生物物理
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相分離DNA液滴によるパターン形成と情報処理
佐藤 佑介瀧ノ上 正浩
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2022 年 62 巻 6 号 p. 345-347

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Abstract

配列設計されたDNAナノ構造は液-液相分離により液滴を形成する.そして,塩基配列の合理設計により,融合や分裂などの挙動が制御可能である.本稿では,DNA液滴の概要を説明するとともに,液-液相分離の境界条件の規定により生じるパターン形成と,DNA液滴とDNAコンピューティングを組み合わせた情報処理について紹介する.

1.  はじめに

液-液相分離(LLPS)という語は,昨今の生物学分野を席巻していると言っても過言ではない.LLPSは大別してsegregativeなものとassociativeなものに分類できる1).SegregativeなLLPSでは,成分間に相互作用がなく,PEG/Dextranの混合液が示す水性二相分離はsegregativeなLLPSの典型例である.一方associativeなLLPS(コアセルベーション)では,成分間の相互作用により凝集体を形成し,溶媒が希薄な相と成分が凝集した相に分離する.相分離は古くから研究されてきた対象ではあるが,水溶液中の生体分子が示すLLPSに関して,形成された液滴が持つ機能や物理的特性・形成原理など,生物物理学においても改めて脚光を浴びつつある.

細胞は,多種多様な成分が一つの微小空間内に濃密に封入された複雑かつ高度な分子システムである.細胞内ではオルガネラなどの区画構造が形成されており2),また,細胞核内でもヘテロクロマチンとユークロマチンが核膜近傍で空間構造パターンを形成している3).そして,上記秩序の形成にLLPSが関与していることが示唆されている点が,LLPS研究が脚光を浴びている要因の一つである.

天然のタンパク質が示すLLPSは,現存生物を物理的に解釈する上で重要な研究対象である.その一方,天然にはない合成分子が示す相分離もまた,ボトムアップに細胞のような人工物を創り理解する,といった観点から重要な研究対象である.このような観点から,分子レベルでの工学に有用なDNAナノテクノロジーを用い,LLPSを制御する試みが世界的な広がりを見せつつある.本稿では,配列設計DNAで作られたナノ構造が示す相分離,およびそれらを用いた人工細胞構築に資する研究例を紹介する.

2.  DNAナノ構造の相分離とDNA液滴の形成

DNAナノ構造のLLPSは,複数の相互作用部位(粘着末端)を持つDNAナノ構造を含む溶液の温度を変化させることで観察できる4).我々は,顕微鏡とステージヒータを用いることで,Y字型のDNAナノ構造(Yモチーフ)が「分散相」から「液滴形成相」へと相転移する温度を明らかにした.蛍光標識したYモチーフを含む溶液を85°Cに加熱してから徐冷していくと,塩基配列などで決定される相転移温度を境に,溶液中にYモチーフからなる液滴が形成される様子が観察された.観察されたDNA液滴は,衝突すると融合するというまさに液体のような性質を有していた(図1a).そして,相転移温度からさらに温度を冷却していくと,DNA液滴はほとんど流動性を持たないハイドロゲル粒子となった.バルク溶液中に形成される DNA液滴やゲル粒子の大きさを制御することは容易ではないが,マイクロチャネル5)を用いて系の体積を制限することで,DNA液滴・ゲル粒子のサイズを制御することができる.

図1

DNAナノ構造の相分離で形成されたDNA液滴.(a)DNA液滴の融合挙動.(b)混じり合わない2種類のDNA液滴.(c)DNA液滴の分裂.文献4より転載.

粘着末端の塩基配列を合理的に設計することで,DNA液滴の融合や分裂をも制御することができる4).2種類のYモチーフ(Yモチーフと直交Yモチーフ)を用意し,それぞれの塩基配列をそれぞれ非相補的(直交配列)とすることで,混じり合わない2種類のDNA液滴を構築することができる(図1b).また,非相補的な2種類のYモチーフ両方と結合できる架橋DNAナノ構造を加えることで,2種類の液滴を混合することができる(図1c).そして,2種類のYモチーフを繋いでいた架橋DNAナノ構造の架橋能が失われるように切断することで,混合したDNA液滴が分裂する様子が観察された(図1c).このように,DNAナノ構造のLLPSは,塩基配列の設計により,DNA液滴間の相分離や液滴の分裂など,様々な動的挙動を制御することができる.

3.  DNA相分離カプセル

上述のDNAナノ構造の相分離はバルク溶液で観察されたものだが,では細胞核内のクロマチンのように,微小空間内で界面と相互作用する条件下ではどのような現象が生じるのだろうか?この問いに応えるため,我々は細胞サイズの油中水滴を用いた実験系を考案した.

DNAは負に帯電した高分子であるため,正電荷を持つ両親媒性分子で覆われた油中水滴の界面と静電相互作用を示す.正に帯電したオレイルアミンと電荷を持たないSpan 80を用いて油中水滴を調製し,内水相にYモチーフと直交Yモチーフを加えた.油中水滴を含む溶液を加熱・冷却すると,バルクとは異なり2種類の液滴は形成されず,油中水滴界面上に様々なパターンが観察された(図2a6).なお,液滴の内部空間にDNAはほとんど存在せず,中空のカプセル構造(DNA相分離カプセル)を形成している.また,観察は室温で行なっているため,観察時にはDNAナノ構造は液滴ではなくハイドロゲルを形成している.

図2

DNA相分離カプセル.(a)油中水滴界面に形成された相分離パターン.(b)リポソーム内側膜上に形成されたDNA相分離カプセル.(c)水中に取り出されたDNA相分離カプセルの3次元画像.文献6より転載.

パターンの形成は,DNA液滴間の相分離が油中水滴界面上という境界条件により規定されるためだと考えられる.バルク溶液中では,Yモチーフ・直交Yモチーフともに空間的な規定が存在しないため,各々が独立して液滴を形成する.しかし,モチーフの位置を静電相互作用により界面上に限定させることで,相分離の形態が脂質膜で見られるような側方相分離へと変化し,パターンの形成をもたらすと考えられる.空間サイズと形成されるパターンとの詳細な関連や,パターンの形成プロセスを詳細に調べることで,人工細胞核の構築や制御といった展開が見込める可能性があるだろう.

DNA相分離カプセル表面に形成されるパターンの出現頻度は内水相に混合するYモチーフと直交Yモチーフの比率で調節することが可能である.また,前項で述べたような架橋DNAナノ構造の混合比率でも調節することが可能である.リポソーム膜の相分離では,各脂質やコレステロールの混合比に対する相図を示すことができるが,DNA相分離カプセルにおいても,各DNAナノ構造の混合比に対してどのパターンが顕著に現れるか,を示す相図を描くことができる.

上記DNA相分離カプセルは油中水滴の界面に形成されたものだが,脂質膜小胞(リポソーム)内側膜上にも形成させることができる.正電荷を持つDOTAPと正負両方の電荷を持つDOPCを用いてリポソームを調製することで,DNA相分離カプセルを裏打ちに持つリポソームを構築できる(図2b).この技術を発展させることで,DNAナノ構造の側方相分離を鋳型にし,リポソーム膜の側方相分離を制御するといったことが可能になるかもしれない.

DNA相分離カプセルは,油中水滴やリポソームといった支持体がなくてもカプセル構造を保つことができる.リポソーム内側膜上に少量の架橋DNAナノ構造を加えてDNA相分離カプセルを形成させた後,界面活性剤で脂質膜を除去することで,DNA相分離カプセルのみを取り出した.興味深いことに,リポソームから取り出した後でもカプセル表面の相分離で形成されたパターンは維持されていた.将来的には,取り出された相分離DNAカプセルは,相分離領域に機能的な分子デバイスを集積することにより,人工細胞構築のための新たな機能的筐体として活用することが可能となるだろう.

4.  「知的な」液滴:DNA液滴の相分離によるがん診断

DNA液滴が他の生体高分子で形成される液滴と大きく異なる点として,構成要素が有する「情報」を積極的に利用できる点である.核酸の配列に遺伝情報がコードされているように,DNA液滴にも情報をコードすることができる.したがって,DNA液滴とDNAコンピューティング7)の技術を組み合わせることで,情報処理能力を持った液滴が構築できると考えられる.

我々は,がん特異的に発現しているmicroRNA(miRNA)を入力とすることで,DNA液滴にがん診断機能を実装できないかと考えた8).そのために,DNA液滴の融合・分裂制御技術,そして論理演算が可能なDNA分子回路を組み合わせた(図3).結果として,乳がんに特異的な4種類のmiRNAの発現パターン(miRNA-1, miRNA-2, miRNA-3, miRNA-4)=(あり,あり,あり,なし)を認識し乳がんの可能性を判断する分子システムを構築することに成功した(図3).詳細な原理等は,文献8を参照されたい.入力に対する感度など改善すべき点は多々あるが,DNAコンピューティングと液滴の相分離により実学的な機能を示す分子システムを構築できたことは,知的な人工細胞の構築およびそれらの応用の可能性を示すものと考えられる.

図3

DNA液滴の相分離とDNAコンピューティングの組み合わせによるがん診断.診断結果は液滴の分裂として検出される.出力のB,A,C-dropletは,液滴を構成するDNAの配列が異なることを意味する.∧と¬はそれぞれANDとNOTの論理記号を表す.文献8より転載.

5.  おわりに

本稿で紹介したように,DNAナノ構造の相分離は液滴の形成や動的挙動の制御のみならず,細胞サイズの境界条件を設けることによるカプセル構造の構築やカプセル表面のパターン形成,DNAコンピューティングとの組み合わせによる情報処理機能の実装などへと発展させることができる.その一方,今日ではアミノ酸配列の設計・合成技術も急速に発展しつつある9).また,AIを使ってタンパク質を容易に設計できる日も近いだろう.天然の細胞で見られる相分離と人工的な相分離の系が組み合わさることで,細胞に匹敵・凌駕するような分子システムの構築,そして相分離に立脚した新たな細胞制御技術の創出へと発展していくだろう.

文献
Biographies

佐藤佑介(さとう ゆうすけ)

九州工業大学大学院情報工学研究院知的システム工学研究系准教授

瀧ノ上正浩(たきのうえ まさひろ)

東京工業大学情報理工学院教授

 
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