生物物理
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オートファゴソーム形成の膜変形ダイナミクスの数理モデル
境 祐二
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2022 年 62 巻 1 号 p. 50-52

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Abstract

オートファゴソーム形成は隔離膜の大規模な形態変化を伴うオートファジーの主要プロセスであるが,その制御機構は謎のままであった.本稿では,最近の数理モデルによる解析をもとに,曲率因子による隔離膜の形態変化の制御機構について紹介し,オルガネラ形態研究における理論研究の有効性を議論する.

1.  はじめに

細胞内は様々な形態の細胞内小器官(オルガネラ)に区画化されている.細胞の中央には巨大な球形の核があり,その周りにはディスク状の扁平な小胞(ベシクル)が多層構造になったゴルジ体やネットワーク状に細胞内に張り巡らされたミトコンドリアや小胞体があり,また細胞内の至る所に小さな球状ベシクルのリソソームがある.このようにオルガネラは,それぞれ固有の形態を持っており,それが生理機能と密接に関係している.オルガネラの形態異常はその機能不全に直結しており,疾患や細胞死を導く.そのため,オルガネラ形態の時空間的な制御機構を理解することは生理学的に非常に重要である.

近年の計測技術の進展により各オルガネラの形態や動態の理解が進んでいる.三次元電子顕微鏡技術はオルガネラの詳細な形態を明らかにしつつあり,超解像蛍光顕微鏡はオルガネラの動態とその要因となる分子の動態を可視化し始めている.今後は,これら膨大に増える細胞内の断片的な情報を統合し,論理的に構築する方法論の確立が必要である.筆者は,複雑な細胞内システムに統合的な理解を与えるために,数理科学などの理論的手法を用いて細胞内ダイナミクスの解明に取り組んでいる.

理論研究の意義は,複雑な現象から本質的で重要な因子を取り出し,数理的手法を使って因子と現象との関係を明らかにすることである1),2).それぞれの因子が現象に与える効果について,実験では実現できない広い空間を簡易に探索することができ,複雑で多岐にわたる細胞内ダイナミクスに新たな知見を得ることができる.数理的手法を用いることで,マクロなオルガネラの形態や動態とそれらを制御するミクロな分子特異性の両者を包括し,多階層にまたがる細胞内現象についての新しい概念の創出が可能となる.

本稿では,筆者が近年取り組んだオートファジーにおける膜動態の理論研究3),4)をもとに,オルガネラ形態研究における理論研究の有効性を議論する.

2.  オートファジーの膜動態

細胞内膜ダイナミクスの中で,オートファゴソーム形成は特徴的な膜変形現象である.細胞内の主要な分解系であるオートファジーでは,細胞質成分はオートファゴソーム形成によって隔離され,オートファゴソームとリソソームの融合によって分解される(図15).オートファゴソーム形成において,隔離膜といわれるディスク状のベシクルが,膜成長とともに全体としてカップ状に弯曲し,最後にカップの口が閉じて球状になることで細胞質成分を隔離する.多くのオートファジー関連因子はこのオートファゴソーム形成過程に関与しており,隔離膜の形態変化はこれらの因子により制御されている.しかし,どのような物理機構により隔離膜の形態変化が制御されているのかは謎のままであった.そこで,隔離膜の形態変化の制御機構を解明するために数理モデルによる解析を行なった3)

図1

オートファジーの膜動態.隔離膜が膜成長とともに膜変形することで,細胞質成分を取り囲みオートファゴソームが形成される.

3.  膜形態の数理モデル

オルガネラを構成する脂質二重膜は非常に薄い(厚さ約5 nm)ため二次元シートとみなすことができ,その形態は主に曲げ弾性エネルギー最小化状態として決定される6).曲げ弾性エネルギーは,曲げ弾性κと自発曲率J0という2つのパラメータによって特徴づけられる.膜の曲げ弾性エネルギーは,膜の曲率Jと自発曲率J0とのずれを膜面積A全体で積分することで得られ,

  

Fbend=κ2J-J02dA, (1)

と表せる.膜面積・体積に応じて,曲げ弾性エネルギー最小化状態として球状やディスク状など様々な形態のベシクルが実現される7).近年,この曲げ弾性エネルギーを用いて,小胞体やミトコンドリアなど様々なオルガネラ形態が解析されている8)

この曲げ弾性エネルギーを用いオートファゴソーム形成を解析した3).隔離膜は膜間が30 nmのディスク状のベシクルであり,そのリム部分は高度に弯曲しており,大きな曲げ弾性エネルギーを持つ9).ディスク状のベシクルは,膜面積が増えるとリム部分も増えるため弾性エネルギーが増加する.そのため,ある面積以上では全体を弯曲し閉じた球状になることで,リム部分を小さくし曲率エネルギーを減少させる.しかし,この曲げ弾性エネルギーによる形態変化モデルを膜間30 nmの隔離膜に適用すると,できる球状構造体は直径80 nm以下になってしまい,細胞内で観察される直径1 μmのオートファゴソームを説明できない(図2A).さらに,このモデルでは中間的なカップ状構造はエネルギー的に不安定であるため,オートファゴソーム形成過程で数分間観察されるカップ状の隔離膜を説明できない.

図2

膜形態変化の数理モデル解析結果.A:曲率因子がない場合,高曲率なリムを安定化できず,小さい膜面積でディスクから球への形態変化が起こる.中間状態のカップは現れない.B:曲率因子がある場合,高曲率なリムが安定化され,大きい膜面積までディスクが安定である.膜面積の増加とともに,ディスク,カップ,球と形態変化する.曲率因子はディスク状ではリムに局在し,カップ状では正の曲率を持つ外膜に分布することで各状態を安定化させる.

4.  曲率因子による膜形態制御機構

これらの不一致を解決し,オートファゴソーム形成の全過程における連続的な膜の形態変化を理解するために,本研究では曲率因子による隔離膜の形態制御の数理モデルを構築した(図33).曲率因子としては,膜に部分的に挿入される両親媒性たんぱく質や,くさび形の膜たんぱく質などが考えられ,高曲率な膜領域に局在し安定化させる効果を持つ10).実際,多くのオートファジー関連たんぱく質は曲率因子となりえる9).このモデルにおいて隔離膜の形態は,膜の曲げ弾性エネルギーと曲率因子の混合エントロピーエネルギーからなる全体エネルギーによって決定される.膜の曲げ弾性エネルギー(1)の自発曲率J0は,曲率因子の局所濃度ϕに比例する形で導入される(J0ϕ).曲率因子の混合エントロピーは,

  

Epart=kBTϕlogϕ+1-ϕlog1-ϕdA/aϕ, (2)

で与えられる.ここでaϕは曲率因子サイズを表す.

図3

曲率因子による膜形態制御モデル.曲率因子は,高曲率なリム領域に局在することで膜の曲げ弾性エネルギーを下げリム領域を安定化させる.一方で,曲率因子の局在は混合エントロピーエネルギーを増大させる.膜の弾性曲率と曲率因子のエントロピーの競合結果として,安定な膜形態が決定される.隔離膜の膜面積増加とともに曲率因子の分布が変化し,ディスク,カップ,球と連続的に形態変化する.

この曲率因子による形態制御モデルを用いて膜の形態変化を解析した結果,膜面積の増加とともに,膜の安定な形態としてディスク,カップ,球状と連続的に変化し,オートファゴソーム形成過程でみられる隔離膜の形態変化と一致することがわかった(図2B).これは,膜面積の増加とともに曲率因子の膜上分布が変化することで,中間状態のカップ状態を安定化し,隔離膜の連続的な形態変化が可能になったためである.曲率因子はディスク状では高曲率なリムに局在し,カップ状では正の曲率を持つ外膜に分布することで,それぞれの状態を安定化させている.

次に,数理モデルの解析結果と細胞内で観察される隔離膜の形態変化の定量的比較を行なった.オートファジー関連たんぱく質であるLC3B(膜全体に存在)とATG2A(リムに存在)を蛍光標識し,隔離膜の動態を生細胞ライブイメージング観察した(図4A).このイメージングデータから各時刻における隔離膜の膜面積と弯曲度を定量化し,数理モデルによる解析結果と比較した.その結果,数理モデルは生細胞イメージングから得られた隔離膜の形態変化を定量的に予測可能であった(図4B).さらに,数理モデルによる解析では,ディスクからカップへ形態変化する時の膜面積Adとカップから球へ形態変化する時の膜面積Asは曲率因子量に比例し,この2つの膜面積が正の線形関係を持つ.生細胞イメージングで膜面積AdAsを定量化した結果,2つの膜面積は正の線形関係を持ち,数理モデルの予測と一致した(図4C).数理モデルの結果は,曲率因子の量とオートファゴソームの大きさとの間に正の相関があることを予測しており,実験的に曲率因子を同定するのに有効である.現在,実験研究者と共同研究を行ない,数理モデルで予測した曲率因子に相当するたんぱく質の同定を行なっている.

図4

細胞内観察結果と数理モデル解析結果の比較.A:mRuby3-LC3(赤),GFP-ATG2A(緑)を発現させた野生型マウス線維芽細胞(MEF)の生細胞イメージング観察像.スケールバーは1 μm.B:生細胞観察で得られた隔離膜の形態変化と数理モデルの比較.各点は正細胞イメージングから個々のオートファゴソーム形成における隔離膜の膜面積と弯曲度を定量化した値を示している(a-eはAの画像a-eに対応).数理モデルは生細胞イメージングから得られた隔離膜の形態変化を定量的に予測する.C:ディスクからカップ(Ad),カップから球へ形態変化する時の膜面積(As)の関係.赤点は生細胞観察結果.黒線は数理モデル結果で右上に行くほど曲率因子量が多い.

5.  おわりに

近年,オートファジーとヒト疾患の関わりが注目されている.分子生物学や遺伝学による研究を通してオートファジーの分子基盤は理解されてきたが,その根底にある制御機構は未だほとんど解明されていない.本研究を通して,一見複雑に見えるオートファジーの膜動態が,単純な物理機構に基づく数理モデルを用いて解析可能であり,その制御機構についてより深い理解が可能であることが示された.今後,膜動態の詳細な計測とそれに基づく数理解析とを組み合わせることで,オートファジー動態の制御機構について統合的な理解が進むことが期待される.

近年,計測技術の進展により各オルガネラの形態や動態とそれらを制御する分子基盤がわかりつつある.これらを包括し,多階層にまたがる細胞内現象を理解する上で理論研究はますます重要になってくると考えている.

文献
Biographies

境 祐二(さかい ゆうじ)

東京大学医学系研究科助教

 
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