生物物理
Online ISSN : 1347-4219
Print ISSN : 0582-4052
ISSN-L : 0582-4052
談話室
キャリアデザイン談話室(17) 自分なりのキャリアパスを
大室 有紀
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2023 年 63 巻 3 号 p. 177-178

詳細

1.  はじめに

私の今までのキャリアパスは,熟考して組み立てたものではなく,ほとんど行き当たりばったりで,その時にやりたいことを選んだり,研究費獲得等のためにやらざる得ないことをやってきたりしただけで,キャリアデザインを語るに能いません.ここで私からお伝えできることがあるとすれば,キャリアパスは多様であるべきで,その過程において人との出会いが何よりも大切だという当たり前のことです.その結果,今までずっと研究を楽しみ続けています.

2.  タンパク質工学・上田宏先生との出会い

海辺で育った私は,魚類が好きで水産学科に進み,その後,修士課程で分子生物学を学び,分子生物学の手法を使って魚類の多様性に迫ろうとしました.ですが,技術・研究能力とも未熟で,ほとんど成果を上げることはできませんでした.それでも,研究が楽しく,もう少し研究を続けたいと思い続け,基礎生物学研究所でなんとか博士号を取得後,産総研でポスドクになりました.そこでは,マウスやハエと比べ,魚類で利用できる分子生物学の手法が少ないため,多様な生物種で利用できるような手法を開発しようと,バイオテクノロジーの分野に移りました.下手の横好きでも,続けているうちに技術力はだんだん上がってきました.それ以上に,折り紙や手芸等,何かを作り上げるのが好きで,また,せっかちなために生物の発生を待つのが苦痛だった私には,バイオテクノロジー分野の方が向いていたようで,当時開発した光応答性細胞接着基板は高い評価を受けました1)

その後,愛知県がんセンター研究所で,抗体を利用した翻訳後修飾反応のライブイメージングプローブを開発しようとしていた時,当時東京大学で独立准教授だった上田宏先生と共同研究を始めました.上田先生の発想力とタンパク質工学についての知識の深さに,ご相談をする度,非常に驚きました.そして毎回,とても丁寧にディスカッションをしてくださり,タンパク質工学の知識を習得できただけでなく,研究能力・創造力が磨かれました.まだまだ未熟な研究者だった私のどこを気に入ってくださったのかわかりませんが,上田研究室に誘い続けてくださり,研究所生活が長かった私は,かなりやんちゃな学生さん達と大学で一緒に研究を行う自信がなく,何度かお断りしていたものの,上田先生ともっと研究をしたいと考え,上田研究室の一員になりました.

上田先生のすばらしいご成果として,ペプチドおよび抗体のファージディスプレイ法の開発を行った,ノーベル化学賞受賞者Sir. Dr. Gregory Winterの研究室に留学されていた時に開発した「オープンサンドイッチ免疫測定法」がまず挙げられます2).この手法は,抗体をそのまま使用するのでなく,抗原結合部位を2つに分割して利用する独創的な手法で,サンドイッチELISA法等,従来の免疫測定法よりも簡便に,かつ従来法では測定が難しかった分子量1000以下の低分子化合物を測定可能にしました.次に挙げるべきご功績として,この手法の応用を試みていた過程で,抗原に結合すると光る抗体「Q-body」が生まれました3).誌面の都合上,詳細は割愛しますが,実験結果を丁寧に検証する上田先生の日頃の姿勢から生まれた,まさにセレンディピティによる開発でした.さらに,博士課程学生Hee-jin Jeongさん(現Hongik University, Associated Professor)がQ-bodyを応用して,私がずっと開発を試みていた翻訳後修飾反応検出を実現し,Biosensors 2012 Best Paper Award Runner-upを受賞しました.また,私と上田先生との開発品の1つである分子間相互作用検出系「FlimPIA」は,発光酵素の機能を分割するユニークな検出系で,数々の賞をいただきました4).上田研究室では,すばらしいスタッフ・学生さんに囲まれ,研究三昧のすばらしい日々を過させていただきました(図1).

図1

研究室旅行 前列真ん中:上田先生・後列左から5番目:著者

3.  島津製作所基盤技術研究所へのキャリア入社

東工大に移った上田研究室で助教になってから,このまま大学でステップアップするには,研究と並行して,教育を行い,研究費獲得のために多くの申請書を作成する必要があることに気が付きました.そのため,多くの大学教員は自分であまり実験を行えず,研究室にいられる時間も限られてきます.学生さんやスタッフを束ねて研究室運営を行う大学教員は大変立派だと思いますが,私は現場である研究室に居続けて,研究活動を続けたいと感じ始めました.

そんなことを考えている折り,島津科学技術振興財団の研究助成金贈呈式で,当時,島津製作所基盤技術研究所の副所長だった篠原真氏から,キャリア入社のお声がけをいただきました.聡明かつ活力に溢れるお人柄に強く惹かれ,3年前に島津製作所基盤技術研究所で研究活動を開始しました(図2).

図2

島津製作所基盤技術研究所

そして上田研究室でヒントを掴んだ「世界最小サイズの発光酵素picALuc」を開発しました5).picALucは,産総研金誠培先生が開発された人工発光酵素ALucのサイズを最小化して作製した発光酵素で,明るく,熱安定性が高く,世界最小サイズの発光酵素です.「picALuc」の名前は,共同開発者の東工大古田忠臣先生が,「ALuc」の文字を残し,小さいという意味で「pico」と明るいという意味で「picA(ピカッ)」をかけて,付けてくださいました.古田先生は,上田研究室にはなかった発想でアドバイスをくださりながら,慣れない環境で研究する私を支えてくださっています.picALucは現在,無料配布をしています.上田研究室から企業に移ったことで,多くの人に開発品を使ってもらえるようになり,さらに国内外の研究者とpicALucの改良開発を進む道が開けました.また,上田研究室で行っていたpicALuc以外の開発を続けることが認められたので,これからアカデミア時代の人脈を生かして,こちらも進めていく予定にしています.今まで築いた実績・人脈は,今,生きています.

4.  最後に

2022年12月23日,上田宏先生は,58歳でご急逝されました.今日は1月8日です.ただただショックで,まだ実感がなく,ぼんやりした感じです.訃報後,上田先生に一人前の研究者に育てていただいた感謝とプライドが毎日の研究活動を支えており,また研究に忙殺されることが救いになっています.

多くの方々のお力添えのお陰で,今まで私らしい研究生活を送れています.私が定年まで研究を続けられたとしても,年齢的に折り返し地点となってしまいました.上田先生を始め,今まで助けてくださったたくさんの方々に深く感謝しつつ,助けられるだけでなく,もっと皆様のお役に立つようになりたいと願っております.

最後になりましたが,皆様が自分らしい充実したキャリアパスを歩まれることをお祈り申し上げます.

文献
Biographies

大室有紀(おおむろ ゆき)

株式会社島津製作所基盤技術研究所主任

 
© 2023 by THE BIOPHYSICAL SOCIETY OF JAPAN
feedback
Top