生物物理
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巻頭言
変容
南後 恵理子
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2023 年 63 巻 3 号 p. 133

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かつて私が高校生だった頃を振り返ってみると,自分は物理が嫌いであったことを思い出す.特に,力学で問われる“動き”を考えるのが苦手であった.大学受験が近くなると,得意な化学と生物で受験することを考えたが,密かに研究者になりたかった私は物理を避けるのは後で困ることになる気がしていた.更に,いささか古風な母からは,「女の子には大学進学は不要」といわれていた.当時,物理選択の方が断然大学の選択肢が多かった.とにかく母を説得して大学に行くためにも,苦手な物理を克服するしかないと思った.

そうして,何とか大学に合格し化学科に進学した.そんな私にまたもや,嫌いな科目ができた.量子化学と結晶学である.量子化学は必修なので必死で単位を取得したが,結晶学は必修ではなかった.当時なんといっても面白いと思った授業は有機化学であった.結晶学の授業は大先生の講義であり,今思えば貴重な機会であった.しかし,結晶学とは縁のない人生と思い,結局講義を取らずじまいであった.

大学4年時に,天然物化学の講座に配属となり,二次代謝生合成酵素に関する研究テーマを与えられた.基質類縁体を有機合成し,それを使った酵素反応生成物について各種分析手法を駆使し,どんな反応機構であるかを考えるのに夢中になった.しかし,しばらくすると自分の周囲にある技術だけでは,これ以上は明らかにできないことに気がついた.酵素がターゲットである以上,その三次構造を知る必要がある.そうして私は,結晶学の授業を放棄したことを深く悔やみながら,蛋白質X線結晶解析を共同研究先で習い始めたのであった.

その13年後,私はSACLAにてX線自由電子レーザー(XFEL)に出会い,XFELを使った新たな結晶解析と時分割の研究に没頭することになった.この手法の良いところは,リアルタイムで数10 fsからの“動き”を原子レベルで捉えられる点である.最初は,有機化学の観点から反応機構を考えるに留まっていたが,次第に量子化学の知識も必要となり,今の研究分野は,物理化学や生物物理学の領域にあるといえよう.人生何が起こるかわからないものである.そういう意味では,女子には不要といわれた大学にて今,教鞭をとっているのも感慨深く思う.

時代と共に状況も考えも変化する.皆様におかれましては,是非,本誌を身近な生物物理に無関心な方にご紹介頂けたらと思う.私のように後になって生物物理の魅力に気づくこともあるのである.

 
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