Seibutsu Butsuri
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Behavior of Biopolymers, Cytoskeleton, DNA, and Phospholipids, that Exert Self-organization, Shown in the Liquid-Liquid Phase Separation
Kingo TAKIGUCHIHiroki SAKUTAMasahito HAYASHITatsuyuki WAIZUMIKanta TSUMOTOKenichi YOSHIKAWA
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2023 Volume 63 Issue 1 Pages 5-11

Details
Abstract

液液相分離は,ある分子が他の分子よりも高濃度で存在する領域が溶液中に現れる現象である.相分離が生じている溶液中での蛋白質や核酸の動態を再現する実験系は,細胞や生命の起源を担った分子機構を推測し理解するための挑戦的な研究手法である.本解説では近年の我々の成果の紹介を通じ,その現状と課題について述べる.

Translated Abstract

Reproducing the dynamics of proteins and/or nucleic acids in a solution in which microdroplets of the similar size as cells or organelles are emerged by liquid-liquid phase separation, is an excellent model system. This is a powerful and rewarding strategy for understanding the properties of living cells. The targets of that research also include the formation of membraneless organelles, which has been gaining more attention in recent years. Here, the current results of our research using representative biopolymers, actin cytoskeleton and DNA, and phospholipids that are important components of biological membranes, would be introduced.

1.  はじめに

液液相分離(Liquid-Liquid Phase Separation, LLPS)は,ある分子が他の分子よりも高濃度で存在する領域が水溶液中に現れる現象である.また,水溶液に限らず,特に異なる領域に分かれていく現象を相分離と呼ぶ.その様にして生じてくる領域には細胞または細胞内小器官と同等サイズの微小な液滴を造るものもある.LLPSによって液滴が形成されている水溶液中における精製蛋白質や核酸の動態を観察する実験系は,細胞や生命の起源を担った分子の自己組織化していく機構を推測し理解するための挑戦的な研究手法である.その研究対象には,近年注目を集める脂質膜で覆われていない非膜性の細胞内小器官が形成維持される仕組みも含まれる1),2).本稿では最近我々が見出した,代表的な生体高分子であるアクチンとDNAおよび自己組織化して生体膜の基本構造を成すリン脂質とがLLPSを起こしている溶液系中で見せる振舞いの紹介を通じて3)-5),LLPSを巡る研究の現状とその課題について述べる.

2.  LLPSと液滴形成

2.1  LLPSの生物学的重要性

細胞内は非常に混雑した環境で様々な生体因子が存在するため,液体と液体による相分離が生じることがある.これに各々の因子間の相互作用が加わることによって蛋白質,RNA,その他の生体分子を凝縮した液体の様に振舞う液滴が形成されると考えられる様になってきた1).細胞内における相分離の機能や役割は様々で,液滴を形成することによる濃縮,濃縮を介した生体因子の活性の促進や阻害,液滴への移入を契機とした蛋白質の修飾と活性制御,温度の様な物理的パラメータの受容認識,などが挙げられる.

また前述の液滴と同じ様に脂質膜に覆われない,即ち非膜性の細胞内構造体(核小体,Cajal body,P-body,ストレス顆粒など)は液相の集合体であり,この様な細胞内の高度に区画化された空間の創出過程にもLLPSが働いていると考えられる様になってきた2).なお非膜性の細胞内構造体は,その形成/消失や物質の交換などで,よく知られた脂質膜に覆われた細胞内小器官とは異なる特性を示すことができる.

2.2  液滴の形成と性質

LLPSによって液滴が形成される主な仕組みとして,次の3つの分子機構が考えられている.溶液中に性質や構造などが異なる2種類の分子,多くは分子量の大きな高分子,が存在し,その間に斥力が働く場合,各々の分子の濃度が周囲と比べて高い領域が生じて液滴になる(図1a).複数の高分子が比較的高濃度で溶解している様な条件の下では,互いに近接するのが同一の高分子であるか,あるいは異なる高分子であるかによって高分子構造のゆらぎによるエントロピーが大きく異なり,それが異種高分子間の斥力として働くと考えられ,枯渇効果(depletion effect)と呼ばれている6)-8).高分子はその分子量が大きい,即ち同じ重量濃度のもとでも分子の数が少なくなるので,混合エントロピーによる効果が極めて小さくなり,枯渇効果による相分離が起こりやすくなることに注意しておく.細胞内では生体高分子の重量濃度が30%を上回る様な混雑環境となっており,枯渇効果がLLPSを引き起こす主要な要因の1つとなっている.逆に,分子同士が引力的な相互作用により,水和した状態で集合することによって液滴が生じる場合もある(図1b).引力的な作用による液滴生成について,多種類の分子によって生じるものはコアセルベートと呼ばれており(図1c),生命の起源との関連で議論されてきている.引力的相互作用としては,静電気的や疎水的な相互作用に加えて,水素結合,π-π相互作用やcation-π結合などが考えられており,これら多様な作用の共存が固体的な凝集体ではなく液滴を生成する要因になっていると論じられてきている9),10).ところで,天然変性領域(Intrinsically Disorder Region, IDR)を持つ蛋白質同士の集積が液滴形成を担っている例が多く発見されてくるに従い,これまでは決まった高次構造を取らない理由から機能を有さないと思われていたIDRの意義が再検討される様になってきている.IDRについても,液滴の構造や安定性に枯渇効果が重要な役割を担っている可能性があることに留意する.

図1

液滴の特性.(a)-(c)LLPSによって形成される液滴の模式図.異なる分子間の排除し合う力によるもの(a),同一分子間に働く引力的相互作用によるもの(b),異なる複数種の分子間に働く引力的作用によるもの(c)がある.また液滴は安定性が高くない場合は,融合して更に大きな液滴を形成する傾向もある(d).液滴内の流動性により,融合後は内部で混合が起きる.

近年,生体内で生じる相分離現象,細胞内の液滴や顆粒,非膜性の細胞内小器官の形成機構としては上記の内の2つ目または3つ目(図1b, 1c)が検討されることが多い.その背景としては,本解説末尾の7節の所でも述べる様に,因子間の特異的な結合や相互作用,引力に着目する従来通りの考え方や方法論が適応可能なことが考えられる.しかし1つ目(図1a)もLLPSの有力な分子機構であり,本解説ではそれに駆動される液滴に焦点を当てた我々の最近の研究成果の紹介を通じ,その重要性を議論していきたい.

なお,LLPSで生じる液滴の重要な性質として,融合して大きな液滴を造ることがある(図1d).相分離現象では,一般的に,異なる相間の界面は自由エネルギーが増大する.界面の面積当たりの正の自由エネルギーは界面張力と物理的に同一である.液滴は融合することにより界面の面積が減少するので,自由エネルギーが低下することになる.図1aの様に異種高分子間で相分離が生じる場合は,高分子のサイズの大きさを反映して界面の厚みが大きくなり,このため厚みの大きさとは逆の相関を持つ界面自由エネルギー,即ち界面張力が小さくなるので,液滴同士の融合が起こりにくくなる11).更に後述する様に,DNAなどの荷電高分子を一方の相が選択的に取り込む場合,液滴が荷電して液滴同士の融合を阻害するといった効果も,細胞内の非膜性の顆粒の安定性に重要な寄与をしていると考えられる.また液滴の内部は流動性が保たれており,その点が固形物を生成する凝集とは異なる.そのため2つの液滴が融合した後は,形態が球状になり,内容物の拡散と混合が起きる.

これらの性質から,細胞内に現れる液滴顆粒状の領域がLLPSによって形成されたものと判断する方法として,領域同士の間での融合の観察および内部の流動性の確認が用いられる1),2),9),10).後者には光褪色後蛍光回復法(Fluorescence Recovery After Photobleaching, FRAP)がよく行われる.これらに加えて,1,6-hexanediolの添加による液滴の形成阻害や崩壊消失を観察する方法も行われているが1),2),これまで述べてきた様にLLPSが生じ液滴が形成される機構は多様であるため,判断材料とするには注意を要する.実際,例外に関する報告が出始めている12)

2.3  水性二相系を用いたモデル実験系

分子間の排除し合う相互作用を基にするLLPSの関与や役割を検証するための構成論的な研究アプローチの1つとして,構造や性質などが互いに異なる2種類の可溶性の分子を使った水性二相系(水溶液による相分離系,Aqueous Two-Phase System,ATPS)がモデル実験系として頻繁に用いられる13).2種類の可溶性分子の組合せには,高分子同士,高分子と塩,塩同士,など様々あるが,その中でもATPSには,その入手や取り扱いの容易さや,多様な分子量や分子長の組合せを試せるなどの利点から,ポリエチレングリコール(polyethylene glycol, PEG)とデキストラン(dextran, DEX)とを単純に混合した溶液(PEG/DEX混合溶液)が多く用いられる.DEX/PEG混合溶液に観られる微小液滴形成では,各々の高分子の硬さ(持続長)の違いが顕著な枯渇効果を引き起こし,それにより相分離が安定化している.

我々の条件では,高濃度のPEGが存在する領域(PEG相)の中にDEXが高濃度に分布するμmサイズの球型の液滴(DEX相,またはDEX-rich droplet)が形成される(図2).この微小な液滴を我々は細胞サイズの水性/水性微小液滴(Cell-sized Aqueous/aqueous MicroDroplet, CAMD)と名付けた3)

図2

水性二相系としてよく使用されるPEG/DEX混合溶液(PEGとDEXの両者共5%).相分離によってPEG濃度が高い領域に囲まれる様にしてDEX濃度が高い液滴(DEX-rich droplet,もしくはDEX相)が形成される.Bar = 100 μm.文献3より一部改変.

この液滴が形成されているPEG/DEX混合溶液にDNAやアクチンを加えてその挙動を観察することで,この生体内の代表的な2種類の生体高分子,核酸と細胞骨格とがLLPSによってどの様な影響を受け,液滴とどの様に関係し合うのかを調べた3)

3.  DNAの分布

核酸が例えばOligomer DNA(11-mer)の様に一本鎖で短い場合,PEG/DEX混合溶液全体に均一に分布する(図3左).しかし,核酸がλDNA(49 kbp)の様に長い二本鎖の場合,DEX相である液滴の内部に局在した(図3右).

図3

溶液内におけるOligomer DNA(左)とλDNA(右)の分布.明視野像とDNA由来の蛍光像との重ね合わせ(各左)およびその模式図(各右).Oligomer DNAとλDNAは各々,carboxytetramethylrhodamine(TAMRA)による3ʹ-末端修飾とGelGreenTMの添加によって蛍光観察した.Bars = 100 μm.文献3より一部改変.

DNAが,その鎖長や状態が一本鎖か二本鎖かに依存して,溶液中での分布を大きく変える結果は大変興味深い.特に核酸が,おそらくその塩基配列とは無関係に,溶液中の一定の領域に偏在させられ濃縮される点は,遺伝情報を持った生体高分子の保管や分配に絡み重要な知見となり得る.

4.  アクチンの分布

4.1  アクチン線維の液滴内局在

核酸と同様に天然の鎖状高分子であるアクチン線維(F-Actin)も,細胞骨格の1つとして生体内で不可欠な働きをしている.アクチンは様々な調節系の下,重合状態,単量体のG-Actin(直径約5 nm)か重合して線維になったF-Actin(太さ約7 nm,長さ数十nm~数μm)かや,束化やネットワーク形成などが制御され,分子モーターと共同しての力や運動の発生にも関与する.それら調節系を担っているのは,アクチンに直接間接問わず結合する蛋白質だと考えられている.

アクチンに対してDNAの場合と同様な実験をした結果,G-ActinはPEG/DEX混合溶液全体に均一に分布したのに対し(図4a,最上段),F-Actinは液滴内に局在した(図4a,上から2段目).DNAについての結果と併せ,一定以上の大きさまたは長さを持つ高分子は,種類に依らずDEX相の方に局在する様である.液滴内のF-Actinはしばしば束化や凝集形成し(図4a,上から3段目および最下段),束は液滴の周縁部,即ちPEG相との境界付近に偏在することが多かった.

図4

相分離を起こしている溶液中でのアクチンの動態.(a)G-Actin(最上段)とF-Actin(2段目)の分布.3段目と最下段は,液滴内に局在するF-Actinが束化している例を示す.(b)アクチン重合のKCl濃度依存性(上)とF-Actinの束化のMgCl2濃度依存性(下).薄橙,橙,緑,青は,各々,試料調製後時間を置いてからのアクチンの重合,調製直後からのアクチンの重合,一部のアクチン線維の束化,殆どのアクチン線維の束化が観察された条件範囲を示す.(c)モル比で3倍量のFragminを添加後のアクチンの分布.いずれもアクチン濃度は6.0 μM.Bars = 100 μm.文献34より一部改変.

F-Actinを加えた時に観察される液滴の特徴として,その形態がしばしば球状で無くなることが挙げられる(図4a,上から2段目および3段目).これは内部に取り込まれたF-Actinの弾性(持続長,persistence length,~20 μm)が二本鎖DNA(持続長,~50 nm)よりも大きいためだと考えられる14),15)

また上述した様に通常は接触した2つの液滴は融合して速やかにより大きな1つの球状の液滴になるが,周縁部にF-Actinやその束が偏在することによって融合が進まず,接触した状態のまま,達磨型あるいは葡萄の房状になった液滴の集団も観察された(図4a,上から3段目).これもF-Actin存在下では球形以外の液滴が多く観察される原因であろう.

これらの知見は,細胞骨格の様な高分子を介したLLPSの生じ方,液滴の形態や大きさの制御が可能なことも示している.

4.2  アクチンの動態変化

今度は液滴内のF-Actinの方に着目してみる.束化や凝集形成が観察されることについては述べたが,これはF-Actinが液滴内に局在,言い換えれば濃縮されることで起きている効果と推測される.この様な濃縮効果が及ぼす他の影響について調べるために,アクチンの重合やF-Actinの束化に関わることでよく知られる金属陽イオン,K+やMg2+の濃度を変えた実験を行ったところ,K+の添加で引き起こされる重合も(図4b,上),Mg2+による束化も(図4b,下),古くからよく知られている必要濃度の半分以下で起きることが明らかになった3),16),17).これらの結果は,LLPSが液滴形成と液滴内への濃縮を通じて,アクチンの重合/脱重合平衡を重合側へ変化させると共にアクチン線維の束化や凝集を生じやすくしていることを示している.なお留意点として,溶液の塩強度に関係無く,変性失活によって重合しなくなったG-Actinは溶液全体に均一に分布し,phalloidinによって脱重合が阻害されたF-Actinは液滴内に局在した.

もしLLPSが生じている溶液中でアクチンの重合/脱重合平衡が重合側に傾いているのならば,F-Actinの切断因子や脱重合因子を作用させた場合,どの様な変化が観察されるだろうか.

FragminはCa2+存在下でF-Actinを切断し短い線維を生じさせ,更にそのbarbed end即ち伸長端に結合し続けることで脱重合を引き起こす18),19).通常の水溶液中では,アクチンと同等モル濃度のFragminを加えれば,全てのF-Actinは速やかに脱重合され観察されなくなる.ところがPEG/DEX混合溶液中では,3倍のモル濃度のFragminをCa2+と共に加えても,液滴内で束や凝集を形成したまま局在するF-Actinが観察された4)図4c).なお,Fragmin添加後数時間から数日間置けば,液滴内のF-Actinが観察されなくなり,アクチン由来の蛍光がPEG/DEX混合溶液全体に一様に拡散する.またPEG相とDEX相を分けてSDS-PAGEに掛けることで各相に含まれるFragmin量を測定した結果,FragminがPEG/DEX混合溶液中に均一に分布することが判明した.これらの結果から,液滴内への濃縮効果によってF-Actinが形成している束や凝集の内部までFragminが侵入できず,それらの周縁部から徐々にしか切断できない,あるいはFragminによる切断後も短くされたF-Actinが濃縮効果によって液滴内に束や凝集の状態で留まり続ける,などがLLPSを起こしている溶液中のF-Actinに切断因子を作用させても,その効果が観察されるまでに時間が掛かる理由として推測された4)

5.  長鎖二本鎖DNAとアクチン線維の液滴内共局在

これまで紹介してきた様に,長い二本鎖DNAもF-ActinもDEX相,即ち液滴内に局在する.そこでPEG/DEX混合溶液に同時に加えてみると,両者共液滴内に局在することが分かった3)図5).

図5

λDNAとF-Actinを同時にPEG/DEX混合溶液に加えた時の結果.Bar = 100 μm.なお偏光像から模式図の様に,持続長の大きいアクチン線維だけが配向の揃った状態でいることが分かる.文献3より一部改変.

興味深いことに,DNAとF-Actinが同一の液滴内に共存すると,両者が互いに排除し合って自己組織的にパターンが形成される場合のあることも明らかになってきた(図5).この発見は,多種類の高分子の混合により,細胞サイズの液滴内に更に細分化された微小区画が自発的に形成される可能性を示している.細胞内小器官の形成や膜によって隔てられていない液滴や顆粒といった細胞内の微小構造の起源を考える際の有用な知見となろう.

DNAもF-Actinも非常に動的な天然生体高分子であり,様々な生体内の制御調節系によって,DNAは鎖長や折り畳まれ方が,アクチンは単量体か線維状かの重合状態,そして更に線維状の場合では,その長さや束化やネットワーク形成などが制御される.今回見出されたLLPSを介したDNAや細胞骨格アクチンの状態に応じての分布の変化は,LLPSが制御に関わる生命現象に,細胞サイズの空間内での特定の生体因子の配分,偏在や濃縮も加わり得ることを示している.

6.  液滴から小胞へ

上述の様に,DEX相の液滴の周縁部,PEG相との境界付近にはF-Actinやその束の偏在がよく観察される(図4).DEX/PEG混合溶液に観られる微小液滴形成では,各々の高分子の持続長の違いが引き起こす枯渇効果が重要な役割をしている.長鎖DNAやF-Actinは,剛直な高分子であるDEXが作る数十nmサイズの隙間の存在する液滴に取り込まれる(図4a,上から2段目).これに対して,一本一本の線維と比べてサイズが大きくなったF-Actinの束の界面への偏在は,自由エネルギーを低下させる効果がある20).これと関連して,ATPSを使用した研究により,リン脂質から調製した微小な膜小胞がLLPSで生じた液滴の周囲に自発的に集積することが以前から報告されていた21),22).我々の研究から,膜小胞に限らず,ミセルや凝集が多く含まれる単純なリン脂質の懸濁液の添加でも,液滴周囲にリン脂質の自発的な集積が起きること(図6,上段),集積によって形成されたリン脂質の層が浸透圧の印加に対して脂質二重膜と同様な応答を示すこと,が明らかにされた5).そこで,PEG/DEX混合溶液に,長い二本鎖DNA,リン脂質の懸濁液,の順番で単純に混合して行ったところ,自発的に膜で覆われたDNAを内包する小胞の形成が観察された5)図6,下段).

図6

LLPSによって液滴を形成している溶液にリン脂質の懸濁液を添加すると,液滴の周囲に自発的にリン脂質の層が形成される(上段).予め長鎖DNAを加えておけば,この方法で DNA内包化小胞が生成される(下段).Bars = 100 μm.文献5より一部改変.

近年,細胞と同等のサイズを持つ人工脂質膜小胞(巨大リポソーム)に遺伝子や酵素の様な生体因子や生化学反応系を封入したり人工的に設計した反応系を実装したりする方法で人工細胞モデルを構築する挑戦が進められている23),24).これらの試みにおいて,脂質二重膜を横断してのリポソームへの封入や実装が常に困難な工程の1つになる25),26).ここで得られた知見を基に,物質の交換や外からの操作を想定した際に脂質膜よりも遥かに自由な外部との境界を持つ細胞サイズの液滴に,目的の因子や反応系を局在させ必要な準備を済ませてから,最後に脂質の膜で覆うことで細胞モデルを造るという新たな手法の提案も可能であろう.

7.  おわりに

LLPSの生物学的な役割や重要性が議論される時,先ず焦点が当てられるのは,核酸や蛋白質などの生体因子が液滴を形成する分子機構や,液滴を形成することで新たに創出されてくるそれら因子の機能である.

F-ActinがDEX相の液滴内に局在し濃縮されることで,重合/脱重合平衡が重合側に傾くこと,束化や凝集形成が容易に生じること,これらの結果として切断因子を作用させても脱重合が大きく遅延すること,が明らかになった3),4).この事実はまた同時に,バルク溶液中の実験から得られた知見が,細胞内の相分離が生じる様な混雑環境に対して単純には適応させられない恐れがあることを呈示しており非常に重要である.

また我々の研究によって,F-Actinが液滴内に局在する一方,その結果として液滴の側にも,球型以外の形状になる,接触した液滴の間の融合が完了しないなど,形態や性質に影響を受けることが分かった3),4).この発見は,アクチンが逆にLLPS自体や液滴の動態の制御に機能している可能性を示しており注目に値する.例えば,アクチンは細胞質だけでなく核内にも多量に存在することが知られているが,その機能や役割については不明のままである3),4),27).この発見がその解明の手掛かりになるかも知れない.

非膜性の細胞内小器官や領域の形成を考える際,LLPSの議論は欠かせなくなった1),2).しかし本稿で紹介した「液滴周囲へのリン脂質集積による自己組織的なDNA内包小胞の形成」は,より根源的な問題,細胞や細胞内小器官の出現,引いては生命の起源,即ち容れ物(膜小胞)が先か中身(自己増殖可能な反応系を取り込んだ液滴)が先か,を考える上でもLLPSが重要なことを示唆している28)-30)

なお細胞内では,細胞分裂の際,分離分配された染色体が脂質の膜で覆われ核膜が再生することで2つの娘細胞の核が形成される.またオートファジーでは,変性したり役目を終えたりした生体因子や,細胞内に侵入して来た細菌などの外敵の分解除去のため,あるいは細胞内物質のリサイクルのため,それらを取り込む様に脂質膜からなる袋状の構造を形成する.ここで紹介した内容は,細胞内の非膜性の顆粒の様な領域と膜に覆われた細胞内小器官の様な構造との関係に新たな視点を与え,細胞内の重層的な区画化の起源の理解に迫る成果だと言える.

特筆すべきこととして,本稿で紹介した我々の研究で用いられたどの成分も,即ち高分子のPEGとDEX,生体高分子の長鎖DNAやアクチン,そしてリン脂質も,酵素と基質との間に観られる鍵と錠との関係の様な特異的な結合を互いに持たないことが挙げられる.このことは,生命現象の説明や理解に必ず分子間の特異的な相互作用の存在を想定してきたこれまでの生命科学に一石を投じるものである.

未知の生体因子を単離同定する際,活性の有無を指標として分画していく方法,または既知の因子との結合を利用する(いわゆる「釣ってくる」)方法が用いられる.上記の理由から後者については,LLPSの研究に採用する場合には注意が必要となろう.

最後に,代表的なATPSとしてPEG/DEX混合溶液を使用したが,その蓋然性の問題が残る.生細胞中で多量の発現や合成が認められるものの活性や機能や役割が不明な因子の中に,PEGやDEXに相当する働きをしているものが存在するのではないかと予想している.生物と物理の両分野に跨ることで,この様な大胆な,いや妄想とも言える予想を立て,その的中するか否かを身近に楽しめる処が科学者としての醍醐味である.

文献
Biographies

瀧口金吾(たきぐち きんご)

名古屋大学大学院理学研究科講師

作田浩輝(さくた ひろき)

東京大学大学院総合文化研究科特任助教

林 真人(はやし まさひと)

法政大学生命科学部教務助手

和泉達幸(わいずみ たつゆき)

名古屋大学大学院理学研究科在学中(博士課程後期)

湊元幹太(つもと かんた)

三重大学大学院工学研究科教授

吉川研一(よしかわ けんいち)

同志社大学自己組織化科学研究センター客員教授

 
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