生物物理
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大規模睡眠解析が描くヒト睡眠ランドスケープ:「子ども睡眠健診」運動への展開
岸 哲史佐藤 弘之南 陽一上田 泰己
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2022 年 62 巻 6 号 p. 357-359

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Abstract

腕の加速度データに基づき高精度な睡眠覚醒判定を実現した機械学習アルゴリズム「ACCEL」と,その手法を用いてデータ駆動的に明らかにしたヒト睡眠ランドスケープ(16種類に分類された成人の睡眠パターンの様相)について紹介する.また,現在我々が進めている「子ども睡眠健診」プロジェクトについて紹介する.

1.  はじめに

睡眠は生物の生命機能の維持に不可欠な普遍的生理現象である.ヒトにおいても,心身の健康の保持増進から日中の認知・身体パフォーマンスの発揮まで,活力ある日常生活を送る上で睡眠は重要な役割を果たす.社会機能の24時間化に伴い,現代人の睡眠を取り巻く環境は劇的に変化し,人々の睡眠習慣も,睡眠時間の短縮や睡眠覚醒リズムの不規則化という形で大きな変容を見せている.これと並行して,実際に睡眠に不満や不安を感じる人が著しく増加している.

近年の情報通信技術や半導体技術の著しい進展により,個人の日々の睡眠データの連続的な取得・蓄積が可能となってきた.機械学習や人工知能(Artificial Intelligence: AI)を用いたデータ解析手法も飛躍的な発展を見せており,睡眠関連技術・サービスを扱うスリープテック業界は大きな盛り上がりを見せている.特に,腕時計型のウェアラブルデバイスは,睡眠研究分野において伝統的に使用されてきた歴史と実績があり1),2),スリープテック領域においても中心的な存在となっている3)

本稿では,最近我々のグループが開発した高精度睡眠覚醒判定アルゴリズム「ACCEL」4)と,その手法を用いてデータ駆動的に成人の16種類の睡眠パターン(ヒト睡眠ランドスケープ)を明らかにした研究成果5)について紹介し,これらの基盤技術の社会実装への展開として,現在我々が進めている「子ども睡眠健診」プロジェクトの取り組みについて紹介する.

2.  高精度睡眠覚醒判定アルゴリズム(ACCEL)の開発

ヒト睡眠計測手法のゴールド・スタンダードは睡眠ポリグラフ記録(Polysomnography: PSG)である.脳波,眼電図,筋電図等の記録に基づき,ノンレム睡眠(ステージN1,N2,N3)やレム睡眠といった睡眠ステージの判定6)が可能になる.PSGは,高い計測精度と詳細な生体データが得られる利点があるが,高価な計測装置と多数の電極装着,およびPSG検査を遂行するための人的・時間的・空間的コストに加えて高い技術的専門性が必要とされるため,日常生活下で多数の人々の睡眠を測定・評価するには適さない.

日常生活下での睡眠習慣の客観的把握には,主に腕時計型加速度計が用いられてきた.しかしながら,従来の解析手法では,睡眠状態の判定において特異度(覚醒状態を正しく覚醒と判定する確率)が高くない(概ね50%)という問題があった.我々のグループは,ウェアラブルデバイスにより取得された加速度データから,装着者の睡眠覚醒状態を高精度で判定するアルゴリズムの開発に成功した(図1左).腕の動きの躍度(加加速度;加速度の時間変化)に着目するというユニークなアプローチに,機械学習(XGBoost)を用いた解析を組み合わせることで,睡眠覚醒判定における高い感度(睡眠状態を正しく睡眠と判定する確率;90%以上)と特異度(80%以上)を両立した,精度の高い睡眠覚醒判定が可能となった.我々がACCEL(ACceleration-based Classification and Estimation of Long-term sleep-wake cycles)と名付けたこの手法は,睡眠中の中途覚醒を精度良く検知できるため,従来の手法と比較して睡眠の「量」に加えて「質」の評価に優れている.従って,睡眠の質の低下が関わる病態や健康状態の変化を把握するのに有用だと期待できる.

図1

加速度データに基づく大規模睡眠解析による成人の睡眠パターン分類の概要図.(左)3軸加速度の微分値から睡眠覚醒判定を行うACCEL法.(中)睡眠覚醒の時系列データから抽出される17種類の一般睡眠指標と4種類のリズム関連睡眠指標.各指標の詳細は文献5を参照.(右)統計的手法を用いて16種類の睡眠パターンに分類(イメージ図).

3.  大規模加速度データに基づく成人の睡眠パターンの分類

ACCELの開発は,ウェアラブルデバイスを用いた個人の睡眠の量・質・時間帯(リズム)の簡便・正確・定量的な評価を可能にするものであり,Society 5.0に相応しい,睡眠のリアルワールド/ビッグデータの詳細な解析・評価への展開を期待させる.

我々のグループは,英国で取得された約10万人(年齢:40~70代)の腕の加速度データ(計測期間:約1週間)をACCELにより分析し,得られた睡眠覚醒の時系列データを21の睡眠指標に変換した.具体的には,17の一般睡眠指標(睡眠時間や中途覚醒など)と4のリズム関連睡眠指標(睡眠覚醒リズムの周期など)に変換した(図1中).さらに,次元削減法(UMAP)やクラスタリング法(DBSCAN)といった統計的な手法を用いて,10万人の睡眠パターンを8種類のクラスターに分類した(図1右).各クラスターの特徴を観察すると,睡眠時間帯が平日と休日とで大きく異なる「社会的時差ぼけ」に関連するクラスターや,中途覚醒を特徴にもち不眠症と関連すると考えられるクラスターも含まれており,睡眠習慣や睡眠障害に関連するクラスターの抽出に成功した.

続いて,多くのデータを含むメジャーなクラスターには睡眠障害と関連する複数のサブクラスターが潜んでいる可能性を考えた.具体的には,21の睡眠指標のうち特に睡眠障害と関連が深いことが知られている睡眠時間や中途覚醒時間などの6つの指標に着目し,いずれかの指標が全体の分布の両端(上位2.28パーセンタイル以上,もしくは下位2.28パーセンタイル以下)に位置するデータに対して同様の解析を適用することで,新たに8種類のクラスターを分類することに成功した(図1右).この中には,朝型や夜型を含むクラスターに加えて,興味深いことに複数の不眠症に関連すると考えられる睡眠パターンも含まれていた.

このように,大規模かつ長期間の加速度データを睡眠データへと変換し,これを詳細に解析することで,現代人の睡眠ランドスケープ(現代人の睡眠パターンが16種類のクラスターで構成される様相)を明らかにすることに成功した.ウェアラブルデバイスで取得した加速度データから定量的な睡眠パターンの解析が可能になったことにより,簡便で正確な睡眠診断が広がり,睡眠障害の診断や新しい治療法の開発につながることが期待される.不眠症等の睡眠障害の一部は,患者の自己報告に基づきマニュアルに当てはめる形で診断がなされるケースも多く,精神疾患と同様にバイオマーカーの欠如が病態の本質的理解と効果的な治療の障壁となっていた.我々が示したようなデータ駆動的なアプローチは,患者の実際の行動データから潜在的な睡眠パターンを類型化するため,より実態に近いクラスタリングが可能になる.AI×データ時代の新たな睡眠医学の可能性を感じさせるものである.

4.  「子ども睡眠健診」運動への展開

「寝る子は育つ」という諺があるように,子どもの健やかな発達に睡眠は極めて重要である.寝入りばなの深いノンレム睡眠時に成長ホルモンの分泌が起こるが,眠らないと分泌が大きく抑制されるという生理学的知見7)は,先の諺の生理学的根拠となっている.また,睡眠は子どもの健やかな発達の基盤となるだけでなく,睡眠覚醒リズムの乱れがメンタルヘルスの悪化や疾患の発症に寄与することが報告されている8)

日本における子どもの睡眠の現状に目を向けると,日常的な睡眠不足や子どもの睡眠に悩む保護者の存在が見えてくる9).日本では2006年より,子どもの睡眠に関する先駆的な取り組みとして「早寝早起き朝ごはん」国民運動の普及・啓発活動が推進されている10).現在も文部科学省と連携して継続されているこの取り組みは,社会的に大きなインパクトを残している.このように,子どもの睡眠習慣の改善と実態把握の重要性は広く認識されているものの,主に適切な技術的支援がないことにより,子どもの睡眠測定は普及していないのが実情である.

そのような背景の下,子どもの健やかな睡眠状態を知り・育み・護ることを目的とした「子ども睡眠健診」運動を開始することとなった.これと連動する形で,我々は「子ども睡眠健診」プロジェクトと題して,全国の子ども(小中高生)の睡眠実態の把握と,子ども・保護者に対して睡眠衛生に関する理解増進を推進する取り組みを開始している.現在の科学技術の進歩により実現されつつある簡便かつ正確な客観的睡眠測定(ACCEL)や,臨床医学的妥当性を備えた適切な睡眠解析手法を活用することにより,日本全国の児童・生徒の睡眠の実態把握を進めるとともに,子どもや家庭に睡眠測定の実体験を広め,国民の睡眠リテラシーの向上や睡眠衛生に関する知識の啓蒙を効果的に行うことができるのではないか.子どもは睡眠データを自分の目で確かめる機会を得ることができ,適切な睡眠リテラシーの獲得により,自身の睡眠および生活習慣の改善につなげることが期待できる.小さい頃から睡眠を積極的に自分の健康と結びつけて捉える習慣をもち,不調の際に改善する術をもつ(セルフマネジメント)ことは,将来にわたり子どもの財産となる.さらには,睡眠を脳と心のデジタルバイオマーカーとして捉え,睡眠健診データに基づき適切な睡眠医療へと連携することができれば,疾患に対する早期発見・早期介入を実現できる可能性が考えられる.将来的には,こうした取り組みを,年に一度の健康診断に客観的睡眠測定を加える「睡眠健診」として実現することに大きな意義があると考えている.

5.  おわりに

本稿では,加速度データに基づく睡眠覚醒判定において長年の課題とされていた特異度の飛躍的向上を実現したアルゴリズムACCELと,それを英国の大規模加速度データに適用して得られたヒト睡眠ランドスケープ(現代人の睡眠パターンが16種類のクラスターに分類される様相)の概要について紹介した.経済協力開発機構の統計などから,日本は他国と比較して特に睡眠時間が短いことが知られており,日本人の睡眠ランドスケープを諸外国のそれと比較検討することは非常に興味深い.本稿で紹介したような,データ駆動的に潜在的な睡眠パターンを分類する解析アプローチを活用することにより,簡便で正確な睡眠健診の普及や,新たな睡眠障害の診断・治療法の開発につながることが期待される.ウェアラブルデバイスを用いた睡眠研究分野における技術革新の成果をもって,「子ども睡眠健診」運動を契機とし,人々の健康で豊かな生活の創出に貢献したい.

文献
Biographies

岸 哲史(きし あきふみ)

東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻システムズ薬理学教室特任講師

佐藤弘之(さとう ひろゆき)

東京大学大学院情報理工学系研究科システム情報学専攻システムズ薬理学教室修士課程

南 陽一(みなみ よういち)

東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻システムズ薬理学教室特任准教授

上田泰己(うえだ ひろき)

東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻システムズ薬理学教室教授

 
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