生物物理
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トピックス(新進気鋭シリーズ)
先端的非線形分光によって明らかにする光化学系IIの複雑なダイナミクス
米田 勇祐
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2023 年 63 巻 3 号 p. 171-172

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Abstract

光化学系II(PSII)は光誘起電子移動によって酸素を発生させるタンパク質である.PSIIは発色団の吸収が著しく重なっており,過渡種の区別が難しく,その励起状態ダイナミクスは盛んに議論されている.著者らは,スペクトルの複雑性を克服するため二次元電子振動分光を応用し,複雑な電子移動経路を明らかにしたので,ここで紹介する.

1.  光化学系IIの複雑なダイナミクス

光合成は地球上の生命の動力源であり,光化学系IIと呼ばれるタンパク質複合体を用いて酸素を発生する.光化学系II反応中心(PSII-RC)は電荷分離を行うことができる最小単位のタンパク質であり,その励起状態ダイナミクスに関する研究が数多く行われてきた1).PSII-RCはスペシャルペア(PD1, D2),アクセサリークロロフィル(ChlD1, D2),フェオフィチン(PheD1, D2)と呼ばれる反応中心色素と,周辺クロロフィル(ChlzD1, D2)と呼ばれるアンテナ色素を持つ(図1a2).しかし,PSII-RCの吸収スペクトルは680 nmに1つのバンドを示すのみで,これら8つの色素によって構成される励起子状態の区別がつかない(図1b3).こうしたスペクトルの複雑性もあって,PSIIの電荷分離では,初めの電子受容体がPheD1であるか,PD1であるか,あるいは両方の経路を用いているのかは長い間議論されてきた1)

図1

(a)PSII-RCの構造2).(b)PSII-RCの吸収スペクトル(黒)と励起子モデルから導出されたエネルギー3)

さらにPSIIは,ほとんど吸収を持たない700 nm以上の長波長の光を用いた場合でも活性を示すことが知られている4).こういった遠赤色励起においては,電荷移動(CT)吸収帯の関与が示唆されているが,PSIIの吸収スペクトルは複雑であるため,その特徴やダイナミクスに関する実験的知見はほとんど得られてこなかった.

そこで,本研究ではPSII-RCのスペクトルの複雑性を克服し,CTダイナミクスの全容を明らかにするために,二次元電子振動分光(2DEV)を用いた研究を行った5)

2.  先端的非線形分光―二次元電子振動分光―

2DEVは可視励起・赤外観測の両方にスペクトルの分解能を持ったフェムト秒時間分解分光手法である(図26).この手法ではまず可視パルスによってサンプルを光励起し,その後任意の遅延時間の後赤外パルスによって系の状態を観測し,それを分光検出することで観測周波数の軸を得る.さらに,パルス整形器によって可視パルスの波形を制御した測定を行うことによって,励起周波数の横軸を得る.特にクロロフィルの赤外吸収スペクトルは色素の電子状態,電荷,そしてタンパク質の局所環境に敏感であるため,可視域では識別が難しい信号も振動スペクトルとして明確に検出することができる7)

図2

2DEV実験セットアップのブロックダイアグラム.

3.  明らかになった混成励起子電荷移動状態

PSII-RCの励起直後の2DEVスペクトルを図3aに示す.この赤外観測領域では主にクロロフィルのケトCOモードを観測することができ,励起状態では低波数シフト,カチオンでは高波数シフトすることが知られている.それに加えて,エステルCO伸縮振動が高波数側に,電荷分離に応答した周囲タンパク質骨格のアミドCOモードが低波数側に観測される.2DEVスペクトルは観測軸(縦軸)に対して非対称であることがわかる.このことは励起周波数に応じて異なる色素群が励起されていることを示す.

励起子モデルでは,8つの色素と1つの電荷分離状態から,図3aに点線で示すエネルギーを持つ9つの励起子状態を導出している3).これらの中で励起子1はCT状態によって特徴づけられ,最も低エネルギーの位置に弱い振動子強度を持っているとされる.そこで,励起子1,2のエネルギーに沿って断面図のスペクトルを比較したところ両者はChl+,Pheに由来したピークを示すが,励起子1は1657 cm–1及び1666 cm–1に反応中心における電荷分離に応答したアミドCOモードに由来する信号をより強く示すことがわかった(図3b).このことは,低エネルギー側に存在する励起子1が強いCT性によって特徴づけられ,またCT状態が直接励起可能であることを示している.さらに,励起子1の断面図はクロロフィルカチオンのバンドが数ピコ秒の時間スケールで1713 cm–1にレッドシフトする様子が観測された.このクロロフィルカチオンのレッドシフトはホールがChlD1からPD1へ移動するダイナミクスに対応するため,低エネルギー側に存在する混成励起子電荷移動状態はChlD1+PheD1によって特徴づけられていると結論することができた.

図3

(a)2DEVスペクトル.(b)励起子1,2の断面図と励起子1の時間変化.

4.  先端的非線形分光による探究―今後の展望―

先端的非線形分光手法は光源や検出器の技術の向上によって日々発展しており,今日でもそれらの進歩によって新しい機能やより複雑なダイナミクスが明らかにされている.今回紹介した2DEV測定に関してもパルス整形器や波長変換システムの技術向上によってより複雑なダイナミクスを高いS/N比で取得することが可能になってきており,最近ではPSIIコア複合体のようなより大きな系のダイナミクスを明らかにすることにも成功している8).今後も高い繰り返し周波数を持ったYbレーザーなどの光源を用いることによって,時間分解ラマン分光等の挑戦的な非線形分光を単一分子レベルで行う技術を発展させ,これまで観えなかった光合成保護機能のダイナミクス等を明らかにしていきたい.

謝辞

本研究5)はGraham Fleming教授及び研究室の方々,Masakazu Iwai博士(UC Berkeley)との共同研究です.この場を借りてお礼申し上げます.

文献
Biographies

米田勇祐(よねだ ゆうすけ)

分子科学研究所・助教

 
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