生物物理
Online ISSN : 1347-4219
Print ISSN : 0582-4052
ISSN-L : 0582-4052
トピックス
遊走メカニズムを数理モデルから理解する
多羅間 充輔山本 量一
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2023 年 63 巻 6 号 p. 306-309

詳細
Abstract

細胞遊走は発生や恒常性の維持などの生命現象において本質的な重要性を持つ.一方,細胞の生み出す力の総和はゼロとなる.このフォースフリーの条件のもとで細胞内の化学濃度伝搬波がどのように細胞の空間的な運動に変換されるのかを,細胞内化学反応と細胞力学を組み合わせた数理モデルを用いて解析した研究を紹介する.

1.  アクティブマターとしての細胞遊走

自律的な運動は細胞の基本的な機能の一つであり,発生や恒常性の維持などの生物プロセスにおいて本質的な重要性を持つ.これまでに細胞内部の生化学反応によりどのように対称性が破れ,方向性を持った運動を引き起こす細胞極性が実現するのかについて多くの研究がなされてきた1).一方,細胞内部の生化学反応と細胞自身の空間的な移動の間の飛躍を埋めるためには,細胞内部の化学反応と細胞の力学とがどのように結合するのかを理解する必要がある.

細胞などの生き物に限らず,非平衡条件下に置かれたコロイド粒子や液滴などのように自発的に運動するものを総称してアクティブマターと呼ぶ.自ら運動エネルギーを生成・散逸して自律的に運動することでさまざまなダイナミクスを示すアクティブマターは,剪断などにより境界での外力に起因する非平衡系とは異なるクラスの非平衡現象であると認識されて21世紀初頭ごろから盛んに研究されてきた.アクティブマターは運動を直接引き起こす外力がなくとも,つまりアクティブマターに作用する力の総和がゼロであっても,空間的に移動することができる.自発的な並進運動はこのフォースフリーの条件で特徴付けられる.アクティブマター自身が生成する力はニュートンの運動の第3法則(作用反作用の法則)から総和がゼロになる.同様に,自発的な回転はトルクフリーの条件で特徴付けられる.細胞のように小さいスケール(典型的に数十μmの長さで速さが数μm/s)のものに対しては摩擦に対して慣性は無視できるくらいに小さい2)ので運動方程式は慣性項のないオーバーダンプトな力の釣り合いの式で与えられるが,フォースフリー・トルクフリーの条件そのものに慣性の有無は全く関係がない.

ニュートンの運動の第1法則によると,物体にかかるすべての力の総和がゼロならばその重心は空間的に動くことがないか等速直線運動をする.粘性摩擦のように速度に比例する散逸が働くときオーバーダンプトの極限では速度が力に比例するのでフォースフリーの影響はより顕著である.これでは複雑な細胞運動など実現するはずがない.しかし,アクティブマターが自発的に生成する力に対応した対称性の破れがあればフォースフリーの条件のもとでも一方向の運動を実現できる.このことは特にバクテリアのように流体中を遊泳するものに対してはホタテ貝定理として知られている3).遊泳は時間反転対称性が破れるように周囲の流体を掻き回すことにより実現される.一方,アメーバのように細胞外基質や周囲の細胞などの基盤上に接着することで遊走する這走運動では,基盤との相互作用が重要である.我々は,這走する細胞を対象にその運動メカニズムについてアクティブマターの立場から研究してきた.本稿で最近の研究4),5)の概要を紹介する.

2.  フォースフリーな細胞の這走運動の数理モデル

細胞性粘菌やケラトサイトなどのように細胞外基質や周囲の細胞などの基盤上を運動する細胞では,接着による基盤との相互作用が重要になる.このような細胞の這行運動は典型的に四つの過程(①先端の伸長,②基盤への接着,③基盤からの剥離,④収縮による後方の前進)のサイクルにより実現すると考える模型がある.伸長(収縮)の過程で先端(後方)を伸長(収縮)する力の反作用が細胞の別の部分に作用することでフォースフリーの条件を満足する(図1a).伸長・収縮過程とタイミングがうまく揃った基盤接着の変化の役割については,自然長が周期的に伸縮する粘弾性バネで繋がれた二つのsub-cellular element(ScE)粒子を用いて表した力学モデルで理解できる(図1b4)

図1

(a)細胞の這走運動の4過程のサイクル:①伸長,②基盤への接着,③基板からの剥離,④収縮.(b)細胞の這走運動の力学モデルと(c-e)得られる運動の例.(c)同相同期により空間的に移動しない対称変形状態.(d)往復運動.(e)空間並進運動.(d, e)は逆相同期の場合を示す.ScE粒子の大きさ(大:接着状態,小:脱離状態)で基盤との接着状態を区別し,重心位置は黒点で示す.a:文献5より改変.b-e:文献4より転載.

  
ζ1 t v1 + ξ v1 - v2 = -k r12 - 𝓁0 + 𝓁t (1)

  
ζ2 t v2 + ξ v2 - v1 = k r12 - 𝓁0 + 𝓁t (2)

viζi(t)はi番目のScE粒子の速度と基盤摩擦係数,r12はScE粒子間距離,ξkは細胞の粘性摩擦係数と弾性係数, 𝓁0 + 𝓁t はScE粒子同士を繋ぐバネの自然長である.細胞内のアクティビティーは 𝓁(t) ζi(t)に現れる.ここで, k𝓁(t) は細胞内部で生成する力である.アクティビティーとして周波数ωでの周期的な時間変化, 𝓁t = -𝓁1 cos ωt

  
ζi t = { ζ stick if 2 mj π < ωt - ψi 2  mj +1 π ζ slip if 2  mj +1 π < ωt - ψi 2 mj + 1 π (3)

を仮定すると,重心速度が力の双極子と基盤摩擦による対称性の破れの積で決まることが示される.従って,運動性は伸縮力の位相と二つのScE粒子の摩擦の位相との関係(ψ1, ψ2)により決まり,同期して全く空間移動しない場合(図1cψ1 = ψ2)のほかにも,前後運動する場合(図1d)にも実質的に並進しない.

次に,平坦な基盤上での運動を念頭に1次元力学モデルを2次元に拡張する.細胞を2次元平面上の多数のScE粒子で構成し,それらの間をダンベルモデルのときと同じ粘弾性バネで繋ぐことで直ちに実現できる(図2a).i番目のScE粒子の運動方程式は,

  
ζi t vi + j Ωi ξ  𝓁ij vi - vj = j Ωi κ 𝓁 ij   r^ ij   rij - 𝓁 ij + 𝓁 ij act t + f ij area (4)

となる5).和はi番目のScE粒子に直接結合するScE粒子の集合Ωiに対して計算する.右辺最終項で伸縮によるネットワークの折り畳みを回避する.

図2

(a)細胞のメカノケミカルScEモデル.(b, c)σVの符号により化学反応波に対して運動方向が切り替わる.(b)σV = 2π,(c)σV = –2π.(d)運動方向がランダムに変わる並進運動.(e)自転運動.ScE粒子の色はPIP3濃度を表す.文献5より転載.

ScE粒子とその間の粘弾性バネの数が増える分,細胞のアクティビティーである多数のバネの自然長伸縮 𝓁 ij act t とScE粒子の基盤摩擦ζi(t)の時間発展をどのように制御するかが問題になる.そこで,実際の細胞では内部の生化学反応が上記の四つの過程を引き起こすことに倣い,化学反応と力学とをどのように結合するかを考える.ここでは,細胞性粘菌で確認されたPIP2-PIP3のリン酸化・脱リン酸化反応による化学反応波に対する反応拡散方程式を採用する6)

  
Ui t = DU   2 Ui - R Vi, Ui + S - γ Ui (5)

  
Vi t = DV   2 Ui + R Vi, Ui - μ Vi (6)

ここで R V,U = aU V2 / KK + V2 - βUV / KP + U である.力学モデルと組み合わせるためにシグナル分子濃度ci = (Ui, Vi)は細胞を構成するScE粒子上で考え, U = i Ui / N,  V2 = i Vi2 / N はすべてのScE粒子(総数N)での和で定義する.UiVii番目のScE粒子でのPIP2,PIP3の濃度である.拡散項は粒子法で計算する.このモデルは非線形動力学分野でよく研究されてきたGray-Scott型と呼ばれる基本的な反応拡散方程式の形をしている.先行研究同様に進行波が出現する興奮性のパラメタ領域を考える.

次に反応拡散方程式と力学モデルを結合する.高濃度のPIP3がアクチン重合を促進して細胞が伸長するので,PIP3の濃度とともにバネの自然長が伸びると仮定する: 𝓁 ij act t = 𝓁V tanh a  Vij t .基盤との接着性も内部の化学反応に応じて変化するが7),その詳細は未解明な点が多い.ここでは簡単のため各ScE粒子が基盤に強く接着したstick状態(ζstick)と基盤から離脱したslip状態(ζslip)とを転移すると仮定する:

  
τζ dζi dt = - 12 tanh ζi - ζstick ϵζ - 12 tanh ζi - ζslip ϵζ - Av hv vi - 1-Av hV Vi (7)

接着性の変化はScE粒子の速度に依存する力学的要因hv(v) = (v/v*)2/(1 + (v/v*)2) – 1/2とPIP3の濃度依存的な化学的要因hV(V) = tanh(σV(VV*))/2の二つの要因により引き起こされ,その割合がAvである.v*とV*がそれぞれの閾値を与え,εζが転移の幅を決める.興味深いことにPIP3が高濃度のときにstick状態になる(σV > 0,図2b)かslip状態になる(σV < 0,図2c)かにより,運動方向が逆転する.

細胞内部の局所揺らぎを考慮するために,t = 0.15ごとにランダムに一つのScE粒子を選び,そこでのシグナル分子濃度(U, V)の従う反応拡散方程式(5),(6)の右辺に強度I = 0.75のノイズ(δU, δV) = (–I, I)を加える.周囲の分子状態に応じてこの局所揺らぎがさらに大きく発展することで,化学反応波の進行方向が変化するなどして,細胞はより複雑な軌道を描いて並進運動する(図2d).また,化学反応波がスパイラルになると細胞は自転を始め,ノイズにより自転と並進の間で運動モードが切り替わる(図2e).細胞が基盤に及ぼす牽引力 fitrac = ζi t vi の多重極展開から,細胞が並進する場合も自転する場合も牽引力の総和(単極子)とそのトルクの総和(トルク単極子)がゼロであることが示される.これは,細胞がフォースフリー・トルクフリーであることに加えて慣性が無視できるオーバーダンプトであることの帰結である.

3.  今後の課題

生化学反応に着目した細胞運動の理論研究では反応拡散方程式とフェーズフィールドを組み合わせた数理モデルの構築が進んでいるが,細胞内化学反応と,細胞と基盤との相互作用などの力学との関係に関する基本的な数理モデルの開発は発展途上である.我々はフォースフリーなどの力学原理が明確な粒子ベースの力学モデルと反応拡散方程式とを組み合わせることで,細胞内化学反応と細胞力学との間の関係を明らかにし,理論物理学の立場から数理モデルを用いて細胞遊走メカニズムの理解をすることを目指している.

我々の数理モデルで,牽引力の双極子と四重極子の時間発展が細胞性粘菌を用いた実験結果8)と同様に特徴的な反時計回りの軌道を描く(図3)が,このような軌道が実現する原理の解明は今後の課題である.細胞内シグナルネットワークの研究は継続的に進展している9).本稿で紹介したメカノケミカルモデルは実質的に反応拡散方程式を入れ替えるだけでそれらの進展に対応することができる基本的なモデルになっている.一方,細胞スケールの力学刺激に対して細胞内化学反応が変化することで実現する細胞運動の応答メカニズムの解明に向け,力学から化学反応へのフィードバックメカニズムを取り入れた数理モデルへの発展を現在進めている.細胞の力学応答はメカノバイオロジー分野の発展に伴い近年盛んに研究され,実験による知見が蓄積してきている.今後,細胞スケールの力学と細胞内部の化学反応とが相互に結合することで実現する複雑な運動の背後に潜むメカニズム解明に向けてさらに研究を発展させたい.

図3

細胞が基盤に及ぼす牽引力の双極子 M 11(2) と四重極子 M 111 (3) の反時計回りの時間変化.文献5より転載.

文献
Biographies

多羅間充輔(たらま みつすけ)

九州大学大学院理学研究院助教

山本量一(やまもと りょういち)

京都大学大学院工学研究科教授

 
© 2023 by THE BIOPHYSICAL SOCIETY OF JAPAN
feedback
Top