生物物理
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HIV-1の被膜形成機構の解明
冨重 斉生
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2024 年 64 巻 4 号 p. 202-204

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Abstract

ヒト免疫不全症ウイルス1型(HIV-1)の被膜は,宿主細胞の細胞膜と比べて特定の脂質が濃縮されている.この濃縮のメカニズムを解明するために,著者らは,細胞膜上でのHIV-1 Gagタンパク質と宿主脂質の相互作用を,特異的な脂質プローブと様々な顕微鏡技術を用いて定量的に解析した.

1.  はじめに

ヒト免疫不全症ウイルス1型(HIV-1)は,エイズの原因ウイルスの一つであり,2022年時点で3,900万人の感染者が報告される公衆衛生上の脅威である.HIV-1は被膜ウイルスであり,複製サイクル後期に宿主感染細胞の細胞膜から出芽する際に,宿主の膜脂質を被膜として獲得する.この新粒子形成過程に重要な役割を果たしているのが,マルチドメインタンパク質Gag(Group-specific antigen)である.GagはN末のMAドメインのミリストイル化と塩基性アミノ酸に富んだ配列により,細胞膜内層のリン脂質PI(4,5)P2にターゲットされる.細胞膜上でGagはGag latticeと呼ばれる多量体を形成し,ウイルス粒子アセンブリの足場となる.Lattice形成の進行とともに固有の膜曲率を持った新粒子が出芽し,最終的に宿主タンパク質の助けを借りて新粒子は細胞膜から放出される1).ウイルス被膜の脂質組成は,複数のリピドミクス解析により明らかになっている.スフィンゴミエリン(SM)やコレステロール(Chol),PI(4,5)P2など,ある特定の脂質種が,感染細胞の細胞膜に比べ濃縮されている2)

哺乳動物細胞の細胞膜は脂質の分布が内外層で非対称な,特徴的な脂質二重膜を基本構造としている.SMは細胞膜外層の主要な構成脂質であり,親和性の高いCholとともに細胞膜上で集合体(脂質マイクロドメイン)を形成すると考えられている3).ただし,細胞膜脂質におけるSM(10%)とChol(40%)の割合は,Cholがその他の細胞膜脂質とも相互作用することを示唆している.

細胞膜内層でアセンブルするGagがどのようにしてSMのような外層の脂質を選択的に粒子に濃縮するのだろうか? 近年,蛍光脂質類似体を使用した解析が行われているが4),5),濃縮を説明する結果は得られていない.著者らは内在性の脂質の動態を可視化し,定量的に評価することでこの問題に取り組んだ6)

2.  Gagと脂質ドメインの可視化

本研究では,細胞膜内層でGagが多量体化し出芽に至る過程で,細胞膜外層の脂質の分布・動態の可視化・定量が必要であった.細胞にGagを単独で発現させると,感染性と複製能を持たないウイルス様粒子VLP(Virus-Like Particle)を産生できることが広く知られており,この実験系を使用した.Gagの可視化には,N末のMAとCAドメインの間に蛍光タンパク質(FP)を挿入したGag-FPを用いた.また,多量体形成時の立体障害を避けるために,Gag-FPをタグ無しGagと1 : 3で混合し,発現させた.内在性のSMまたはCholに富んだ脂質ドメインを可視化するために,NT-Lys,D4をプローブとして使用した.両者はそれぞれミミズEisenia foetida,細菌Clostridium perfringens由来の孔形成毒素lysenin,perfringolysin Oの毒性を持たない脂質結合ドメインであり,5分子以上のSMの集合体,40%以上のCholを含む膜に特異的に結合する7),8)

実際にはHeLa細胞にGagを一過性に発現させ,導入24時間後に細胞膜外層の脂質を蛍光脂質プローブで標識したサンプルを観察・計測に供した(図1).

図1

細胞膜におけるGagと脂質ドメインの可視化.細胞内でのGag-FPの発現によりGagを,培地への蛍光脂質プローブの添加により脂質ドメインを可視化した.右は共焦点顕微鏡画像.スケールバー 10 μm.

ウイルス粒子は直径100-150 nm,脂質マイクロドメインは直径5-50 nmとされ,光学顕微鏡の解像限界以下であるため,これらの観察・計測には超解像顕微鏡や,異なるプローブ間の距離や比率に感度の高いFLIM-FRET(Fluorescence Lifetime IMaging based on Förster Resonance Energy Transfer)を使用した.また脂質ドメインの動態を計測するためにFRAP(Fluorescence Recovery After Photobleaching)を使用した.

3.  Gagアセンブリと脂質ドメインの超解像観察

まず,GagがSMやCholを濃縮することから,Gagとこれら脂質ドメインの局在をPALM/dSTORMにより可視化した.そのためにGag/Gag-mEos4bを発現するHeLa細胞の細胞膜外層を,SNAPタグで標識したAlexa Fluor 647 (AF647)-NT-Lysあるいは-D4で染色した.その結果,観測されたGagの約50%がSMあるいはCholに富んだ脂質ドメインと共局在を示した.この共局在はGagの多量体形成に依存して増加した.また,局在のクラスター解析では,SMに富んだ脂質ドメインのサイズはGagの発現により増加した一方,Cholに富んだ脂質ドメインのサイズは変化しなかった(図2).これらの結果は,Gagが多量体を形成する際にSMに富んだ脂質ドメインを集め,より大きなドメインを形成することを示唆している.

図2

Gagによる脂質ドメインのサイズの変化.Gag/Gag-mEos4b発現時の脂質ドメインのPALM/dSTORMイメージング.A)AF647-NT-Lysで標識したSMに富んだ脂質ドメインの超解像イメージと直径[nm].B)AF647-D4で標識したCholに富んだ脂質ドメインの超解像イメージと直径[nm].Vec,WT,WMはそれぞれ,ベクター,野生型,多量体化不全変異体を発現するサンプルを示す.*はOne-way ANOVA post hoc Tukey testにおいて有意水準0.05での有意差を示す.スケールバー5 μm.文献6の図を改変.

4.  脂質ドメインの動態へのGagの影響

次に,脂質ドメインの動態へのGagの影響を,EGFP-NT-LysあるいはEGFP-D4のFRAPにより検証した.対照では,EGFP-NT-Lysの蛍光は85%まで回復したが(mobile画分),Gagの発現は蛍光回復を64%に抑えた.すなわち,immobile画分が15%から36%へ有意に増加した(図3左).この結果は,GagはSMに富んだ脂質ドメインの拡散を抑えることを示している.一方で,Cholに富んだ脂質ドメインは,Gagの発現に関わらず,常に動きが抑えられていた(図3右).

図3

FRAPによる脂質ドメイン動態の計測.左)EGFP-NT-Lysで標識したSMに富んだ脂質ドメインの蛍光回復曲線.右)EGFP-D4で標識したCholに富んだ脂質ドメインの蛍光回復曲線.横軸はt = 0で光褪色してからの時間[s].Vec(青),Gag(赤)はそれぞれ,ベクター,Gagを発現するサンプルを示す.*はpaired two-tailed t-testにおいて有意水準0.05での有意差を示す.nsは有意差無し.文献6の図を改変.

さらに,二つの異なる脂質ドメインの相対的な分布・動態に対するGagの影響を評価するため,アクセプターmCherry-D4存在下,ドナーEGFP-NT-LysのFLIM-FRETを計測した.ドナーとアクセプターが存在する条件では,ドナー分子には二つの集団が予測される.一方はアクセプターとは独立した集団であり,他方はアクセプターと相互作用する集団である.そのため,各ピクセルにおけるドナーの蛍光減衰曲線を,τ2をドナーのみのサンプルから得た蛍光寿命に固定した二重指数関数でフィッティングすることにより,相互作用集団の蛍光寿命τ1[ns]とそのamplitude α1[%]を得た.本研究では,相互作用集団の分布を2Dグラフで可視化したほか(図4),統計検定のために1Dグラフにおいても解析した6).本稿では相互作用集団の分布を見易い2Dグラフの結果を紹介する.Gag発現の無い場合,相互作用集団は二つのピーク((τ1, α1) = (1.1, 20), (1.9, 30))を示した(図4,DA).FLIM-FRETでは,ドナー・アクセプター間の距離が近づく場合や,ドナーと近接するアクセプターの数が増える場合に蛍光寿命が減少する.すなわち,短い蛍光寿命の集団(1.1 ns, 20%)は,長い蛍光寿命の集団(1.9 ns, 30%)に比べ,アクセプターとより近接しているand/or周りのアクセプター数のより多いドナー集団を表している.DAと比較して,野生型Gagの発現は,長い寿命の集団(1.9 ns, 35%)の確率分布の割合を減少し,短い寿命の集団(1.2 ns, 25%)の割合を増加したほか,短い寿命の集団のamplitudeを20%から25%に増加した(図4,WT).この結果は,GagがSMに富んだ脂質ドメインとCholに富んだ脂質ドメインを近接させるとともに相互作用する二種の脂質ドメインを増加することを示している.

図4

二つの異なる脂質ドメインの分布に対するGagの効果.Gag無し(DA),または,Gag野生型(WT),多量体形成不全(WM),膜曲率の大きい(ΔL),膜曲率の小さい変異体(P99A, EE)を発現する細胞におけるEGFP-NT-LysとmCherry-D4間のFLIM-FRET.橙色の点は各ピクセルにおける相互作用集団のEGFP-NT-Lysの蛍光寿命τ1[ns](縦軸)とそのamplitude α1[%](横軸)を示す.青い等高線は等間隔に確率分布を表す.青い破線はτ1,τ2をα1,α2で加重平均した蛍光寿命τの位置を示す.文献6の図を改変.

以上の結果から,Gagは細胞膜内層で,SMあるいはCholに富んだ脂質ドメインの裏側に到達したのち,近傍のSMに富んだ脂質ドメインを捕捉して大きな脂質ドメインを形成すると考えられた(図5).

図5

Gagによる被膜形成機構のモデル.GagはSMあるいはCholに富んだ脂質ドメインの裏側に到達したのち,SMに富んだ脂質ドメインを捕捉して大きな脂質ドメインを形成する.この過程はGag多量体形成時に生じる膜曲率と相関している.

最後に,Gag多量体化に伴う膜曲率が脂質ドメインの近接に及ぼす影響を検証した.Gag変異体P99A,EEは平たい多量体を形成するため小さい膜曲率を示し,ΔLはVLPが膜から切り離されないため野生型の膜曲率を持った粒子を膜上に蓄積する9),10).これらの変異体を用いてEGFP-NT-LysとmCherry-D4との間のFLIM-FRETを行い,細胞膜上の脂質ドメインの分布を計測した.その結果,膜曲率の小さいP99A,EEはGagを発現していないDAや多量体形成不全WMと,膜曲率の大きいΔLは野生型WTと同様のパターンを示した(図4).以上の結果は,膜曲率がSMに富んだ脂質ドメインとCholに富んだ脂質ドメインを近接することに役割を果たしていることを示している.

5.  今後の展望

細胞膜内層と外層の脂質ドメインは膜を挟んで共役していると考えられているが,そのメカニズムは不明である3).今回の結果から,Gagがこの表裏の共役を利用していることが推測され,本研究で得られた知見や実験系がその解明に貢献することを期待している.

文献
Biographies

冨重斉生(とみしげ なりお)

Université de Strasbourg, Faculté de Pharmacie, Ingénieur d’étude

 
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