生物物理
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ミオシンの光操作で明らかになった細胞質分裂における両極アクトミオシンの寄与
山本 啓近藤 洋平
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2022 年 62 巻 5 号 p. 285-287

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Abstract

光遺伝学は,高い時空間分解能で細胞機能を操作できる点で有用である.最近では,アクトミオシン収縮力の光操作を通じた細胞や組織のメカニクスの理解が盛んに試みられている.本稿では,我々が開発したアクトミオシン収縮力を弱める光遺伝学技術と,細胞質分裂中の表層張力の寄与の解明に向けた応用例を紹介する.

1.  はじめに

光遺伝学(オプトジェネティクス)とは,光によって活性化するタンパク質の性質を利用した細胞機能の操作技術の総称である.2000年代初頭に神経科学の分野に端を発した光遺伝学は,任意の時間・場所における細胞機能の操作が可能であるという分解能の高さから,近年急速に様々な生物種・細胞種や生命現象へとその対象を拡げている.特に,細胞が生み出す「力」に着目するメカノバイオロジーの分野においては,アクトミオシン収縮力の光操作を通じて細胞や組織のメカニクスの理解が大きく進展している.本稿では,最近我々が開発したアクトミオシン収縮力を弱める新たな光遺伝学技術と,細胞質分裂中の表層張力の寄与の解明に向けた応用例を紹介する.

2.  光によるアクトミオシン収縮力の低減手法の開発

数ある光遺伝学ツールの中でも,光誘導性二量体化は最も汎用的に用いられる手法である.特定の波長の光を照射すると結合する2種類のタンパク質を,それぞれ細胞膜やオルガネラへの局在化モチーフ,および目的タンパク質と融合することで,光照射により目的タンパク質の細胞内局在を操作することができる(図1A).これまでに報告されてきた光誘導性二量体化ツールは,OptoBaseというウェブサイトでまとめられている1).特に,光によるシグナル分子の細胞膜への移行は,その下流のシグナル伝達系を操作する上で有用である.例えば,低分子量Gタンパク質RhoAのグアニンヌクレオチド交換因子の触媒活性ドメインを光依存的に細胞膜へ移行させると,下流のRhoAが活性化し,その結果アクトミオシン収縮力が増強される2),3).これまでに報告されてきたアクトミオシン収縮力の光操作ツールのほとんどがこの原理を用いており,アクトミオシン活性の上昇を光で誘導することに成功している.一方,アクトミオシン活性を低下させる光遺伝学ツールは従来から用いられてきた阻害剤に代わるものとして有用と考えられるものの,これまで報告されてこなかった.

図1

光誘導性二量体化に基づくOptoMYPTの設計.(A)光誘導性二量体化ツール(iLID-SspB)の概要.(B)OptoMYPTの概要.(C)青色光照射によるmScarlet-Iで蛍光タグしたPP1BDの細胞膜移行の様子.

そこで我々は,光遺伝学を用いてアクトミオシン収縮力を弱めるツールの開発を試みた.モータータンパク質であるミオシンIIは,細胞膜直下の表層アクチンに局在しており,軽鎖がリン酸化されることにより張力を生成する.従って,ミオシンIIホスファターゼを光依存的に細胞膜移行させることで,ミオシンIIを脱リン酸化し張力を弱められるよう光遺伝学ツールを設計した4)(OptoMYPT,図1B).MYPTとはミオシンIIホスファターゼの調節サブユニットであり,PP1cホスファターゼをリン酸化部位にリクルートする役割を担う.OptoMYPTではMYPTのPP1c結合ドメイン(PP1BD)のみを利用し内在性のPP1cの局在を操作しているため,光照射によりMYPTの機能を模倣していることとなる(図1C).尚,光誘導性二量体化ツールとしては,青色光照射依存的に結合し,暗条件下で解離するiLID-SspBと呼ばれるタンパク質を採用した5).また,局在化モチーフとしてはStargazinと呼ばれる4回膜貫通型タンパク質を用いた.膜貫通型タンパク質は,細胞内の局所領域に光照射する際,膜上での目的タンパク質の側方拡散を抑制する効果がある6)

3.  OptoMYPTの評価

OptoMYPTが設計通りに動作するかどうか確認するため,哺乳類培養細胞にOptoMYPTを発現させ,リン酸化ミオシンII抗体を用いた免疫染色やウエスタンブロッティングを行った.その結果,光照射依存的にミオシンIIの脱リン酸化が誘導できていることが分かった.特に脱リン酸化は細胞内の局所領域のみに光照射した際に顕著であり,ミオシン阻害剤で処理した細胞に見られる膜の伸展といった形態変化も観察された(図2A).細胞が基質に及ぼす力を光照射前後で測定し,こうした膜の伸展領域で細胞の生み出す牽引力が低下していることも確認している.

図2

OptoMYPTによる細胞形態の変化.(A)NIH-3T3細胞における局所的な青色光照射後の細胞膜の伸展.(B)カエル胚における青色光照射後の細胞辺の弛緩.

さらに,OptoMYPTは生体内の組織においても期待通りに動作する.OptoMYPTを発現するカエル胚の原腸胚期の上皮組織に対して光照射を行った結果,興味深いことに直線状の細胞辺が次第に波状へと変化していく様子が観察された(図2B).この形態変化は,細胞辺で生じている張力が低下したことによる弛緩を示唆している.そこで,張力測定手法として確立されているレーザー切断実験によって,青色光照射時の張力の測定を試みた.その結果,青色光照射時にはレーザー切断後の細胞辺の縮む速度が低下したことから,OptoMYPTが細胞辺で生じる張力を低下させていることを直接的に示すことができた.

4.  細胞質分裂中の表層張力の操作

最後に,OptoMYPTを用いて細胞質分裂中の表層張力の寄与を推定した結果を紹介する.動物細胞の細胞質分裂では,アクトミオシンが赤道面の収縮環,および細胞全体の表層において張力を生成することで,形態を安定的に保持した状態のままくびれを可能にする(図3A).収縮環は細胞をくびれさせる原動力となることから,これまで盛んに研究が進められており,現在ではその形成機構や微細構造が明らかになりつつある.一方,表層張力の意義は長らく不明瞭なままであった.最近になって,遺伝子操作技術や微細加工技術の進展により,強すぎる,もしくは弱すぎる表層張力による細胞質分裂の異常が報告され,表層張力の重要性が示された7),8).収縮環と細胞表層の張力は互いに拮抗して働くという物理モデルは古くから提唱されてきたものの(ゴム風船を赤道面で2つにくびり切るような過程をイメージしてもらえればよい),収縮環に対し表層張力がどれくらいの力でバランスしているのか?という基本的な問題を実験的に検証することは容易ではない.これは,薬剤処理や遺伝子破壊のような手法が細胞全体に作用してしまい,表層張力のみを操作することが技術的に困難なためである.

図3

細胞質分裂中の表層張力の操作.(A)光照射を行わなかった細胞の通常の細胞質分裂.(B)両極に対して光照射し,くびれの加速した細胞.(C)片方の極に対して光照射し,娘細胞間での振動現象が見られた細胞.(A-C)スケールバーは10 μm,時間は分:秒を示す.

細胞質分裂中の細胞表層と収縮環で生じる力のバランスを明らかにするため,我々はOptoMYPTを用いて分裂中の表層張力の光操作を試みた.表層張力のみを光で弱めるために,細胞質分裂中の2つの極領域へ光照射を行った.極領域のみで張力を弱める実験は,マイクロピペットによる阻害剤の注入や,レーザー切断などによってこれまでにも行われてきた.しかし,2つの極に対し同時に作用させることは困難であるため,今回の実験系は光遺伝学ならではと言える.興味深いことに,2つの極領域へ光照射した細胞において,分裂溝のくびれは加速した(図3B).この結果は,表層張力の低下によって相対的に収縮環で生じる張力の寄与が高まったことを示唆する.我々はこの結果をもとに物理モデルを構築し,収縮環の力に対して表層張力が少なくとも20%であると推定した.こうした表層張力の寄与は,細胞が安定的に球状の形態を保持しながら分裂するために重要と考えられる.一方,先行研究では線虫の受精卵において表層張力を弱めるために極領域のレーザー切断実験が行われている.しかし,分裂溝のくびれは加速しておらず,表層張力の寄与が少ないことが示唆される9).線虫の受精卵のように細胞の外側が殻に守られている生物種・細胞種では,形態維持のための表層張力は必要とされないのかもしれない.

それでは,片方の極のみへ光照射を行った場合はどのような表現型が出るだろうか.興味深いことに,このような条件下では娘細胞間での形態的な振動を起こしながら分裂していく様子が観察された(図3C).光照射によって張力が弱まった側の娘細胞へ細胞質が流入するだけでなく,振動現象が生じることは意外であった.このことは,細胞が表層張力の対称性を維持するための何らかのフィードバック機構を備えていることを示唆するが,現時点ではその分子実態は不明である.

5.  まとめ

今回我々は,光によってアクトミオシン収縮力を弱めるOptoMYPTシステムを開発し,細胞質分裂中の収縮環と表層張力のバランスを推定した.このように細胞や組織内の局所領域で力を操作することは,相対的な力の分布,ひいては形態形成のメカニズムの解明やオルガノイドの自在なデザインを行う上で有用なアプローチとなりうる.今後,光による力の操作技術のさらなる展開が期待される.

文献
Biographies

山本 啓(やまもと けい)

京都大学理学研究科,日本学術振興会特別研究員PD

近藤洋平(こんどう ようへい)

自然科学研究機構生命創成探究センター定量生物学研究グループ助教

 
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