兵器が自国以上の軍事力を持つ国家の軍事行動を抑止する効果を持つと考えられるならば,核保有に肯定的評価を持つ傾向があることは十分に予測される.過去の事例を見ても,冷戦期の西ドイツ,日本,韓国のように軍事的脅威にさらされ,かつ核技術と原発を有する国家はアメリカの核の傘の信憑性が薄れると核開発の疑念を持たれるなど,国家の安全保障と核不拡散体制からの疑惑の板挟みになるという難しい立場に立たされてきた.韓国は実際に朴正煕政権時代に核開発成功目前にまで至った経験があり,日本もまた北朝鮮の核の脅威と高い核技術から被爆国という特別な分類を除外した場合には潜在的核保有国に属することになる.それらに加えてアメリカの核の傘に依存する複雑な立場が日本人の核兵器に対する価値観をより難解な構造にしている.潜在的核保有国に焦点を当てた調査は存在しないものの,軍事紛争下にある国家というある程度の類似性のある国家群においては核抑止に対する肯定的評価が高いことが先行調査によって明らかにされている.
ICRCの国際調査では自国の核保有に対する評価の設問において「自国をより安全にするだろう」の回答率が軍事紛争下にある国家群では平均37%,平和な国家群では平均25%と大きな差があり,軍事紛争の危険にさらされる人ほど核抑止に肯定的評価を持ちやすいことが明確に示唆されている.平和な国家群には米英仏露が含まれるが,「自国をより安全にするだろう」の回答率はアメリカ30%,イギリス23%,フランス37%,ロシア42%であり,軍事紛争下にある国家群の人々ほどではないが,核保有国の人々も核抑止に肯定的評価を持ちやすいことも示唆されている(ICRC, 2019, p.18).このデータを参考にするならば,軍事的脅威にさらされる国家の中でも特に危険性の高い国家の集合である潜在的核保有国は,核の脅威には核の脅威でもってしか対抗できないと考えられる以上,核抑止への肯定的評価は他の群より高くなると予測される.
4.5. 非核保有国非核保有国とは核兵器を所有していない国家かつ核兵器を必要とするほどの軍事的脅威を受けていない国家であり,具体的には核開発を実行に移すようなインセンティブを持たない国家である.潜在的核保有国とは異なり他国の核戦争に巻き込まれることのみが核攻撃を受ける事態であるため,核軍縮に肯定的もしくは核問題に無関心である可能性が高い.非核保有国において核問題に特に関心の高い国家はオーストラリアやカナダのようにウラン輸出で利益を得る国家の人々の価値観である.国家経済に悪影響を及ぼしうる核兵器の削減さらには原発の廃棄に対する価値観は他の非核保有国とは異なる可能性が存在する.
以上のように,先行調査の結果からも,人々の核に対する価値観はこれらの4群の国家の属性に依存することが十分に考えられる.4群それぞれで調査データを収集し,国家間だけでなく群間でも比較分析することでそれぞれの属性の人々の価値観の構成を解析し,核軍縮を推進する国際世論を形成する方法の解明を試みることは意義があるだろう.
4.6. 調査項目の構成調査項目は,核兵器に関する多様な設問,具体的には核軍縮への評価,核廃絶への評価,核抑止への評価,核攻撃の正当性,軍事紛争への不安,北東アジアの安全保障問題,IAEA査察,原発などに関連する設問の回答を4~6段階の順序尺度で取得し,統計分析に用いられるように設計する.それによって項目間の複雑な相関関係と交互作用を明らかにし,さらには核抑止と核軍縮の間にどのような関係性が存在するのかを明らかにする.
核の平和利用を別に測定するのは,核関連の問題においては最も日常生活にかかわっていて,単独の成分として抽出できるだけの情報が存在すること,生活に直結する有用性と大量の人命を奪う危険性という二律背反を内包する存在は核兵器に対する価値観に影響を及ぼしていると予測される項目であるからである.IAEAに関する設問も同様に,アイゼンハワー大統領の“Atomsfor Peace”で示された国家の核の平和利用の権利と核拡散の危険という核技術に内包された矛盾を前提としたうえで,人々が国家の権利と国際社会の安定とどちらを重視するのかを測る.全体の構成として,いわば核抑止,核軍縮,核の平和利用の主成分を抽出できるように各分類に属する調査項目を設置し,個々の調査項目のプロットが4分類された国家群ごとでどう異なるか,どの項目間にどのような相関があるのか,核軍縮を支持する価値観に強く貢献する変数が何かを検証することは意義があるだろう.
外務省(2008)の調査における設問「核兵器不拡散条約は国際社会の安定と平和に役立っているか」の回答率は「役立っている」が47.5%,「役立っていない」が31.1%となっており,半数近くがNPTを評価しているものの,否定的評価もかなり多かった.そして「核兵器不拡散条約は国際社会の安定と平和に役立っていないと思う理由」の最多の回答が「この条約があっても北朝鮮やイラクなどの核問題が起こっているから」の73%であり,核開発を阻止できていないという事実が現行の核不拡散体制への信頼を低下させていることを示す結果であった.
この調査から13年ほどが経過したが,その間に北朝鮮が核保有国となり,さらにトランプ大統領によるイラン核合意の破棄からイランが平和利用の枠を超えた核濃縮作業を推進するなど,NPTへの信頼をさらに損なう事態が起こっている.核軍縮の停滞を放置することは核軍縮・核不拡散という国際的な目標が形骸化することにつながる.北朝鮮,イランと立て続けに国際社会による核不拡散外交が失敗している現状において,その形骸化を防止するためには国家による外交的手段だけでなく,本研究が世論の役割を見直してその意義を見いだしたように,国家以外のアクターがもたらす影響力の意義を問い直し,核問題に新たな視点からの提言をおこなうことも重要になるだろう.
本研究はJSPS科研費20K01517の助成を受けたものです.査読者の先生方から有益なコメントを多くいただいたことに感謝いたします.
脚注1 核保有国数と核兵器数だけが核戦争の可能性に影響を及ぼす変数ではなく,たとえば政策決定者の性質や国内政治体制,国際環境などによって個々の紛争が核戦争に発展する可能性は変化する.しかしながら,基本となる考えは,核保有国が少なければ少ないほど核保有国の関与する紛争が起きる機会は減り,核保有数が少ないほど実行できる核攻撃の回数は減少するので,核保有国と核兵器が少ないほど核戦争の可能性は低下するといえることである.唯一の例外として,核保有国が1か国だけのときは核の報復攻撃を受ける恐れがないために核攻撃が容易になるため,核戦争の可能性が高まりうる.
脚注2 The Russell-Einstein Manifesto, 9 July 1955. https://pugwash.org/1955/07/09/statement-manifesto/(2021年11月11日閲覧)
脚注3 Joseph Rotblat, Nobel Lecture. https://www.nobelprize.org/prizes/peace/1995/rotblat/lecture/(2021年11月11日閲覧)
脚注4 ICAN, Nobel Lecture. https://www.nobelprize.org/prizes/peace/2017/ican/lecture/(2021年11月11日閲覧)
脚注5 UN conference adopts treaty banning nuclear weapons. https://news.un.org/en/story/2017/07/561122-un-conference-adopts-treaty-banning-nuclear-weapons(2021年11月11日閲覧)