生物物理
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海外だより
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~アメリカでの10年~
東原 幸起
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2023 年 63 巻 3 号 p. 183-184

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自己紹介

生物物理学会の会員でもないのですが,何かのご縁でこのような機会をいただき嬉しく思います.部活をする時間が確保できるからという理由で東京大学農学部へ進学しましたが,もともと物理が好きだったこともあり,伏信研に入り糖質関連酵素の結晶構造解析を行いました.卒研中に研究の面白さに気づき,人より出遅れながらも生命科学を勉強しました.そこで膜タンパク質,特にイオンチャネルの機能と構造に興味を持ち,折角研究をするなら世界でという気持ちで米国ロックフェラー大学の博士課程に入学しました.ロックフェラー大学ではRoderick MacKinnon研でG protein-gated K+ channelの機能解析を行いました.博士取得後,現在はUniversity of California, San FranciscoのDavid Julius研でイオンチャネルと受容体の生理学をポスドクとして研究しています.このコラムでは,アメリカでの大学院とポスドク期間でメンター達から何を学んだかを主に書こうと思います.

David Gadsby先生との出会い

前述の通り,ロックフェラー大学での博士研究はMacKinnon研で行ったのですが,もう一人の“メンター”であるDavid Gadsby先生の話を先にしたいと思います.米国の博士課程にはラボローテーションという制度があります.博士研究を行うラボを決める前に,いくつかのラボで数ヶ月間の試用期間を過ごすというものです.膜タンパク質精製の基本のキは渡米前の短い期間東大理学部の濡木研で体験することができましたが,イオンチャネル研究に欠かせない電気生理学はほぼ未経験でした.そこで,まずはDavid Gadsby研でローテーションの学生として電気生理を学ぶことにしました.Davidは古典的なgiant squid axonの電気生理から,Xenopus oocyteと哺乳類細胞のパッチまで行う生粋の電気生理学者でした.半年間,彼の下で理論から実験装置の組み立てまで学ぶことができたのは,今でも大きな財産です.そして何よりも,Davidはメンター以上の存在でした.彼は親友であり,父のような存在でした.大学院生活の間,金曜夜9時に二人,ときには彼のwifeであるPatriciaと三人で学内のバーへ行き,London Prideを飲みながら研究や人生について語りました.私が先のことに悩んだときはいつも“You don’t have to decide anything when you don’t have to”と言ってくれ,明日の実験のことだけを考えるように私を導いてくれました.残念ながらDavidは私の博士取得後すぐに亡くなってしまいましたが,彼のおかげで“とりあえず先のことは置いといて自分が面白いと感じる研究さえしてればいい”と思えるようになりました.

Roderick MacKinnon研での博士研究

話は戻り,Gadsby研で長めのローテーションをして電気生理の基本を学んだのち,MacKinnon研でのローテーションがスタートしました.数ヶ月後には,幸運が重なったのと,ローテーションでの働きが認められ,正式に博士の学生としてラボにjoinすることができました.博士研究では一貫してG protein-gated K+ channel(GIRK)を対象にしました.GIRKは7回膜貫通型受容体(GPCR)からリリースされるGβγというタンパク質が結合することで活性化されるのですが,なぜか一部のサブタイプのGPCRからのみGβγを受け取ることが知られていました.そのGPCRとGIRKの間の選択性はどうやって生まれるのか?という疑問を,Rodと二人三脚で様々な仮説を立て解き明かそうとしました.Negative resultsを何年も出しながら,5年目にしてようやく正解らしきものに辿り着くことができました.長期に亘り様々な新しい実験にトライできたのは,時間とお金を惜しまないRodのサイエンスに対する熱意のおかげです.

私はRodほど純真無垢な科学者に出会ったことはありません.誰よりも自分のラボの研究のことを楽しそうに話し,ラボの誰かがいいデータを出すと本人よりもエキサイトします.そして毎日のようにクレイジーなアイディアを持ってきては議論をします.そのほとんどは間違っているか実行不可能なものですが,ごくごくたまに本当に誰も思い付かないようなbrilliantなアイディアを持ってきます.その彼の気質が,いつまでも世界をアッと言わせる研究ができる根源なのだと感じました.私には彼のような天性の無垢さはありません.しかし,彼が毎日のように言っていた“Has anyone done this? Are you excited about this?”という疑問を自分に投げかけることで,少しでも面白い研究をするのだと心がけられるようになりました.

大陸横断,David Julius研へ

アカデミア以外には興味がわかなかったので,博士課程の終わり頃にポスドク先を探し始めました.次に面白い研究ができそうなのは,Cryo-electron tomographyを用いた高解像度の細胞生物学,もしくは組織やマウスを用いたイオンチャネルと受容体の生理学だと思いました.そこでtomography専門のとある研究室と,UCSFのDavid Julius研で面接を受け,直感でJulius研を選びました.DavidはTRPチャネルのクローニングで有名ですが,近年は面白い生理現象をシンプルな手法で解き明かす論文が多く,その発想と嗅覚を学びたいと思ったのが決め手になりました.

Julius研では,博士時代とは少し変わり,研究テーマから計画まで基本的に全て自分で決めて進めることができています.かと言ってDavidと全く話す機会がないということではなく,彼のオフィスはいつでも開いていて必要なときに相談をすることができます.Davidとのミーティングや会話の中から,彼の持つ“発想と嗅覚”を捉えることはまだできていません.しかし一つ発見したことは,Davidはcomfort zoneが広いということです.これには二つの意味があり,一つには彼の生理学に対する興味がとても広いということです.Centralからperipheryにかけてあらゆる臓器の興味深い生理現象や薬理を知っており,実験結果から“この生理現象を見てみると面白いかもしれない”という発想が生まれてきます.もう一つには,実験手法のbandwidthが広いということです.私の場合は,どうしてもパッチクランプなどのbiophysicsよりの手法ばかりを用いてしまいがちで,in vivoやbehaviorに近い実験を避けがちです.Davidはあらゆる実験に対してこの忌避感がなく,プロジェクトが面白い方向に進むのであれば,コラボレーションも含めて多様なことを試すことができる人です.この彼のcomfort zoneの広さがJulius研の論文を面白くしている要因の一つだと思います.

Julius研でのポスドク生活も5年目に入りました.コロナや,個人的な事情で研究ができない期間もしばらくありましたが,やっと生物物理と生理学を掛け合わせて面白いことができるようになってきたので,次は研究結果を世に出せたらと思います.

在米10年で思うこと

院はニューヨーク,ポスドクはサンフランシスコというアメリカでもクセのある都市で生活してきました.筋トレにハマったり,マラソンを走ったり,元野球選手と草野球をしたり,音楽家や起業家と遊んだりと楽しいこともたくさんありました.しかし5年経ったころから,結局自分は恵まれた研究環境があるからアメリカにいるだけで,研究以外の面は全て日本が好きなのだと気づきました.治安,医療,ものの値段と品質,食事,公共交通機関,友人関係,家族のこと,在米が長くなれば長くなるほど日本がどれだけ住みやすい国であるかを実感します.それでも今の研究環境があるからとこちらに居続け,気づけば在米10年になります.先のことはわかりませんが,いつか日本で研究のできる環境を勝ち取ることができたらなとも思います.

最後に

これまで異なる気質を持った素晴らしいメンター達に囲まれ,非常に恵まれた研究環境でサイエンスをエンジョイすることができました.それは自分の運の良さもありますが,深く考えずに進路を直感で決めてしまうというテキトー気質のおかげもあると思います.人は考えれば考えるほどネガティブなことを背負いがちなので,海外にでてみたい方は深く考えずに来てみるのもいいかもしれません.私もこれから先,どこでどのようなキャリアを過ごすのか全くわかりませんが,引き続き研究を楽しみたいと思います.

コロナ以降できていない趣味のメリケン筋トレ(筆者左)

 
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