2023 年 63 巻 3 号 p. 165-166
線虫C. elegansは温度への応答機構として,飼育温度に合わせて低温耐性を変化させる温度馴化機構を持つ.本稿では,線虫の神経系と腸が連関することで腸の脂質量の変化を引き起こし,線虫の温度馴化を調節する温度応答メカニズムについて紹介する.

生物が生存していくにあたり,温度は常に感知し続けなければならない重要な環境情報である.モデル動物線虫Caenorhabditis elegansは過去に経験した温度に依存して,柔軟に自身の低温耐性を変化させている.本稿では,全身周回性の神経回路によって制御される飼育温度依存的な腸の脂質含量の変化と低温耐性との関係について概説する.
線虫C. elegansは温度経験によって低温耐性を変化させる.例えば,15°Cで飼育された線虫は2°Cに曝されても生存できる低温耐性を持つ.一方,25°Cで飼育された線虫は低温耐性を獲得できず死滅してしまうが,2°Cに曝露される前に15°Cで3時間以上飼育すると2°Cでも生存できるようになる温度馴化を示す(図1A)1),2).

(A)線虫C. elegansの温度馴化.(B)25°Cから15°Cに移した場合のCREB変異体の温度馴化の表現型.(C)15°Cから25°Cに移した場合のCREB変異体の温度馴化の表現型.(n.s., P ≥ 0.05; *P < 0.05; **P < 0.01).実験データは文献10より引用.
これまでに低温耐性や温度馴化に関わる複数の温度受容ニューロンが見つかってきている.頭部に1対存在するASJ温度受容ニューロンでは,環状GMP依存性チャネルTAX-4に依存して温度受容ニューロンが発火し,ASJのシナプスからインスリンが分泌されることで,低温耐性が負に制御される1),3),4).ADL温度受容ニューロンでは,温度感受性TRPチャネルOCR-1,OSM-9,OCR-2がADLを活性化させる5)-7).ASG温度受容ニューロンでは,DEG/ENaCタイプのメカノ受容体DEG-1が温度を受容し,低温耐性を正に制御している8).
このように低温耐性に関わる温度受容ニューロンと温度受容体が少しずつ見つかってきたが,一方で,温度情報伝達経路の下流で低温耐性の獲得と欠失に繋がる直接的な原因は分かっていなかった.そこで温度馴化を制御する新たな神経回路と,その下流の温度適応機構の同定を目指した.
まず温度馴化に関わる新たな分子の探索を行った.転写因子CREBは線虫からヒトまで広く保存されており,線虫では温度走性に関わることが報告されている9).CREB変異体の温度馴化の表現型を野生株と比較したところ,CREB変異体は温度馴化に遅れが生じることが分かった(図1B, C)10).CREB変異体に野生型CREBを導入した回復実験より,変異体の温度馴化の遅れには頭部のASJ温度受容ニューロンとRMG介在ニューロンが関与することが分かった10).
しかし,ASJとRMGはシナプス結合やギャップ結合で直接接続していないことから,他のニューロンがこの2つのニューロン間の情報伝達を仲介している可能性があった.そこで,ASJとRMGの間に位置する様々なニューロンのシナプス伝達を,プロテインキナーゼCを用いて人工的に過活性化させた結果,尾部にあるPVQ介在ニューロンが温度馴化に関与していることが示唆された10).
そこで,ASJ温度受容ニューロン,尾部のPVQ介在ニューロン,頭部のRMG介在ニューロンで構成される神経回路が実際に温度情報の伝達に関与するのかを,カルシウムイメージング法を用いて計測した.その結果,温度刺激に伴ってASJ→PVQ→RMG細胞体内のカルシウムイオン濃度が変化していた10).さらに,PVQからグルタミン酸が分泌され,RMGのグルタミン酸受容体GLR-4とGLR-5で受容されることが温度情報伝達に重要であることが示唆された10).
温度馴化の制御に関わる神経回路が分かってきたので,次にその下流のイベントを調べた.これまでに腸の代謝経路として,神経ペプチドFLP-7と腸にある神経ペプチド受容体NPR-22が腸のトリグリセリドリパーゼATGL-1を活性化し,腸内脂質を分解することが報告されていた11).我々の解析から,RMG介在ニューロンの下流で神経ペプチドFLP-7が分泌され,腸にあるその受容体であるNPR-22で受容されることが温度馴化に重要であることが示唆された(図2A)10).

(A)FLP-7変異体とNPR-22変異体の温度馴化の表現型.(**P < 0.01)(B)腸と連関した全身周回性の神経回路の模式図.実験データは文献10より引用.
緑色蛍光タンパク質GFPの蛍光強度を指標に飼育温度別のATGL-1の発現量を調べたところ,15°C飼育時よりも25°C飼育時に強く発現していた10).さらに,中性脂質を染色する色素で腸の脂質量を定量化したところ,15°C飼育時より25°C飼育時の方が低下していた10).つまり,飼育温度が低いほどATGL-1の発現が低下し,腸の脂質の分解が進まず,腸内脂質が蓄積し,低温に強くなったと考えられる.
以上より,温度情報が頭部→尾部→頭部と循環する神経回路を駆動し,神経ペプチドの分泌を介して神経系と腸が連関し,体の温度馴化を引き起こすことが分かった(図2B)10).
本研究で示した温度馴化における脳腸連関のモデルが高等動物にも存在することを期待する.例えば,冬眠哺乳類における脂肪の貯蔵と燃焼などにも繋がればと思う.
本研究は甲南大学の久原篤教授のもと,太田茜博士,修士課程の村上一寿氏と共に実施しました.この場をお借りして心より感謝申し上げます.本文の一部をプレスリリース記事;[温度への慣れに関わる脳・腸連関](甲南大学ホームページに2022年 8月9日掲載)より引用.