生物物理
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総説
機械学習と数理モデリングから理解する細胞遊走の変形動態
斉藤 稔井元 大輔澤井 哲
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2023 年 63 巻 3 号 p. 148-152

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Abstract

遊走する細胞の形状には種を超えた特徴があり,直進性,探索性に関連する運動様式と深く結びついている.その変形ダイナミクスの数理的と,実際の顕微鏡画像データとの比較についての最近の進展を紹介する.

Translated Abstract

Recurring morphologies observed in various migrating cell types are associated with the directedness and exploratory nature. This article introduces mathematical representation of the morphology dynamics and means by which the simulation results can be systematically compared with microscopy data.

1.  はじめに

細胞の遊走は生体組織の発生,恒常性,修復を支える重要なプロセスである.原腸陥入,血管形成,腎臓や心臓などの器官形成にいたるまで,細胞の移動と再配置は形態形成の根幹にある.創傷治癒では,上皮細胞の増殖と移動と同時に,免疫細胞が周辺を探索し,傷口を感染から防いでいる.これらの細胞運動の多くはアクチン重合によって駆動される細胞膜の伸長と,ミオシンによって架橋されたアクチンフィラメントの収縮が関わっている.その進化的起源は古く,後生動物と真菌を含む一群であるオプシトコンタ,細胞性粘菌などを含むアメーボゾア,アメーバ状単細胞のネグレリアを含む一群であるへテロロボサにいたるまで見られる.

遊走する細胞の形には,種や系統を超えて緩いながらも共通した特徴がある.一つは,細胞の前端と後端が一対となって比較的長い時間維持される場合で,これが特に顕著である場合は細胞が扇のような横長の形をとり,細胞の運動は強い直進性を示す1).これは,魚の上皮細胞であるケラトサイトでよく知られる.一方,同様の極性をある程度維持しつつも,これと競合する中程度の大きさの側方仮足が出現する場合,細胞はより不定形の形態をとり,運動方向の転換をともなった探索的な運動を示す2),3).こちらは細胞性粘菌,免疫細胞,癌細胞においてよく見られる.動力学的な視点からは,これらは動く細胞に内在するある種の自己組織的な状態としてみなせ,伸長するアクチンフィラメントのネットワークと,収縮性のアクチンネットワークが細胞膜の裏打ちのどこでどれだけ出現するかが時空間的に不均一になりやすい,場合によっては不安定であることを物語っている.細胞外環境の様々なシグナル分子や足場の物理的条件は,これら内因的な運動状態のいずれを引き出しており,条件によって相互に遷移可能と考えられる.細胞性粘菌では,遺伝的変異によって扇型の形状で直進することが上田らの研究グループから報告されている4).このようないわば細胞レベルの動的な状態の理解には,数理的解析とデータ解析が重要になる.本稿では,その数理的表現と,近年発達した深層学習による解析を統合するアプローチを紹介する5)

2.  数理モデル:細胞変形の数理的表現

細胞膜とアクチン細胞骨格系と,その調節反応に関わる因子は膨大で,相互に複雑に影響しあっている.このような第一原理計算が適用できないマクロで複雑な系では,系について予想される性質や量をある程度トップダウン的に粗視化して数理的に記述する現象論モデルに頼らざるを得ない.一般的に生化学反応ダイナミクスは反応拡散方程式を用いて表現されるが,細胞形状の記述にはいくつかの選択肢がある6),7).中でも連続場のモデルとしてフェイズフィールド方程式を用いた定式化と計算5),8),9),14)-16)は細胞内の反応拡散方程式と連立しやすい利点がある.フェイズフィールド法は結晶成長,相分離現象といった二相共存状態を表現するために用いられる.各相を特徴づける変数ϕを場の変数として空間上に定義し,ϕの発展方程式を考えることで相境界のダイナミクスを記述する.細胞膜を記述する場合は,細胞内をϕ = 1をとる相,細胞外をϕ = 0をとる相であると考え,0 < ϕ < 1の境界領域を細胞膜であるとみなす.二次元空間における具体的なϕの発展方程式は以下のように与えられる.

  

τ ϕt = η Δϕ- 1 ε2 ϕ - M cell ϕdr - A0 ϕ + aw W ϕ (1)

ここで左辺のτϕの変化の時間スケールを決めるパラメータである.右辺第一項は細胞膜張力の効果であり,ηは張力を表すパラメータ,(ϕ)は二重井戸型ポテンシャルG(ϕ) = 18ϕ2(1 – ϕ)2の微分である(ϕ) = 36ϕ(1 – ϕ)(1 – 2ϕ)を表し,ϕが0か1をとりやすいように設計してある.εは細胞境界の厚みを決める重要なパラメータであり,空間を離散化する際の刻み幅dxの数倍程度の小さい値を設定する.また第二項は細胞面積を一定に保つ項で細胞面積をA0,面積変化への罰則の強さを表すパラメータがMである.第三項は膜を押す力で,awは定数,Wは伸長する膜領域を特徴づける変数である.第三項が無いと細胞は円形状に収束するだけだが,Wの時空間ダイナミクスと結合することにより多様な細胞形状が期待される.

3.  数理モデル:細胞内シグナル分子の反応拡散方程式

細胞膜の変形に関わるアクチン繊維のネットワークは,Arp2/3の活性化をともなって成長する樹状フィラメントと,ミオシンIIで架橋されたアクトミオシンが主なものである.前者が伸長する細胞前端,後者は収縮する細胞後端に多い.細胞極性はいったん形成されると長時間にわたって維持されることから,アクチン繊維のネットワークは双安定な状態として細胞内で排他的に出現していると考えられている.双安定系の反応拡散方程式として以下のような仕組みが考えられる.樹状のアクチンネットワークの形成はRacなどの低分子量GTPアーゼによって促進される.そこでそのような因子の総体を抽象的にWという濃度の次元を持った変数で表現する.このWは細胞膜に局在する活性型Wと細胞質中の不活性型W*との間を遷移し,(1)活性型・不活性型の総量が保存している,(2)活性型が多いと不活性型→活性型の反応が起こりやすい,(3)不活性型は拡散が速い,という条件を満たすとする.ここからWに関して以下を立式できる5)

  

τw Wt = -ρW3 + ρW2 W* -W + DW 2W (2)

τWWの変化の時間スケールを表すパラメータ,ρWの自己触媒反応のレート,DWWの拡散係数である.右辺第1-3項のWの三次方程式が非ゼロの実数解を持つようにパラメータを選ぶと,Wに関する双安定系の反応拡散方程式となる(図1).W*が定数の場合は,Wが正の領域が空間的に伝搬する進行波が出現するが,WW*の保存則からWが増えるとW*が減少するため,進行波の速度は徐々に低下し,最終的には伝搬が停止した波が出現する.結果として,細胞内にWが高い領域と低い領域が存在する.つまり細胞内に前端と後端ができ,細胞極性が形成されることに対応する.このような現象はwave pinningと呼ばれ細胞極性のモデルとしてMori, Edelstein-Keshetらによって提唱された10)

図1

極性ダイナミクスにおける双安定性.式(2)の1-3項によりWは低い状態か高い状態のいずれかをとる.不安定固定点の位置がW*に依存するため,空間中のWの総量に応じてどちらに落ちやすくなるかが変わる.結果,細胞内にWが高い領域と低い領域が形成される.

さて,上の(2)式はどのような境界条件のもとで解くべきだろうか.(2)式は細胞内の反応拡散過程を記述する式であるため,ϕ = 1で規定された細胞内部でのみこの式を解きたい.Rappelらが提案した手法8),11)では(2)式に対応する以下の式

  

τw (ϕW) t = ϕ -ρ W3 +ρ W2 W* -W + DW ϕW (3)

を(1)式と連立することにより,細胞内外の境界で反射境界条件(ノイマン境界条件,特にここでは細胞外へ化学物質Wが漏出しない境界条件を指す)を課された反応拡散方程式を解くことができる.数値計算上ではϕ = 0の領域にもWが定義されることになるが,境界条件により細胞外のWが細胞内に影響を与えることは無い.(1)式と(3)式を数値的に解くことにより,ケラトサイトに似た単純な形状が表現できる5),12)が,細胞性粘菌に見られるランダムな仮足構造の生成消滅2),3)やシグナル因子の伝播9),13)などを表現するためにはさらなる仕組みが必要である.例えば双安定系に時間相関を持ったノイズを加え,仮足構造を表現するモデル14),15)や,双安定系の代わりに興奮系の反応拡散モデルを用いたモデルが報告されている9),16).樹状フィラメント形成が興奮性を示すことは,細胞性粘菌ではRas,好中球ではCdc42の活性化調節で知られている.興奮系モデルでは一過的な仮足の伸長,収縮をうまく表現できる.このようなダイナミクスは双安定系では表現しにくく,逆に興奮系は極性をうまく表現できない.それぞれの弱点を改良するモデル15),16)が提案されているが,表現できる細胞形状に制限がある.

これらの形をより統一的に理解・記述することを目的として,我々は,興奮系と双安定系のダイナミクスによって駆動される,ある種の「理想細胞モデル」を提案した5)図2).細胞膜の伸長を支配する因子Wを(2)式で記述し,これが因子UVからなる興奮系のダイナミクスからの正の調節を受けるものとする.逆にUからVの生成反応はWから正の制御を受け,VW間で正のフィードバックを形成すると仮定する.このモデルは一見して遊走する細胞の代表的な形状をよく表現する.その検証の一部について,機械学習を使った手法を次節でみる.

図2

極性を強く持つ直進的な運動や,仮足を多数生成してランダムウォーク的に進む遊走運動は興奮系と双安定性を組み合わせた反応拡散モデルで説明できる.

4.  深層学習による細胞形状の定量表現

細胞遊走における細胞形状と運動を記述する様々なモデルが提案される中で,「シミュレーションと実験がどれくらい似ているか」は,客観的で体系的な比較がこれまでなされてこなかった.その理由として,複雑な細胞形状を定量化する指標が自明ではないことがあげられる.細胞形態解析の代表的な手法として,細胞輪郭を表現する点の集合で形状ベクトルを構成し,その主成分分析から低次元の特徴量を抽出する17)方法や,細胞輪郭をフーリエ展開し,フーリエモードのパワースペクトルの主成分解析を求め,形態モードを抽出する方法18)などがある.また,三次元の細胞データに対しては,球面調和関数による展開を用いた手法19)などもある.主成分分析のような線形次元削減法に依拠したこれらの手法は,数理的にも単純で簡単に実装できるため広く用いられてきた.一方で非線形的な次元削減手法の適用は比較的未開拓であり20),より少ない次元数で複雑な形状を正確に表現できる可能性や,得られる特徴量の解釈の単純化が期待できる.

実際の細胞形状とシミュレーション結果を客観的に比較するため,筆者らは細胞形状を低次元で表現できる特徴量を求める手法を開発した5).まず注目する細胞形状として,細胞全体が前後に伸びつつ仮足を多数生成し前進する細胞性粘菌アメーバ,横に伸びた扇形を保ちつつ直進的に進む魚表皮ケラトサイト,さらに仮足と扇形の形状がより控えめな好中球様HL-60細胞の顕微鏡画像データを用意した.これらは典型的な運動様式を示す細胞としてよく研究されてきた経緯がある.各細胞の二次元マスク画像(図3a:64 × 64ピクセルの画像)を,運動する方向を下側に来るように規格化する.これを入力データとして用いて,細胞性粘菌/ケラトサイト/HL-60の3クラス分類問題を解くよう,畳み込みニューラルネットワークを学習させる(図3b).学習済みの分類器の出力層直前の3つのニューロンの値F = (F1, F2, F3)は入力画像を三次元に要約した値であり,さらにこの三次元ベクトルから主成分分析を行うことによりPC1,PC2の二次元の特徴量を構成した.図3cに見るように,各クラスの細胞が特徴量空間中で離れたクラスターを構成し,分類されていることがわかる.

図3

深層学習を用いた細胞形状解析.(a)細胞スナップショット画像のデータセット(b)深層学習の構造(c)細胞性粘菌,ケラトサイト,H L60のデータの特徴量空間での分布(d)学習時に未使用のデータの特徴量空間へのマッピング.

学習では用いなかった3つの新たな実験条件の画像データ(増殖期の細胞性粘菌/細胞性粘菌のRacE欠損株/ノコタゾール処理をしたHL-60細胞)を特徴量空間にマップすると,先の3クラスとは異なるクラスターを構成し(図3d),PC1,PC2で6クラスが見分けられた.入力した画像データの持つ高次元性(64 × 64次元)を踏まえると,複数の細胞形状の違いが二つの量で表される点は注目に値する.

次に「理想細胞モデル」のパラメータを体系的に調べ(図4a),そのシミュレーション結果を深層学習器(図3b)に入力した.出力結果の特徴量は,二次元特徴量空間の1点として表現される(図4b).図4cに,細胞性粘菌,ケラトサイト,HL-60の画像データに最も近いと判定されたシミュレーション結果を示す.見た目からもこれらがよく似通っていることがわかる.以上の結果は,提案した数理モデル(図2)が,今回注目した形状ダイナミクスを表現できていることを示している.また,各特徴量(PC1・PC2)に大きく寄与するモデルパラメータを探すこともできる.図4cの例では,Wによる伸張力が大きくWの総量が少ないことで,細胞性粘菌アメーバのように進行方向に縦長な形状と一過的な仮足の伸張・収縮が表現される.ノイズの影響が小さくかつ前方領域Wが広くなると,ケラトサイト的な扇型形状の持続的直進運動が生じる.詳細は文献5を参照にされたい.

図4

シミュレーション結果の特徴量空間へのマッピング.(a)数理モデルにおいて変化させるパラメータ一覧.(b)シミュレーション結果の特徴量空間中の分布.一つの丸が数理モデルの一つのパラメータセットに対応する.(c)特徴量空間中で顕微鏡データに最も近いと判定されたシミュレーション結果.(b, c)Score-D rank1,Score-H rank1,Score-K rank1は,それぞれ細胞性粘菌,HL-60,ケラトサイトに最も近いシミュレーションを表す.

5.  おわりに

今回紹介した,深層学習による形態の定量化はデータ駆動的な手法である.用いたインプットデータは細胞輪郭のマスク画像であったが,この他にも運動速度や蛍光など多種の情報を取り入れることができる枠組みであり,三次元データへの応用も考えられる.一方,細胞運動のように複雑な系の制御原理の理解には,今回のような粗視化したモデルの助けを借りて仮説検証と理解につなげることが有効である.データ駆動的な機械学習手法と仮説駆動型モデルの選択・改良サイクルの双方を統合する枠組みは,今後増々発展することが期待される.

文献
Biographies

斉藤 稔(さいとう ねん)

広島大学准教授

井元大輔(いもと だいすけ)

科学警察研究所主任研究官

澤井 哲(さわい さとし)

東京大学教授

 
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